女子会と男子会
旧材木道近くの盗賊騒ぎから、王都に何度か月が昇った。その間にも、第一部隊は小さな任務に出て、戻り、煤鳩亭で飯を食べ、隊舎で騒ぎ、また翌朝にはそれぞれの仕事へ向かった。赤い短鎖を下げていた盗賊たちのことは、まだ分からないままだった。捕らえた者達は全員、情報を渡す前に死んだ。レイスはその件について、数日経っても機嫌が悪かった。ノルも普段より口数が少なかった。アルドは何度かローグレスに呼ばれ、報告書に目を通した。
それでも、王都の朝は変わらず来る。任務のない日もある。甘いものを食べる約束も、重い空気を抱えたまま腹を満たす時間も、同じようにやってくる。その日、王都広場の噴水前には、いつもより少し華やかな空気があった。
「ルシアンさーん!」
真っ先に手を振ったのはミナだった。煤鳩亭で働いている時とは違い、今日は淡い色の外套を羽織っている。手には小さな店の包み紙が握られていて、どうやら待ち合わせ前にすでに菓子を買っていたらしい。
「ミナちゃん、早いね」
ルシアンが笑って近づく。
「楽しみで早く来ちゃいました!」
「それ、もう何か買ってるでしょ」
ノルが横から言った。ノルはいつも通りの表情だったが、今日は任務用の外套ではなく、少し軽い上着を着ていた。本人は普段と変わらないつもりなのだろうが、銃を持っていないだけでだいぶ休日らしく見える。ミナは包みを背中に隠した。
「これは、その……待ち合わせ前のおやつです」
「これからカフェ行くのに?」
「カフェ前のおやつです」
「強い」
ノルが短く言うと、ミナは少し得意げに笑った。少し遅れて、フィオナが広場に現れた。姿勢はいつも通りきっちりしている。服装も休日らしくはあるのだが、歩き方と目つきが完全に第四部隊隊長のそれだった。その後ろから、マリエルが少し小さくなりながらついてくる。
「あ、あの、本日はお誘いいただき、ありがとうございます……!」
マリエルは噴水前に着くなり深々と頭を下げた。ミナが慌てて両手を振る。
「そんなにかしこまらなくて大丈夫ですよ!」
「そ、そうでしょうか……?」
「大丈夫です! 今日は女子会です!」
「じょ、女子会……」
マリエルはその単語を噛みしめるように呟いた。フィオナが横から淡々と言う。
「マリエル、仕事ではないのだから、もう少し肩の力を抜きなさい」
「は、はい。努力します」
「努力が必要な時点で固いわ」
「す、すみません……!」
「謝らなくていいのよ」
ルシアンは微笑んだ。
「今日はみんなでゆっくりお茶しましょう。マリエルさんが来てくれて嬉しいです」
「ルシアンさん……ありがとうございます……」
マリエルの頬が少しだけ緩む。ノルはその様子を見て、噴水の縁に腰かけたまま呟いた。
「今日、甘い空気濃そう」
「ノルも楽しみにしてたでしょ?」
ルシアンが聞くと、ノルは目を逸らした。
「まあ、少しだけ」
「素直じゃないですねぇ」
ミナが笑う。
「うるさい」
女子達は笑いながら、王都広場からカフェへ向かった。その同じ頃。王都討祓軍の廊下には、甘さとは正反対の空気が流れていた。
「先日の任務については、申し訳ありませんでした」
ルカは第二部隊隊長ヴァルムの前で、深く頭を下げていた。ヴァルムは腕を組み、表情をほとんど変えずにルカを見下ろしている。大柄で、無駄がなく、そこに立っているだけで廊下の圧が増すような男だった。
「謝罪は受け取る」
「はい」
「だが、謝罪だけで次が良くなるわけではない」
「……はい」
「お前は速い。判断も悪くない。だが、第二部隊と動く時、お前の速さは時に隊列を乱す」
「はい」
ルカは背筋を伸ばして返事をした。胃が痛い。自分から謝りに来たのだから当然なのだが、ヴァルムの前に立つと、空気だけで胃が圧縮される気がした。
「次は、最初に周囲の足を見ることだ」
「足、ですか?」
「走る速さではない。踏み込む速さ、引く速さ、迷う速さだ。それを見ろ。そうすれば、お前はもっと使える」
ルカは一瞬、目を見開いた。褒められたのか、怒られたのか、少し分からない。だが、たぶん褒められた。
「ありがとうございます」
「礼を言うところではない」
「す、すみません」
「謝るところでもない」
「はい……」
やはり胃が痛い。そのまま二人で廊下を歩き出した時だった。向こうから、アルドとレイスが歩いてくる。アルドは何かの書類を片手に持ち、レイスはその横で淡々と何かを言っていた。
「だから、ローグさんに渡す前に確認しただろ」
「確認した上で抜けがあった」
「抜けってほどじゃない」
「必要事項が一つ空欄だった」
「ほぼ抜けだな」
「認めるのが遅い」
そんなやり取りをしながら歩いてきた二人は、ヴァルムとルカに気づいて足を止めた。アルドとヴァルムの視線が合う。沈黙。別に喧嘩をしているわけではない。言い合いが始まったわけでもない。
だが、廊下の温度が一段下がったような気がした。ルカの胃が、さらに縮む。
「ヴァルムさん」
アルドが短く声をかける。
「アルド」
ヴァルムも短く返す。レイスはその横で軽く会釈した。
「第二部隊の用件ですか」
「ルカの件だ」
「そうですか」
会話が終わった。早い。早すぎる。ルカは耐えきれなかった。
「あ、あの!」
三人の視線が一斉にルカへ向く。やめてほしい。だが、もう口は動き出していた。
「せっかくなので、皆さんでご飯でもどうですか!」
言った瞬間、ルカは自分の発言を後悔した。断られるための言葉だった。普通なら断られる。この顔ぶれで食事など、誰が望むのか。
「いいな」
アルドが言った。
「構わん」
ヴァルムが言った。
「行くか」
レイスが言った。ルカは絶望した。
「……はい」
断られるために出した提案が、最悪の形で通った。三人は無言で歩き出した。アルド、レイス、ヴァルム。三人の背中が並ぶだけで、廊下が妙に狭く見える。ルカはその後ろを、今にも死地へ向かう兵士のような顔でついていった。
女子達が入ったカフェは、王都広場から少し歩いた場所にあった。白い壁に蔦が絡み、窓辺には小さな花が飾られている。店内には焼き菓子の甘い匂いと、煎れたてのコーヒーの香りが満ちていた。ミナは席に着くなり、目を輝かせた。
「新作の蜂蜜クリームタルトがあります!」
「早い」
ノルがメニューを覗き込みながら言う。
「ミナちゃん、入店してすぐ見つけたね」
ルシアンが笑う。
「甘いものの情報は見逃しません!」
「頼もしいわね」
フィオナは落ち着いてコーヒーを注文した。マリエルはメニューを見て固まっている。
「ど、どれも美味しそうで……選べません……」
「なら、いくつか分けましょう」
フィオナが当然のように言った。
「えっ、よろしいのですか?」
「女子会とはそういうものでしょう」
「そ、そうなのですね……!」
マリエルは何かを学んだ顔をした。ノルが小さく言う。
「たぶん違うけど、まあ合ってる」
しばらくして、テーブルにはコーヒー、果実茶、蜂蜜クリームタルト、焼きリンゴの小皿、木の実のクッキー、季節のベリーを乗せた小さなケーキが並んだ。ミナは目を輝かせ、マリエルは恐縮しながらも少し嬉しそうだった。
「では、近況報告からですね!」
ミナが張り切って言った。
「女子会に議題があるんだ」
ノルが言う。
「あります! 近況報告、恋バナ、流行りのスイーツの三本立てです!」
「多い」
「大事です」
ルシアンは笑いながら果実茶を手に取った。
「じゃあ、近況報告から。私は最近、新しい剣の素材集めに付き合ったかな」
「アルド隊長の剣ね」
フィオナが言う。
「あの件では第四部隊も少し手伝ったわ」
「その節は、ありがとうございました」
ルシアンが頭を下げる。マリエルが慌てて手を振った。
「い、いえ、私は資料を出しただけなので……!」
「その資料がすごく助かりました」
「そ、そう言っていただけると……嬉しいです」
マリエルが少しだけ笑う。ミナはその顔を見て、満足そうに頷いた。
「マリエルさん、甘いもの食べると少し柔らかくなりますね」
「えっ、そ、そうでしょうか」
「はい。とても良いです」
「良い……」
マリエルは照れたようにタルトを小さく切った。その頃、男子達は酒場に入っていた。煤鳩亭ではない。王都討祓軍の本部から少し離れた、酒場だった。店内はほどほどに騒がしい。仕事終わりの職人や兵士、商人達が酒を飲み、肉を食べ、勝手に笑っている。
なのに、アルドたちが座った一角だけは空気が重かった。
「……」
「……」
「……」
ルカは水の入った杯を両手で持ちながら、必死に笑顔を作っていた。アルドは腕を組んでいる。レイスは壁際の席で周囲を見ている。ヴァルムは背筋を伸ばして座り、注文した酒にもまだ手をつけていない。誰も喋らない。
逃げたい。ルカがそう思った時、店の奥から聞き慣れた声がした。
「何だ、その葬式みてぇな顔ぶれは」
振り返ると、そこにはドランがいた。煤鳩亭の主であり、普段はマスターと呼ばれている男だ。今日は別の酒場で一人、酒を飲んでいたらしい。
「ドランさん」
アルドが少し驚いた顔をする。
「珍しいですね」
「俺だって自分の店以外で飲む日くらいある」
ドランは杯を片手に近づき、四人を見回した。
「アルド、レイス、ヴァルム、ルカ。……何の罰だ?」
「罰じゃないです」
ルカが小さく言った。
「そうか。俺には罰に見える」
ドランは笑い、当然のように相席した。ルカは一瞬だけ救われた気がした。しかし、席に一人増えただけで空気が軽くなるとは限らない。むしろ、ドランが面白がる側に回ったことで、別種の危険が増えた気がした。
「で、何の集まりだ?」
ドランが聞く。ルカは覚悟を決めた。
「男子会……です」
言った瞬間、全員がルカを見た。
「男子会」
レイスが繰り返す。
「これがか」
アルドが言う。
「定義を確認した方がいいな」
ヴァルムが真顔で言う。ドランは腹を抱えて笑った。
「いいじゃねぇか。男子会。俺は好きだぞ」
ルカはもう、胃が消滅しそうだった。女子会の近況報告は、穏やかに進んでいた。フィオナは第四部隊の仕事量が増えていることを淡々と話した。
「最近、負傷者が多いわ。夜骸そのものより、任務後の疲労や小さな判断ミスによる怪我が増えている」
「みんな無理してるんだね」
ルシアンが心配そうに言う。
「あなた達第一部隊も同じよ。特にアルド隊長とバルト」
「バルトは本当に無理する」
ノルがクッキーを割りながら言った。
「アルドも」
「アルドも、うん」
ルシアンは少し困ったように笑った。ミナがそこで身を乗り出す。
「ルシアンさんは、アルドさんのことよく見てますよね」
「えっ」
ルシアンの手が止まった。ノルの目が細くなる。
「始まった」
「何が?」
「恋バナ」
ミナは目を輝かせている。マリエルは一瞬で固まった。
「こ、恋バナ……」
「大丈夫です、マリエルさん。怖くないです」
「本当に怖くないのでしょうか……」
「怖い時もある」
ノルが真顔で言う。
「ノル、怖がらせないで」
ルシアンが慌てる。フィオナはコーヒーを一口飲み、落ち着いた声で言った。
「ルシアンとアルド隊長は、距離が近いわね」
「フィオナさんまで!」
「事実を述べただけよ」
ルシアンの頬が少し赤くなる。ミナはさらに身を乗り出した。
「どうなんですか?」
「どうって……」
「アルドさんって、ルシアンさんにはちょっと柔らかいですよね」
ルシアンは言葉に詰まった。ノルが淡々とタルトを口に運ぶ。
「否定しないんだ」
「ノル!」
「何も言ってない」
「言ってるよ」
「言ってない。見てるだけ」
マリエルは完全に処理落ちしていた。
「あ、あの、これは、聞いてもよい話なのでしょうか……?」
フィオナは平然と答える。
「聞いてもよい範囲で話しているから大丈夫よ」
「そ、そういうものなのですね……」
「たぶん」
ノルが言う。
「たぶん……」
マリエルは不安そうにベリーのケーキを口へ運んだ。甘さで少し落ち着いたらしい。同じ頃、男子会でも恋バナに突入していた。原因はルカだった。近況報告があまりにも早く終わったのだ。
「最近どうですか」と聞いた結果、アルドは「普通」、レイスは「任務」、ヴァルムは「問題ない」、ドランは「酒がうまい」と答えた。
四人合わせて十秒。耐えられなかったルカは、次の話題を探して口を開いた。
「あ、あの……恋の話とか……?」
言ってから、死にたくなった。沈黙。アルドが固まる。レイスがルカを見る。ヴァルムが真顔で考え込む。
ドランだけが、にやにやしている。
「恋愛は任務遂行能力に影響するのか」
ヴァルムが真剣に言った。
「そこからですか?」
ルカが思わず聞き返す。
「重要な観点だ」
「まあ、影響する場合はある」
レイスが答えた。アルドが横を向く。
「何でお前が真面目に答えてんだよ」
「質問が出たからだ」
「答えなくていい質問もあるだろ」
「ある。だが今回は答えられる」
「答えられるな」
ドランが酒を飲みながら笑う。
「若ぇな」
「ドランさん、何か言いたそうですねぇ」
アルドが睨む。
「いやいや。俺は黙って見てるだけだ」
「絶対嘘だ」
「お前は分かりやすいからな」
「何が」
「そういうところが」
ドランはそれ以上言わず、また酒を飲んだ。ルカは場を回そうとして、自分で地雷を踏み続けている気がした。
「ヴァルム隊長は、その……恋愛とか」
「今は不要だ」
「今は」
「任務効率を落とす要素は減らす」
「効率……」
ルカは目を泳がせた。レイスが静かに言う。
「効率だけで切れるものでもない」
アルドが驚いた顔をした。
「お前、今日は妙に恋愛に理解あるな」
「一般論だ」
「本当か?」
「本当だ」
ドランがにやりと笑う。
「一般論ねぇ」
レイスは無視した。ヴァルムは少し考えた後、ルカを見た。
「お前はどうなんだ」
「僕ですか!?」
「話題を出したのはお前だ」
「僕は、その、今は……任務と訓練で……」
「逃げたな」
アルドが言う。
「逃げました!」
ルカは素直に認めた。ドランがついに笑い声を上げた。女子会では、流行りのスイーツの話に移っていた。
「最近、王都南通りの店のアップルパイが人気なんです」
ミナが言った。
「中に少しだけ香草を入れるんですよ。甘さが重くなりすぎなくて、香りが良くなるんです」
「香草?」
ルシアンが興味深そうに身を乗り出す。
「はい。アップルパイに合いますよ」
「えー、そうなの? 試してみる!」
ルシアンの目が輝いた。ノルが横から聞く。
「作る予定あるの?」
「うん。ロアンさんに持っていこうと思って」
その名前に、少しだけ空気が柔らかくなる。盗賊任務でルシアンを助けた、泥だらけの青年。無茶で、素直で、アップルパイを楽しみにしていた青年。
「あの時の」
ノルが言う。
「うん。助けてもらったお礼に」
ルシアンは微笑んだ。
「ちゃんと美味しく作りたいから、ミナちゃん、隠し味教えて」
「もちろんです!」
ミナは嬉しそうに指を立てた。
「入れすぎると香りが強くなっちゃうので、ほんの少しです。リンゴを煮る時に一緒に入れて、最後に取り出すのがいいです」
「なるほど……」
ルシアンは真剣に聞いている。マリエルが小さく呟いた。
「お礼に手作りのアップルパイ……素敵ですね」
「マリエルさんも食べますか?」
「えっ、私もですか?」
「練習で作ったら、みんなにも持ってきます」
ミナがぱっと笑う。
「それは楽しみです!」
ノルは視線を逸らした。
「少しなら食べる」
「ノルは絶対食べるって言うと思った」
「少しだけ」
「はいはい」
フィオナは静かにコーヒーを置いた。
「ロアンという青年も、喜ぶでしょうね」
「うん」
ルシアンは嬉しそうに頷いた。男子会では、流行りの飯の話になっていた。正確には、ルカが必死にそうした。
「最近、王都で流行ってる料理とかありますよね!」
「肉」
アルドが即答した。
「大きすぎます、分類が」
「焼いた肉は大体うまい」
「それはそうですけど」
「栄養効率で言えば、豆と肉を合わせた煮込みがいい」
ヴァルムが真面目に言う。
「味の話です!」
「味も悪くない」
「そうですけど!」
レイスは杯を置きながら言った。
「消化に良く、任務前に重すぎないものが理想だ」
「だから味の話です!」
「味も重要だ。士気に関わる」
「そういう真面目な話じゃなくて……!」
ドランが面白そうに眺めている。
「流行り飯なら、最近は香辛料を使った串焼きが人気らしいぞ」
「それです! そういう話がしたかったんです!」
ルカが救われた顔をする。アルドが頷いた。
「あれ、うまいよな」
「辛いやつか」
レイスが言う。
「辛すぎるものは任務前には避けた方がいい」
「任務前から離れろ」
「食事と任務は切り離せない」
「切り離せ」
ヴァルムが低く言った。
「だが、辛味で身体が温まる利点はある」
「ヴァルムさんまで乗るのか」
アルドが頭を抱えた。ルカは少しだけ笑った。地獄のような空気だったが、ほんの少しだけ、誰も怒ってはいなかった。それだけでも大進歩だった。しばらくして、酒場の料理が運ばれてきた。
ドランの料理ではない。普通の酒場の、普通の肉料理と煮込みと黒パンだった。だが、空腹には十分だった。全員が黙って食べ始める。黙るとまた空気が重い。
けれど、さっきまでの重さとは少し違った。ルカは肉を一口食べ、ほっと息をついた。
「……美味しいですね」
「そうだな」
アルドが言う。
「悪くない」
ヴァルムが言う。
「煮込みは少し塩が強い」
レイスが言う。
「文句言いながら食ってるじゃねぇか」
ドランが笑う。それでも、皿は少しずつ空になっていった。女子会は、最後まで穏やかだった。甘いものを分け合い、近況を話し、マリエルが少しずつ会話に慣れ、ミナが新しい菓子屋の情報を次々と出し、ノルが文句を言いながら結局一番いろいろ食べた。店を出る頃、空は柔らかい夕方の色に変わっていた。
「今日は、ありがとうございました」
マリエルが噴水前で、また深々と頭を下げた。フィオナが言う。
「楽しかったなら、また来なさい」
「えっ」
「当然でしょう」
マリエルは少しだけ目を丸くした。それから、胸の前で手を握る。
「……また、誘っていただけると……嬉しいです」
ルシアンが笑った。
「もちろんです」
ミナも元気よく頷く。
「次は別のお店にしましょう!」
「次も甘いの?」
ノルが聞く。
「もちろんです!」
「まあ、少しなら」
「ノルちゃんは絶対来ますね」
「ちゃん付けしないで」
そんな声が、夕方の広場に軽く弾んだ。一方、男子会は、最後まで少し気まずかった。それでも、帰り道には全員の歩幅が行きよりは少しだけ揃っていた。酒場を出たところで、ヴァルムがルカを呼び止めた。
「ルカ」
「はい!」
ルカは反射的に背筋を伸ばした。ヴァルムはしばらく黙ってから、低く言った。
「今日の謝罪は受け取った」
「はい」
「次は、もっと上手くやれ」
「……はい」
「お前ならできる」
ルカは一瞬、ぽかんとした。ヴァルムはそれ以上何も言わず、背を向けて歩き出した。言い方は硬い。表情も変わらない。だが、それはたしかに褒め言葉だった。
アルドがルカの肩を軽く叩く。
「よかったな、ルカ」
「はい」
ルカは少し笑った。
「でも、もうこの組み合わせでご飯はしばらくいいです」
「それは同意する」
レイスが即答した。
「俺は面白かったぞ」
ドランが酒臭い息で笑う。
「ドランは見てただけだろ」
アルドが呆れる。
「見るだけで十分面白かった」
「最悪だ」
ルカは苦笑した。ひどく疲れた。胃も痛い。だが、不思議と悪い日ではなかった。女子達は甘いものの話で笑い、男子達は重い空気の中でどうにか飯を食べた。
王都には、また夜が降りてくる。ルシアンは帰り道、ミナに教わった隠し味を忘れないよう、何度も小さく口の中で繰り返していた。
今回もお読みいただきありがとうございました。
引き続き毎日20時頃の更新になりますので、よろしくお願いします。




