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太陽の墓

 アルドは、バルトを抱えていた。腕の中にある身体は、まだ重かった。あれほど何度も前へ出て、夜骸の突進を真正面から受け止め、仲間の前に立ち続けた身体だった。


 炎を纏った拳で道を開いた。大地魔法で硬化した腕で敵を砕いた。笑いながら殴り、笑いながら傷を負い、笑いながら戻ってきた。


 豪快で。うるさくて。優しくて。頼りになる男だった。


 第一部隊にとって、バルトは太陽のような男だった。飯の席にいれば、自然と声が大きくなった。任務に出れば、背中が頼もしかった。


 煤鳩亭で笑えば、その場まで明るくなった。馬鹿なことを言って、ノルに呆れられて、ルカに丁寧に刺されて、レイスに小言を言われて、それでも笑っていた。


 その太陽を。アルドは、沈めた。自分の剣で。自分の手で。


 バルトの背に剣を突き立てた感触が、まだ腕に残っていた。肉を裂いた感触。炎が消えた瞬間。


 硬化が解けた瞬間。バルトの身体が震え、拳が止まり、崩れ落ちた瞬間。全部が、まだそこにあった。


 アルドはバルトを抱えたまま、動けなかった。周囲には人が集まり始めていた。王都の通行人。


 警備兵。第五部隊の隊員達。そして、第一部隊の仲間達。誰かが何かを言っている。誰かが泣いている。


 誰かが息を呑んでいる。


 だが、アルドには遠かった。


 腕の中のバルトだけが、近かった。近すぎるほど、近かった。


「アルド隊長」


 第五部隊の隊員の一人が、ゆっくり近づいてきた。まだ若い隊員だった。顔色は悪く、声も震えている。


 別の第五部隊員が、その腕を掴んだ。


「おい、待て」


 だが、若い隊員は止まらなかった。


 任務として、しなければならないと思ったのだろう。月酔いの者。発症者。


 遺体。第五部隊が扱うべきもの。そういう規則が、彼の背を押したのだろう。


 隊員はアルドの前で足を止めた。


「アルド隊長、お気持ちは分かりますが、もう……」


「黙れ」


 低い声だった。隊員の言葉が途切れる。アルドが顔を上げた。目が、濡れていた。


 だが、その奥には、剣より鋭いものがあった。


「殺すぞ」


 静かな声だった。怒鳴り声ではなかった。だからこそ、隊員は凍りついた。その場にいた者達の空気が止まる。


 若い隊員は顔を強張らせ、ゆっくりと後ろへ下がった。先ほど止めようとした隊員が、その肩を掴んで引き戻す。


 誰もアルドを責められなかった。


 誰も、その言葉をただの脅しとは思えなかった。アルドはまた、バルトへ視線を落とした。ルカが一歩前に出かけた。


「アルドさん――」


 だが、その前にレイスが動いた。


「待て」


 ルカは足を止めた。レイスはゆっくりとアルドへ近づいた。顔色は白い。唇は固く結ばれている。


 それでも、歩く足取りは乱れていなかった。


 アルドの前で、レイスは膝をついた。


「アルド」


 返事はない。アルドはバルトを抱えたまま、動かない。レイスはもう一度、静かに呼んだ。


「アルド」


 それでも、返事はなかった。


 レイスは少しだけ息を吸った。そして、言った。


「俺にも、バルトに触れさせてくれ」


 アルドの肩が、わずかに震えた。長い沈黙。やがて、アルドは無言で頷いた。レイスはそっと手を伸ばした。バルトの腕に触れる。


 大きな腕だった。何度も傷を負い、何度も拳を握り、何度も仲間の前に出た腕。今は、力が抜けている。


 それでも、重さは残っていた。


「俺たちは」


 レイスの声は低かった。


「これまで、この腕に何度も助けられてきた」


 アルドの喉が動いた。言葉にはならない。ただ、強く頷いた。レイスはバルトの腕を撫でる。包帯の跡。


 古い傷。新しい血。


「この腕に、振り回されもした」


 アルドがかすれた声で呟いた。


「……そうだな」


 レイスはほんの少しだけ目を細めた。


「何度、突っ込みすぎだと言ったか分からない」


「何度言っても聞かなかった」


「本当に聞かなかった」


「馬鹿だからな」


「そうだな」


 レイスはバルトの頭へ手を移した。血で汚れた髪を、ゆっくり撫でる。乱暴に撫でることはしなかった。宝物に触れるように。ゆっくりと撫でる。


「お前の頭の出来は、この頭より少し下だったな」


 アルドが顔を上げる。涙でぐしゃぐしゃの顔のまま、低く言った。


「……バカ言うな。俺の方が上だ」


 レイスはアルドを見た。


「メルティファングを最初に追いかけ回したのはお前だったろ」


「俺じゃねぇよ。バルトだ」


「そうだったか?」


「お前は俺をバカにしすぎだ」


「否定はしない」


「そこは否定しろよ」


 ほんの少しだけ、空気が揺れた。笑いにはならなかった。けれど、完全に凍りついていたものが、少しだけ動いた。


 レイスはバルトへ視線を戻した。声が、少し震える。


「いい男だった」


 アルドはバルトを抱え直した。その顔を見た。さっきまで笑っていた男。カシラ、と呼んだ男。ありがとう、と言った男。


「あぁ」


 アルドは答えた。


「そうだな」


 レイスは立ち上がった。涙は見せなかった。


 だが、目元は赤かった。


「ちゃんと送ってやろう」


 アルドはしばらくバルトを見ていた。それから、ゆっくり頷いた。


「……そうだな」


 その時、背後から足音が近づいた。規則正しい足音だった。急ぎすぎず、遅すぎず。黒髪の男が歩いてくる。


 第五部隊の隊員達が、自然と道を空けた。第五部隊隊長、ベルン。黒髪を後ろで整え、静かな顔で歩いてくる男。


 その目は冷たくはなかった。しかし、感情に流されてもいなかった。多くの月酔いを見てきた者の目だった。ベルンはアルドの前で足を止めた。そして、深く頭を下げる。


「心からお悔やみ申し上げる、アルド隊長」


 アルドはバルトを抱えたまま、顔を上げた。


「ベルンさん……」


 声は掠れていた。ベルンは静かに続けた。


「あとは、我々に任せてもらえないだろうか」


 アルドの腕に力が入った。バルトの身体を離したくなかった。任せる、という言葉が、どうしようもなく冷たく聞こえた。


 でも、ベルンの声に冷たさはなかった。


 ただ、役目があった。アルドは唇を噛む。


「最後に」


 声を絞り出す。


「みんなから一言ずつ、バルトに伝えたい。時間を貰えませんか」


 ベルンはすぐに頷いた。


「もちろん」


 そして、第一部隊の面々へ視線を向ける。


「心残りの無いようにな」


 その言葉に、誰も返事ができなかった。心残りなど、なくなるはずがない。


 それでも、言わなければならなかった。


 言わずに渡せば、きっと一生、口の中に言葉が残る。最初に動いたのは、ルシアンだった。膝が震えている。


 それでも、彼女は前へ出た。


 アルドの隣に膝をつく。バルトの顔を見る。


「バルト」


 声が震えた。


「ごめんね」


 最初に出たのは、謝罪だった。


「私、もっとちゃんと聞けばよかった。もっと早く、もっと……」


 言葉が崩れる。ルシアンは両手で口を押さえた。


 それでも、何とか続けた。


「でも、バルトがいてくれて、いっぱい助けられたよ。任務でも、食堂でも、いつも……うるさかったけど、安心した」


 涙が落ちる。


「ありがとう。ゆっくり休んでね」


 ルシアンはそっと、バルトの手に触れた。そして、下がった。次に、セレスが前に出た。


 足取りはふらついていた。ルシアンが支えようとしたが、セレスは小さく首を振った。自分で歩いた。


 バルトの前に膝をつく。


「バルト」


 声は小さかった。


「朝ごはん、冷めちゃったよ」


 その一言で、セレスの顔が歪んだ。


「ちゃんと、食べてほしかったな」


 涙が頬を伝う。


「昨日のご飯、美味しかったって、言ってくれてありがとう。でも、もっとちゃんと、食べられる時に作ればよかった。もっと、何かできたかもしれないって……思っちゃう」


 セレスは首を振る。


「でも、バルトはいつも美味しいって言ってくれた。大げさに褒めてくれて、私、それが嬉しかった」


 セレスは震える手で、バルトの服の端を整えた。


「ありがとう。バルト。私、忘れないから」


 次に、ノルが歩いた。いつものように乱暴な足取りではなかった。ゆっくり。


 静かに。バルトの前に立つ。しばらく、何も言わなかった。ノルはバルトを見下ろしていた。口が何度か動く。


 でも、言葉が出ない。


 やがて、絞り出すように言った。


「邪魔」


 誰も咎めなかった。


 ノルは唇を噛む。


「うるさいし、燃費悪いし、すぐ突っ込むし、射線塞ぐし、本当に邪魔だった」


 声が震えていく。


「でも、いないと……寂しい」


 ノルは目を伏せた。


「次から、誰に邪魔って言えばいいの」


 涙は落ちなかった。けれど、拳は震えていた。


「……ばか」


 それだけ言って、ノルは下がった。ルカが進んだ。普段は丁寧に整っている姿勢が、今日は少し崩れていた。


 バルトの横に膝をつく。


「バルトさん」


 声が詰まる。


「僕、あなたに何度も文句を言いました。雑ですとか、飲みすぎですとか、褒められた動きじゃないですとか」


 ルカは一度、息を吸った。


「でも、本当は、バルトさんみたいに前に出られる人がいるから、僕達は動けたんです」


 拳を握る。


「昨日、怖かったです。あなたの拳が僕に向きかけた時、本当に怖かった。でも、今は……そのことより、もうあなたに文句を言えないことの方が嫌です」


 ルカは顔を歪めた。


「バルトさん。次に会ったら、飲みすぎですって、絶対また言いますから」


 ルカは深く頭を下げた。


「ありがとうございました」


 ゴードが前に出た。


 誰も声をかけなかった。


 ゴードはバルトの前に立ち、しばらく黙っていた。その沈黙は、いつものゴードの沈黙だった。バルトが「兄弟」と呼んだ男の沈黙だった。


 ゴードは片膝をつく。大きな手で、バルトの肩に触れた。


「兄弟」


 低い声だった。


「よく戦った」


 それだけだった。


 だが、その一言は重かった。


 ゴードは少しだけ目を伏せる。


「俺は、もう少しお前と並んでいたかった」


 その声は、ほとんど吐息に近かった。


「……またな」


 ゴードは立ち上がり、下がった。エディンが歩いた。いつもの揺れるような足取りではない。静かだった。


 彼女はバルトの前に膝をつくと、そっと髪を整えた。


「バルトちゃん」


 声は柔らかかった。


 でも、いつもの甘さだけではなかった。


「おねぇさんを姐さんって呼ぶ子、なかなかいないのよぉ」


 エディンは微笑もうとした。うまく笑えなかった。


「強い子だったわねぇ。馬鹿で、騒がしくて、すぐ調子に乗って、でも……ちゃんと人の前に立てる子だった」


 エディンの指が、バルトの髪から離れる。


「頑張ったわね、バルトちゃん」


 その一言だけ、声が少し低くなった。


「本当に、よく頑張ったわ」


 エディンは立ち上がった。最後に、レイスがもう一度バルトを見る。何かを言おうとした。


 しかし、少しだけ首を振る。


「言いたいことは山ほどある」


 レイスは静かに言った。


「報告書を溜めるな。突っ込みすぎるな。人の話を聞け。飯を食いすぎるな。酒を飲みすぎるな。射線を塞ぐな」


 アルドが少しだけ目を伏せる。レイスは続けた。


「だが、今は一つでいい」


 レイスはバルトへ頭を下げた。


「よくやった、バルト」


 レイスが下がる。最後に、アルドが残った。皆が黙って見ていた。


 アルドはバルトを抱えたまま、しばらく動かなかった。何を言えばいいのか、分からなかった。謝るべきことは山ほどある。


 ありがとうと言うべきことも山ほどある。怒りたいこともある。殴りたいほど悔しいこともある。


 でも、言葉にすると全部、足りなかった。


 アルドはバルトの額に、自分の額をそっと寄せた。


「バルト」


 声が震える。


「お前、最後まで馬鹿だったな」


 返事はない。


「でも、いい男だった」


 涙が落ちる。


「お前がいたから、俺達は何度も前へ出られた。お前が笑ってたから、隊舎がうるさかった。お前が馬鹿みたいに騒ぐから、皆、いつもの顔でいられた」


 アルドは歯を食いしばる。


「守ってくれて、ありがとう」


 声が詰まる。


「止めさせてくれて、ありがとう」


 その言葉で、アルドの顔が崩れた。


「……殺して、ごめん」


 誰も息をしなかった。


 アルドはバルトを抱えたまま、しばらく泣いた。やがて、レイスがそっと肩に手を置いた。アルドは深く息を吸った。


 ゆっくりと、バルトの身体を抱え直す。ベルンが静かに近づいた。


「別れは済んだか」


 アルドは目を閉じた。長い沈黙の後、頷いた。


「ああ」


 ベルンが無言で部下に指示を出す。第五部隊の隊員達が、丁重に布を広げた。決して乱暴には扱わなかった。


 ベルン自身も膝をつき、バルトの身体に手を添えた。アルドは最後まで、手を離すのをためらった。レイスの手が、肩にあった。


 ルシアンの泣き声が、小さく聞こえた。セレスが口元を押さえている。ノルは顔を逸らしている。ルカは拳を握っている。ゴードは目を閉じている。


 エディンはただ、見ている。アルドは、ようやく手を離した。バルトの身体が、第五部隊へ渡る。


 その瞬間、胸の中から何かが抜け落ちた。第五部隊は、バルトを静かに運んでいく。第一部隊は、それを見送った。


 誰も動かなかった。


 誰も呼び止めなかった。


 ただ、見送った。夕暮れの王都を、バルトの身体が遠ざかっていく。


 もう、戻ってこない。


         ◇


 隊舎に戻ってからのことを、アルドはよく覚えていなかった。誰が扉を開けたのか。誰が最初に中へ入ったのか。


 誰が泣いていたのか。よく分からなかった。気づけば、ルシアンの部屋にいた。ルシアンは何も言わなかった。ただ、アルドの手を握っていた。


 アルドも何も言わなかった。言えば、全部崩れる気がした。二人はそのまま、長い時間を過ごした。


 灯りもつけず、窓の外の夜だけが部屋に差し込む中で、ただ互いの手を握っていた。他の者達は、それぞれ自室へ戻った。ノルは銃を抱えたまま、寝台に座っていた。


 ルカは短剣を机に置き、何度も手を伸ばしては引っ込めた。セレスは厨房に立ったが、何も作れなかった。ゴードは部屋の中で、壁に背を預けたまま目を閉じていた。


 エディンは自室の扉を閉め、しばらくその前から動かなかった。レイスだけは、隊舎を出た。ローグレスへ報告するために。


         ◇


 総隊長室であるローグレスの執務室には、夜の灯りがともっていた。レイスが入ると、ローグレスは机の前に立っていた。座っていなかった。


 まるで、報告が来ることを分かっていたように。レイスは扉を閉めた。しばらく、何も言えなかった。


 ローグレスも急かさなかった。やがて、レイスは口を開いた。


「バルトが、亡くなりました」


 ローグレスは目を閉じた。長い沈黙だった。


「……そうか」


 それだけだった。レイスは報告を続けた。バルトが隊舎を出たこと。アルドとルシアンが追ったこと。男と遭遇したこと。


 暴走したこと。アルドが止めたこと。最期の言葉。第五部隊への引き渡し。一つずつ。


 事務的に。そうしなければ、声が崩れそうだった。ローグレスは黙って聞いていた。最後まで聞き終えると、椅子に座った。両手を組み、額に当てる。


「アルドは」


「ルシアンが傍にいます」


「他は」


「それぞれ部屋に戻りました」


「お前は」


 レイスは一瞬、言葉に詰まった。


「俺は、報告に来ました」


「そうではない」


 ローグレスの声は低かった。レイスは黙る。ローグレスは顔を上げた。


「お前は、大丈夫か」


 その言葉で、レイスの喉が詰まった。副隊長として。隊を支えるものとして。今は崩れてはいけないと思っていた。


 だが、ローグレスはそれを許さなかった。


 レイスは目を伏せる。


「……分かりません」


「そうか」


「俺は、止められませんでした」


「レイス」


「もっと早く、報告していれば。もっと強く、止めていれば。昨日の時点で――」


「やめろ」


 ローグレスの声が、短く落ちた。部下に対する命令だった。


 だが、そこには痛みもあった。


「今夜は、答えを探すな」


 レイスの肩が震える。


「答えなど、出ない」


 ローグレスは言った。


「出ないものを、一人で探すな」


 レイスは唇を噛んだ。少しだけ頭を下げる。


「……はい」


 ローグレスは窓の外を見た。夜空には、月があった。白く、静かに。


「葬儀の手配はこちらで進める」


「ありがとうございます」


「第一部隊には、休養を命じる。しばらく任務は入れない」


「承知しました」


 レイスはもう一度頭を下げ、部屋を出た。廊下に出ると、足が少しだけ止まった。そこから先、どう歩いて隊舎へ戻ったのか、レイス自身にもよく分からなかった。


         ◇


 数日後。バルトの葬儀が行われた。王都内にある、軍関係者の墓地。


 国軍、王都討祓軍、その他王都を守る任に就いた者達が眠る場所だった。空は晴れていた。雲は少ない。


 太陽が明るく、墓地の石畳を照らしている。まるで、誰かが場違いなほど明るい灯りを掲げているようだった。第一部隊は、全員で参列した。


 アルド。レイス。ルシアン。ノル。セレス。


 ルカ。ゴード。エディン。


 誰も、普段の顔ではなかった。


 ローグレスもいた。ベルンもいた。第五部隊の隊員達も、静かに列の端に立っていた。


 棺は、淡い青だった。月と海をかたどった白天還教の紋が刻まれている。葬送用の棺。


 そこにバルトが眠っている。あの大きな身体が、もう動かない。棺が墓穴へ下ろされていく。


 誰も、声を上げなかった。


 土が落ちる音がした。一度。また一度。その音が、あまりにも現実だった。墓標が立てられた。


 そこには、バルトの名が刻まれていた。バルト。第一部隊の前衛。炎と大地の拳。仲間を守った男。


 アルドは墓の前に立っていた。手には、煤鳩亭からドランが持たせた小さな包みがある。肉だった。


 バルトが好きそうな、濃い味の焼き肉。アルドはそれを墓前に置いた。


「食えよ」


 声は掠れていた。


「足りねぇって文句言うなよ」


 返事はなかった。ノルが小さく呟く。


「絶対言う」


 ルカが俯いたまま言った。


「言いますね」


 セレスが涙を拭う。


「もっと作ればよかった」


 ルシアンがその肩に手を置く。ゴードは墓標を見つめていた。エディンは静かに目を伏せる。レイスは何も言わなかった。


 ローグレスは少し離れた場所から、その全てを見ていた。太陽が、明るくバルトの墓を照らしていた。あまりにも明るく。


 あまりにもまっすぐに。まるで、そこに眠る男が、まだ豪快に笑っているかのように。風が吹いた。


 墓前に置かれた包みの紙が、小さく揺れる。アルドはその場から動けなかった。


 誰も急かさなかった。


 誰も、もう行こうとは言わなかった。


 ただ、太陽だけが、バルトの墓を照らしていた。

今回もお読みいただきありがとうございました。

引き続き毎日20時頃の更新になりますので、よろしくお願いします。

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