一騎当千
左では遺骨が砕け、その内側から黒い肉が膨れ上がる。獣の胴に猛禽のような首、肉食獣に近い前脚と背に並ぶ歪な突起――現れたのは中級夜骸だった。右側では、地面へ広がっていた遺灰が吹き飛んだ。
そこから立ち上がった異形は明らかに大きい。太い四肢が地面を沈ませ、硬く長い尾が土を削る。大級夜骸。
「姉貴。これも確定だな」
「ああ」
ゼラは刀を抜いた。
「嬉しかねぇけどな」
迷いなく大級へ向く。
「やるぞ、ゾルク。俺らは大級だ」
「もう慣れた」
ゾルクが腰を落とし、居合の構えを取った。
「俺らは中級だ、レイス」
「ああ」
レイスは細剣を抜いた。中級は周囲を探る様子もなく、こちらへ身を沈めている。
「知性持ちではなさそうだな」
「だからといって、楽勝じゃないけどね」
セレスも流涙と地咬を抜く。直後、中級夜骸が地を蹴った。
◇
大級が尾を薙ぐより早く、ゼラとゾルクは左右へ散った。火炎弐式 炎装がゼラの身体と刀を包み、ゾルクの全身には雷荷弐式 雷装の黄色い雷が走る。
尾が地面を砕いた時には、ゼラはすでに懐へ潜っていた。前脚へ刀を走らせ、深い傷を刻む。
同じ箇所へゾルクの抜刀が重なった。黄色い雷を引いた一閃が硬い肉をさらに裂き、大級が低く吠える。
「硬ぇな」
「だが斬れる」
「なら問題ねぇな」
大級が前脚を振り下ろす。ゼラは踏み込みを止めず、その内側を抜けて横腹へ刃を通した。夜骸が身体を捻った先ではゾルクが待ち、体重の乗った脚へ刀を滑らせる。
大級は巨体に似合わない速さで尾を返した。ゾルクが沈み、頭上を抜けた尾へゼラが飛び乗る。駆け上がった先で背の突起を一本斬り落とし、着地するゼラを狙った爪へゾルクの刀が入った。
二人の間に指示はほとんどない。ゼラが潜ればゾルクが外を切り、ゾルクが脚を削ればゼラが傾いた身体へ入る。炎と黄色い雷が交互に走るたび、大級の身体へ傷が増えていった。
◇
中級の前脚が地面を抉った。
「来る!」
セレスが地咬を差し込み、突進を受け流しながら衝撃を地面へ逃がす。押された身体の横をアルドが抜けた。
「蒼炎弐式 炎装!」
蒼炎を纏った緋喰刃が肩を裂く。中級が首を振り、背の突起を横薙ぎに振るった。
「レイス!」
「雷流弐式 絡縛!」
雷を帯びた水糸が脚へ巻きつき、踏み込みを止める。セレスが流涙を滑らせ、迫った突起を外へ流した。
「今!」
「ああ!」
アルドが懐へ入る。だが中級は拘束された脚を力任せに引きずり、身体ごとぶつかってきた。アルドは緋喰刃を立てて受けたものの、押されて靴底が土を削る。
「楽勝じゃないって言ったでしょ!」
「本当にその通りだな!」
アルドが押し返した隙へセレスが入る。地咬で前脚を払い、崩れた側へレイスの細剣が走った。中級がそちらを向けば、空いた胴へアルドが斬り込む。
三人で位置を入れ替えながら、夜骸の動ける方向を削っていく。やがて前脚が沈んだ。
「決めるぞ!」
「分かった!」
「合わせる!」
レイスの水糸が両脚へ絡みつき、雷が筋肉を硬直させる。暴れる首をセレスが流涙で外へ弾いた。正面が空いた。
アルドは一気に踏み込み、蒼炎を纏った緋喰刃で胴を斬り裂いた。中級夜骸が崩れ落ちる。
「よし……!」
息を吐きながら振り返ると、大級との戦いも終わりに近づいていた。
◇
大級の身体には、もう無傷の場所を探す方が難しかった。前脚も尾も背の突起も裂かれた巨体が、なお前へ出る。最後の力で振り上げられた爪を、ゼラとゾルクは並んだまま見ていた。
「ゾルク」
「ああ」
炎がゼラの刀へ集まり、黄色い雷がゾルクの刃を走る。二人が同時に踏み込んだ。振り下ろされた爪の両側をすり抜け、二本の刀が交差する。
大級の身体が止まった。次いで巨体に二本の線が走り、そのまま三つに崩れ落ちた。地面が揺れる。
ゼラとゾルクは刀の汚れを払い、ほとんど同時に鞘へ納めた。ぱちん、と二つの音が重なる。
「……あの二人、ほんとなんなんだよ」
アルドは崩れていく大級を見たまま呟いた。
「味方でよかったね」
「ああ」
小屋からノルとエディンが近づいてきた。
「くだらねぇこと話してんじゃねぇ」
ゼラが刀を納めながら歩いてくる。
「もうここでやることは終わりだ。戻るぞ」
「アジトに戻るのか?」
ゼラは少し考え、首を横に振った。
「いや。お前らはオルセアに戻れ」
「オルセア?」
「ああ。もう話すことはねぇ」
ケインへ手を出すと、布に包まれた黒い短剣が渡された。ゼラはその中から三振りを抜き、アルドへ差し出す。
「お前らの方でも、こいつの正体を探っとけ。これが次の鍵だ」
「分かった」
アルドは受け取り、すぐセレスへ渡した。セレスが布を巻き直し、荷の中へ慎重に収める。
「レイス」
「なんだ」
「俺らのアジトの場所は覚えてるな」
「ああ」
「何か分かったら来い。俺らがいる保証はねぇが、報告は入る」
「分かった」
アルドはそこでゼラを見た。
「……ちょっと待て」
「あ?」
「なんで俺らの拠点がオルセアって知ってるんだ」
ゼラがアルドを見た。
「陽剣旅団はハイン商会の所属だろ」
「ああ」
「ハイン商会の本部はオルセアだ」
「ああ」
「馬鹿でも分かる」
「あ、そっか」
「灰冠もとっくに掴んでるはずだぞ」
「え?」
ゼラの眉が寄る。
「てっきり、あえて目立つことで灰冠にオルセアで事を起こさせねぇつもりだと思ってたが」
「その通りだ」
レイスが当然のように頷いた。
「分かっていなかったのはこいつだけだ」
アルドは黙った。
「ケイン、撤収だ」
「了解」
ゼラの一声でケインはすぐ荷物をまとめ始め、ゾルクも周囲へ散った道具や短剣を確認していく。レイスは小屋へ入り、二羽の夜幻鳥を確かめた。
布の上で寄り添っていた二羽が顔を上げる。
「くるる」
「帰るぞ」
ノルとセレスが籠の中を整え、エディンが水の器を片づける。外ではアルドがゼラの前へ立った。
「ここで別れるか?」
「ああ。わざわざ帰り道まで仲良くお散歩する必要はねぇ」
「分かった」
荷を背負ったケインがゾルクの後ろへついたところで、ゼラがアルドを振り返った。
「何か掴んだら、こっちにも回せ」
「ああ。そっちもな」
「気が向いたらな」
「そこは約束しろよ」
「約束するほど仲良くねぇだろ」
「知り合いくらいにはなったんじゃないのか?」
ゼラの口元が少し上がった。
「そうだったな」
そのまま背を向け、ゾルクとケインを連れて林の奥へ歩いていく。アルドも仲間たちの方へ戻った。
「行くぞ。オルセアへ帰ろう」
二羽の夜幻鳥を連れ、陽剣旅団は反対の道へ歩き出した。
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