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必要経費

 翌日、陽剣旅団はミュレナに紹介された鍛冶屋へ向かっていた。オルセア南側の職人街へ入ると、大通りを走る荷車の音に代わって金属を打つ音が近くなる。炭と鉄の匂いが漂い、店先に刃物や工具を並べた工房が道の両側に続いていた。


「この辺りか」


 アルドが腰の緋喰刃《ひくいじん》へ手を添える。


「ミュレナが言っていた場所なら、あそこだな」


 レイスが示した先に一軒の鍛冶屋があった。外観は地味だが、扉も看板もきちんと手入れされている。軒先には剣や短剣、槍の穂先、手斧が数本並び、どれも売り物らしく刃まで綺麗に整えられていた。


 中へ入ると、壁一面にさまざまな武器が並んでいる。


「綺麗な店だね」


 セレスが店内を見回した。


「ああ。王都で世話になった鍛冶屋とは全然違うな」


「あそこは良くも悪くも職人の巣だったからな」


 レイスが返す。ノルも壁の短剣を眺めながら言った。


「見やすい」


「武器屋としても使いやすそうねぇ」


 エディンがゆっくり店内を見て回る。アルドは隅に置かれた空樽の前で足を止めた。


 何本かの剣が無造作に差し込まれている。そのうち一本を抜き、軽く握ってみた。


「……これ、かなりいいぞ」


「そんなところにある剣が?」


 セレスが覗き込む。


「刃も真っ直ぐだし、重心も悪くない。握りもちゃんとしてる」


 アルドが剣を戻したところで、レイスが店の奥へ声を掛けた。


「すまない。店主はいるか」


「いるよー!」


 返事のあと、作業場から一人の女が現れた。


 黒に近い濃茶の髪は後ろで編み込まれ、太い三つ編みが片側へ流れている。鍛冶場の熱に焼かれた肌と琥珀色の目。右頬には小さな火傷跡があり、袖を捲った腕にも細かな傷が残っていた。


 女は五人を見ると、にっと笑う。


「お客さん?」


「ああ。ハイン商会のミュレナに紹介されて来た。武器を見てほしい」


「ミュレナの?」


 女の目が少し丸くなり、すぐに笑みが深くなった。


「じゃあ、あんたたちが陽剣旅団か!」


「まあ、そうだ」


「へぇ! 噂の旅団に武器を任せてもらえるなんて、私も偉くなったもんだね!」


「やめてくれ。そういうの慣れてねぇんだ」


「はははっ! 分かった分かった」


 女は腰へ手を当てた。


「私はサヴィア。よろしく!」


「俺はアルド」


「レイスだ」


「私はセレス。こっちがノル」


「よろしく」


「おねぇさんはエディンよぉ」


「アルド、レイス、セレス、ノル、エディンね。覚えた!」


 サヴィアは一度ずつ顔を見てから、作業台を軽く叩いた。


「で、どれから見る?」


「まず俺のを頼む」


 アルドが緋喰刃を外して渡す。サヴィアは鞘から刀身を抜いた途端、笑みを消した。


「ほぉ……」


 光へかざし、刃をゆっくり傾ける。


「緋灼鉱石《ひしゃくこうせき》だね。しかも純度がかなり高い。芯もいいし、相当な剣だよ」


「やっぱりいい剣なんだな」


「うん。ただ――」


 指先が刃の一部で止まる。


「刃こぼれが酷いね。ここまで来たら自分で研いで誤魔化すのはやめた方がいい」


「やっぱ限界か」


「剣そのものは問題ないよ。任せな。ちゃんと戻してあげる」


「助かる」


 緋喰刃が布の上へ置かれる。


「次」


 レイスが腰の細剣を外した。


「これを頼む」


「はいよ」


 サヴィアは受け取ると、刃だけでなく鍔や柄まで確かめ始めた。途中で手が止まる。


「……これは駄目だね」


「そこまでか?」


「整備自体はできる。でも今まで通り使ったら、一か月もつかどうか」


 レイスの目が細くなる。


「ガタが来ている自覚はあったが、そこまでとは思っていなかった」


「芯まで疲れてる。ここから直しても延命にしかならないよ」


 サヴィアは細剣を慎重に作業台へ置いた。


「悪いけど、買い替えを勧める」


「分かった」


 レイスはあっさり頷いた。


「店のものを見ても?」


「もちろん。気になるのがあったら言って。少しくらいサービスするよ」


「助かる」


 レイスが売り場へ向かう。サヴィアは次にセレスを見る。


「次は?」


「私の二本をお願い」


 腰から流涙《るるい》と地咬《ちがみ》を外す。サヴィアは二振りを並べ、刃を見比べた。


「潤流鉱石と地脈鉱石か。いいねぇ」


「見ただけで分かるんだ」


「鍛冶屋だからね」


 まず流涙を傾ける。


「こっちは大丈夫。念のため研ぎ直すくらいでいい」


 続いて地咬を見ると、サヴィアが笑った。


「こっちは結構やってるね」


「……分かる?」


「分かるよ。刃こぼれしてる。相当荒っぽく使ったでしょ?」


「ちょっとね」


「ちょっとでこうはならないけど、直せる範囲だから安心しな」


「ありがとう」


「次!」


「おねぇさんねぇ」


 エディンが背中の大剣を下ろした。サヴィアは両手で受け取り、重さを確かめてから刃を覗き込む。


「これは状態いいよ。研ぎと細かい調整だけで十分」


「あら、優秀ねぇ」


「使い方が上手いんじゃない?」


「嬉しいこと言ってくれるわねぇ」


 大剣も作業台へ置かれた。残るノルが翠穿《すいせん》を差し出す。


「私の」


 サヴィアは受け取った瞬間に目を輝かせた。


「なにこれ!」


「かっこいいでしょ」


「かっこいい!」


 即答だった。翠穿を作業台へ置くと、三つの銃口、銃床、機関部、右側の弾倉まで順に見ていく。何度か角度を変え、接合部を指で確かめるうちに表情が真剣になった。


「これ作った職人、腕はすごいね」


「うん」


「でも結構荒い」


「それも合ってる」


 アルドが笑う。


「俺もそんな気がする」


「ここ、少し歪みが出始めてる。それと、この弾倉も取り回しの邪魔になってるでしょ?」


 ノルが頷く。


「少し」


「装填、見せてもらっていい?」


「うん」


 ノルはトライアングルケースを弾倉へ入れ、翠穿へ差し込む手順を見せた。サヴィアは横から食い入るように見る。


「一つのケースで三発。これが十個入るんだね」


「うん。一回撃つと三発。空のケースを出して次を入れる」


「なるほどねぇ……」


 サヴィアは翠穿の側面を指先でなぞりながら考え込んだ。


「ノル。この弾倉、ちょっと改良してもいい?」


「どうするの?」


「弾帯みたいにケースを繋ぐ形へ変えてみたい。今の仕組みを丸ごと変えるんじゃなくて、装填部分の考え方だけ借りる感じ」


「弾帯って、機関銃の?」


「そう。でも連射できるようにするわけじゃないよ。そこは今の三発ごとの仕組みを残す」


 サヴィアは右側へ突き出た弾倉を指す。


「これがなくなるだけでも、かなり動かしやすくなると思う」


 ノルは翠穿を見る。しばらく考えたあと頷いた。


「分かった。サヴィアに任せる」


「いいの?」


「使いやすくなるなら嬉しい」


「よし。面白いね!」


 サヴィアが嬉しそうに翠穿を作業台へ置く。アルドは並んだ武器を見た。


「サヴィア、悪いんだけど急ぎなんだ。あと一週間でオルセアを出る」


「一週間か」


 緋喰刃、二振りの短剣、大剣、翠穿。さらにレイスの細剣。サヴィアは一度全部を見渡す。


「五日で仕上げるよ」


「いけるのか?」


「任せな」


 迷いのない返事だった。


「助かる」


「五日後に取りに来て」


「ああ」


 その時、売り場を見ていたレイスから声が飛んだ。


「サヴィア」


「ん?」


「この細剣は?」


 レイスが手にしていたのは、刃の奥に淡い筋が走る細剣だった。サヴィアはそれを見ると得意げに笑った。


「ああ、それね。電練鉱石《でんれんこうせき》で作った細剣だよ」


「電練鉱石……」


「雷荷魔法との相性がいい。魔法を増幅できるし、刃へ溜め込むこともできる」


 レイスの視線が細剣へ戻る。


「魔力の通り道もあるのか」


「あるよ。ここの溝」


 サヴィアが刀身の一部を指した。


「普通の細剣へ無理やり雷を通すのとは全然違う。使い手側にも、魔力を剣へ溜める感覚が出るはず」


 アルドも横から覗く。


「レイス向きじゃねぇか」


「かなり良さそうだ」


「おっ」


 サヴィアの顔が明るくなる。


「見る目あるね。私の最高傑作の一つだよ」


「いくらだ?」


「八十万セリオ」


 レイスの手が止まった。


「……高いな」


「その分は働くよ」


「それは分かる」


 レイスはもう一度細剣を見る。


「買えばいいだろ」


 アルドが言う。


「簡単に言うな」


「最初の報酬、まだ残ってるだろ」


「あれは俺の金じゃない。陽剣旅団の金だ」


「だから使うんだろ」


「俺個人の武器に八十万だぞ」


 アルドは額を押さえた。


「今さっき、お前の剣は壊れるって言われただろ」


「だからといって――」


「サヴィア」


「はいよ」


「その剣くれ」


「おい、アルド」


「いいよ!」


 サヴィアの返事は早かった。


「陽剣旅団に使ってもらえるなら嬉しいし、七十万までまける!」


「話が早い」


「待て。俺は買うと言っていない」


 サヴィアが首を傾げる。


「でもアルドが買うって」


「こいつが勝手に――」


「いるのか、いらねぇのか?」


 アルドが聞いた。レイスは黙った。細剣を見る。数秒後、息を吐いた。


「……いる」


「じゃあ買う」


「毎度!」


「決まったね」


 セレスも笑う。


「いや、だからな……」


「いい剣なんでしょ?」


「ああ。それは間違いない」


「じゃあいいじゃん」


「七十万だぞ」


「使えばいい」


 ノルも短く言った。


「武器だもの。必要でしょう?」


 エディンが続く。レイスは三人を見る。最後にアルドへ戻った。


「本当にいいのか」


「お前の武器はお前だけのもんじゃねぇよ」


「……何?」


「お前が戦えなくなったら、困るのは陽剣旅団全員だ」


 アルドは電練鉱石の細剣を指した。


「だから必要経費」


「必要経費」


 ノルが小さく繰り返す。


「そこ拾うな」


 レイスはしばらく黙っていた。それから、細剣を持つ手へ僅かに力を込める。


「……ありがとう」


「最初からそう言え」


「余計だ」


「いつものレイスに戻った」


 セレスが笑った。


         ◇


 その後、サヴィアはレイスへ細剣を持たせた。


「一度構えて」


「ああ」


「重心は?」


「悪くない」


「柄は?」


「この太さでいい」


 サヴィアは頷き、柄の巻きや鍔の角度、雷荷魔法を流した時の感覚を一つずつ調整していく。


「これならどう?」


 レイスが軽く振る。


「……さっきよりいい」


「よし。じゃあここで決まり」


 調整を続けるレイスを残し、アルドたちは一度商館へ戻って代金を持ってきた。戻った頃にもレイスは細剣を手にしていた。刃の感触を確かめ、静かに鞘へ戻す。


 サヴィアが明細を書き終える。


「はい。整備代と細剣代。細剣は約束通り七十万」


「助かった」


 アルドが代金を渡す。


「五日後だな?」


「うん。全部仕上げておくよ」


「翠穿もよろしく」


「任せな」


         ◇


 それから数日。武器を預けている間、陽剣旅団はオルセアで身体を休めながら次の準備を進めた。赤鎖の団長と会う日は決まっている。


 場所はオルセアから南西の森林地帯。詳しい地点までは分からない。無理に訓練をせず、荷の整理や地図の確認、商館の手伝いなどに時間を使った。


 そして一週間後。五人はハインの執務室に集まっていた。机の上には、いくつかの依頼書が並んでいる。


「赤鎖の団長に会うまでの道中で、無理なく受けられるものだけ選びました」


 ハインが言う。


「西方面へ向かう依頼です。期限の厳しいものや、大きく道を外れるものは除いてあります」


 アルドが一枚を取った。


「夜幻鳥《やげんちょう》?」


「夜幻鳥の捕獲依頼ですね」


「なんだ、それ」


「夜にだけ姿を現す珍しい鳥です。羽は装飾品として高価ですし、肉は食用、骨や内臓は薬の材料になります」


「全部使えるのか」


「はい。依頼者は医者なので、今回は骨と内臓が目的でしょう」


 医者。その言葉で、五人の間にほんの僅かな間ができた。ハインも気づいたらしく、一度言葉を止める。


「……正規の依頼ですよ」


「ああ。分かってる」


 アルドが依頼書へ目を戻した。


「捕まえるだけなんだな?」


「はい。ただし生け捕りです」


 レイスも書類を覗き込む。


「生息地は?」


「決まっていません」


「……は?」


 アルドが顔を上げた。


「決まってない?」


「かなり広い範囲に生息しています。夜に姿を現すうえ、数も少ない。見つけられるかどうかは運もあります」


「なるほど」


 レイスは報酬欄を見る。


「だから高いのか」


 アルドも同じ場所へ視線を落とす。一羽、二十万セリオ。


「五羽で百万だぞ」


「まず一羽見つけてから言え」


「夢がないな」


「現実だ」


「また現実」


 ノルが言う。


「でも二十万」


 アルドは依頼書を持ったまま笑う。


「受けようぜ」


「目的地から大きく外れないなら問題ない」


 レイスが答える。セレスも頷いた。


「夜に探すのは大変そうだけどね」


「おねぇさんも賛成よぉ」


 ノルも短く言う。


「捕まえたい」


「じゃあ決まり」


 アルドが依頼書をハインへ返す。


「これ受ける」


「承知しました」


 ハインが書類を整える。


「期限はありません。継続依頼なので、見つけた時に一羽ずつでも構いません。ただし生け捕り。それだけは忘れないでください」


「ああ」


         ◇


 五人はその足でサヴィアの鍛冶屋へ向かった。扉を開けた途端、奥から声が飛んでくる。


「来たね!」


 作業台には、整備を終えた緋喰刃、流涙、地咬、エディンの大剣、翠穿、そしてレイスの新しい細剣が並んでいた。アルドは真っ先に緋喰刃を手に取った。


 少しだけ抜く。鋼の奥を走る緋色の筋が光を返し、荒れていた刃は綺麗に整えられていた。


「……すげぇな」


「元通りって言ったでしょ?」


「いや。前よりいい気がする」


「それなら鍛冶屋として最高の褒め言葉だね」


 セレスも二振りを受け取った。流涙は澄んだ刃を取り戻し、地咬の刃こぼれも消えている。


「ありがとう、サヴィア」


「どういたしまして!」


 エディンも大剣を背へ戻した。


「あらぁ。いい感じねぇ」


「そっちは研ぎと調整だけ。元が良かったからね」


 ノルは翠穿を受け取った。肩へ当てる。一度構え、角度を変える。


 右側へ張り出していた弾倉がなくなり、ケースを繋いだ弾帯状の機構が機関部へ沿うように収まっている。


「動かしやすい」


「だろ?」


 サヴィアが嬉しそうに笑う。


「三発撃って次を送る仕組みはそのまま。ケースの並び方だけ変えた。これなら前より銃を振りやすいはず」


 ノルは翠穿を身体の前で小さく動かし、肩へ戻す。


「うん。軽く感じる」


「実際の重さはほとんど変わってないよ。邪魔になる場所が減っただけ」


「気に入った」


「よかった!」


 ノルは翠穿を大事そうに抱え直した。最後にレイスが新しい細剣を受け取る。柄を握り、ゆっくり抜いた。刃の奥に淡い光の筋が走っている。


 しばらく見つめたあと、一度だけ軽く振る。


「……いいな」


「でしょ?」


 サヴィアが胸を張る。


「レイスに合わせて全部調整してある。雷荷を通した時も、前より扱いやすいと思うよ」


 レイスは細剣を鞘へ収めた。


「サヴィア」


「ん?」


「大事に使う」


 サヴィアが一瞬だけ目を丸くする。すぐに、にっと笑った。


「そうして。壊れたらまた持ってきな」


「ああ」


 アルドは腰へ戻した緋喰刃を軽く叩いた。


「準備できたな」


「ああ」


 レイスが答える。


「じゃあ行くぞ」


「夜幻鳥、何羽?」


 ノルが聞く。


「五羽」


 アルドが即答した。


「まず一羽だ」


 レイスが返した。


「ほら、行くよ」


 エディンも店の出口へ向かう。


「今度は鳥探しねぇ」


 サヴィアが入口まで見送りに出た。


「いってらっしゃい、陽剣旅団!」


「ああ。戻ったらまた頼む」


「もちろん!」


 五人は鍛冶屋を出た。オルセアの通りには商人の声が飛び交い、荷車が行き交っている。その中を抜け、陽剣旅団は次の目的地へ向けて歩き出した。

お読みいただきありがとうございます。

引き続き毎日20時頃更新です。

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