雷澄
五日後。陽剣旅団は、ようやくオルセアへ戻ってきた。ハイン商会本部の門をくぐると、門前に並んでいたたまとまるが揃って身体を揺らした。
「コォォ!」
「コォォ!」
以前ほど建物を震わせる声ではないが、長旅を終えた頭には十分響く。
「帰ってきたって感じがするな……」
「耳で感じるものじゃないでしょ」
セレスが言う横で、ノルは二体の丸い頭を順番に撫でた。
「ただいま」
「コォ」
「コォ」
短い腕がぱたぱたと動く。その後ろでは、帳簿を抱えて二階へ上がる職員と、届いた荷の札を照合する職員がすれ違った。受付では別の者が商人を案内し、外から入ってきた荷車へ担当者が走っていく。
「人、増えたね」
ノルが辺りを見回す。
「ああ。俺たちが出た時とは明らかに違うな」
レイスも職員たちの動きを目で追った。
「ハインちゃん、ちゃんと寝られるようになったかしらぁ」
エディンが二階を見上げる。
「それは本人の顔を見れば分かるだろ。先に報告しよう」
アルドは階段へ向かった。エディンとノルは、二羽の夜幻鳥を入れた大きな籠を両側から持っている。底には布が敷かれ、水と餌の器も置かれていた。
二羽は身体を寄せ合い、籠が揺れても落ち着いた様子で丸くなっている。
「くるる」
アルドが籠を覗き込む。
「もう少しだからな」
「くる」
ノルは格子へ指を添えたまま、何も言わなかった。
◇
執務室には、ハインとミュレナがいた。以前は書類に埋もれていた机も、今は依頼書や契約書、報告書ごとに分けられ、二人が別々の帳簿を広げられる余裕がある。
扉が開くと、ハインが顔を上げた。
「皆さん!」
すぐに椅子から立つ。
「お帰りなさい。怪我はありませんか?」
「ああ。全員無事だ」
アルドが答えた。
「夜幻鳥も二羽捕まえた」
「本当ですか!?」
ハインの視線が籠へ向く。ミュレナも机の向こうから覗き込み、目を丸くした。
「綺麗……。夜幻鳥を見るのは初めてだわ」
「かわいいでしょ」
ノルが少しだけ胸を張る。アルドは籠からハインへ視線を戻した。
「その前に、話がある」
ハインの顔から笑みが消える。
「赤鎖との話ですね」
「ああ」
アルドはミュレナを見た。
「悪い、ミュレナ。少しだけハインと俺たちだけにしてくれないか」
一瞬だけ目を瞬かせたが、ミュレナは理由を聞かなかった。
「大事な話?」
「ああ。知らない方がいいことだ」
「分かったわ」
帳簿を閉じて立ち上がる。
「終わったら呼んで。夜幻鳥を引き取る準備をしてくるから」
「ああ」
ミュレナは籠を一度見てから部屋を出た。扉が閉まると、レイスが廊下と窓の外へ意識を向ける。
「話せる」
セレスが持っていた布包みを机へ置いた。開くと、三振りの黒い短剣が並ぶ。ハインが伸ばしかけた手を止めた。
「これは……?」
「棺の中に入っていた」
アルドが言う。
「月酔い患者の棺だ」
「月酔い患者の……」
「ああ」
アルドは墓地で確かめたことを順に話した。
地下に並んでいた大量の棺。そのすべてに納められていた黒い短剣。短剣を残した遺骨には何も起こらず、抜いた遺骨は月光の下で夜骸へ変わったこと。
そして、遺骨を焼いて灰にした時に現れた大級夜骸。最後まで聞いたハインは、机の縁へ手を掛けた。
「では……月酔い患者は、亡くなった後も……」
「月光を浴びれば夜骸化する」
レイスが答えた。
「この短剣が、それを抑えている」
「それと、遺体の損傷が激しいほど等級が上がる可能性が高い」
セレスも続ける。
「遺骨からは中級。灰からは大級が出たわ」
ハインはゆっくり椅子へ戻った。
「死者を焼くことが禁じられている理由も……」
「全部がこれで決まったわけじゃない」
アルドが遮る。
「でも、繋がるものはある」
「……はい」
ハインは三振りの刃を見た。
「王国は、このことを知っているのですね」
「当然知っている」
レイスの声が低くなる。
「月酔い患者を回収し、死後は短剣と一緒に棺へ納めて人目につかない場所へ隠していた。灰冠も関わっている」
「俺たちが追ってたものは、思ってたよりずっと根が深い」
アルドの言葉に、ハインはしばらく答えなかった。
「赤鎖も同じことを?」
「ああ」
「信用できますか?」
「全部は無理だ」
アルドは即答した。
「向こうも同じだ。ただ、同じ答えを追っている間は情報を回すことになった」
「分かりました」
ハインは一度息を吐き、短剣を見た。
「これを調べるのですね」
「ああ。何で出来てるのかも、どこで作られたのかも、どうやって夜骸化を抑えてるのかも分からない」
セレスが短剣を布へ戻していく。
「不用意に触らせたくない。調べてもらう相手も選びたいの」
「承知しました」
ハインの声が戻る。
「この件は通常の帳簿にも、情報屋事業の資料にも残しません。調査先も皆さんと相談して決めます」
「頼む」
「ミュレナさんやベリタにも?」
「今は話さない方がいい」
レイスが答えた。
「必要になった時に、必要な範囲だけ伝える」
「分かりました」
ハインは頷いた。アルドは机から少し身体を離した。
「ハイン商会のためにも、その方がいい。ルシアンがあの時取引してなければ、今頃ここ自体なかったかもしれないからな」
「そうですね……」
ハインはそこで初めて短剣から目を上げた。
「皆さん」
「なんだ?」
「無事に戻ってくださって、本当にありがとうございます」
アルドは少しだけ目を伏せた。
「ああ。ただいま」
◇
呼び鈴を鳴らすと、ほどなくしてミュレナが戻ってきた。後ろには職員が二人。新しい大きな籠と柔らかな布、餌と水まで用意されている。
「話は終わった?」
「ああ」
それ以上聞かず、ミュレナは夜幻鳥の籠へしゃがんだ。
「では、この子たちはこちらで預かります。依頼人へ引き渡すまでは、職員が交代で世話をする予定よ」
「そうか」
アルドの返事が鈍い。ノルも籠の前から動かなかった。
「では――」
「待ってくれ」
アルドが止めた。
「最後に、少しだけ」
籠の戸を開け、一羽を両腕で抱き上げる。夜幻鳥は暴れず、丸い身体を胸元へ預けた。
もう一羽はノルが抱く。
「くるる」
「……分かってる」
ノルは一羽を胸元へ寄せた。
「私も別れたくない」
セレスが隣から頭を撫でる。
「元気でね」
エディンも銀青色の背へそっと触れた。レイスだけは少し離れていた。アルドが見る。
「お前は?」
「何がだ」
「最後くらい来いよ」
「必要ない」
一羽がレイスの方へ首を伸ばす。しばらく見つめ合ったあと、レイスは眼鏡を押し上げて近づいた。頭へ慎重に手を置く。
「……達者でな」
「くる」
嘴が指へ当たり、レイスはそれ以上何も言わなかった。アルドは腕の中の夜幻鳥を一度だけ強く抱いた。
「元気でな」
「くる」
籠へ戻す。ノルももう一羽を隣へ入れた。二羽はすぐ身体を寄せ合い、戸の近くまで来る。
「……またね」
ノルが格子へ指を添えると、一羽が嘴を寄せた。職員たちが籠を持ち上げる。銀青色の尾羽が扉の向こうへ消えるまで、二羽は何度もこちらを向いていた。
◇
飲み物が配られる頃には、商会の近況へ話が移っていた。
「皆さんが留守の間に、新しく職員を雇いました」
ハインが説明する。
「受付、帳簿、荷の管理、商談の補助。それぞれに担当を置けるようになっています」
「まだ一人で何でも任せられるほどではないけど、仕事を分けられるようにはなったわ」
ミュレナも木杯を手に取る。
「前はハインとミュレナとベリタが全部抱えてたからな」
レイスが言った。
「ええ。オラリクさんからお借りしていた職員の方々にも、順次オルセア商会へ戻っていただきました。今はハイン商会の職員だけで回せています」
「すごいじゃない」
セレスの顔が明るくなり、ハインが少し困ったように笑う。
「依頼も増えているわ」
ミュレナが続けた。
「行商、護衛団の派遣や紹介、情報の売買。鉄環護衛団以外にも、提携したいっていう護衛団が来てる」
「順調?」
ノルが聞く。
「はい」
ハインははっきり頷いた。
「ようやく自分たちの足で立ち始めた実感があります」
「そっか」
アルドは机の上と廊下を行き交う職員を見た。
「よかったな、ハイン」
「はい。皆さんのおかげです」
「私たちだけじゃないでしょ」
セレスが返す。
「ハインとミュレナとベリタ、それに職員のみんなが頑張ったからよ」
「そうね」
ミュレナが頷いた。
「みんなが作ってくれた流れを、こっちで止めるわけにはいかなかったから」
「お互い様だな」
アルドは木杯を置いた。
「そういえば、ニロは――」
扉が叩かれた。
「失礼いたします」
ベリタの声だった。
「ハインさん。ニロさんがお見えになりました」
「今か?」
アルドが目を丸くする。
「今日、面談をする予定だったのです」
ハインが答えた。
「聞いてねぇぞ」
「皆さんがいつ戻られるか分かりませんでしたから」
「入ってもらってください」
「承知いたしました」
扉が開く。入ってきたニロは、短い黒褐色の髪を普段より整え、便利屋の時よりきちんとした服を着ていた。背筋まで妙に真っ直ぐだ。
「失礼します。ニロと申しま――」
アルドたちに気づいた。
「皆さん!」
「ニロ!」
アルドが立ち上がる。
「本当に来たんだな!」
「来ましたよ! 皆さんこそ無事だったんですね!」
「ああ。今戻ったところだ」
「よかった……!」
緊張していた肩が一瞬だけ落ちる。
「久しぶり、ニロ」
「セレスさんもお元気そうで」
ノルは椅子に座ったまま、服を眺めた。
「綺麗な服」
「面談ですからね!」
エディンが笑う。
「相変わらずねぇ、ニロちゃん」
「エディンさんも相変わらずお綺麗ですね」
「あらぁ。採用される前から口が上手いわねぇ」
「本心ですよ」
「来たなら、あとはお前次第だ」
レイスが言う。
「はい」
ニロの顔へまた緊張が戻った。ベリタが廊下から折りたたみ椅子を運び込み、部屋の端へ五脚並べる。
「こちらをお使いください」
「俺たち用?」
「はい。来客用の椅子だけでは足りないことが多いですので」
アルドたちが横一列に座る。ニロの顔がさらに硬くなった。
「皆さん、そこで見てるんですか?」
「ああ」
「気にするな」
「無理ですよ」
「せっかくなので同席していただきますが、面談中は口を挟まないでくださいね」
ハインが言う。
「分かってる」
「アルドさんは特にです」
「なんで俺だけだよ」
「アルド」
隣のレイスが呼ぶ。
「黙って見ていろ」
「分かったよ」
ニロはハインとミュレナの正面へ座った。
「では、始めましょう」
「はい」
膝の上に揃えられた両手まで固い。
「まず、改めて自己紹介をお願いします」
ハインの声が仕事のものへ変わった。
「ニロです。キュリン町で便利屋をしていました。以前は行商人として、近隣の町や村を回っていました」
「扱っていた品は?」
「日用品、保存食、小さな道具が中心です。高価な物はほとんど扱っていません。町ごとの値段や不足しやすい物を見ながら仕入れていました」
「商人を辞めた理由は?」
「商売に失敗して、借金を抱えたからです」
ニロは隠さなかった。
「現在の残額は四十万セリオです」
「債権者との関係は?」
「良くはありません。返済は続けていますが、便利屋の仕事にも口を出されることがあります」
部屋の端でアルドが小声を落とした。
「やっぱ邪魔されてるんじゃねぇか」
「静かに」
セレスが囁く。
「聞こえてますよ」
ハインはニロから目を逸らさなかった。アルドは口を閉じた。
「便利屋としては、どのような仕事を?」
「案内、荷運び、店の手伝い、人探し、情報集め、危険な場所への伝言です。表立って頼みにくい仕事も多かったですね」
「違法な仕事は?」
「頼まれたことはあります」
「受けましたか?」
「内容次第です。人を傷つける仕事や、誰かを騙して奪う仕事は断りました。ただ、表の商人なら関わらない人間との取引を仲介したことはあります」
ハインは続ける。
「行商中、到着が予定より二日遅れると分かった場合、最初に何をしますか?」
「相手へ連絡します。理由と新しい到着予定を伝えます。連絡できない場所なら、次の宿場から人を走らせます」
「違約金が発生しても?」
「黙って遅れれば、金と信用の両方を失います。先に伝えれば、金だけで済むかもしれません」
今度はミュレナが聞いた。
「仕入れ先から、相場より安い薬を大量に買わないかと言われたら?」
ニロの表情が少し変わる。
「出所を確認します。作った人、材料、保管場所、安い理由。全部です」
「確認できなければ?」
「買いません」
「利益が大きくても?」
「買いません」
迷いはなかった。
「質の悪い物を売って誰かに被害が出たら、知らなかったでは済みませんから」
ハインが尋ねる。
「エレノアという人物の正体を、一番近くにいながら見抜けなかったそうですね」
「はい」
ニロの拳が膝の上で締まる。
「知っている人だから大丈夫だと思い込んでいました。町の人を治してくれる医者で、僕にも何度も仕事をくれた。それだけで疑う必要がないと決めつけたんです」
「自分の弱点はそこだと?」
「それだけじゃないです。金が必要になると、目の前の仕事を優先しすぎるところがあります。動くのは得意ですけど、立ち止まって確認するのは得意じゃない」
ニロは顔を上げた。
「商人へ戻るなら、そこは直さないといけないと思っています」
質問はさらに続いた。キュリン町周辺の道、宿場、危険な場所、商人同士の繋がり。荷を失った際の判断と護衛団との揉め事。
ニロは分からないことを誤魔化さなかった。考える時は考え、答え直す時は言い直した。最後にハインが尋ねる。
「ハイン商会へ入った場合、何をしたいですか?」
ニロは少しだけ黙った。
「行商へ戻りたいです」
今までより声が強かった。
「町から町へ荷を運んで、必要な人へ売る。道で拾った情報を持ち帰る。僕は、それが好きでした」
「便利屋の仕事は?」
「役に立つと思います。表の商人が知らない道や人間も知っています。今までやってきたことを捨てるつもりはありません」
ハインは紙へ何かを書き込み、ミュレナと視線を交わした。
「皆さんは、どう思いますか?」
「俺はニロなら大丈夫だと思う」
アルドがすぐ答えた。
「胡散臭いけど、人を見捨てない。商人としてどこまでできるかは分からないけど、信用はできる」
「褒めてます?」
「褒めてる」
レイスもニロを見る。
「確認が甘く、追い詰められると判断を急ぐ。だが、誤魔化さなかった。報告と確認の手順を決めて経験を積ませればいい。足と人脈は教えて得られるものではない」
セレスたちも異論はなかった。ハインは紙を机へ置いた。
「では、ニロさん」
「はい」
「ハイン商会へ来ていただけますか?」
ニロの目が開く。
「採用です」
声が出るまで少しかかった。ニロは深く頭を下げた。
「ありがとうございます……!」
「それと、借金についてです。現在の債権者へは、ハイン商会から四十万セリオを支払います」
「え? 四十万ですよ? そんな金、すぐには返せません」
「毎月の給料から一定額を差し引きます。返済条件も契約書へ明記します」
ハインは穏やかなまま続けた。
「仲間から利子は取りません」
「でも、どうして……」
「商会の人間が、元の頭の悪い債権者に仕事を邪魔されると目障りだからです」
ニロが固まる。
「行商先へ押しかけられる。荷を差し押さえられる。取引相手へ余計な話を吹き込まれる。そのたび対応する方が商会にとって損失ですし、鬱陶しいことこの上ありません」
「必要経費」
ノルが呟く。
「そういうことです」
「ハインちゃん、笑顔で言うことが強くなったわねぇ」
「必要な話ですから」
ハインはニロへ戻る。
「借金を消すのではありません。返済先をハイン商会へ変えるだけです。ですから感謝だけで働く必要もありません」
ニロはすぐには答えなかった。両手を握り、深く頭を下げる。
「……ありがとうございます」
その声は少し震えていた。
「必ず返します。金も、信用も」
「はい」
ハインは微笑んだ。
「よろしくお願いします、ニロさん」
◇
その夜。オラリクに教えられた料理店の大きな卓を、八人で囲んでいた。
アルド、レイス、セレス、ノル、エディン、ハイン、ミュレナ。そして今日からハイン商会の商人になったニロ。焼いた肉や温かなパンが運ばれるたび、ニロの目が料理を追う。
「これ、本当に僕も食べていいんですか?」
「採用祝いです」
ハインが答えた。
「遠慮しなくていいわ。今日から仲間なんだから」
ミュレナの言葉に、ニロは少しだけ俯いた。
「……仲間、ですか」
「嫌?」
ノルが聞く。
「まさか」
顔を上げる。
「嬉しいです」
乾杯が終わると、卓の上はすぐに騒がしくなった。旅の話を聞いたニロは、赤鎖の団長と七日も行動を共にしたことに目を丸くしていた。
料理が半分ほど減った頃、そのミュレナがレイスの腰へ目を向ける。
「そういえば、その剣」
「これか?」
「ええ。サヴィアの店で買った細剣よね。名前は決めたの?」
「まだだ」
アルドが顔を上げる。
「そういや、名前なかったな」
「決める必要ある?」
ノルが聞いた。
「緋喰刃も、流涙も地咬も、翠穿も名前があるでしょ」
セレスが言う。
「せっかくの名剣なんだから、あった方がいいんじゃない?」
「おねぇさんの大剣にはないけどねぇ」
「なら今決めようぜ」
アルドが言った。
「雷剣でいいだろ」
「細剣だ」
ノルが少し考える。
「ビリビリくん」
「却下だ」
「皆さん」
笑いを堪えていたハインが割って入る。
「一度、レイスさん本人の希望を聞いてはいかがでしょう」
全員の視線が集まった。
「派手すぎない方がいい」
「レイスらしいね」
セレスが言う。
「雷の力が分かって、見た目にも合うものがいいわね」
ハインも細剣を見る。レイスが鞘から少しだけ刃を抜いた。細い鋼の奥に、淡い光の筋が走っている。
ミュレナが身を寄せた。
「……雷澄は?」
レイスが顔を上げる。
「雷が澄む、と書いて雷澄。激しく弾ける雷じゃなくて、静かで澄んだ雷が刃の中にあるみたいだから」
「雷澄……」
レイスはもう一度、口の中で確かめた。細剣へ雷荷の魔力を通す。溝へ淡い黄色の光が流れ、散ることなく刃の内側へ満ちていく。
レイスはそれを見てから鞘へ戻した。
「いい名だ」
ミュレナの顔が明るくなった。
「本当?」
「ああ」
レイスは柄へ手を置いた。
「今日から、この剣は雷澄だ」
「決まった」
ノルが頷く。ミュレナも嬉しそうに笑った。ハインは杯を持ち上げた。
「では、ニロさんの採用と雷澄の命名を祝って」
杯が重なる。澄んだ音が一つ鳴った。料理がまた回り始めたところで、レイスが声を落とす。
「黒い短剣についても調べる必要がある」
「ああ」
「すぐ動ける手掛かりはない。赤鎖からの情報も待つことになる」
ノルがレイスを見る。
「サヴィアに見せてみたら?」
「そうだな」
アルドも頷く。
「拾った珍しい短剣ってことで見てもらうか」
「分かるまで時間はかかるだろうけどね」
セレスが言う。
「なら、その間に普通の依頼を受ける?」
「ああ。金も必要だ」
アルドは肉を酒で流し込んだ。ハインが姿勢を正した。
「それでしたら、一つお願いがあります」
「依頼か?」
「はい」
ハインは隣のニロを見る。
「皆さんに他の優先事項がなければ、ニロさんの行商を護衛していただきたいのです」
「僕の?」
ニロまで驚いている。
「はい。ニロさんには最初の仕事として、数年ぶりの行商へ出てもらいます」
アルドが聞く。
「護衛が俺たちなのは、元の債権者対策もあるのか?」
「それもあります。借金を清算したからといって、素直に手を引くとは限りませんから」
レイスが頷いた。
「陽剣旅団がついていれば近づきにくい」
「報酬は?」
「二十万セリオです」
「受ける」
アルドは即答した。
「早い」
ノルが言う。
「断る理由ないだろ。ニロの最初の行商だし、黒い短剣の調査を待つ間に動ける」
他の四人にも異論はなかった。アルドはハインを見る。
「いつ出る?」
「詳細は明日お伝えします。荷と経路を確認してからですが、数日以内には出発していただく予定です」
「分かった」
アルドは杯を持ち上げた。
「じゃあ、次はニロの行商だな」
「はい!」
採用面談の時とは違う声が返った。
「まずは何を売るんだ?」
「そこから一緒に決めるんですよ」
ニロは胸を張る。
「僕の商人としての腕、見せてあげますからね」
「面接の時より胡散臭い」
「採用されたので、いつもの僕に戻ったんですよ」
皿がまた一つ空き、追加の料理が運ばれてくる。レイスは雷澄の柄へ触れながら次の旅に必要な準備を口にし、ノルは残っていた焼き菓子へ手を伸ばした。
お読みいただきありがとうございます。
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