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ノルの新銃

 翌朝。王都討祓軍本部の廊下は、いつもより少しだけ空気が硬かった。


 まだ朝の光は白く、窓の外では王都の街並みが穏やかに目を覚ましている。だが、その穏やかさとは裏腹に、本部内を行き交う兵達の足取りには、どこか落ち着かない速さがあった。アルドとレイスは、総隊長室の扉の前で足を止めた。


「入るぞ」


「ああ」


 アルドが短く言って扉を叩くと、中からローグレスの声が返ってきた。


「入れ」


 二人が中へ入ると、ローグレスは机の前に立っていた。椅子には座っていない。その時点で、軽い用件ではないことが分かった。


 机の上には数枚の書類が広げられている。地図。兵站線の走り書き。夜間作戦予定地を示す印。そして、その少し離れた位置に丸く囲われた場所があった。


 墓地。アルドはそれを見て、眉を寄せた。


「任務ですか」


「ああ」


 ローグレスは二人を見た。いつもの穏やかさは残っている。だが、その奥にある色は重い。


「国軍、王都討祓軍第二部隊、そして第一部隊による合同作戦だ」


 アルドの表情がわずかに変わった。


「合同作戦?」


 隣でレイスが地図へ目を落とす。


「国軍主導か」


「主導は国軍だ。戦場になるのは王都東方の国境寄り。ここ数日、メルグラント共和国軍の動きが活発になっている。国軍は今夜、敵補給線の一部を叩く」


 ローグレスは地図上の一点を指で示した。


「夜間作戦になる」


 その一言で、部屋の空気が少し沈んだ。夜。王都討祓軍にとって、それは単なる時間帯ではない。


 夜骸が出る時間だ。


「第二部隊が出る理由は分かるな」


「はい。夜間作戦の危険管理と、夜骸対応ですよね」


 レイスが即答した。ローグレスは頷く。


「そして、第一部隊が呼ばれた理由は二つある。一つは、今回の戦闘が大規模化する可能性が高いこと。国軍だけで対応できない事態が起きた時、即応できる戦力が必要だ」


 ローグレスの指が、地図上の丸印へ動く。


「もう一つは、戦場予定地から少し離れたところに大きな墓地がある」


 アルドの顔から、わずかに色が消えた。墓地。夜。戦争。爆音。


 その組み合わせは、どうしても嫌なものを連想させる。


「共和国軍がそこに手を出す可能性があるってことですか」


「可能性は低い。だが、ないとは言えない」


 ローグレスは低く言った。


「戦闘が大きくなれば、流れ弾や砲撃魔法が墓地へ向かう可能性もある。敵が意図的に墓地を利用する可能性もある。国軍は戦場を見なければならない。第二部隊は夜間作戦全体を見る。第一部隊には、墓地周辺を守ってもらう」


「戦場の後方支援は?」


 レイスが聞いた。


「第一部隊の中でも、遠距離支援と防御支援に向く者を一部、戦場側へ回す。ノル、ルシアン、セレス。この三名は国軍後方で支援に入る」


「ノルは射撃支援。ルシアンは治療と防御。セレスは水流での視界制御と防御補助ですか」


「その通りだ」


 ローグレスは小さく頷いた。


「アルド、レイス、バルト、ゴード、ルカ、エディンは墓地警備。墓地そのものへ敵影が向かう場合、あるいは夜骸発生の兆候がある場合、即座に対応しろ」


 アルドは黙って地図を見下ろした。指先が、無意識に剣の柄へ触れる。


「詳しい作戦内容は国軍側から説明を受けることになっている。参謀室へ向かえ。すでに第二部隊にも通達してある」


「分かりました」


 アルドが答える。レイスはまだ地図を見ていた。


「墓地の規模は?」


「古い。大きい。王都近郊ほど整ってはいないが、白天還教の管理地ではある。国軍からの報告では、墓守もいる」


「墓守がいるなら、避難は?」


「すでに進めている。ただし、完全ではない」


「……面倒だな」


 レイスが小さく吐いた。ローグレスはそれを咎めなかった。


「ああ。面倒だ。だからお前達に任せる」


 アルドが顔を上げる。ローグレスは二人を見ていた。


「戦場は国軍の仕事だ。だが、夜に起きる厄介事は、お前達の仕事になる」


「任せてください」


 アルドは短く言った。その声に迷いはない。レイスも地図から目を離し、ローグレスへ向き直った。


「行くぞ、アルド。国軍側の説明を聞かないと、配置も決めきれない」


「ああ」


 二人は総隊長室を後にした。廊下へ出ると、朝の光が少し眩しかった。


 だが、胸の奥に残ったものは晴れない。


「墓地か」


 アルドが呟く。


「戦場の近くにある以上、無視はできない」


「分かってる」


「分かってる顔じゃないな」


「うるせぇ」


 アルドが軽く睨むと、レイスは肩をすくめた。


「感情で墓地を守ろうとするなよ。任務として守れ」


「同じだろ」


「違う。感情で守ろうとすると、戦場側を見落とす」


 レイスは淡々と言う。


「墓地だけ守ればいいわけじゃない。ノル達は戦場側に回る。国軍兵の負傷者も出る。第二部隊も動く。全体を見ろ」


「……分かってる」


 今度は、アルドも言い返さなかった。そのまま廊下を進み、本部から国軍参謀室へ向かう連絡棟へ入ったところで、前方から見慣れた巨体が歩いてくるのが見えた。


 ヴァルムだった。その半歩後ろに、エルヴィナもいる。ヴァルムはアルド達を見ると、足を止めた。


「来たか」


「そっちも呼ばれてたんですね」


 アルドが言うと、ヴァルムは鼻を鳴らした。


「夜間に国軍が大きく動く。我等が呼ばれん方がおかしい」


「まあ、そうですね」


 エルヴィナが丁寧に頭を下げる。


「おはようございます、アルド隊長、レイス副隊長」


「おはようございます」


 アルドが軽く会釈する。レイスも短く頷いた。


「ルカのこと、聞いているか」


 ヴァルムが唐突に言った。アルドが少し眉を上げる。


「ルカ?」


「この前の第二の任務だ」


「ああ」


 アルドはすぐに思い出した。ルカは第二部隊の任務に参加していた。また自分より弱い相手を助けられなかったと、落ち込んでいた。


「本人は気にしてましたけど」


 アルドが言うと、ヴァルムは渋い顔をした。


「気にするほど悪い動きではなかった」


 エルヴィナが少し驚いたようにヴァルムを見る。ヴァルムはそちらを見ない。


「前も言ったが、判断も悪くない。動きも速い。だが、あいつはまだ若い。自分の速さと、周囲の遅さの差を計算しきれていない」


「……なるほど」


 レイスが呟く。


「自分が届く距離と、味方が届く距離を同じに見ているわけですか」


「そうだ」


 ヴァルムは短く頷いた。


「自分が助けられると思った場所に、他の者は届かん。だから一手遅れる。その一手を、あいつは自分の失敗だと思っている」


 アルドは少しだけ表情を緩めた。


「今度、本人に言ってやってくださいよ」


「なぜ俺が」


「喜ぶと思いますよ」


「知らん」


 ヴァルムは顔を背けた。エルヴィナが小さく苦笑する。


「隊長、先日の任務後も似たようなことをおっしゃっていましたよね」


「言っていない」


「言っていました」


「言っていない」


 低い声で押し切ろうとするヴァルムに、アルドは思わず笑いそうになった。レイスが横から冷たく言う。


「今のままでも、十分伝わっていない」


「黙れ」


 ヴァルムが睨む。


 だが、怒気は薄かった。


 そのまま四人は国軍参謀室へ向かった。扉の前には国軍兵が二人立っていた。王都討祓軍の制服を見て、すぐに敬礼する。


「討祓軍第一部隊、第二部隊の方々ですね。中でお待ちです」


 扉が開かれる。中には、すでに数名の国軍士官が集まっていた。奥の大きな作戦卓の前に立っているのは、東部方面軍司令、ガレス中将。


 その横には作戦参謀エルヴィオ。さらに一段奥、席に腰掛けて地図を見ている老将、クラウス大将の姿もあった。討祓軍の面々が入ると、ガレスがこちらを見た。


「来たか。王家の軍」


 その言い方に、室内の空気がわずかに揺れた。国軍と討祓軍。協力関係ではある。


 だが、同じ指揮系統ではない。


 ガレスの声には、歓迎とも警戒ともつかない硬さがあった。アルドは一歩前に出て、礼を取る。


「王都討祓軍第一部隊隊長、アルドです」


「同じく副隊長、レイスです」


「第二部隊隊長、ヴァルム」


「第二部隊副隊長、エルヴィナです」


 ガレスは四人を見渡し、短く頷いた。


「今夜の作戦について説明する。余計な前置きは省く」


 作戦卓の上には、広い地図が広げられていた。戦場予定地。敵補給路。


 王国軍の進軍経路。魔法砲撃陣地。後方治療地点。


 そして、戦場から少し離れた場所にある墓地。ガレスは太い指で地図を叩いた。


「今夜、国軍は共和国軍の補給線を断つ。正面衝突ではなく、夜間に側面から叩く。こちらの第一波は遠距離魔法砲撃。続けて歩兵部隊を前進させ、敵の陣地を押し込む」


 エルヴィオが補足する。


「敵はこの補給線を失えば、東側陣地への物資供給が一時的に鈍ります。戦争全体を終わらせる一撃ではありませんが、戦線を大きく押し戻す足掛かりになります」


 レイスは地図を見ながら言った。


「敵が墓地側へ回り込む可能性は?」


「低い」


 ガレスが即答する。


「だが、共和国軍は我々の葬送文化を軽んじる。戦術上の利があると見れば、墓地だろうが踏み込む可能性はある」


 その声に、押し殺した怒りが滲んだ。アルドは黙って聞いていた。エルヴィオが続ける。


「墓地周辺は古い石壁に囲われています。ただし一部崩落箇所があります。墓守達の避難は進めていますが、管理棟に残る者がいる可能性もあります」


「残る?」


 アルドが聞き返した。


「死者を置いて逃げられない、という者はいます」


 エルヴィオの声は冷静だった。


 だが、その内容は重い。


 クラウスがそこで初めて口を開いた。


「だから、第一部隊には墓地を守ってもらう。国軍兵を割く余裕はない。第二部隊は夜骸発生時の全体対処、ならびに夜間作戦上の危険管理だ」


「第一部隊の支援要員については?」


 レイスが聞く。エルヴィオが別の地図を示した。


「後方支援地点はこちらです。ノル殿には高所からの射撃支援を。ルシアン殿には負傷兵の応急治療と防御補助を。セレス殿には水流魔法による煙幕制御、視界確保、敵魔法の減衰をお願いしたい」


「ノルの射線は確保できるのか」


「高台があります。木々もありますが、射撃点としては十分かと」


 レイスはしばらく地図を見た後、頷いた。


「分かった」


 ガレスが腕を組む。


「作戦開始は日没後。第一波の砲撃魔法を合図とする。そこからは戦場が動く。墓地側が静かなら、それでいい。だが静かな戦場など、俺は信用せん」


 ヴァルムが低く言った。


「夜骸も同じだ」


 ガレスはヴァルムを見た。しばし、二人の視線がぶつかる。国軍の将軍と、討祓軍第二部隊隊長。戦場を見る者と、夜を見る者。やがてガレスは小さく頷いた。


「ならば、互いに仕事をするだけだ」


「ああ」


 会議は続いた。配置。伝令経路。合図。退却時の集合地点。


 墓地側で異常が起きた場合の優先順位。アルドは口数少なく聞き、必要なところだけ質問した。レイスは細かい確認を続けた。


 ヴァルムは地図上の夜間危険区域を指摘し、エルヴィナがそれを整理して国軍側へ伝えた。戦争の匂いが、少しずつ近づいていた。


         ◇


 その頃、ノルとルシアンは鍛冶屋へ向かっていた。王都の朝は明るい。


 市場には野菜を並べる声があり、パン屋からは焼きたての匂いが漂っている。通りを行く人々は、今夜遠くの戦場で何が起きるのかを知らない者も多い。その中を、ノルは少しだけ早足で歩いていた。


「ノル、楽しみなんだね」


 隣を歩くルシアンが微笑む。


「別に」


「えー、でも歩くの速いよ」


「いつも通り」


「いつもより速いよ」


「気のせい」


 ノルは前を向いたまま答えた。


「アルドの時もこんな感じだったなぁ」


 ルシアンが呟くとノルの歩く速度が落ちた


「屈辱」


 だが、その横顔は明らかにそわそわしている。ルシアンはそれ以上つっこまず、くすりと笑った。鍛冶屋の前に着くと、中から金属を叩く音が聞こえてきた。


 扉を開ける。


「おう、来たか!」


 鍛冶師の親父が、満面の笑みで二人を迎えた。その顔を見ただけで、ノルの足が止まる。


「……できたの?」


「できたも何も、最高傑作だ」


 親父は胸を張った。


「俺のロマンを詰め込んだ、最強の長銃だ。自称だがな!」


「自称なんだ」


 ルシアンが小さく笑う。親父は奥の布を勢いよく剥いだ。そこにあったのは、一本の長銃だった。通常の長銃より、少し大きい。


 だが、不格好ではない。


 銃身は長く、細部は引き締まっている。全体を包む色は、深みのある緑。森の奥に吹く風を閉じ込めたような色だった。光を受けると、表面に淡い艶が走り、重厚さの中に涼やかさが滲む。


 そして何より目を引くのは、銃口だった。下に二つ。上に一つ。


 三つの銃口が、三角を描くように並んでいる。


「……なに、これ」


 ノルの声が、小さく震えた。親父はにやりと笑った。


「三連同時射撃式長銃だ」


 ノルは一歩近づいた。手を伸ばしかけて、止める。まるで宝物に触れる前の子供のようだった。


「持ってみろ」


 親父が言う。ノルはそっと銃を手に取った。重い。


 だが、重すぎない。


 銃床が肩に吸い付く。握りは手に馴染む。長銃としての安定感は残したまま、内部にまったく別の獣を飼っているような感触があった。


「……すごい」


 ノルは呟いた。それだけだった。


 だが、その一言に全部が詰まっていた。


 親父は満足そうに頷く。


「説明するぞ。こいつは普通の弾をそのまま三発並べて撃つんじゃない。専用のトライアングルケースを使う」


 親父は作業台から小さな金属ケースを取り上げた。それは三角形の弾薬ケースだった。角が三つ。


 それぞれの角に、市販の弾が一本ずつ収まる構造になっている。


「このケース一つに、いつもお前さんが使ってる市販弾が三発入る。特別な弾を作る必要はない。弾そのものはいつものやつでいい」


「ケースだけ専用?」


「そうだ。しかも作りは簡単。素材も面倒なもんは使ってねぇ。お前さんなら自分で量産できる」


 ノルの目が少し見開かれた。


「それは助かる」


「だろう?」


 親父は次に、細長い弾倉を見せた。通常のものより幅があり、側面に独特の溝が入っている。


「ケースを十個、この専用弾倉に入れる。つまり、一つの弾倉でケース十個。弾数にすれば三十発分だ」


「三十?」


 ルシアンが首を傾げる。親父は指を三本立てた。


「一回引き金を引けば、三つの銃口から同時に三発出る。だから射撃回数は十回。だが、実際に飛ぶ弾は三十発だ」


「あ、なるほど」


「そして弾倉は右側から差し込む」


 親父は銃の右側面を指した。そこには弾倉差込口がある。


「右から弾倉を差す。レバーを引く。するとケースから三発が、それぞれ三つの薬室に同時装填される。上の銃口に一発、下二つの銃口に一発ずつ。引き金を引けば、三点が同時に撃ち抜く」


 ノルは食い入るように銃を見ていた。


「反動は?」


「だいぶ抑えてあるが強い。普通の奴なら肩が死ぬ」


「私は?」


「お前さんなら抑えられる」


 親父は笑う。


「旋風で逃がせ。肩と肘と銃身の下。三点で受ければ、跳ね上がりは殺せる」


 ノルの口元がわずかに上がった。


「面白い」


「だろうが」


「弾道のばらつきは?」


「近距離から中距離なら三点をまとめて叩き込める。遠距離なら、お前さんの腕次第だな。三発を一点に寄せてもいい。少し広げて面を潰してもいい。風で弾道をいじるなら、むしろ普通の長銃より悪さができる」


「悪さって言い方」


 ルシアンが苦笑する。ノルは楽しそうだった。本当に、楽しそうだった。


 いつもの少し眠そうで、どこか面倒くさそうな顔ではない。銃身を覗き、弾倉を差し、抜き、構えを確かめる。その隣で、ルシアンは店内に置かれていた一本の槍を見つけていた。


 細身で、装飾の入った綺麗な槍だった。近くにあった姿見の前で、そっと持ってみる。


「……こうかな?」


 ルシアンは槍を斜めに構えた。鏡の中の自分を見る。少し首を傾げる。今度は片足を引いて、槍を前へ向ける。


「これ、かっこいいかも」


 さらにくるりと回してみようとして、少しよろけた。


「おっと」


 誰も見ていないと思っていたが、親父は見ていた。ノルも見ていた。


「ルシアン、何してるの」


「えっ? えっと、ちょっとだけ……」


「似合ってるよ」


「本当?」


「戦い方には合ってないけど」


「そこは言わなくていいよ、ノル」


 ルシアンは顔を赤くした。ノルは小さく笑い、銃を抱え直す。親父の説明が終わる頃には、ノルの目は完全に新しい玩具を手に入れた子供のものになっていた。


 抱え直した深緑の銃身は、まだ鍛冶場の熱をわずかに残していた。店を出る前、ノルはふとルシアンの方を見た。


「ルシアン」


「ん?」


「付き合ってくれたお礼。あの槍、買おうか?」


「えっ!?」


 ルシアンは慌てて両手を振った。


「い、いいよ! 買わないよ!」


「欲しそうだった」


「ちょっと持ってみただけ!」


「鏡の前で三回構えてた」


「見てたの!?」


「見てた」


「ノル!」


 ルシアンが真っ赤になる。ノルは涼しい顔で銃を肩に担いだ。


「似合ってたよ」


「もう……」


 ルシアンは困ったように笑った。その笑顔が、少しだけ朝の光に溶けた。


         ◇


 夕刻。国軍の集合地点には、すでに多くの兵が集まっていた。馬車。


 物資。治療用の布と薬箱。魔法砲撃部隊の刻印石。伝令兵。


 そして、王都討祓軍第二部隊と第一部隊。空は赤く沈みかけていた。遠くの雲が、血のような色に染まっている。


 第一部隊の面々が揃うと、真っ先にルカがノルの背中を見た。


「うわっ、ノルさん、それ新しい銃ですか!?」


「うるさい」


「めちゃくちゃかっこいいです!」


 ルカが目を輝かせる。バルトも近づいてきた。


「おいおい、なんだそりゃ。銃口が三つあるぞ」


「見れば分かるでしょ」


「三倍強ぇってことか?」


「雑すぎ」


 ノルが即座に返す。ゴードも銃を見て、短く頷いた。セレスが横から覗き込む。


「綺麗な緑……。光が当たると少し雰囲気変わるね」


「親父さんの趣味」


「いい趣味だと思う」


 エディンも少し離れたところから見て、口元に笑みを浮かべた。


「あらぁ、素敵じゃない。ノルちゃんが持つと、余計に危ない女って感じねぇ」


「褒めてる?」


「もちろんよぉ」


「信用できない」


 ルシアンはそのやり取りを見て笑っていた。アルドも銃を見て、素直に頷く。


「いいじゃねぇか」


「アルドに銃の何が分かるの」


「見た目が強そう」


「バルトと同じ感想じゃん」


「悪いのかよ」


 ノルは呆れたように息を吐いた。


 だが、その口元は少し緩んでいた。


「名前は決めたのか?」


「ん。翠穿《すいせん》」


「翠穿?」


「花みたいでしょ」


 ルシアンが嬉しそうにノルの肩を軽く叩いた。


「すごく綺麗な響き。銃の色にも合ってるね」


「でも、かっこよくて強そう。それでいてアルドほどやりすぎてない」


「やりすぎ言うな」


 レイスが手を叩く。


「浮かれるのはそこまでだ。役割を確認する」


 全員の表情が切り替わる。レイスは地図を広げた。


「今回、第一部隊は二手に分かれる。援護チームはノル、ルシアン、セレス。国軍後方の支援地点へ入る。ノルは高所から射撃支援。敵の伝令、魔法砲撃手、突出してくる小隊を優先して潰せ」


「了解」


「ルシアンは負傷者の応急治療と防御補助。無理に前へ出るな。国軍の治療兵と連携しろ」


「うん、分かった」


「セレスは水流で煙と砂塵を流せ。視界確保、敵魔法の勢いを削る、負傷者搬送路の確保。派手に倒す必要はない。戦場を動きやすくしろ」


「了解」


 セレスは少し緊張した顔で頷いた。レイスは次に、アルド達を見た。


「墓地警護チームはアルド、俺、バルト、ゴードさん、ルカ、エディンさん。墓地外周を中心に警戒する。敵が墓地へ向かう場合は迎撃。流れ弾や砲撃魔法が逸れた場合は防ぐ。夜骸発生の兆候があれば、即座に報告、対処」


「俺様は暴れていいんだな?」


「敵が来たらな。来てないのに暴れるな」


「分かってるって」


「ルカは遊撃。墓地外周の崩落箇所を重点的に見ろ。勝手に深追いするな」


「了解っす」


「ゴードさんは守りの要です。墓地門側をお願いします」


「任せろ」


「エディンさんは……」


 レイスが少しだけ言葉を止める。エディンは微笑んだ。


「おねぇさんは、穴埋め役でいいわよぉ。足りないところに行くわ」


「お願いします」


 レイスは短く言った。最後にアルドを見る。


「アルド」


「なんだ」


「感情で突っ走るな」


「まだ何もしてねぇだろ」


「する前に言ってる」


 いつものやり取りに、少しだけ空気が緩んだ。


 だが、長くは続かない。


 国軍の号令が飛ぶ。部隊が動き始めた。王都討祓軍もそれに続く。


 途中までは、第一部隊全員が同じ道を進んだ。西へ傾いた太陽が、兵達の影を長く伸ばす。


 国軍兵の装備が擦れる音。馬の蹄。荷車の軋み。遠くで交わされる短い命令。


 誰も大声で笑わない。


 誰も冗談を長く続けない。


 やがて道が分かれる地点に着いた。右は戦場後方支援地点。左は墓地へ続く道。そこで、第一部隊は足を止めた。


「じゃあ、行ってくるね」


 ルシアンが言う。アルドは一瞬だけ彼女を見た。人前だから、余計なことは言わない。


 ただ、いつもより少しだけ声を柔らかくした。


「絶対無理するなよ」


「うん。アルドも」


「ああ」


 ノルは新しい長銃を肩に担ぎ直した。


「初実戦が戦争って、なかなか嫌なデビューだね」


 バルトが笑う。


「派手にぶちかませよ」


「言われなくても」


 セレスは少し深く息を吸った。エディンがその背中を軽く撫でる。


「大丈夫よぉ、セレスちゃん。美人は戦場でも呼吸から綺麗にね」


「……はい」


 セレスは小さく笑った。ゴードが静かに言う。


「気をつけろ」


「ゴードさんも気をつけてくださいね」


 ルシアンが返す。そして、三人は国軍兵に案内され、戦場後方支援地点へ向かった。アルド達は墓地方面へ進む。


 少しずつ、周囲の景色が変わっていった。人の気配が減る。土の匂いが濃くなる。


 古い石壁が見えてくる。その向こうに、静かな墓地が広がっていた。淡い青の棺が納められた墓所ではない。


 地面に刻まれた墓標。古びた石。白天還教の月と海の紋。死者が眠る場所。その上に、夜が近づいていた。


 アルドは剣の柄に手を置いた。レイスは周囲の風を読み、バルトは拳を鳴らす。ゴードは盾を構え、ルカは崩れた外壁の方へ視線を走らせた。


 エディンは、いつものように微笑んでいた。


 だが、その目だけは笑っていない。


         ◇


 戦場後方の高台。ノルは腹ばいになり、翠穿《すいせん》を構えた。銃身の先に、まだ暗くなりきらない戦場が見える。


 国軍兵が陣形を整えている。魔法砲撃部隊が刻印石へ魔力を流し込んでいる。伝令が走る。


 ルシアンは少し後ろで治療道具を確認していた。セレスは水流魔法の感触を確かめるように、指先に小さな水の膜を作っては消している。


「ノル」


 ルシアンが呼んだ。


「ん?」


「大丈夫?」


 ノルは銃から目を離さない。


「大丈夫」


「緊張してる?」


「少し」


 素直な返事だった。ルシアンは少し驚いて、それから微笑んだ。


「私も」


「知ってる」


 ノルは右側から専用弾倉を差し込んだ。かちり、と乾いた音がする。レバーを引く。


 三つの弾が、三つの薬室へ同時に送られる感触が手に伝わった。重い。けれど、怖くはない。


 ノルは静かに息を吐いた。


「……悪くない」


 その声は、風に混じって消えた。


         ◇


 墓地外周。アルド達はそれぞれの持ち場についた。遠くの空が、さらに暗くなる。一番星が見えた。月はまだ高くない。


 だが、夜は確実に来ている。


 ルカが崩れた石壁の上にしゃがみ、遠くを見た。


「静かですね」


「静かな時ほど面倒なことが起きる」


 レイスが返す。


「うわ、嫌なこと言う」


「事実だ」


 バルトが拳を握った。


「来るなら来いってんだ」


「来ない方がいいに決まってるだろ」


 アルドが言う。ゴードは墓地の門前で盾を地面に置き、深く息を吐いた。その時、遠くで旗が上がった。


 国軍の合図。作戦開始の合図だった。ガレス中将の号令が、伝令によって各所へ伝えられる。


 次の瞬間。夜の入口を引き裂くように、轟音が鳴り響いた。遠距離魔法の第一波。


 赤、青、白、土色の光が、戦場の空へ一斉に走る。遅れて、大地が震えた。空気が揺れる。


 墓地の古い石壁が、低く唸った。戦争が始まった。ノルは高台で、新しい銃の引き金に指を添えた。


 ルシアンは指輪を額に当て祈る。セレスは震えそうになる指先へ、水を纏わせた。アルドは墓地の前で、剣を抜いた。


 レイスは冷たい目で夜を見た。バルトは拳を鳴らし、ゴードは盾を構え、ルカは銃を抜き、エディンは静かに微笑みを消した。轟音が、もう一度響く。


 死者の眠る場所のすぐ近くで、人間同士の戦いが始まった。それぞれが、自分の持ち場で息を呑む。そして、夜が完全に落ちた。

今回もお読みいただきありがとうございました。

引き続き毎日20時頃の更新になりますので、よろしくお願いします。

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