それぞれの買い物
翌朝の第一部隊隊舎は、いつもより少しだけ穏やかだった。昨夜の任務疲れは残っている。レイスの顔色も、まだ完全には戻っていない。
だが、朝食の席にはいつもの空気があった。
焼いたパン。薄い野菜のスープ。卵。干し肉。果物。
そして、卓上には一枚のメモが広げられている。鍛冶屋の親父が書いた、ノルの新しい長銃に必要な素材一覧だった。風鱗鉱石は、昨日の任務で手に入った。
しかも、タニ村の村長ヤムラから感謝の品として追加でもう一つ受け取っている。ノルは今朝も、食事の合間にその二つの鉱石を見ていた。
「何回見るの」
セレスが呆れたように言う。
「何回でも」
ノルは即答した。淡い緑の鱗のような鉱石が、朝の光を受けてかすかに光っている。その横で、ルシアンもにこにこしていた。
「綺麗だもんね」
「うん」
ノルは少しだけ頬を緩めた。新しい長銃。どんな銃になるんだろう。
親父が言った、最高の銃。その言葉を思い出すたび、ノルの指先は落ち着かなく動いた。アルドはメモを見ながら言った。
「風鱗鉱石は揃った。あとは、耐久銃身材、精密機構用の小型歯車、風導石、衝撃吸収材、魔力を弾道に乗せる細工材だな」
「名前だけで高そう」
ノルが言う。
「それはもう諦めろ」
「諦めたくない」
「百万セリオの時点でだいぶ諦めるしかないだろ」
「言わないで」
ノルは胸を押さえた。レイスが水を飲みながら、静かに言った。
「その辺りの素材なら、王都の専門店を回れば今日中に揃う可能性が高い。風導石だけは店によるが、風鱗鉱石ほど特殊ではない」
「じゃあ、今日集めるか」
アルドが言った。ノルが少しだけ驚いた顔をする。
「いいの?」
「何が」
「付き添い」
「行くに決まってるだろ。親父さんに渡すまでが素材集めだ」
ノルは目を伏せた。小さく笑う。
「ありがと、アルド」
「おう」
ルシアンがそっと手を上げた。
「あの、私も行っていい?」
アルドが振り返る。
「素材屋?」
「うん。銃の素材とか、あんまり見たことないから。少し興味ある」
「いいぞ」
ノルが少し笑った。
「ルシアンが来るなら安心だね。アルドと二人だと、勢いで変なもの買いそうだし」
「買わない」
「メルティファング追いかけて迷った人が何か言ってる」
「それは関係ない」
「あるでしょ」
食堂に小さく笑いが起きる。その横で、レイスが静かに立ち上がった。
「俺は魔法書を買いに行く」
「魔法書?」
セレスが聞く。
「ああ。昨日の戦闘で、複合魔法の扱いを少し見直す必要があると思った。雷流の精度を上げたいし他の掛け合わせも検討してみたい」
セレスの目が少しだけ輝いた。
「昨日の、あれね」
「見ていたのか」
「見ていたわ。水と雷を絡めて拘束してたでしょう。あれ、かなり面白いと思う」
「面白いで済ませるものではない」
「でも興味はある」
セレスはにこりと笑った。
「私も行っていい? 水流魔法の応用に使えそうな本も見たいし、私の水と土でもできそう」
レイスは少し考え、頷いた。
「構わない。基礎理論から見ることになるが」
「授業してくれる?」
「必要なら」
「じゃあ決まりね」
ルカは自分の腰の短剣を見下ろしていた。古い短剣だった。銃と併用するには軽く、扱いやすい。
だが最近、戦闘中に少し物足りなさも感じていた。ルカは窓際で果実酒を飲んでいたエディンを見た。
「エディンさん」
「なぁに、ルカちゃん」
「短剣を見繕ってもらえませんか?」
エディンが目を細める。
「あらぁ。おねぇさんに武器選びを頼むの?」
「はい。エディンさん、そういうの詳しそうなので」
「見る目あるわねぇ」
エディンは嬉しそうに笑った。そして、自分の手首をちらりと見た。
「そういえば、ルシアンちゃんの指輪、可愛かったわよねぇ」
ルシアンが少し照れる。
「えへへ……」
「おねぇさんも、何かアクセサリーが欲しくなっちゃったわぁ」
「じゃあ、一緒に見に行きますか?」
ルカが言う。
「行くわぁ」
エディンは楽しそうに立ち上がった。
「ナイフとアクセサリー。いい買い物になりそうねぇ」
残されたバルトとゴードは、無言で見つめ合った。しばらく、何も言わなかった。バルトの目が静かに燃える。
ゴードも、黙って腕を組む。バルトが低く呟いた。
「行くか、兄弟」
ゴードは静かに頷いた。
「ああ」
誰も、何をしに行くのか聞かなかった。
聞かなくても、だいたい分かったからだ。
◇
アルド、ノル、ルシアンの三人は、王都の素材通りへ向かった。素材通りは、鍛冶師や細工師、魔具師がよく出入りする区域だ。金属材。
加工石。魔力を通す小さな結晶。獣素材。木材。薬液。
店先には、見慣れない名前の札がいくつも並んでいる。ノルはメモを見ながら歩いた。
「耐久銃身材はここかな」
「銃身材って、剣の鋼材と違うのか?」
アルドが聞く。
「違うんじゃない? たぶん」
「たぶんか」
「私も作る側じゃないし」
ルシアンは棚に並ぶ金属棒を見て目を丸くする。
「同じ鉄に見えても、全部違うんだね」
店主が奥から顔を出した。
「違うとも。銃身に使うなら、魔力の抜けと熱の逃げが大事だ。剣みたいに斬ればいいってもんじゃない」
アルドが少しだけ肩をすくめる。
「剣も斬ればいいだけじゃないですけど」
「分かっとる。言葉の綾だ」
ノルは店主と相談しながら、耐久銃身材を選んだ。親父のメモを見せると、店主は唸った。
「この鍛冶師、いい目してるな。こっちの材なら合う」
「いくら?」
ノルが聞く。店主が値段を言う。ノルは無言でアルドを見た。アルドは無言で財布を見た。ルシアンはそっと視線を逸らした。
「……必要経費だな」
アルドが言った。
「その言葉も嫌いになりそう」
ノルが呟く。
それでも買った。
次に精密機構用の小型歯車。これは細工師の店で手に入った。棚の奥から出された小さな歯車は、指先ほどの大きさなのに、驚くほど高かった。
「小さいのに」
ノルが言う。
「小さいから高いんだよ」
細工師が言う。
「細かいものほど、作るのに手間がかかる」
「世の中、つらいね」
「そうだな」
アルドが頷いた。風導石は、三軒目でようやく見つかった。淡い緑色の小石で、風魔法の流れを整えるために使うらしい。
ノルが手に取ると、石の中を小さな風が走ったように見えた。
「これ、好きかも」
「銃に合いそう?」
ルシアンが聞く。
「うん。弾の通り道がまっすぐになる感じがする」
「ノル、嬉しそう」
「嬉しい」
ノルは素直に言った。衝撃吸収材と魔力弾道用の細工材も、午後前には揃った。途中、アルドが用途の分からない赤い鉱石に足を止めかけたが、ノルとルシアンに同時に止められた。
「見るだけだ」
「アルド、それ買う顔だった」
「買わない」
「買う顔だったよ」
ルシアンにも言われ、アルドは黙った。
◇
素材を揃えた三人は、その足で鍛冶屋へ向かった。扉を開けると、炉の熱が頬を撫でる。親父は奥で槌を振るっていた。
こちらを見ると、手を止める。
「早ぇな」
「揃えました」
アルドが言う。ノルは素材を一つずつ作業台に並べた。耐久銃身材。精密機構用の小型歯車。風導石。
衝撃吸収材。魔力弾道用の細工材。そして、二つの風鱗鉱石。親父の目が、そこで止まった。
「この量の風鱗鉱石、大変だったろ」
ノルは少しだけ照れたように言った。
「半分は、お礼でもらった」
「礼?」
「任務で助けた村の村長さんが。私たちが採ったって話したんだけど、それでも感謝の気持ちだからって」
親父はしばらく風鱗鉱石を見ていた。淡い緑の表面に、風の鱗のような模様が浮かんでいる。やがて、親父は低く笑った。
「じゃあ、その気持ちを俺が形にしねぇとな」
ノルが顔を上げる。親父は素材をまとめ、奥へ持っていく。
「あとは任せろ」
「お願いします」
ノルは深く頭を下げた。親父は振り返らずに手を振る。
「嬢ちゃん」
「何?」
「出来上がるまで、古い銃のことばかり考えるなよ」
ノルは少しだけ黙った。それから、小さく笑った。
「難しいね」
「だろうな」
親父は炉の奥へ消えた。槌を打つ音が、しばらくして響き始める。かん。
かん。かん。ノルはその音を聞いていた。何かが終わり、何かが始まる音だった。
◇
その頃、レイスとセレスは王都西区の書店にいた。魔法書を多く扱う古い店で、壁一面に分厚い本が並んでいる。火炎、雷荷、水流、旋風、大地、治癒、防御、魔力制御。
分類ごとに棚が分かれており、奥の棚には複合魔法に関する本が集められていた。セレスは本の背表紙を見上げた。
「思ったより多いのね」
「多いが、実戦で使えるものは少ない」
レイスが一冊を抜き取る。
「複合魔法は、二つの属性をただ同時に使えばいいわけではない。魔力の流れが衝突すれば、威力が落ちる。悪ければ暴発する」
「昨日の雷流は?」
「雷を主にして、水を媒介にした。水流で対象を絡め取り、雷荷で痺れさせる。水を攻撃に使うのではなく、雷の通り道として扱う」
セレスは興味深そうに頷いた。
「水を主にした場合は?」
「拘束力は上がるが、痺れは弱くなる。代わりに広範囲へ伸ばせる」
「なるほど」
レイスは棚から別の本を取る。
「昨日の発想は、バルトを見ていて思いついた」
「バルト?」
セレスが意外そうな顔をする。
「あいつは大地で拳を固め、その上から炎を乗せる。大地と火炎を同時に放っているように見えるが、実際は役割が違う。大地が形を作り、炎が威力を上げる」
「つまり、属性ごとに役割を分ける」
「そうだ」
レイスは本を開き、図を指で示した。
「複合魔法で重要なのは、どちらが主で、どちらが補助かを決めることだ。主が曖昧だと、魔力の流れが乱れる。逆に役割が明確なら、二つの属性が一つの術式として動く」
セレスは真剣に聞いていた。
「私なら、水流と大地か、あるいは水流と旋風?」
「相性は良い。水流で動きを作り、旋風で速度を上げる。大地を使えば拘束や足場形成に向く」
「治療には?」
「混ぜすぎるな。治療は流れが繊細だ。無理に複合させると傷口を荒らす」
「分かった」
セレスは一冊の本を手に取った。
「これ、良さそう」
表紙には『水流魔法の応用と複合基礎』と書かれている。レイスは中を確認した。
「悪くない。理論が古いが、基礎としては堅い」
「じゃあこれにする」
「俺はこれだな」
レイスは『雷荷複合魔法・実戦編』を手に取った。
「難しそう」
「難しい本を読むために来た」
「そういうところ、レイスらしいわね」
セレスは笑った。レイスは何も言わず本を閉じた。ただ、少しだけ口元が緩んでいた。
◇
ルカとエディンは、武器露店の並ぶ通りにいた。短剣、ナイフ、小型斧、投げ刃、鎖付きの刃。ルカは目移りしていた。
エディンは楽しそうに隣を歩く。
「ルカちゃんは、軽いだけの短剣じゃ物足りないわねぇ」
「そうですか?」
「あなた、銃と蹴りと短剣を混ぜるでしょう? 軽すぎると蹴り込んだ時に刃が逃げるわ」
「なるほど」
「でも重すぎると、持ち替えが鈍る。刃渡りは短め、柄は少し太め、投げても刺しても使えるものがいいわぁ」
エディンは露店の前で足を止めた。そこに、黒い柄の短剣が二本並んでいた。刃は少し厚い。
切るより、刺すことに向いている。だが重心は手元に近く、取り回しは良さそうだった。
「これね」
エディンが言う。ルカは手に取った。
「持ちやすいです」
「でしょ」
露店の主人が笑う。
「いい目をしてるね。そいつは二十万セリオだ」
「二十万……」
ルカの表情が固まる。エディンはゆっくりと店主へ微笑んだ。
「あらぁ、素敵な品ねぇ。でも、二十万は少し強気じゃないかしら」
店主の顔が変わった。エディンは身を乗り出す。声は柔らかく、目は甘い。
「この子、これからもっと強くなるの。いい短剣を持たせてあげたいのよぉ」
「そ、そうかい」
「十五万くらいなら、おねぇさんとっても嬉しいわぁ」
店主は数秒、完全に見惚れていた。そして、咳払いをする。
「……十五万でいい」
「本当?」
「あ、ああ。今日は気分がいいからな」
エディンはにこっと笑った。
「ありがとう。男前ねぇ」
店主は照れていた。ルカは感動した顔でエディンを見る。
「エディンさん、すごいです」
「勉強になった?」
「なりました」
エディンは十五万セリオを払い、短剣を受け取った。そして、それをルカに差し出す。
「はい。おねぇさんからの贈り物」
「えっ」
「使いなさい」
「でも、十五万」
「いいのよぉ。強くなったら、その分おねぇさんを守ってくれれば」
ルカの目が輝いた。
「ありがとうございます!」
露店を離れると、ルカはエディンへ手を上げた。エディンも笑って手を合わせる。ぱん、と軽い音。
二人はハイタッチした。
「やりました!」
「やったわねぇ」
ルカは新しい短剣を腰に差し、胸を張った。完全に自慢げだった。エディンはそれを見て楽しそうに笑った。
次に二人は、アクセサリー露店へ向かった。エディンは色とりどりの耳飾りや首飾りを見ている。ルカは真剣な顔で品物を見比べていた。
そして、一つのブレスレットを手に取る。細い銀の輪に、紫がかった小さな石が三つ並んでいる。
「エディンさん、これ似合いそうです」
「あら、見る目あるじゃない」
店番のおばちゃんが笑った。
「それは十一万セリオだよ」
ルカは一瞬固まった。
だが、すぐにエディンをちらりと見る。
先ほどのエディンの姿を思い出した。ルカは小さく息を吸い、おばちゃんへ向き直る。
「おばさん」
「あら、何だい」
「これ、すごく綺麗です。エディンさんに似合うと思うんです。でも、僕の財布には少し強くて」
ルカは少しだけ首を傾げる。声を柔らかくする。
「八万にしてもらえたら、僕、すごく助かります」
おばちゃんは目を細めた。
「あらまぁ」
ルカは真剣だった。真剣に、可愛くお願いしていた。おばちゃんは数秒耐えた。そして負けた。
「……八万でいいよ」
「本当ですか!」
「そんな顔されたらねぇ」
ルカはぱっと笑った。エディンは横で肩を震わせている。
「ルカちゃん、やるじゃない」
「エディンさんを見本にしました」
「完璧よぉ」
ルカは八万セリオを払い、ブレスレットを受け取った。そして、エディンへ差し出す。
「エディンさんへ。さっきのお礼です」
エディンは一瞬だけ目を丸くした。それから、柔らかく笑った。
「ありがとう、ルカちゃん」
「似合います」
「まだつけてないわよぉ」
「似合います」
「ふふ。じゃあ、つけてみようかしら」
エディンが手首にブレスレットをつける。紫の石が、白い肌の上で静かに光った。ルカは満足げに頷いた。
店を離れると、今度はルカから手を上げた。エディンも合わせる。ぱん。
二度目のハイタッチ。ルカは自慢げだった。エディンは、心底楽しそうに笑っていた。
◇
一方、バルトとゴードは隊舎の訓練場にいた。何をしているか。筋トレである。
しかも、二人とも妙に本気だった。上着を脱ぎ、腕を回し、肩をほぐす。バルトは巨大な石の重りを担いだ。
「兄弟。今日は脚からだ」
ゴードは静かに頷く。
「脚は土台だ」
「分かってるじゃねぇか」
バルトはにやりと笑った。
「腰だけ落とすな。踵を地面につけたまま、尻を後ろへ引け。腹に力入れて、足の裏全部で押し返す」
「踵を浮かせるな」
「そうだ。拳も同じだ。足元が浮いたら、上でどれだけ力んでも軽くなる」
ゴードが石の重りを持ち上げる。沈む。上がる。
もう一度沈み、また上がる。
遅いが、身体の軸はぶれない。バルトの目が輝いた。
「いいぞ兄弟! でも腹を抜くな。中から一本、柱が通ってるつもりで固めろ!」
「呼吸は」
「止めっぱなしにすんな。吸って固めて、上がりながら吐け。殴られても姿勢を潰すな」
ゴードは短く息を吸い、もう一度沈んだ。今度は石の重りが上がる瞬間まで、腰がほとんど揺れない。
「それだ!」
次は腕立てだった。背中へ石を乗せ、片手を台へ、もう片手を地面へ置く。高さを変えながら、二人は黙々と身体を上下させた。
「肩だけで押すなよ。背中まで使え」
「盾を押す時と同じだ」
「そう! 腕だけで押したら、でけぇ相手には負ける。足から腰、腹、背中、最後に腕だ。全部繋げろ」
ゴードの目が少しだけ動いた。
「いい言葉だ」
「だろ!」
二人は本気だった。
汗が流れる。呼吸が重くなる。腕も脚も震え始める。
それなのに、二人の表情だけは妙に晴れやかだった。最後は互いの前腕を掴み合った。押す。
引く。握った手が軋む。
「いい腕だ、兄弟」
「お前もな」
「まだいけるな」
「ああ」
「次、懸垂!」
「望むところだ」
暑苦しかった。あまりにも暑苦しかった。その後、二人は訓練場裏の浴場で水をかぶった。
バルトは濡れた髪をかき上げ、満足そうに笑う。
「いい鍛錬だったな、兄弟」
「ああ」
「またやるか」
「当然だ」
バルトが拳を差し出す。ゴードも拳を合わせた。ごつ、と鈍い音がした。
◇
夜。煤鳩亭には第一部隊が集まっていた。任務ではない。ただの飲み会。
そして、今日それぞれが何をしていたかの報告会だった。ドランが料理を並べ、ミナが杯を配る。ルシアンは果実酒ではなく、今日は果実水を持っていた。
「今日は飲まないの?」
ミナが笑う。
「しばらく禁酒します」
ルシアンは真剣だった。レイスは静かに頷いた。
「賢明だ」
「本当にごめん……」
「もういい」
少しだけ笑いが起きる。まず、アルドとノルとルシアンが素材集めの報告をした。
「風鱗鉱石以外も全部渡してきた」
アルドが言う。
「親父さん、すごくいい顔してたよ」
ルシアンが続ける。
「村長さんにもらった風鱗鉱石のことを話したら、『その気持ちを俺が形にしねぇとな』って」
ノルは杯を両手で持っていた。中身は酒ではなく水だ。
「新しい銃、楽しみ」
その声は小さかったが、嬉しそうだった。皆が自然に笑った。
「絶対すごいのができるよ」
ルカが言う。
「私もそう思う」
セレスも頷いた。次に、レイスとセレスが魔法書の話をした。レイスは買った本を取り出す。
「雷荷複合魔法の本だ。しばらくこれを読む」
「セレスちゃんも買ったの?」
ミナが聞く。
「水流魔法の応用本をね。レイスに少し教えてもらったけど、面白かったわ」
レイスは淡々と言う。
「複合魔法は、属性を足すだけではない。役割を分けることが重要だ」
バルトが胸を張る。
「俺様の拳が参考になったらしいぞ!」
「そこだけ聞くとすごいけど」
ノルが言う。
「本当に参考になったんだから面倒ね」
セレスが笑う。バルトはさらに胸を張った。次に、ルカとエディンが報告した。ルカは新しい短剣を見せる。
「エディンさんに選んでもらいました」
「いい短剣ね」
ルシアンが言う。
「はい。それで、エディンさんが十五万まで値切ってくれました」
エディンは手首を見せる。紫の石がついたブレスレットが光っていた。
「ルカちゃんは、これを八万まで値切ったのよぉ」
「頑張りました」
ルカは誇らしげだった。
「二人で何を学んできたんだ」
レイスが言う。
「交渉術です」
ルカは真面目に答えた。
「違う気がする」
ノルが呟く。エディンは楽しそうに笑っていた。そして最後に、バルトが立ち上がった。
「では、俺様と兄弟の報告だ!」
周囲の反応は薄かった。アルドは料理を食べている。ノルはノルで自分の素材の話をまた聞き返している。
ルシアンとエディンはブレスレットを見ている。レイスは本を開きかけている。セレスはその様子を見ながら果実水を飲んでいる。
ルカはナイフの鞘を確認している。
「おい! 聞け!」
バルトが叫ぶ。ミナだけが笑っていた。
「聞いてるよ、バルトさん」
「俺様とゴードは今日、魂の鍛錬をした!」
「筋トレでしょ」
ノルが言う。
「筋トレと言うな! 筋肉との対話だ!」
「はいはい」
「脚から始めて、腰と腹を固めて、足元から拳まで力を繋ぐ話をだな――」
そのあたりで、ほとんどの者が聞いていなかった。バルトの声だけが熱く響く。
だが反応は薄い。
少しずつ、バルトの肩が落ちていく。
「……大事なんだぞ」
小さく呟いた。その時だった。黙っていたゴードが、自分の麦酒の瓶を手に取った。
バルトの空になりかけた杯へ、静かに注ぐ。泡がゆっくり立った。バルトが顔を上げる。
ゴードは何も言わない。ただ、にこやかに笑っていた。バルトの目に、涙が滲んだ。
「兄弟よ!」
ゴードは静かに頷いた。
「ああ」
バルトはジョッキを掲げる。
「筋肉に!」
ゴードもジョッキを掲げた。
「友情に」
二人は杯をぶつけた。ごん、と重い音がした。厨房の入り口で、その光景を見ていたミナが二人を指差し、隣のドランを見上げる。
「何? あれ」
ドランは腕を組み、渋い顔で頷いた。
「男にしか分かんねぇもんがあるのさ」
ミナはしばらくバルトとゴードを見ていた。バルトは泣きながら麦酒を飲み、ゴードは静かに笑っている。暑苦しい。
意味は分からない。
でも、なんとなく幸せそうではある。
ミナは小さく頷いた。
「別に分からなくていっか」
煤鳩亭の夜は、今日も賑やかだった。
今回もお読みいただきありがとうございました。
引き続き毎日20時頃の更新になりますので、よろしくお願いします。




