赤鎖の道
扉が閉まり、階段の上から聞こえていた酒場のざわめきが鈍く遠のいた。アルドは正面の女を見る。
「改めて、お前らの名前を聞こうか。陽剣旅団」
まずアルドが口を開いた。
「団長のアルドだ」
「副団長のレイスだ」
団長の眉が動く。
「お前が副団長だったのか、金髪メガネ」
「レイスだ」
「覚えたよ」
団長が喉の奥で笑う。エディンがゆるく手を上げた。
「おねぇさんはエディンよぉ」
「私、ノル」
「セレスです」
最後に名乗ったセレスへ、団長の目が止まった。
「お前、ケリーと一緒になるつもりはねぇのか?」
「ありません」
「即答かよ。灰冠との戦いの時、アイツ頑張ってたぞ」
「それはとても感謝してます。守られたことも事実です」
セレスは一息置いた。
「でも、それとこれとは別です」
「そうか。いい手駒が増えると思ったんだが、残念だ」
「今の、本人がいたら喜びそうなのが余計に嫌です」
「喜ぶだろうな」
「やめてください」
低くなったセレスの声に、団長は笑ったまま話を切った。
「まあいい」
ソファーへ背を預け直す。
「俺は赤鎖の獅子団、団長のゼラだ。この名前は赤鎖の幹部しか知らねぇ。他言無用だ」
アルドは短く頷いた。
「分かった」
その横で、ゾルクも口を開く。
「俺は副団長のゾルク。団長は俺の姉だ」
「灰冠との戦闘の時、姉貴って言ってた」
ノルが二人を見比べる。
「同じ赤髪だしね」
セレスも頷いた。ゾルクがそのまま続ける。
「幹部は、お前らの知っているケインとケリー以外にも六人いる」
「六人も?」
「ああ。拠点の統括、各地の連絡、物資管理、情報収集。それぞれ散らばってる」
「じゃあ、なんでここにはケインとケリーの二人がいるんだ?」
アルドが聞くと、ゾルクは少し黙った。
「……例えば、ケリーにこの町を統括できると思うか?」
返事が出なかった。セレスは目を逸らし、ノルは黙っている。レイスも何か言いかけてやめた。
「そういうことだ」
「おい」
ゼラが片眉を上げる。
「戦闘能力も忠誠も問題ない。ただ、町を任せるとセレス関連の看板を勝手に作りかねない」
セレスが額を押さえた。
「で」
ゼラの声で、話が切り替わった。
「お前らが持ってる、俺らが飛びつく情報ってなんだ?」
視線がアルドへ集まる。アルドはすぐには答えなかった。
「その前に、赤鎖がなんなのかを知りたい」
「随分焦らすじゃねぇか」
「大事なことだ。俺たちはまだ赤鎖を信用できてない」
「信用してねぇのに、ここまでノコノコ付いてきたのか?」
「そうするしかなかったからだ」
アルドはゼラを見たまま続ける。
「でも、話す相手が何者か分からないまま、俺たちの情報は出せない」
ゼラの笑みが薄くなる。
「ならさっさと話せ。お前らは話すしかないんだよ」
「断る」
ノルの指がわずかに動き、レイスはゼラとゾルクを視界へ収めた。エディンも椅子へ座ったまま、足の位置を変える。
「赤鎖の正体を知らなければ話せない」
ゼラの指が肘掛けを叩く。とん、と一定の間隔で音が続いた。
昨夜、灰冠を斬り伏せた姿が嫌でも頭へ浮かぶ。アルドは背中へ滲んだ汗を無視した。
「姉貴」
ゾルクが呼ぶと、指が止まった。
「……分かってる。しねぇよ」
ゾルクが一歩前へ出る。
「俺が話す」
「おい」
「奴らは命懸けでここまで来た。お互い色々あったが、敬意を表すべきだ」
「俺の名を教えてやっただろ」
「姉貴」
ゼラはしばらくゾルクを見ていたが、やがて大きく息を吐いた。
「……分かったよ。話してやれ」
ゾルクが頷く。
「ケインからも聞いたと思うが、俺たち赤鎖の獅子団は、王国の建国とほぼ同時期に設立された」
「ああ。だから各地に膨大な数の拠点があると聞いた」
レイスが答える。
「そうだ。そして俺たちの目的は、当初から王国の打倒だ。それはなぜだと思う?」
「虐げられてきたから?」
アルドに続いて、セレスが口を開く。
「当時の王家と対立していたから?」
ゾルクは首を横に振った。
「設立メンバーが、建国間もない頃に王国がやった大虐殺の被害者遺族達だったからだ」
アルドの眉が寄る。
「大虐殺……?」
「なんだそれ。聞いたことないぞ」
「だろうな。これは闇の歴史だ。王国としても隠したいだろう。だが事実だ」
レイスがゾルクを見る。
「証拠はあるのか」
「一応ある。ただ、何百年も前のことだからな。信じようとしない者には通じない程度のものだ」
「せっかくだから見せてやれ」
ゼラに言われ、ゾルクが地下室の奥へ向かった。壁際の棚の奥にある小さな扉を開け、中へ消える。
「信じねぇか?」
アルドは少し考えた。
「分からない。でも、今の赤鎖を見た後だと、何も考えずに否定はできない」
奥の扉が開き、ゾルクが戻ってきた。両腕には布で包んだ平たい物と、古びた紙束がある。机の上を空け、布を解く。
現れたのは数枚の石版だった。表面には細かな文字が刻まれ、ところどころが欠けている。
「なんだ、これは?」
「設立メンバーが、家族を殺された時の手記を刻んだものだ」
ゾルクは一枚ずつ机へ並べた。
「赤鎖の恨みの根を、証拠として残すためにな」
セレスが石版へ目を落とす。文字は古く、欠けて読めない箇所も多い。レイスはその横から一枚ずつ文字を追い、ノルも黙って覗き込んでいた。
「この紙は?」
アルドが尋ねる。
「俺ら姉弟の家系図だ」
ゾルクが紙束を広げる。紙質も筆跡も途中から何度も変わり、その先が今のゼラとゾルクまで続いていた。
「赤鎖の団長は、代々団長の長子が継ぐことになっている。姉貴は三十一代団長だ」
「三十一代……今の王より多い」
ノルが家系図を見た。
「初期は団長が先頭に立って灰冠と戦っていた。代替わりが激しかったんだ」
「その言い方だと、俺が引っ込んでるみてぇじゃねぇか」
「生き残る判断ができると言ってる」
ゼラは鼻を鳴らした。アルドは石版へ視線を戻す。
「灰冠も、その頃からあるのか?」
「ああ。当時の名前は王国特別警備隊。そして今の正式名称は、王家直轄特務秘匿執行局と言う」
聞き慣れない長い名前に、アルドはエディンを見た。
「エディン、知ってたか?」
「いいえ、全て初耳ね。灰冠が呼称だと言うことは知っていたけれど、正式名称までは知らなかったわ」
「あんたでも知らねぇのか」
「知らないことはたくさんあるわぁ」
ゾルクが話を続ける。
「かつては、灰冠の隊長とこちらの団長が相討ちになったこともあったそうだ」
「本当に戦い続けてるんだ」
ノルが石版を見る。
「そうだ。だが王国が大きくなるにつれ、正面から戦えなくなった。それでこちらも組織を大きくするために、盗賊団として国の溢れ者たちを取り込んでいった」
「共和国の人間も入れてるのは本当なのか?」
レイスが問う。
「本当だ。ただし、素性、目的、使えるかどうかは確認する。誰でも本体へ入れるわけじゃない」
「末端は?」
「末端は別だ。利用するために雑に広げている部分もある」
レイスが頷いた。
「だから、本体と末端で質が違う」
「ああ」
アルドは石版を見たまま聞く。
「灰冠はなんで大虐殺なんてやったんだ?」
「分からない」
ゾルクは即答した。
「殺されたのは軍人、一般人、老若男女、子供まで様々だったようだ」
「子供まで……」
「ああ」
「共通点はなかったのか?」
今度はレイスが問う。
「一見ない。だが見境なく殺されたわけでもない。子供は殺したのに、両親は殺されなかった事例も多々ある」
ゾルクの目が石版へ落ちる。
「灰冠がやったということは、何かを知った人間だったのだろう。だが少なくとも、その時殺された人々は普通の善良な一般人だ」
アルドの指が膝の上で握られた。何を知ったのか。なぜ、それだけで殺されたのか。
答えのないまま、何百年も残った石版だけが机の上に並んでいる。
「これが赤鎖の獅子団の歴史だ」
ゾルクが言った。ゼラは頬杖をついたまま、アルドを見る。
「謎が解けて満足したか?」
「思ってたのと違ったのは確かだ」
「お友達になれそうか?」
「知り合いくらいならいい」
「つまらねぇな」
「敵だった昨日より進歩だろ」
ゼラがソファーへ背を預ける。
「それで?」
脚を組み替え、アルドへ赤い目を向けた。
「次はお前たちの番だ。これ以上のお預けはナシだぜ?」
「そうだな。じゃあ次は俺たちが話す」
「早く話せ」
「ワクワクが隠せてないぞ、姉貴」
ゾルクが横から言う。
「うるせぇ」
ゼラは弟を睨んだ。
「俺の期待を下回ったら殺すからな」
ノルの手が僅かに翠穿へ寄り、セレスの指にも力が入る。レイスは黙ってゼラを見た。アルドが口を開く。
「俺たちの話は、夜骸についてだ」
「ふーん」
ゼラの顔から露骨に興味が薄れ、欠伸が一つ漏れた。
「まぁ、話してみろ」
アルドはゼラを見据えた。
「夜骸は、人間が変化したものだ」
ゼラの欠伸が止まった。ゾルクも動かない。しばらくして、ゼラの口から低い声が落ちた。
「…………は?」
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