炎演羅
灰冠の踏み込みは速い。それなのに草を潰す音も土を蹴る音も小さく、木漏れ日の下で短剣の鈍い光だけが次々と走る。
「来るぞ!」
アルドの声より早く、ゾルクがノルの前へ出た。最も深く入り込んできた灰冠へ身体を沈める。
「雷荷弐式 雷装」
黄色い雷が全身を包んだ。
「一刀流 抜刀 雷閃」
抜刀と同時に雷が円を描く。正面の外套が裂け、右から伸びた短剣は腕ごと飛び、左へ回った一人の首筋にも黄色い雷光が走った。地を滑ってきた影を踏み込みの途中で斬り伏せ、そのままノルの射線へ潜ろうとした最後の一人を胸から貫く。
刀を振り切ったゾルクの周囲に、黄色い火花が散った。
「……速」
ノルが呟いた直後、倒れた外套の陰から腕が伸びた。振り切ったゾルクの背へ短剣が迫る。翠穿の三つの銃口が同時に火を噴いた。
三発がゾルクの肩越しで軌道を曲げる。一発が外套の手首を撃ち抜き、残る二発が首元へ潜り込んだ。灰冠が崩れても、ゾルクは振り返らなかった。
空ケースが排出され、次のケースが送られる。
「な? 当たらねぇだろ?」
「私が避けたの」
「器用だな」
次の灰冠は、倒れた者を見もしなかった。ゾルクの速さを見た上で数人が重なって踏み込み、一人が射線を塞いでいる間に別の一人がノルの足を狙う。
ノルの目が足元の草へ落ちた。一本だけ、揺れ方が違う。
「下」
「ああ」
「雷荷壱式 電歩」
足元で黄色い雷が弾け、ゾルクが一気に間合いを詰めた。草の下から突き出た短剣を踏み砕き、そのまま柄で外套の顎を跳ね上げる。開いた脇を、ノルの銃口が捉えた。
「雷荷壱式 痺弾」
雷を帯びた三発が肩口へまとまって食い込み、灰冠の身体が硬直する。その首をゾルクが落とす間に、ノルは空ケースを排出して次を送った。
灰冠は休ませない。左右と背後から三人が重なり、さらに木陰から細い針が飛ぶ。
「忙しいな」
ゾルクは針を弾きながら一人を斬り伏せたが、もう一人がその腕の内側へ潜り込み、ノルの足を狙った。このまま撃てばゾルクに当たる。ノルが引き金を止めると、ゾルクがほんのわずかに身体を捻った。
空いた隙間へ、迷わず銃口を通す。
「旋風参式 三牙穿」
三発が風に噛み合い、一本の牙となってゾルクの腕すれすれを抜けた。灰冠の胸を撃ち抜いた風圧に、赤い髪が揺れる。
「いい腕だ」
「そっちこそ」
「素直だな」
「余裕ないから」
ノルは銃口を下げない。ゾルクも前を譲らず、ノルへ届く攻撃から順に斬り落としていく。その少し離れた場所では、セレスの前へ三人の灰冠が迫っていた。
正面から二人。もう一人が木の根を回り込み、左右へ散る。セレスは流涙を抜き、地咬を構えた。
「水地弐式 泥刃沼」
水と土の魔力が地面へ沈み、踏み込んだ灰冠の足裏へ薄い泥が絡む。足の角度がわずかにずれたところへ、セレスが半歩深く入った。
流涙で短剣を受け流し、地咬で肘を打つ。骨が軋んだところへ返す刃で腹を裂いたが、その横から別の短剣が首へ伸びる。ケリーが間へ入った。
腕を裂かれても退かず、逆に踏み込んで灰冠の胸へ刃を叩き込む。
「火炎弐式 盾火」
足元から短く厚い炎が立ち上がり、セレスへ飛んだ針を焼き落とした。
「……助かった」
「当たり前だ」
ケリーはセレスを見ず、次の灰冠へ向いていた。
「大地弐式 石縫」
地咬を突いた先から細い石杭が走り、灰冠の足首を裂きながら踏み込みを止める。相手は身体を捻って短剣を投げたが、ケリーが肩で受けた。刃が刺さったまま、前へ出る。
「大地壱式 砕掌」
土色の魔力を乗せた拳が顔面を打ち抜き、外套の頭が跳ねる。セレスはその横から流涙を滑らせた。
「水流弐式 水裂糸」
刃先から伸びた細い水糸が間合いの外まで走り、灰冠の脇腹を裂く。セレスが一歩深く攻めるたび、そのぶん開く隙へケリーが入った。左肩を斬られ、脇腹を裂かれ、膝へ針を受けても前から退かない。
一人がその守りを抜け、低く潜ってセレスの背後へ回った。正面の敵を捌いているセレスへ短剣が迫る。ケリーが身体を投げ込んだ。
刃が背中を裂く。ケリーは歯を食いしばったまま振り返り、灰冠の喉を掴んだ。
「……セレスに、触るな」
そのまま地面へ叩きつけ、膝を落とす。灰冠が動かなくなるより早く、セレスは流涙を返した。
「針霞」
刃先から薄い毒の霧が散る。目と喉を焼く程度でも、吸い込んだ灰冠の踏み込みは鈍った。セレスは地咬で膝を砕き、流涙で外套の内側を裂く。
「ケリー、右!」
返事より先にケリーが動き、セレスへ向かっていた刃を弾いた。レイスとケインは、背を預けるほど近くには立っていなかった。互いを視界の端へ置きながら、片方が崩れればすぐ隙を埋められる半歩の間を保っている。
レイスは電練鉱石の細剣を構えた。
「左を潰す」
「じゃあ俺は右だな」
ケインが短剣を回す。灰冠は正面から圧をかけて二人を分断し、奥の数人をケリーとセレスへ抜こうとした。
「行かせない」
レイスが細剣を地面へ向ける。
「雷流弐式 雷縫」
糸のような雷が地を走り、足首や膝だけを縫うように灰冠の踏み込みを止める。止まった一人へケインが入った。
「黒刺」
短剣は肩、手首、太腿だけを浅く刺して動きを削る。だがセレスの背後へ抜けようとした一人には容赦せず、喉へ刃を通した。
「悪いね。そっちは通行止めだ」
レイスは正面の短剣を細剣で受けた。
「雷流壱式 震刃」
刃を通じた雷の震えが相手の手首へ流れ、握力が落ちる。短剣が下がった隙へ踏み込み、柄で喉を打って腕を裂いた。背後から飛んだ刃には振り返らない。
ケインが短剣の背で弾き、もう片方を投げる。肩へ刺さった灰冠の足元へ、すぐレイスの雷が走った。
「雷流参式 走網」
網状の雷が地面へ広がり、逃げ道を削る。
「金髪メガネ」
「その呼び方はやめろ」
「奥、三つ抜ける」
「見えている」
レイスが細剣を横へ払い、雷の網を奥へ伸ばした。灰冠が避けた先には、すでにケインがいる。
「頭良い奴と組むと楽だね」
「無駄口を叩く余裕があるなら、右を止めろ」
「はいはい」
ケインが低く沈み、拾い直した短剣で灰冠の膝を裂いた。
レイスは正面を押し返しながら戦場へ目を走らせる。ノルに傷はないが呼吸が荒く、ゾルクがその前で攻撃を潰している。セレスも無傷のまま前へ出続け、ケリーが傷を引き受けていた。アルドは押され、エディンがそのすぐ近くを動いている。
そして、団長は――。
「……なんだ、あれは」
赤鎖の団長は、炎の中にいた。
「火炎弐式 炎装」
赤い髪と刀へ炎が巻きつく。アルドもよく使う魔法だが、踏み込んだ瞬間に押し寄せる熱がまるで違った。灰冠が殺到する。
団長は笑った。
「ようこそ、死地へ」
刀が走り、一人目の首を飛ばす。二人目は胴を裂かれ、三人目は足を断たれて倒れたところを炎に呑まれた。
荒々しく踏み込みながら、刃は首、胴、腕、膝へ正確に入る。倒した相手の位置すら次へ進む足場に変えた。その横で、アルドは灰冠の短剣を受け続けていた。
炎装を纏い、緋喰刃も燃えている。一人を斬れば別の一人が死角を埋め、炎を避ける者の横から、炎ごと突っ込む者が来る。
「蒼炎参式 紅裂!」
緋喰刃の軌跡から蒼い炎が裂け、一人を吹き飛ばした。すぐ次の短剣が肩を裂き、別の刃が脇腹を掠める。
「ぐっ……!」
アルドは肘で一人の顔を打ち、そのまま緋喰刃で正面を斬り伏せた。受けて返すだけで次の刃が来る。踏み込みも剣も少しずつ荒くなっていく。
視界の端では、団長がさらに包囲の奥へ入っていた。灰冠が束になって襲いかかる。団長は刀を引き、大きく一度だけ息を吸った。
「一刀流」
炎が刀へ集まる。
「炎演羅」
団長が踏み込んだ。
一太刀目で防御を弾き、二太刀目で首を取る。その足運びで背後の短剣を外し、避けた姿勢から四太刀目へ繋げた。斬った勢いのまま身体が回り、五太刀目が次の外套へ走る。
避ける動きがそのまま斬撃になり、斬った後の足が次の攻撃を外す。炎を纏った刀は止まらず、赤い軌跡に触れた灰冠から次々に崩れていった。アルドは息を呑んだ。
荒いのに、刃だけは一度も迷わない。
「見惚れてる場合かしらぁ」
すぐ横で金属音が鳴った。アルドの背へ伸びていた短剣を、エディンが大剣の腹で弾いている。
「エディン!」
「前を見なさいなぁ、アルドちゃん」
藤色の髪を揺らし、エディンは大剣を片手で滑らせるように扱った。灰冠の手首を打ち、次の刃へ細い風を巻きつける。
「旋風弐式 糸風」
短剣の角度がずれた一瞬に柄で鳩尾を打ち、折れた身体の後頭部へ大剣の腹を当てる。外套が地面へ沈んだ。次の灰冠の袖で魔力が練られる。
「水流弐式 雫縛」
散った水滴が糸のようにつながり、指先へ絡みついた。発動が遅れたところへ、アルドが緋喰刃を振る。
「蒼炎壱式 火走!」
地を走った蒼炎に追われて灰冠が後ろへ跳ぶ。その着地点へエディンの大剣の腹が入り、胸を打たれた外套が木の幹へ叩きつけられた。
正面からまた短剣が来る。アルドは身体を捻ったが、頬を浅く裂かれた。
「蒼炎弐式 炎装!」
蒼炎をさらに噴かせて踏み込み、緋喰刃を振る。受けられ、押し返されたところへ別の一人が懐へ潜った。腹へ伸びた刃の前に、大剣が入る。
金属音とともに、エディンの腕へ細い傷が増えた。
「エディン!」
「大丈夫よぉ」
エディンは大剣を傾けて短剣を滑らせ、そのまま足を払う。崩れた灰冠へアルドが緋喰刃を振り上げると、声が落ちた。
「次」
アルドは剣を止めず、そのまま別の外套へ炎を叩き込んだ。泉の周囲では、赤鎖の団員たちも灰冠と正面からぶつかっていた。赤い短鎖を腰に下げた男が短剣を肩で受けながら膝を叩き割り、別の女が火炎魔法で外套の視界を焼いたところへ仲間の刃が入る。
灰冠も引かない。木々の間からさらに影が流れ込み、倒れた者の穴をすぐ別の一人が埋める。ノルは荒い呼吸のまま翠穿を構えた。
「旋風弐式 風穿」
三発それぞれの周囲で圧縮した風が尖り、ほぼ同じ場所を貫いて外套を背後の木へ縫い止める。その直後に右肩へ飛んだ針は、ゾルクの刀が弾いた。
「休むな」
「休んでない」
「ならいい」
ゾルクの呼吸はほとんど乱れていない。
ノルは次のケースを送り、灰冠の目ではなく足と指を追った。ゾルクを狙う刃の根元を撃てば、ゾルクがその敵を斬る。ノルへ向いた攻撃は、届く前に刀が落とした。
セレスも前へ出続けていた。
「水地壱式 泥針」
足元から跳ねた細い泥の針が灰冠の踏み込みを乱し、その上をセレスが滑るように抜ける。流涙が外套を裂いた直後、背後から来た短剣をケリーが受けた。
ケリーは肩で息をしていた。服は血で重くなり、膝も震えている。セレスへ向かう刃だけは一つも見逃さない。
一人がケリーを無視してセレスへ突っ込む。ケリーは自分へ向けられた刃を避けず、腹を浅く裂かれながらその腕を掴んで逆へ捻った。骨の鳴る音にセレスの顔がわずかに歪む。
「痺花」
花弁のように散った毒の魔力が肩口へ触れ、腕の動きが鈍る。その隙へ流涙を走らせると、灰冠が倒れた。ケリーはまだ立っていた。
「ケリー」
「……何」
「死なないで」
ケリーが一瞬だけセレスを見た。
「分かった」
それだけ答え、また前を向く。レイスの頬を、細い刃が裂いた。
「右上」
ケインの声に合わせて身を沈め、頭上を抜けた刃の下から細剣を突き出す。
「雷流弐式 雷針」
突きと同時に細い雷が走り、灰冠の肩を貫いた。止まった身体へ、ケインの短剣が横から滑り込む。
「お前、指示聞くの早いな」
「必要な指示なら聞く」
「俺の声でも?」
「不本意だがな」
ケインが笑った横を短剣が掠め、頬が裂けた。
「おっと」
「無駄口だ」
「手厳しいねぇ」
二人は同時に前へ出た。レイスが雷で足を止め、ケインが崩す。ケインが敵を誘えば、レイスが逃げ道を変える。
灰冠の一部が、再びケリーとセレスへ圧をかけた。
「ケイン」
「分かってる」
ケインが二本の短剣を投げ、その後を追う。灰冠が刃を弾いた足元には、すでにレイスの雷流参式 走網が広がっていた。
逃げ場を失った相手の腕をケインが掴み、膝を入れる。崩れたところへレイスの細剣が走った。倒れた外套の奥から、また次が出る。
レイスは細剣を構え直した。頬も腕も浅く裂かれ、肺が熱い。ケインも袖を裂かれ、腕から血を流している。
「しぶといな、こいつら」
「ああ」
レイスは正面の灰冠を見据えた。
「だから、ここで止める」
アルドは何度目か分からない刃を受けた。
炎装は続いている。緋喰刃もまだ握れる。灰冠は肩、脇腹、太腿、腕に重なった傷へ正確に攻撃を集めてくる。
「蒼炎弐式 炎牙!」
剣先から伸びた蒼炎の牙が正面の灰冠を焼き、その直後に横から短剣が走る。
「水流壱式 水輪」
薄い水の輪が刃を逸らし、エディンの大剣が手首を打つ。アルドはそのまま踏み込み、緋喰刃で斬り伏せた。
「すまん、エディン」
「謝る暇があるなら、息を吸いなさいなぁ」
言われた通りに吸い込むと、喉へ血の味が上がった。前方では、炎演羅がまだ続いている。団長を囲んだ灰冠が上と下、左右から一斉に踏み込んだ。
「遅ぇ!」
刀が回る。正面の刃を弾いて首を斬り、左から来た短剣を肘で潰して膝を断つ。背後の一人には振り返らず、逆手に返した刀で胴を裂いた。
赤い炎が泉の水面へ揺れる。アルドは唇を噛んだ。遠い。
悔しいはずなのに、緋喰刃を握る手には力が戻っていた。
「まだ、やれる」
エディンが横目で見る。
「無茶は駄目よぉ」
「分かってる」
「分かってない顔ねぇ」
「少しだけだ」
「それが一番信用できないわぁ」
エディンはアルドの前へ出すぎず、横に残った。
「蒼炎壱式 焔打!」
蒼炎を纏わせた剣の腹で外套の体勢を崩す。
「旋風壱式 逆風」
背から吹いた風が灰冠をアルドの間合いへ押し戻し、緋喰刃がその身体を斬った。均衡が崩れたのは、団長がさらに一段深く踏み込んだ時だった。
炎演羅の赤い軌跡が包囲の一角を大きく裂き、そこへ赤鎖の団員たちが雪崩れ込む。ゾルクはノルの前を離れず、抜けようとする灰冠を斬る。ノルは荒い息のまま奥の遠距離隊へ弾を通した。
ケリーは膝を落としかけながら、セレスへ向かう刃を受ける。
「水地参式 泥鋏」
セレスが地面から立ち上げた泥を鋏のように閉じ、灰冠の足を挟んだ。止まった相手へ、ケリーが刃を振り下ろす。レイスの雷の網とケインの短剣が逃げ道を塞ぎ、そこへ赤鎖の団員たちが入り込んで灰冠の流れを断つ。
アルドも最後の力で前へ出た。エディンが横から来た外套の膝を大剣の腹で砕き、水の糸で腕を絡めて地面へ落とす。その先で、団長が吠えた。
「逃げんのか、灰冠!」
包囲の外側で指示を飛ばしていた数人が、同時に動きを変えた。全員が傷を負い、外套を裂かれているが、動きに迷いはない。
「撤退する」
静かな声だった。
「させるかよ!」
団長が踏み込むと同時に、灰色の煙が一気に広がった。視界が潰れる。
「見えない」
ノルが翠穿を上げると、ゾルクが刀を構えたまま制した。
「撃つな。味方に当たる」
レイスの雷も煙の中で何かに散らされた。エディンが煙の奥へ目を細める。その横で、アルドの膝が落ちた。
「アルドちゃん」
エディンはすぐ肩を支えた。団長が煙を斬る。炎が灰色を裂いた先では、数人の外套が森の奥へ消えていくところだった。
残ったのは、地面へ倒れた灰冠と血の跡だけだった。
「クソが、逃げ足だけは一丁前じゃねぇか」
団長が舌打ちする。戦場に、荒い呼吸と泉の水音が戻った。燃え残った草が、時折ぱちりと鳴る。
ゾルクは刀の血を払い、そのまま鞘へ納めた。息はほとんど乱れていない。
その後ろで、ノルは翠穿を下ろした。身体に傷はないが、膝が震え、呼吸はまだ荒い。
「……全部、止めた」
「言っただろ。守ってやるって」
ノルは返事の代わりに、小さく頷いた。少し離れた場所では、ケリーが片膝をついていた。
腕も背中も肩も脇腹も赤く、息は途切れそうになっている。立つ位置だけはセレスの前から動かなかった。セレスの服にも血が付いているが、自分の傷はない。
「……本当に、守りきったのね」
「守るって、言ったから」
「……ありがとう」
レイスの頬、腕、肩、脚には細かな傷が残り、ケインも裂けた袖の下から血を流しながら立っていた。
「お互い、ひどい有様だな」
「お前ほどではない」
「いや、同じくらいだろ」
「同じにするな」
「元気じゃん」
レイスは返さず、まだ森の奥へ目を走らせていた。
アルドはエディンに支えられている。炎装は消え、緋喰刃を握る手にも力が入りきらない。エディンの腕と頬にも、細い傷が残っていた。
「立てる?」
「……ああ」
「嘘が下手ねぇ」
「立ちたいんだよ」
「それは分かるわぁ」
エディンは手を離さなかった。アルドは団長を見る。
団長に傷はなかった。炎装はまだ身体の輪郭で揺れ、炎演羅で包囲を裂いた後だというのに呼吸も大きく乱れていない。
「なんだ、その顔」
アルドは血の混じった息を吐いた。
「……強ぇな、あんた」
「あたりめぇだろ」
団長は笑った。
「クソ……遠いな」
「遠い?」
「ああ」
アルドは緋喰刃を握り直した。
「でも、見えた」
団長の目が細くなる。泉の周囲では、赤鎖の団員たちが倒れた仲間と灰冠を確認し始めていた。誰もすぐには武器を手放さない。
焼けた草と血の匂いの中、ついさっきまで敵だった二つの集団の息遣いだけが、同じ泉の周りに残っていた。
お読みいただきありがとうございます。
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