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月酔いの果て

第148話 月酔いの果て


「正確には、月酔い患者が行き着く先が夜骸だ」


 頬杖を外したゼラの隣で、ゾルクもアルドを見ている。


「嘘じゃねぇだろうな」


「本当だ」


 アルドは迷わず答えた。


「俺の仲間が、目の前で大級夜骸になった。その後、討祓して、町から逃げた」


 口に出してしまえば、ひどく短かった。


「大級夜骸……」


 ゼラが口元へ手を当てる。ゾルクは姉の横顔を一度見てから、アルドへ視線を戻した。


「仲間が変化するところを見たと言ったな」


「ああ」


「ということは、月酔い患者を隠したということか」


 アルドの喉が詰まった。


「……そうだ」


 レイスは目を伏せ、ノルは机の一点を見ている。セレスも膝の上で手を握ったまま動かなかった。しばらくして、ゼラが口を開いた。


「ツラかったな」


 アルドが顔を上げる。


「そのあと、灰冠ともやり合ったんだろ」


「……そうだ。夜骸化した仲間を殺すのを躊躇って、別の仲間まで死んだ」


 ゼラは岩の天井を仰いだ。


「地獄だな」


 アルドは視線を落とす。


「だが、身から出た錆だ」


「俺はそうは思わねぇ」


 顔を上げると、ゼラはまっすぐこちらを見ていた。


「お前ら、月酔い患者が夜骸になると知ってたら、仲間を最期まで隠したか?」


 アルドは答えられなかった。


「いや……」


 やがて、それだけが出た。ゼラが頷く。


「王国がそれを隠してなければ、お前たちの悲劇は起きていない。悪いのは国だ」


「法を破ったのは俺たちだ」


「その法が間違ってんだよ」


 ゼラは即座に返した。


「民に理由も教えず、何も知らねぇまま従わせて、破った奴だけ罪人にする。そんなもん、法じゃねぇ。都合のいい縄だ」


 アルドは返す言葉を探したが、出てこなかった。


「考えたことなかったな」


 王都討祓軍にいた頃、月酔い患者は王国へ引き渡すものだった。それ以上を考える機会も、知る術もなかった。ゾルクが口を開く。


「ということは、国が月酔い患者を集めているのは、夜骸化で治安が乱れないようにするためか」


「だろうな」


 ゼラが答える。


「というか、それ以外に理由が思い当たらねぇ。俺たちは今までずっと、それを知りたかったんだ」


 アルドは頷いた。


「引き渡された患者は、第五部隊から灰冠に渡るらしい」


「そこまでは知ってる」


 ゼラの返事は早かった。


「その後の行方が分からねぇんだ。四六時中見張ってても出てこない」


 肘掛けを指先で一度叩く。


「放置したら夜骸化するなら、月酔い患者は全員殺されてるんだろうな」


「そうだな」


 レイスが静かに答えた。


「なら、その後、遺体はどうしてる」


 レイスの目が動いた。


「月酔い患者全員の遺体を置いておけるほど、王都は広くねぇ」


「……まさか」


 レイスが留帳《とどめちょう》を開いた。指先を走らせ、過去の記録を呼び出していく。


「どうした?」


「前に、おかしな墓地があっただろ」


「ああ、あれか」


「共和国に狙われないように隠してたってやつだな」


「あれは俺の早とちりだったかもしれない」


 セレスが身を乗り出す。


「どういうこと?」


「王国が月酔いの末路を隠しているなら、患者の遺体も表には出せない。王都へ置き続けることもできないなら、密かに外へ運ぶ必要がある」


 ノルが顔を上げた。


「……じゃあ、あの遺体は」


「ああ」


 レイスも顔を上げる。


「月酔い患者の可能性が高い」


 ゼラが身を乗り出した。


「おいおい、なんだそりゃ。そんなもん見つけてたのか」


 ゾルクも机へ近づく。


「どこにあるんだ」


 レイスは留帳の記録を追った。日付と移動経路、周辺地形を確かめ、指を止める。


「ここから北の方向にある」


 ゼラはすぐに立ち上がった。


「すぐに向かうぞ」


 アルドも椅子から腰を上げる。


「今からか?」


「当たり前だろ。この話を聞いて、明日にしましょうなんて言うと思ったか?」


「言わないだろうな」


「分かってんなら立て」


 ゼラは扉へ向かう。


「ゾルク。ケインを連れていく。準備させろ」


「分かった」


「ケリーはどうする」


「アイツは邪魔だ。置いてく」


「分かった」


 セレスが何とも言えない顔で二人を見る。


「かわいそう」


 ノルが呟いた。


「連れていきたいのか?」


 ゼラが振り返る。


「いいえ!」


 セレスは即答した。


「だろ」


 ゼラが扉を開けた。廊下ではケインが壁に背を預け、ケリーは扉が開いた途端にセレスへ顔を向けた。


「セレス、話は終わ――」


「ケリー」


「はい!」


 ゼラに呼ばれ、すぐ姿勢を正す。


「留守番だ。俺らが出る間、拠点防衛と入口管理をやれ」


「俺も行く」


「来るな。邪魔だ」


 ケリーの顔が曇ると、ゾルクが横から補った。


「任務上の意味だ。団長不在時の混乱を防げ」


「分かった。セレスが戻ってくる場所を守る」


「最後の一言はいらないわ」


 ケインが肩を揺らした。


「で、俺は連れてくんだろ?」


「ああ」


 ゼラがケインを見る。


「北に向かう。すぐ出る。準備しろ」


「荷物は?」


「俺の分も持て」


「はいはい」


 ケインは近くの団員へ北側の補助坑道を開けるよう指示し、水袋や灯り、縄、地図、簡易食と掘り道具を革袋へ詰めていく。ゾルクはその横で経路を確認した。


「俺が先頭につく。姉貴は中央。陽剣旅団は中央後方。ケインは最後尾で荷物と道具を見る」


「了解」


 一行は階段を上がった。酒場へ出ると、焼いた肉と酒の匂い、食器の音、団員たちの声が一気に戻ってくる。その中をゼラがまっすぐ進んだ。


「道を空けろ」


 周囲の団員たちがすぐ道を開ける。ケインは途中で足りない荷を受け取り、縄を腰へ固定した。ゼラが一度確認しただけで、必要な物はすべて揃っていた。


 アルドの隣へ、レイスが寄る。


「場所は分かるな?」


「ああ」


「ただ、留帳にあるのは以前通った経路だ。ここから先は赤鎖の案内も必要になる」


「分かった」


 ノルが背負った翠穿《すいせん》の位置を直した。


「本当に、あそこが月酔い患者の墓地だったら……」


「私たち、あの時、何も知らずに祈ってたのね」


「知らないまま祈ったことまで、責めなくていいわぁ」


「……そうね」


 前を歩くゼラが振り返る。


「しんみりするのは現物見てからにしろ。今は歩け」


「分かってる」


 ゼラはもう前を向いていた。町の奥へ進み、鍛冶場の横を抜けて岩壁沿いの細い道へ入る。やがて北側の岩壁に埋もれるような扉が見えた。


 門番がゾルクを見て、短く頷く。扉が開いた。奥には暗い坑道が続いている。


「灯り」


「はいよ」


 ケインが火を入れると、橙色の光が足元から先の岩壁まで細く伸びた。ゼラがアルドを見る。


「案内しろ、陽剣旅団」


「途中まではレイスの記録頼りだ」


「なら、記録係を死なせるなよ」


「言われなくても」


 レイスは留帳へ手を置いた。


「行ける」


 ノルが翠穿を背負い直し、セレスも流涙《るるい》と地咬《ちがみ》を確かめる。エディンは大剣の位置を直した。


 ゾルクが先頭へ入り、ゼラが続く。アルドたちの後ろでは、荷を担いだケインがまだ少し不満そうだった。


「俺、完全に荷物持ちだな」


「現地で雑用もある」


 ゾルクが前を向いたまま返す。


「もっと悪くなった」


「必要な役目だと言っただろ」


「ならいいか」


 ケインの声を最後尾に、一行は薄暗い坑道の奥へ踏み出した。

お読みいただきありがとうございます。

引き続き毎日20時頃更新です。

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