↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
151/166

確定

 エディン、アルド、セレスが戻ってきたのは朝方だった。林の奥から草を踏む音が近づき、最初にエディンが姿を見せる。その両腕には大きな布包みが抱えられ、続くアルドも同じものを胸元へ抱えていた。


「戻ったか」


 棺のそばに座っていたゼラが顔を向ける。


「捕まえた」


 アルドが布を少し開くと、中から丸い頭が覗いた。夜幻鳥。


 抱えるには両腕が要るほどの大きさだが、ふっくら膨らんだ羽毛のせいか妙に丸い。銀青色の羽と長い尾羽を持ち、その先だけが淡く光っている。


「くるる」


 澄んだ鳴き声に、ノルの目が開いた。


「かわいい」


「本当に綺麗だね」


 セレスもアルドの隣から覗き込む。


「でしょう?」


 エディンが嬉しそうに胸を張った。


「まさか、つがいで捕まえられるとは思わなかったわぁ」


「二羽で四十万だ」


「急に金の話へ戻すな」


 ノルがそっと手を伸ばすと、一羽が指先へ嘴を当てた。


「つつかれた」


 ケインも横から覗き込む。


「へぇ、これが夜幻鳥か。丸いな。うまそうだ」


「だめ」


 ノルが即答した。


「冗談だって」


 夜幻鳥は何も知らず、アルドの腕の中で羽を膨らませた。


「くる」


 ゼラが立ち上がる。


「そいつらは小屋へ入れとけ。餌と水も置け。外じゃ危ねぇ」


「分かった」


 ノルとセレスが夜幻鳥を小屋へ運び、エディンも後へ続いた。保存食を細かく砕いて浅い器に水を入れ、倒れた椅子と板で簡単な囲いを作る。二羽はしばらく辺りを見回したあと、布の上で身体を寄せ合った。


 尾羽の淡い光が並んで揺れる。ノルとセレスは、布の上で寄り添う二羽をしばらく眺めていた。


         ◇


 夜幻鳥を小屋へ入れると、ゼラはすぐ棺の調査へ戻った。昨夜から外へ置いていた二つに変化はない。一つは蓋を開けたまま、もう一つは閉じたまま朝を迎えていた。


「何も起きなかったな」


「ああ」


 ゼラは昨日調べた黒い短剣を拾い上げた。刃は鈍く、武器として使うには頼りない。


「ノル、ケイン。新しく二つ出せ」


「うん」


「また俺か」


 ゼラが見る。


「どの棺にする?」


 ケインはすぐ言い直した。


「入口から離れたやつと壁際のやつ。場所も変えとく」


「了解」


 二人は地下へ降り、やがて旋風魔法で二つの棺を支えながら戻ってきた。古い木が軋むたび、ノルが風を細かく調整し、ケインが傾きを直す。二つが並ぶと、ゼラは黒い短剣で順に示した。


「昨日と同じで片方は開ける。もう片方は閉じたまま。ただし今度は、両方から短剣を抜く」


「ケイン」


「はいよ」


 一つ目の蓋を開ける。中には骨だけになった遺体と、胸元に納められた黒い短剣があった。


「こっちも同じだな」


 布を巻いた手で短剣を抜く。もう一つも必要な分だけ蓋を開け、同じように短剣を取り出した。


「二つ目もある。棺自体は同じだと思う」


「よし」


 ゼラは二本を受け取った。


「あと二日待つぞ」


「二日?」


 アルドが聞く。


「最長でな。今夜変化すりゃそこで終わりだ」


 ゾルクが腕を組んだ。


「姉貴」


「あ?」


「最初から短剣を抜いた棺も用意しておけば、一日で済んだんじゃないか」


 ゼラの手が止まった。


「うるせぇ」


 ゾルクは黙った。


         ◇


 その夜。月明かりの届く場所に、四つの棺が並んでいた。


 小屋には夜幻鳥が二羽いる。セレスとエディンが小屋寄りに立ち、ノルも棺と小屋の両方へ射線を通せる位置を取った。アルドは緋喰刃《ひくいじん》の柄へ手を掛け、レイスも細剣を抜ける姿勢で待つ。


 棺のすぐ近くにはゼラとゾルク。ケインは小屋と荷の間にいた。時間だけが過ぎる。


「変化ねぇな」


 ゼラが呟く。


「このままなら、死後は――」


 乾いた破裂音が響いた。短剣を抜き、蓋を開けていた棺の中で遺骨が爆ぜる。


「っ!」


 全員が一斉に構えた。


 木片の間から黒いものが膨れ上がり、骨のあった場所を押し広げる。獣のように低い胴へ猛禽に似た首、狼の前脚と細い鳥の後脚。背には翼とも骨ともつかない突起が並んだ。


 中級夜骸《やがい》。小屋の中で夜幻鳥が鋭く鳴く。


「くるっ!」


 セレスがすぐ入口を塞ぎ、エディンもその隣で大剣を構えた。夜骸は頭を動かし、周囲を見回す。棺。


 小屋。人間。すぐには飛びかかってこない。


「知性持ちか」


 ゾルクが刀へ手を掛ける。


「めんどくせぇな」


 ゼラも抜刀する。


「セレス、エディン! 小屋を頼む!」


「了解!」


「はぁい」


 アルドの声に二人が応じる。


「ケイン」


「おう」


「下がってろ」


「邪魔って言わなくなったな」


「斬られたいか?」


「下がってます」


 ケインは荷物と小屋のどちらにも動ける位置まで退いた。アルド、レイス、ゼラ、ゾルクが前へ出る。夜骸が駆けた。


 一直線には来ない。棺の陰へ身体を落とし、そのまま横へ抜けようとする。


「散るな!」


 アルドが叫ぶ。進路へゼラが入った。


 刀が夜骸の首元へ走る。相手は急に身体を沈めて刃を外したが、片側の突起までは逃げ切れず、斬られた先端が地面へ落ちる。横へ抜けたところへゾルクが回る。


 後脚を一閃。夜骸が大きく傾いた。


「レイス!」


「雷流弐式 絡縛《らくばく》!」


 雷を帯びた水糸が前脚へ絡み、動きを止める。アルドが踏み込んだ。


「蒼炎弐式 炎装《えんそう》!」


 蒼い炎が全身と緋喰刃を包む。加速した一撃が夜骸の胴へ食い込み、黒い肉を大きく裂いた。


「グァアアアアアアッ!」


 夜骸が身を捻った。背の突起が大きく薙がれ、近くに並べていた棺へ叩きつけられる。三つの棺が吹き飛んだ。


 古い木が砕け、蓋が外れる。遺骨が地面へ投げ出され、黒い短剣もいくつか月明かりの下を転がった。一番近くにあった遺骨は、振り抜かれた尾に巻き込まれて粉々に砕ける。


「棺が!」


「今はこいつだ!」


 ゼラが踏み込んだ。夜骸は逃げ道を探して身体を振るが、ゾルクが後脚を潰し、レイスの水糸が動きを奪う。アルドが正面から押し返したところへ、ゼラの刀が首筋へ入った。


 一閃。首が落ち、異形の身体が崩れる。アルドが息を吐いた。ばきり、と背後で音がした。振り返る。


 地面へ投げ出された遺骨の一つが震えている。


「……マジかよ」


 次の瞬間、三つの遺骨が同時に爆ぜた。二つの異形が地面を掻き、立ち上がる。


 どちらも中級夜骸だった。一体は獣の胴に猛禽の頭を持ち、片側だけ大きな翼を引きずっている。もう一体は虎に似た身体の首元から、別の獣の顎が突き出していた。


 最後の一体は、二体より明らかに大きい。


 太い四肢。地面を削る長い尾。複数の獣を重ねた巨体の背から、翼の名残のような突起が伸びている。


 大級夜骸。


「うぜぇな」


 ゼラが刀を握り直す。


「エディン、来てくれ!」


「はぁい!」


 アルドに呼ばれ、エディンが小屋の前から飛び出した。空いた場所へセレスが詰める。


「こっちは任せて!」


 ノルも翠穿《すいせん》を構え直した。


「私も残る」


「頼む!」


 ゼラは大級へ目を向ける。


「ゾルク。俺は大級だ」


「ああ」


 ゾルクが横へ並んだ。


「エディン、中級一体を止めてくれ!」


「任せなさいなぁ」


「レイス、もう一体は俺たちで落とす。そのあとエディンへ回る!」


「分かった」


 三つの戦線へ分かれた。大級の尾が地面を薙ぐ。


 土が抉れるより早くゼラが懐へ入り、前脚へ刀を走らせた。深く裂けるが、断ち切れない。


「硬ぇな」


「左へ流す」


 ゾルクが反対側の足元へ入り、体重の乗る脚を斬る。巨体が傾いたところへゼラが同じ傷をもう一度抉った。大級が吠える。


 その横で、アルドは中級の爪を緋喰刃で受けた。


「レイス!」


「雷風弐式 迅閃《じんせん》!」


 雷を帯びた風がレイスの身体を押し、中級の側面へ回り込ませる。細剣が翼を裂いた。アルドは正面へ踏み込む。


「蒼炎参式 蒼炎砲《そうえんほう》!」


 巨大な蒼炎が胸へ叩き込まれた。中級は直前に身体を退き、直撃を浅くする。そのまま距離を取ろうと地を蹴った。


「逃がすか!」


 アルドが追う。もう一方では、エディンが中級の爪を大剣で受け止めていた。


「あらぁ、力が強いわねぇ」


 爪と大剣が噛み合い、火花が散る。中級は背の突起を横薙ぎに振るった。エディンが大剣を立てる。硬い衝撃音が響いたが、足は動かない。


「くらうワケないでしょ、お馬鹿さん」


 小屋の前では、セレスが飛んでくる木片を地咬《ちがみ》で弾き、抜けた破片を水流で逸らしていた。


「ノル、右!」


「見えてる」


 翠穿が火を噴き、風を纏った三発が飛来する破片を撃ち落とす。ケインは小屋の戸を押さえた。奥で夜幻鳥が身を寄せ合い、「くるる」と細く鳴いた。


 アルドとレイスは中級を追い詰めていた。相手がアルドから距離を取れば、レイスが側面を潰す。レイスを避ければ、正面から蒼炎が来る。


「レイス!」


「ああ!」


 水糸が両脚へ絡みついた。中級の動きが止まる。アルドが踏み込む。


 蒼炎を纏った緋喰刃が胴を深く断ち、異形がその場へ崩れ落ちた。二人は止まらず、エディンの戦線へ向かう。


「待たせた!」


「早かったわねぇ」


 エディンが中級の爪を大剣で押し返す。アルドが正面、レイスが側面へ入った。


 エディンが大剣で身体を崩し、そこへレイスの刃が走る。動きの止まった胸元へアルドが蒼炎を叩き込み、二体目の中級も崩れた。残る大級は、まだゼラとゾルクを追っている。


 太い尾が地面を抉り、爪が木の幹を裂く。二人は正面から受けず、攻撃のたびに位置を変えながら同じ前脚へ傷を重ねていた。ゼラの頬には細い傷が入り、ゾルクの外套も肩口を裂かれている。


「姉貴」


「分かってる」


 すでに深く刻まれた前脚の傷へ、ゼラの目が向く。


「目は慣れた。次で終わらせる」


「合わせる」


 大級が尾を振り上げた。ゾルクが危険なほど深く踏み込み、尾が落ちる寸前に軸足を斬る。巨体が傾いた。


「今だ!」


 アルドの声と同時にゼラが跳ぶ。刀が、傷を重ねていた前脚へ振り下ろされた。太い脚が落ちる。


 大級の身体が大きく崩れた。アルドが蒼炎を纏って走り、エディンも続く。レイスの雷が残る脚へ絡み、ゾルクが踏ん張りをさらに削った。


 ゼラの刀が首筋へ入る。続けてアルドの緋喰刃、エディンの大剣、ゾルクの刀が巨体へ叩き込まれた。大級夜骸が地面へ崩れ落ちる。


 重い振動が足元を抜け、やがて異形の身体が形を失っていった。アルドは緋喰刃を下ろし、荒い息を整える。


「……終わったか」


 レイスが周囲を確認する。


「今のところ、他に変化はない」


「さすがに少し疲れたわぁ」


 エディンが大剣を肩へ戻した。


「みんな無事?」


 小屋の前からセレスが聞く。


「ああ!」


「鳥も無事」


 ノルも答えた。ゼラは答えず、地面へ散った黒い短剣を見ていた。さっきまで棺の中にあったものだ。


「確定だな」


 ゼラが言った。レイスも黒い短剣へ目を落とす。


「月酔い患者は、死後も夜骸化する」


「ああ」


 ゼラが一本を拾い上げた。


「こいつは、それを抑えてる」


 アルドは何も言わなかった。レイスが留帳《とどめちょう》を開く。


「王国は知っていた」


「だろうな」


 アルドの指が緋喰刃の柄へ食い込む。ゼラは短剣を握ったまま、砕けた棺へ目を向けた。


「一気に繋がってきやがったな」


 小屋の中で、夜幻鳥がもう一度だけ鳴いた。

お読みいただきありがとうございます。

引き続き毎日20時頃更新です。

続きが気になる!と思ってくださった方は、ぜひ【★評価】や【ブックマーク】で応援をよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。