遺灰
夜が明けても、林には昨夜の戦いがそのまま残っていた。
抉れた地面。折れた木々。砕けた棺の木片と、そこから転がり出た黒い短剣。ケインは道具を拾い集め、ノルも近くに散った細かな破片を端へ寄せている。
小屋からは、ときおり夜幻鳥の鳴き声が聞こえた。レイスは留帳を開き、昨夜の経過を書き残していた。セレスは壊れた棺の前でしばらく目を伏せ、エディンは大剣についた汚れを布で落としている。
ゼラは岩へ腰を下ろし、一本の黒い短剣を手の中で返した。
「黒い短剣が夜骸化を抑えてる。ここまでは確定だ」
レイスが留帳から顔を上げた。
「ああ」
ゼラも地面の深い抉れを見る。
「一体だけ、大級が出た」
ノルが破片を拾う手を止めた。
「偶然?」
「中級三体に、大級一体だ」
レイスが答える。
「運が悪かっただけかもしれない」
「運で片づけんのは、考え切ってからだ」
ゼラは黒い短剣へ視線を落とした。しばらく動かない。アルドも声を掛けずに待った。
やがて、ゼラの指が短剣の柄を強く握る。
「……ケイン、ノル」
二人が振り返る。
「棺を二つ持ってこい」
「まだやるの?」
ノルが聞いた。
「やるかはまだ決めてねぇ」
ゼラは短剣を見たまま答えた。
「覚悟が決まらねぇ」
ゾルクの目が姉へ向く。
「姉貴が?」
「うるせぇな。放っといてくれ」
ケインとノルが地下へ向かう。ゾルクはその背を追わず、ゼラを見ていた。
◇
やがて二つの棺が地上へ運び出された。ノルとケインが旋風魔法で支えながら並べた棺は、どちらも古く、蓋には月と海をかたどった白天還教の紋が薄く残っている。
「ケイン」
「おう」
「両方開けろ。短剣を抜いて、離して置け」
「分かった」
ケインは一つ目の蓋を開けた。中には遺骨と、胸元に置かれた黒い短剣がある。布を巻いた手で取り出し、続けて二つ目も同じように抜く。
ノルが細く風を操り、一つを小屋から離れた左側へ。もう一つを、林の開けた右側へ移した。
「これでいい?」
「ああ」
ゼラは二つを見比べた。それから、また黙った。昼が過ぎる。
夕暮れが木々の間へ差し込み、棺の影が長く伸びても、ゼラはその場から動かなかった。
「団長」
ケインが呼ぶ。
「日が落ちるぞ」
「……分かってる」
ゼラが立ち上がった。右側の棺へ歩いていき、その前で足を止める。そして膝をついた。
「姉貴?」
ゾルクの声が低くなる。ケインも何も言えず、アルドたちはゼラの背を見つめた。ゼラは棺へ片手を置いた。
「本当にすまない」
静かな声だった。
「俺がそっちに行ったら、気が晴れるまで殴ってくれ」
しばらくそのまま頭を下げてから、立ち上がる。棺との距離を取り、右手を掲げた。掌の上へ炎が集まり始める。
赤い炎が圧縮され、熱で周囲の空気が揺れた。アルドの目が炎と棺を往復する。
「……ゼラ」
レイスの表情が変わった。
「まさか――」
ゼラが手を振り下ろす。
「火炎肆式 炎墜」
巨大な炎が棺へ落ちた。轟音とともに火柱が上がり、熱風が林を走る。
アルドは腕で顔を庇い、セレスが水を広げて飛び散る火の粉を逸らした。ノルは一歩退き、ケインは焼け落ちていく棺から目を離せない。古い木が炎に崩れる。
中の遺骨も焼かれ、砕け、やがて白い灰だけが地面へ残った。火が小さくなるまで、誰も喋らなかった。アルドは焦げた地面を見た。
棺の前で頭を下げていたゼラの姿が、まだ目に残っている。
「……どういうつもりだ」
ようやく出た声は低かった。
ゼラは遺灰を見たまま答える。
「昨日出た大級は、先に出た中級の一番近くにあった遺骨から出た」
「ああ」
「あの遺骨は、中級に一番激しく壊されてた」
レイスが目を細める。
「夜骸化した時の等級が、遺体や遺骨の損傷に左右されると考えたのか」
「そうだ」
ゼラは白い灰へ視線を落とす。
「もしそうなら、火葬が禁じられてる理由にも繋がる。灰にする以上の損傷なんて、そうそうねぇだろ」
アルドの拳に力が入った。
「なんで言わなかった」
「言えば止めただろ」
「違う」
アルドが一歩近づく。
「なんで一人でやったんだ」
ゼラが顔を上げた。
「こういうのは、悪党が一人で背負えばいい」
「舐めるなよ」
「あ?」
「その程度の覚悟、キレイナから逃げた時にもう決めてる」
二人の視線がぶつかる。ゼラはしばらく黙っていた。
「……そうか」
「ああ」
「覚えとく」
アルドもそれ以上は言わなかった。夕暮れが消え、林の色が少しずつ暗くなっていく。レイスが二つの場所を見る。
左には、黒い短剣だけを抜いた遺骨。右には、焼かれて灰になったもの。
「団長」
「ああ」
「予想は?」
ゼラはすぐには答えなかった。やがて刀の柄へ手を置く。
「左が中級。右が大級だ」
アルドも緋喰刃へ手を掛けた。
「用意しろ」
「了解」
レイスは留帳を閉じる。ノルが翠穿を構え、セレスは小屋と二つの遺体の位置を確かめて流涙と地咬へ手を伸ばす。
エディンも大剣を肩から下ろした。ゾルクはゼラの横へ並び、ケインは小屋と荷物の間へ入る。中から夜幻鳥が小さく鳴いた。
「くるる……」
セレスが一度だけ振り返る。
「大丈夫。来させない」
やがて月が木々の上へ昇った。白い光が林へ差し込み、左の遺骨を照らす。次いで、地面へ広がった遺灰へ届いた。
ばきり、と音がした。直後。二つの場所が同時に爆ぜた。
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