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サビレチャッタ村

「寂れてそうな村だね」


 馬上で、ノルがぽつりと言った。王都から少し離れた街道。第一部隊は、昼の光の下を進んでいた。


 空はよく晴れている。風も穏やかで、遠くには低い丘と、ところどころに枯れた畑が見えた。道そのものは荒れていない。だが、人の往来は少なかった。


 アルドは手綱を握りながら、ノルを見た。


「まだ村見えてないぞ」


「名前がもう寂れてる」


「サビレチャッタ村だからな」


「つけた人、もうちょっと頑張れなかったのかな」


 ノルは遠い目をした。隣でバルトが笑う。


「分かりやすくていいじゃねぇか! 俺様は嫌いじゃねぇぞ!」


「バルトは何でも勢いで受け入れるからでしょ」


「褒め言葉か?」


「違う」


 セレスが周囲を見ながら苦笑した。


「でも、名前だけなら冗談みたいよね」


 ルシアンも頷く。


「うん。村の人たちは気にしてないのかな」


「気にしていたら改名してるだろ」


 レイスが淡々と言った。今日の任務は、王都近郊にあるサビレチャッタ村周辺での夜骸《やがい》討祓だった。数日前から、夜間に雑級らしき影が複数確認されている。


 その後、家畜小屋が壊され、村外れの廃屋に低級と思われる爪痕が残った。村の規模は小さい。早めに対処しなければ、サビレチャッタ村そのものが危険になる。


 そのため、第一部隊が派遣された。ただし、今日は全員ではない。ルカは第二部隊の応援任務に出ている。


 エディンは野暮用があると言って、朝から姿がなかった。野暮用、という言い方がすでに怪しいとレイスは言ったが、エディンは笑って「女には色々あるのよぉ」とだけ残して消えた。


 追及しても無駄だった。なので今回の参加者は、アルド、レイス、ルシアン、バルト、ノル、セレス、ゴード。七人での任務だった。


 アルドの腰には、新しい剣がある。緋灼鉱石《ひしゃくこうせき》を用いた、まだ名前もない新しい相棒。今日が実戦での初使用になる。


 ルシアンの指には美しい指輪がある。太陽に左手をかざすと中央の青い宝石が日光に照らされ明るく輝く。


「ふふっ、綺麗」


 ルシアンは、さっきから何度も同じように左手を光へかざしている。アルドも、何度も剣の柄へ視線を落としていた。レイスが横目で見る。


「嬉しいのは分かるが、任務中だ」


「分かってる」


「昨日からそればかり見ている」


「見てない」


「今見ていた」


「少しだけ」


「少しが多い」


 ノルが鼻で笑った。


「アルド、完全に新しい玩具を買ってもらった子供だね」


「玩具じゃない」


「じゃあ新しい相棒?」


 ルシアンが言うと、アルドは少しだけ表情を緩めた。


「……そうだな。緋喰刃《ひくいじん》……」


「緋喰刃?」


 アルドは剣を眺めながら呟く。


「ああ。こいつの名前は、今日から緋喰刃だ」


 レイスが額を押さえる。


「やりすぎだろ……」


「別にいいだろ! 俺の炎を喰って、さらに燃え上がる刃だ。緋灼鉱石も使ってるし」


 ノルが小さく笑う。


「分かりやす」


 バルトが豪快に笑う


「いいじゃねぇか!カシラにピッタリだ!」


「確かにピッタリだね、少し子供っぽいけど」


 セレスは剣を見ながら笑っている。ルシアンは口元を手で覆いながらアルドの顔を見る


「いいと思うよ」


「だろ!?」


 アルドは自慢げに緋喰刃を鞘に収めた。ゴードはその光景を見ながら頷いていた。しばらく進むと、道の先に村が見えてきた。


 木造の家々が並ぶ、小さな村だった。


 だが、確かに寂れていた。


 畑の半分は耕されておらず、使われていない井戸には板が被せられている。家の壁はところどころ剥がれ、屋根の修理も追いついていない。通りに人影はあるが、数は少ない。


 村の入り口には、古びた木の看板が立っていた。そこには大きく、こう書かれている。サビレチャッタ村。


「本当にサビレチャッタ村って書いてある」


 セレスが言った。


「そりゃそうだろ」


 バルトが笑う。


「いや、実物で見ると破壊力あるね」


 ノルが呟く。村の入り口で、年配の男が一行を待っていた。痩せた体に、何度も繕った上着。


 白髪混じりの髪。


 だが背筋は伸びている。


「王都討祓軍《おうととうばつぐん》の方々ですな」


 男は深く頭を下げた。


「お待ちしておりました。私がこのサビレチャッタ村の村長です」


「第一部隊隊長、アルドです」


 アルドも軽く頭を下げる。


「夜骸の件、詳しく聞かせてください」


「はい。こちらへ」


 村長は村の中へ案内した。歩きながら、ノルが小声で言う。


「村長に聞いてみてよ」


「何を」


「名前」


「やだよ」


 アルドは小声で返した。


 だが村長は耳が良かったらしい。


 少し困ったように笑った。


「ああ、村名ですな」


 全員が一瞬だけ気まずくなる。村長は苦笑した。


「よく言われます。昔は栄えていた村だったんです。鉄の小鉱山と旅人宿で栄えておりまして。ところが鉱脈が細り、街道も東側へ付け替えられ、若い者も王都へ出てしまいまして」


 村長は、傷んだ家並みを見回した。


「寂れちゃったんです」


 アルドは真面目に頷いた。


「寂れちゃったんですね」


 数秒、沈黙が落ちた。ノルが顔を逸らす。セレスが口元を押さえる。バルトは肩を震わせていた。


 ルシアンは必死に笑わないようにしている。レイスだけが無表情だった。村長は、少し恥ずかしそうに笑った。


「村の名前がサカエテル村とかだったら寂れなかったかもしれませんな」


「すみません」


 アルドが少し慌てた。


「いえいえ。もう皆、慣れております」


 村長は手を振った。


「名前は情けないですが、ここで暮らす者にとっては大事な村です」


 その言葉に、アルドの表情が引き締まる。


「守ります」


 村長は深く頭を下げた。


         ◇


 夜骸が目撃されたのは、村の北側だった。使われなくなった倉庫群と、朽ちた家屋が並ぶ一角。かつて鉱山へ向かう職人や旅人が使っていた宿場の跡だという。


 今はほとんどが空き家で、柱は傷み、床板も抜けている。路地は狭く、崩れた壁や放置された荷車が道を塞いでいた。戦いやすい場所ではなかった。


 アルドは周囲を見る。


「ボロいな」


「戦闘スペースが限られる」


 レイスが言う。


「広場に誘導できればいいが、夜骸の数によっては乱戦になる」


 ゴードが盾を構え直した。


「村の人間は?」


「南側の集会所へ避難させます」


 村長が答える。


「北側にはもう誰も住んでおりません」


「なら、多少壊れても大丈夫か?」


 バルトが拳を鳴らす。村長の顔が引きつった。


「で、できれば多少でお願いしたいです」


「バルト。壊すな」


 レイスが言う。


「分かってるって!」


「その返事は信用できない」


 ノルは長銃を肩に担ぎ、路地の奥を見た。


「狭いね。長銃、取り回し悪いかも」


 ノルは長銃の機構を確認した。銃身には細かな傷があった。何度も使い込まれた銃だ。


 森でも、村でも、夜の戦場でも、ノルはこの長銃で仲間の隙間を撃ち抜いてきた。アルドがそれを見た。


「調子悪いのか?」


「んー。最近ちょっと機嫌悪い」


「整備は?」


「してる。してるけど、酷使しすぎたかも」


 ノルは軽く銃身を叩いた。


「まあ、まだいけるでしょ」


 レイスがそれを見て眉を寄せる。


「無理はするな」


「分かってる」


 ノルは短く答えた。日が傾き始める。村の北側に、長い影が伸びていった。


         ◇


 夜が落ちると、サビレチャッタ村は別の顔になった。昼間でさえ古びて見えた家々が、闇の中では崩れかけた骨のように見える。風が抜けるたび、どこかの戸板がぎい、と鳴った。


 第一部隊は北側の空き家群に展開していた。村人はすでに避難済み。あとは夜骸を待つだけだった。


 ルシアンはゴードの近くに立ち、治療と防御に備えている。セレスは水流魔法で足元の泥や瓦礫を確認し、退避路を作っていた。バルトは拳を鳴らしながら路地の入口に立つ。


 ノルは壊れた二階建ての家屋の屋根に上がり、長銃を構えた。アルドは新しい剣の柄を握る。緋喰刃。


 手の中で、静かに待っている。


「アルド」


 レイスが隣に立つ。


「最初から飛ばしすぎるなよ」


「分かってる」


「本当に分かっている時の顔ではない」


「今日は分かってる」


 アルドは剣を抜いた。刃が月明かりを受ける。銀の奥に、緋色の筋が沈んでいる。まだ炎は通していない。


 それでも、剣が熱を待っているような気がした。その時、路地の奥から音がした。ぬちゃり。


 湿ったものが地面を這う音。続いて、低い唸り。


「来る」


 レイスが言った。崩れた家屋の隙間から、最初に現れたのは雑級だった。泥と苔と古い木片が混ざったような、形の定まらない塊。


 それが一体、二体、三体。反対側の路地からも、同じような影が出てくる。


「雑級六」


 ノルが屋根の上から言った。


「その後ろ、低級もいる」


 低級夜骸が姿を見せた。犬に似たもの。猪に似たもの。大きな猿のようなもの。さらに二体。


 計五体。狭い路地に、十一体の夜骸が溢れた。


「多いな」


 セレスが短く言う。


「広場に誘導する」


 レイスが指示を出す。


「ゴードさん、村側お願いします。ルシアンもそっちを塞げ。セレス、足場を整えろ。バルトは右の低級を止めろ。ノル、雑級を減らせ。アルド、中央を開けるぞ」


「了解!」


 全員が動いた。


 だが、夜骸は思ったより早かった。


 雑級が壁を這い、屋根から落ちる。低級が狭い路地を体で押し広げながら突っ込んでくる。崩れかけた家屋が揺れ、古い木材が落ちた。


 戦場は一瞬で乱れた。


「くそ、狭い!」


 バルトが猪型低級の突進を受け止める。拳に大地魔法を纏わせ、牙を弾く。


 だが横から雑級が足元に絡みついた。


「鬱陶しいんだよ!」


 バルトが蹴り飛ばす。その隙に、犬型の低級が横から爪を振るった。バルトの肩に浅い傷が走る。


「バルト!」


「軽い!」


 バルトはすぐに拳を振り返した。炎が短く爆ぜ、低級の鼻面を殴り飛ばす。一方、アルドは中央で剣を構えていた。


 低級二体が進路を塞ぐ。雑級が地面を這って足を狙う。


「火炎壱式 炎刃《えんじん》!」


 アルドの魔力が剣へ流れた。炎が刃を包む。


 だが、前の剣とは違った。


 炎は表面で荒れない。緋色の筋に沿って、鋼の奥へすっと入る。次の瞬間、刃の輪郭が赤く激しく燃え上がった。


「おお……!」


 アルドは思わず声を漏らす。


「感動してる場合か!」


 レイスが雷を纏った剣で雑級を斬り払う。アルドは笑った。


「分かってる!」


 剣を振る。炎の刃が、低級の前脚を深く裂いた。手応えが軽い。


 だが軽すぎない。


 斬った瞬間、炎が傷口の奥へ走る。低級が大きく仰け反った。


「すごいな、これ……!」


「だから感動するな!」


 レイスが怒鳴る。ルシアンが水流の膜を張り、村側へ向かおうとした雑級を弾き返した。いや、弾き飛ばした。


「わっ!なにこの威力!この指輪すごい!」


 ルシアンは驚きつつも笑っている。


「ダメおしだ」


 ゴードの盾が雑級をまとめて弾く。盾に泥と苔が潰れ、嫌な音を立てた。セレスは崩れた井戸の周囲に水を走らせ、滑る足場を作る。


 猿型の低級が壁を蹴って跳んだ瞬間、その足が水に取られた。


「ノル!」


「見えてる!」


 屋根の上から長銃の音が響く。弾丸が低級の肩を撃ち抜いた。低級が体勢を崩す。


 セレスが短剣を抜き、落ちてきた低級の腕の腱を切る。レイスの雷がそこへ重なり、低級が痙攣した。乱戦だった。


 誰かが一体を倒す間に、別の夜骸が横から来る。広く動けない。跳べば屋根が崩れる。


 大きな魔法を撃てば、家屋が巻き込まれて道が塞がる。アルドも炎を抑えながら戦っていた。新しい剣は強い。


 だが、場所が悪い。


「雑級、左から三!」


 ノルが叫ぶ。長銃を構え直す。銃身の奥で、かすかな異音がした。きし、と乾いた音。ノルの眉が動く。


「……っ」


 それでも、撃った。


 一発目。雑級の核に当たる。二発目。壁を這う雑級を撃ち落とす。


 三発目を撃とうとした瞬間、銃身の内側で火花が散った。音が変わった。弾けるような、嫌な音。


「ノル!」


 レイスが気づいた。次の瞬間、長銃が暴発した。屋根の上で、乾いた破裂音が響く。銃身の一部が裂け、金属片が飛んだ。ノルの左腕に血が走る。


「くっ……!」


 ノルは体勢を崩した。足元の屋根板が割れる。落ちる。


 そう見えた瞬間、セレスの水流が屋根下から伸びた。ノルの体を横へ押し流し、崩れた屋根の端ではなく、隣の低い物置の上へ落とす。


「ノル!」


 ルシアンが叫ぶ。


「生きてる!」


 ノルは歯を食いしばって答えた。


 だが、長銃は手元で完全に壊れていた。


 銃身は裂け、機構部から煙が上がっている。ノルは一瞬だけ、それを見た。目が揺れる。


「無理するな!下がってろ!」


 アルドが叫ぶ。


「無理じゃない!」


 ノルが手を小銃の形に構えると指先に風が巻き弾丸を作り出す。


「旋風壱式 空弾《くうだん》!」


 雑級を撃った。狙いは正確だった。


 だが、長銃の時ほど遠くも深くも届かない。


 戦線が一気に狭くなる。


「ノルの射線が落ちた。詰めるぞ」


 レイスが判断する。


「アルド、前に出ろ。バルト、右を押し返せ。ゴードさん、村側は絶対通さないでください」


「了解!」


 アルドは踏み込んだ。新しい剣に炎を通す。今度は先ほどより少し強く。


 刃の緋色が、夜の中で鮮やかに浮かび上がった。熱が手元へ返りすぎない。剣がついてくる。


「火炎弐式 炎牙《えんが》!」


 炎が牙の形を取り、低級の首筋へ食い込む。前の剣なら、少し遅れていたかもしれない。


 だが今は、炎が刃と一緒に走る。


 低級の首が深く裂け、黒い液が飛んだ。


「一体!」


 バルトが右で吠える。


「俺様も続く!」


 拳に岩を纏わせ、低級の横腹を殴る。


 だが足元の瓦礫が崩れた。


 体勢がわずかに流れる。低級の爪がバルトの脇を掠めた。血が滲む。


「ちっ!」


 バルトはそのまま肩で低級を押し返し、炎を乗せた拳を叩き込んだ。レイスは猿型の低級へ斬り込み、雷で動きを止める。セレスが足元の水を操り、低級の膝を滑らせた。


 ゴードが盾で押し込み、ルシアンが水流の刃で雑級を削る。ノルは左腕から血を流しながら、旋風魔法で近づく雑級だけを確実に撃った。


 長銃がない。その穴を、全員で埋める。


「中央、開いた!」


 セレスが叫ぶ。


「ルシアン、村側頼む!」


「うん!」


 ルシアンが防御膜を重ねる。アルドとレイスが同時に前へ出た。残る低級二体。雑級二体。狭い路地で、夜骸が暴れる。


 崩れた壁が落ち、埃が舞った。アルドの剣が炎を引く。レイスの雷が夜を裂く。バルトの拳が低級の顎を砕く。ゴードの盾が雑級を押し潰す。


 セレスの水流が足場を奪う。ルシアンの支援が背中を押す。ノルの魔法が最後の雑級の核を撃ち抜いた。


 最後の低級が、アルドへ飛びかかる。アルドは一歩も引かず、剣を構えた。炎が静かに刃へ流れる。暴れない。荒れない。


 それなのに、強い。


「終わりだ」


 アルドは剣を振った。炎の軌跡が夜に線を引く。低級の体が斜めに裂け、崩れ落ちた。戦闘が終わった。


         ◇


 しばらく、誰も動かなかった。崩れた家屋の隙間を、夜風が抜けていく。アルドは息を吐き、剣を下ろした。


 刃には黒い液がついている。


 だが、炎の通りに乱れはない。


 手元も熱くなりすぎていない。新しい剣は、確かに戦えた。だが今は、それより先に見るべきものがあった。


「ノル!」


 ルシアンが駆け寄る。ノルは物置の上から降りようとして、顔をしかめた。


「大丈夫。腕だけ」


「大丈夫じゃない」


 ルシアンがすぐに傷を見る。左腕の複数箇所に金属片が刺さり、血が流れていた。深すぎる傷ではない。


 だが痛々しい。


 ノルは壊れた長銃を右手で持っていた。ルシアンが治療を始めても、視線は銃から離れない。


「……完全に死んだね、これ」


 ノルの声は軽くしようとしていた。


 でも、軽くなりきっていなかった。


 レイスが壊れた長銃を見る。


「暴発か」


「うん。機構部が限界だったのかも」


「無理をしたな」


「まあね」


 ノルは小さく息を吐く。


「でも撃たないと抜かれてた」


 レイスは否定しなかった。アルドも近づく。


「ノル、悪い。気づくのが遅れた」


「アルドのせいじゃないよ。私の銃の問題」


「修理できるか?」


 ノルは銃身を見た。裂けた金属。焦げた機構部。歪んだ照準。少しだけ、目を細める。


「……たぶん、無理」


 短い沈黙。ノルは肩をすくめた。


「まあ、形あるものは壊れるってやつ」


「無理して軽くするな」


 セレスが言う。


「してない」


「してる」


 ノルは返事をしなかった。バルトが脇の傷を押さえながら近づく。


「新しいの買えばいいだろ! もっと強ぇやつ!」


「簡単に言うね」


「強い方がいいじゃねぇか!」


「まあ、それはそう」


 ノルは少しだけ笑った。ルシアンが治療を終える。


「しばらくは無理に動かさないでね」


「了解」


「本当に?」


「うん」


 レイスがため息をつく。


「村長へ討伐完了を伝える。周辺確認後、朝まで警戒するぞ」


「了解」


 アルドは新しい剣を鞘に戻した。その音は、静かだった。


         ◇


 夜明け前、村長は何度も頭を下げた。


「ありがとうございます。本当に、ありがとうございます」


「被害が広がる前でよかったです」


 アルドが答える。村長は北側の廃屋群を見た。いくつかの壁はさらに崩れ、路地は夜骸の残骸と瓦礫で荒れている。


 それでも、村の中心部は無事だった。


「寂れた村ですが」


 村長は小さく言った。


「まだ、ここで暮らす者がおります」


「はい」


 アルドは頷いた。


「分かっています」


 村長は深く頭を下げた。ふざけているのは名前だけだった。そこに暮らす人たちは、本気でこの村を守ろうとしていた。


 そして第一部隊も、本気でそれを守りに来た。朝日が、傷んだ屋根を薄く照らし始める。サビレチャッタ村は、たしかに寂れていた。


 それでも、まだ終わってはいなかった。


         ◇


 帰り道、ノルは壊れた長銃を布に包んで抱えていた。左腕には包帯。表情はいつも通りに見える。


 だが、いつもより少しだけ口数が少ない。


 バルトは脇の傷を気にする様子もなく歩いている。


「なあノル」


「何」


「次はもっとでけぇ銃にしようぜ」


「なんで」


「強そうだから」


「馬鹿の発想」


「褒めてる?」


「褒めてない」


 バルトは笑う。ノルも、少しだけ笑った。アルドはその様子を見てから、腰の新しい剣に触れた。


 新しい相棒は、今日の戦いで確かな手応えをくれた。だが同時に、長く共に戦ってきた道具が壊れる瞬間も見た。武器はただの道具ではない。


 少なくとも、戦場に立つ者にとっては。レイスが隣を歩きながら言う。


「王都に戻ったら、ノルの銃の件をローグ様に報告する」


「ああ」


「新調が必要だ」


「だな」


 ノルが後ろから言う。


「高いよ」


 アルドは振り返った。


「必要なら何とかする」


「アルド、そういうこと簡単に言うよね」


「簡単じゃない。でも必要だろ」


 ノルは少しだけ目を伏せた。そして、壊れた長銃を抱え直す。


「……まあね」


 朝の光の中、第一部隊は王都へ戻っていく。任務は終わった。村は守られた。


 だが、次の準備が必要だった。


 ノルの腕に巻かれた包帯と、布に包まれた壊れた長銃が、そのことを静かに告げていた。

今回もお読みいただきありがとうございました。

引き続き毎日20時頃の更新になりますので、よろしくお願いします。

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