↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
152/166

遺灰


 夜が明けても、林には昨夜の戦いがそのまま残っていた。


 抉れた地面。折れた木々。砕けた棺の木片と、そこから転がり出た黒い短剣。ケインは道具を拾い集め、ノルも近くに散った細かな破片を端へ寄せている。


 小屋からは、ときおり夜幻鳥の鳴き声が聞こえた。レイスは留帳《とどめちょう》を開き、昨夜の経過を書き残していた。セレスは壊れた棺の前でしばらく目を伏せ、エディンは大剣についた汚れを布で落としている。


 ゼラは岩へ腰を下ろし、一本の黒い短剣を手の中で返した。


「黒い短剣が夜骸化を抑えてる。ここまでは確定だ」


 レイスが留帳から顔を上げた。


「ああ」


 ゼラも地面の深い抉れを見る。


「一体だけ、大級が出た」


 ノルが破片を拾う手を止めた。


「偶然?」


「中級三体に、大級一体だ」


 レイスが答える。


「運が悪かっただけかもしれない」


「運で片づけんのは、考え切ってからだ」


 ゼラは黒い短剣へ視線を落とした。しばらく動かない。アルドも声を掛けずに待った。


 やがて、ゼラの指が短剣の柄を強く握る。


「……ケイン、ノル」


 二人が振り返る。


「棺を二つ持ってこい」


「まだやるの?」


 ノルが聞いた。


「やるかはまだ決めてねぇ」


 ゼラは短剣を見たまま答えた。


「覚悟が決まらねぇ」


 ゾルクの目が姉へ向く。


「姉貴が?」


「うるせぇな。放っといてくれ」


 ケインとノルが地下へ向かう。ゾルクはその背を追わず、ゼラを見ていた。


         ◇


 やがて二つの棺が地上へ運び出された。ノルとケインが旋風魔法で支えながら並べた棺は、どちらも古く、蓋には月と海をかたどった白天還教の紋が薄く残っている。


「ケイン」


「おう」


「両方開けろ。短剣を抜いて、離して置け」


「分かった」


 ケインは一つ目の蓋を開けた。中には遺骨と、胸元に置かれた黒い短剣がある。布を巻いた手で取り出し、続けて二つ目も同じように抜く。


 ノルが細く風を操り、一つを小屋から離れた左側へ。もう一つを、林の開けた右側へ移した。


「これでいい?」


「ああ」


 ゼラは二つを見比べた。それから、また黙った。昼が過ぎる。


 夕暮れが木々の間へ差し込み、棺の影が長く伸びても、ゼラはその場から動かなかった。


「団長」


 ケインが呼ぶ。


「日が落ちるぞ」


「……分かってる」


 ゼラが立ち上がった。右側の棺へ歩いていき、その前で足を止める。そして膝をついた。


「姉貴?」


 ゾルクの声が低くなる。ケインも何も言えず、アルドたちはゼラの背を見つめた。ゼラは棺へ片手を置いた。


「本当にすまない」


 静かな声だった。


「俺がそっちに行ったら、気が晴れるまで殴ってくれ」


 しばらくそのまま頭を下げてから、立ち上がる。棺との距離を取り、右手を掲げた。掌の上へ炎が集まり始める。


 赤い炎が圧縮され、熱で周囲の空気が揺れた。アルドの目が炎と棺を往復する。


「……ゼラ」


 レイスの表情が変わった。


「まさか――」


 ゼラが手を振り下ろす。


「火炎肆式 炎墜《えんつい》」


 巨大な炎が棺へ落ちた。轟音とともに火柱が上がり、熱風が林を走る。


 アルドは腕で顔を庇い、セレスが水を広げて飛び散る火の粉を逸らした。ノルは一歩退き、ケインは焼け落ちていく棺から目を離せない。古い木が炎に崩れる。


 中の遺骨も焼かれ、砕け、やがて白い灰だけが地面へ残った。火が小さくなるまで、誰も喋らなかった。アルドは焦げた地面を見た。


 棺の前で頭を下げていたゼラの姿が、まだ目に残っている。


「……どういうつもりだ」


 ようやく出た声は低かった。


 ゼラは遺灰を見たまま答える。


「昨日出た大級は、先に出た中級の一番近くにあった遺骨から出た」


「ああ」


「あの遺骨は、中級に一番激しく壊されてた」


 レイスが目を細める。


「夜骸化した時の等級が、遺体や遺骨の損傷に左右されると考えたのか」


「そうだ」


 ゼラは白い灰へ視線を落とす。


「もしそうなら、火葬が禁じられてる理由にも繋がる。灰にする以上の損傷なんて、そうそうねぇだろ」


 アルドの拳に力が入った。


「なんで言わなかった」


「言えば止めただろ」


「違う」


 アルドが一歩近づく。


「なんで一人でやったんだ」


 ゼラが顔を上げた。


「こういうのは、悪党が一人で背負えばいい」


「舐めるなよ」


「あ?」


「その程度の覚悟、キレイナから逃げた時にもう決めてる」


 二人の視線がぶつかる。ゼラはしばらく黙っていた。


「……そうか」


「ああ」


「覚えとく」


 アルドもそれ以上は言わなかった。夕暮れが消え、林の色が少しずつ暗くなっていく。レイスが二つの場所を見る。


 左には、黒い短剣だけを抜いた遺骨。右には、焼かれて灰になったもの。


「団長」


「ああ」


「予想は?」


 ゼラはすぐには答えなかった。やがて刀の柄へ手を置く。


「左が中級。右が大級だ」


 アルドも緋喰刃《ひくいじん》へ手を掛けた。


「用意しろ」


「了解」


 レイスは留帳を閉じる。ノルが翠穿《すいせん》を構え、セレスは小屋と二つの遺体の位置を確かめて流涙《るるい》と地咬《ちがみ》へ手を伸ばす。


 エディンも大剣を肩から下ろした。ゾルクはゼラの横へ並び、ケインは小屋と荷物の間へ入る。中から夜幻鳥が小さく鳴いた。


「くるる……」


 セレスが一度だけ振り返る。


「大丈夫。来させない」


 やがて月が木々の上へ昇った。白い光が林へ差し込み、左の遺骨を照らす。次いで、地面へ広がった遺灰へ届いた。


 ばきり、と音がした。直後。二つの場所が同時に爆ぜた。

お読みいただきありがとうございます。

引き続き毎日20時頃更新です。

続きが気になる!と思ってくださった方は、ぜひ【★評価】や【ブックマーク】で応援をよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。