↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
142/166

溢れる商館

 旅支度のまま荷を背負った者、護衛を連れた商人、書類を抱えた若者。何かを頼みたいらしい旅人まで門前へ集まり、列は通りの端まで伸びている。その内側では、たまとまるが完全に客の波へ呑まれていた。


 たまが一人を受付へ案内して戻れば、今度は別の客から声が飛ぶ。まるも短い腕をぱたぱた動かして順番を示そうとしているが、その横からまた別の客が話しかけてきた。


「コォ……」


「……何が起きてるの?」


 セレスが呆然と呟いた。


「俺に聞くな」


 アルドも門の前で止まったままだった。レイスは中を覗く。


「どうする。明らかに忙しいぞ」


「忙しいっつっても、こっちも話すことだらけだからな」


「だからって今突っ込むの?」


 セレスが客の列を指した。


「キュリンの件もあるし、赤鎖の件もあるし……」


「報酬も」


 ノルが付け足す。


「そう。報酬も大事だ」


「そこだけ反応早い」


「金がないと飯が食えないだろ」


「必要経費」


「お前、それ本当に気に入ったな」


 話している間にも、商館の扉が開いた。職員が書類を抱えて飛び出してきたかと思えば、外で待っていた男へ何か確認し、そのまま別の書類を受け取って中へ引き返す。


 扉が閉まる直前には、本館の中をリリンが飛び回っている姿まで見えた。


「忙しそう」


 ノルが言った。


「忙しいな」


「今入ったら邪魔だよ」


 セレスの言葉に、アルドもようやく頷いた。


「……だな」


 レイスがオルセア商会の方角を見る。


「先にオラリクさんへ報告しよう。依頼主はあちらだ」


「ああ。それがいいな」


 アルドはもう一度門の向こうを見る。たまとまるがこちらへ気づいた。二体とも短い腕を上げる。


「ただいま」


 セレスが手を振り返す。たまが一歩こちらへ来ようとした瞬間、背後から客に呼ばれた。


「コォ!」


 慌てて戻る。まるも別の客へ連れていかれた。


「……頑張ってるね」


「帰ってきた挨拶すらできねぇな」


「夜に来ればいい」


 レイスが歩き出す。アルドも続いた。


「ハインが死んでなきゃいいけどな」


「縁起でもないこと言わない」


 ノルに即座に切られた。


         ◇


 オルセア商会へ入ると、受付嬢がこちらを振り向いた。


「あのぉ――」


 アルドが声を掛けきる前に、受付嬢の目が大きく開く。


「陽剣旅団の皆さん!」


「お、おう」


「やっと来ましたか! こちらです!」


「待ってくれ、まだ何も言って――」


「オラリクさんがお待ちです!」


「聞いてねぇな」


「行くぞ、アルド」


「はいはい」


 受付嬢に急かされるまま奥へ通され、応接室へ入る。腰を下ろす暇もなく、扉が開いた。


「お久しぶりです、オラリ――」


 アルドの右手を、オラリクが両手で握った。


「ありがとうございます!」


「……え?」


「まさか、こんなに早く解決していただけるとは!」


 普段の落ち着いた姿からは想像しにくい勢いだった。アルドは握られた手とオラリクの顔を交互に見る。


「行方不明者の件ですか?」


「もちろんです!」


「もう知ってるんですか?」


「三日前には報告が届いていますよ」


「三日前?」


 アルドがレイスを見る。


「俺たちより早くねぇか?」


「歩いて戻ってきた俺たちと情報を比べるな。町長、警備隊、国軍、商人の伝手がある」


「ああ……そりゃそうか」


「さあ、まず座ってください」


 今度こそ五人が椅子へ腰を下ろす。オラリクも向かいへ座った。


「三日前、キュリン町の事件が解決したという報告が届きました。そこから早かったですよ」


「何がです?」


 セレスが聞く。


「噂です」


 オラリクは少し笑った。


「国軍が三か月調べても解決できなかった事件を、陽剣旅団が二週間ほどで解決した。しかも行方不明者を救出し、犯人まで捕らえた」


「二週間……」


 アルドが首を傾げる。


「そんな短かったか?」


「移動も含めてその程度だ」


 レイスが答える。


「中身が濃すぎたんだな」


「ノルが死にかけたしね」


 セレスの一言で、アルドの顔から笑みが消えた。


「……そうだな」


 オラリクも空気の変化を察し、声を落とした。


「お怪我をされた方がいたとは伺っていました。もう大丈夫なのですか?」


 視線がノルへ向く。


「大丈夫」


 ノルは自分の脇腹へ軽く触れた。


「治った」


「それは……本当によかった」


 オラリクが胸を撫で下ろす。


「事件について、詳しく伺っても?」


「ああ」


 そこから、必要なことを話した。赤鎖の拠点で行方不明者の遺体を見つけたこと。外套の男を追った先で、エレノアの地下実験場へ辿り着いたこと。


 拘束された者を救出し、エレノアと協力者を警備隊へ引き渡したこと。すでに国軍と町が後処理へ入っていること。すべてを話し終えるまで、オラリクは口を挟まなかった。


「……医師が犯人だったのですか」


「俺たちも最後まで分かりませんでした」


 セレスが答える。


「最初は、赤鎖が関係してると思ってたので」


「無関係ではなかったが、犯人ではなかった」


 レイスが補足する。


「末端の一人が金を受け取って遺体処理を請け負っていただけです」


「なるほど……」


 オラリクは深く息を吐いた。


「では、当初考えていた盗賊による人攫いでもなかった」


「違いました」


 セレスの声が少し沈む。


「助けられなかった人の方が多かったですけどね」


 オラリクの手が止まった。少しして頷く。


「……そうですね」


 先ほどまでの喜びは抑えられていた。


「それでも、助け出せた方がいた。事件も止めていただいた。それは間違いありません」


 オラリクが立ち上がる。


「依頼者として、改めて礼を言わせてください」


 深く頭を下げる。


「ありがとうございました」


 アルドは少し困ったように頬を掻いた。


「俺たちだけで解決したわけじゃないですけどね」


「そうだとしてもです」


「……なら、受け取っときます」


「はい」


 オラリクは座り直し、今度は横に置いてあった布袋を机へ載せた。どす、と重い音がする。ノルの目が袋へ動いた。


 アルドも見る。


「後払い分です」


「三十万でしたっけ」


「五十万セリオです」


「五十万?」


 アルドの身体が少し前へ出た。レイスが横から見る。


「早期解決なら増額と言われていただろ」


「……言ってたっけ?」


「言っていた」


「忘れてた」


「お前は金の話くらい覚えておけ」


「金が減った時は覚えてる」


「最悪だな」


 オラリクが笑いながら布袋を押し出す。


「どうぞ」


「ありがとうございます」


 アルドが受け取った。ずしりと腕が沈む。


「重い」


「五十万だからね」


 ノルが袋を見ている。


「触るか?」


「うん」


 アルドが渡すと、ノルの腕も少し落ちた。


「重い」


「だろ」


「これで菓子いっぱい買える」


「全部菓子にするな」


 アルドが袋を取り返す。


「ハインの取り分は、ここからですか?」


「いえ。そちらはすでにオルセア商会からお渡ししています」


「もう?」


「はい」


「じゃあ、これ全部俺たちの?」


 今度はセレスが聞いた。


「すべて皆さんの分です」


「おお……」


 オラリクが笑った。それから窓の外へ目をやる。


「ハインさんには、夜になってから会う方がいいでしょうね」


「やっぱり今は無理ですか」


「無理だと思います」


「言い切った」


「我々からも人を貸していますが、それでも足りません」


 アルドが眉を寄せる。


「そんなに何が来てるんです?」


「依頼、商談、護衛の相談、紹介希望、情報提供……色々です」


「急に?」


「皆さんが原因ですよ」


「俺ら?」


「道中で人を助けて、ハイン商会の名前を広めたでしょう」


 アルドとセレスが顔を見合わせる。


「……あれか」


「宣伝になればいいな、くらいだったよね」


「なりすぎたようですね」


 オラリクは苦笑した。


「事件解決の噂へ、その話が重なりました。『陽剣旅団に助けられた』『金を取られなかった』『ハイン商会を頼れと言われた』。そういう話が何件も入っています」


「だから、あの人混みか」


 レイスが言う。


「ええ」


         ◇


 オルセア商会を出た五人は、本館へ寄らず別館へ向かった。人波から離れるにつれ、ようやく声が遠くなっていく。専用区画の扉を開け、二階へ上がったところでセレスが息を吐いた。


「帰ってきた……」


「ああ」


 アルドは鞄を床へ置き、その場で肩を回す。


「生き返る」


「金でも生き返ってた」


 ノルが言った。


「帰ってきても生き返る」


「何回死んでるの?」


「細かいこと気にすんな」


 セレスは笑いながら食堂へ入った。そのまま保冷庫を開ける。


「わっ」


「何?」


 ノルがすぐ隣へ来る。中には肉と野菜、卵、果物がきちんと入っていた。旅の途中で食べ続けた乾物や保存食とは違う。


「ちゃんとしたご飯作れる!」


「肉」


 ノルの反応は早かった。


「あるよ」


「食べたい」


「今作るね」


 セレスが腕まくりをする。


「手伝う」


「ノルは休んでていいよ」


「手伝う」


「本当に?」


「つまみ食いするから」


「それ、手伝う理由じゃないよね?」


 ノルはもう野菜を一つ手に取っていた。


「これ洗う?」


「……うん。お願い」


「任せて」


 素直に流しへ向かう。その横で、セレスが肉へ包丁を入れる。エディンは食堂の隅で果実酒の瓶を見つけていた。


「あら。いいものあるじゃない」


「今飲むの?」


「料理ができるまで暇でしょう?」


「手伝ってもいいんだよ?」


「ノルちゃんがいるから足りてるわぁ」


 そのままノルが手を伸ばす。まな板の端に置かれた肉を一つ取った。


「ノル」


「確認」


「まだ焼いてない!」


「うん」


 ノルは肉を戻した。セレスはため息を吐きつつも、口元は笑っていた。広間ではレイスが五十万セリオを机へ広げ、数を確認している。


「間違いない。五十万だ」


「全部数えたのか」


「ああ。確認は必要だ」


「商人みたい」


 ノルが台所から言った。肉が焼け始めた。香ばしい匂いが広がり、鍋ではスープが煮える。


「まだ?」


 アルドが聞く。


「今焼き始めたばっかり!」


「もう少し」


 ノルが言った。久しぶりに、誰かに追われるでもなく、次の村へ急ぐでもなく食事を待つ時間だった。


         ◇


 夕食を終え、客足が引いた頃。五人は改めて本館へ向かった。門では、たまとまるが二体揃って立っている。


 昼間の慌ただしさはなくなっていたが、どちらも少し身体が沈んでいた。


「ただいま」


 セレスが声を掛ける。


「コォ!」


「コォ!」


 二体が今度こそ揃って腕を上げた。セレスがたまの頭を撫で、まるにも同じように触れる。


「今日は大変だった?」


「コォ……」


 たまが沈む。まるまで真似するように沈んだ。


「相当だな」


 アルドが笑う。本館へ入る。


「おかえりぃ……」


 今度は上からリリンが降りてきた。飛んでいるというより、ゆっくり落ちてきているような速度だった。


「リリンまで死んでる」


「しんでないよぉ……」


「幽霊だけどね」


 ノルが言った。


「それ今言う?」


 セレスが小さく笑う。広間も似たような有様だった。椅子へ深く沈んだ職員。机へ突っ伏している者。書類を持ったままぼんやりしている者。


 受付では、ベリタが額を台へつけていた。


「ベリタ」


 アルドが声を掛ける。肩が動く。ゆっくり顔が上がった。


「……アルドさん」


 疲れ切った目に少しだけ光が戻る。


「皆さん、お戻りだったのですね」


「ああ。昼過ぎにな」


「お帰りなさいませ」


 ベリタが立とうとした。身体が僅かに揺れる。


「いやいやいや、座ってろ」


 アルドがすぐ止めた。


「でも、受付として――」


「もう客いないだろ」


「皆様は――」


「仲間」


 ノルが言った。ベリタが止まる。


「客じゃない」


「……そうですね」


 少しだけ笑い、椅子へ戻った。セレスは受付台の上を見る。


「これ全部?」


「昨日からの分も混ざっております」


「多すぎない?」


「はい」


「まだ終わってないの?」


「はい」


 ベリタの返事がだんだん短くなる。


「大丈夫?」


「……明日には」


「大丈夫じゃない人の答えだよ」


 エディンが周囲を見回した。


「ハインちゃんは?」


「執務室です。ミュレナさんもご一緒です」


「まだ仕事してるのか」


「はい」


 レイスが階段へ目を向ける。


「早く終わらせよう」


「だな」


 ベリタがまた立とうとした。


「お通しします」


「場所は分かるって」


 アルドが押し戻す。


「休んでろ」


「ですが……」


「明日もこれなんだろ?」


 受付台の書類を指す。ベリタはその山を見て、ついに諦めた。


「……お願いいたします」


「任せろ」


         ◇


 執務室へ入ると、机の上には依頼書や商談記録、護衛の相談、荷の予定、人員の割り振りまで積み上がっていた。その向こうからハインが顔を上げる。


「皆さん……!」


「ハイン」


 アルドが片手を上げた。


「ただいま」


「お帰りなさい。本当にお疲れ様でした」


 ハインが立とうとした。机の端に積まれていた紙が傾く。


「あっ」


 両手で慌てて押さえる。ノルがじっと見た。


「忙しそう」


「忙しいです」


 ハインは即答した。


「大変ありがたいことなのですが、少々……いえ、かなり忙しいです」


「顔がありがたい顔してない」


「気持ちはありがたいのです」


「身体が?」


「追いついていません」


 その時、扉が開いた。


「ハイン、東方面の件だけど――」


 書類を抱えたミュレナが入ってきて、五人を見て止まった。


「あら。戻ってたのね」


「ああ」


 アルドが答える。


「ミュレナも顔やばいぞ」


「誰のせいだと思ってるの?」


「俺ら?」


「半分くらいは」


 ミュレナは書類を机の隅へ置いた。


「商会に入った途端にこれよ。まさかここまで急に増えるなんて思わなかったわ」


「儲かってる?」


 ノルが聞く。


「儲かる前に処理で潰れそう」


「駄目」


「だから頑張ってるのよ」


 ハインが来客用の椅子を示した。


「ひとまず座ってください。皆さんからも、かなりお話があるのでしょう?」


「山ほどある」


「こちらもです」


「じゃあ、どっちから行く?」


 アルドが聞く。ハインは少し考えた。


「皆さんからお願いします。キュリン町について、直接伺いたいです」


「ああ」


 アルドたちが座る。


「つまり、赤鎖そのものが人を攫っていたわけではなかったのですね」


 ハインが確認する。


「ああ」


 レイスが答える。


「末端の一人が遺体処理を請け負った。それが接点だった」


「犯人は医師」


 ミュレナが眉を寄せる。


「それで、実験のために人を攫ってた……」


「そういうことになる」


 セレスの声は少し低かった。


「捕まってた人は助けられた。でも、それまでに亡くなった人もかなりいると思う」


 ハインの手が書類の上で止まる。


「……分かりました」


「情報として使うのか?」


 アルドが聞いた。


「使います。ただし、面白半分に広めるような話ではありません」


 ハインは顔を上げる。


「どの地域で行方不明が起きていたのか。どういう手口だったのか。今後、同じような事件が起きた際に何へ注意するべきか。そこは整理します」


「商人なら知っといた方がいいもんな」


「はい。人と荷を動かす以上、危険の情報は必要です」


 ミュレナが横から口を挟む。


「特に一人旅の商人にはね。何でもない道で消える可能性があるなんて、知らない方が危ないわ」


「じゃあ、その辺は任せる」


「任されたわ」


 ハインが一つ息を吐いた。


「それと……皆さん」


「ん?」


「道中で、何をしてきたんですか?」


 アルドが首を傾げる。


「何って?」


「人助けです」


「ああ」


「『ああ』ではありません」


 珍しくハインの声が少し強くなった。


「皆さん、やりすぎです」


「やっぱり言われた」


 セレスが笑う。


「いや、困ってる人がいたから手伝っただけだぞ」


「それはいいのです」


「じゃあ何が駄目なんだ?」


「そのたびにハイン商会の名前を置いてきたでしょう?」


「宣伝になるかなって」


「なりすぎました」


 ハインが机の書類を一枚持ち上げる。


「これは護衛の相談」


 もう一枚。


「こちらは商談」


 さらにもう一枚。


「こちらは陽剣旅団への依頼です」


「全部?」


「ほんの一部です」


「……すご」


 セレスが机の山を見る。ミュレナが横から別の束を指した。


「こっちは紹介希望。そっちは情報を買ってほしいって人。あと、お礼の手紙」


「手紙まで?」


「『陽剣旅団に助けられました』って」


 アルドが少しだけ黙る。


「……ちゃんと広まってんだな」


「広まりすぎです」


 ハインがまた言った。


「でも悪いことじゃないんだろ?」


「もちろん、悪いことではありません」


「じゃあいいじゃん」


「処理する側はよくありません」


 ミュレナがすぐ返した。


「原因は帰ってくる前に作ってるでしょう」


「それ言われたら何も言えねぇな」


 ノルが机の依頼書を一枚覗こうとする。


「触っていい?」


「それは駄目です」


 ハインがすぐ止めた。


「依頼人の情報がありますから」


「分かった」


「素直」


 アルドが言う。


「怒られたくない」


「賢い」


 ハインは書類を戻した。


「陽剣旅団への依頼もかなり増えています。ただ、すべてを受けるのは不可能です」


「それは無理だな」


 レイスも頷く。


「なので、報酬の下限を四十万セリオにしました」


 アルドの顔が上がる。


「四十万?」


「はい」


「最低で?」


「最低で、です」


「……いいな」


「顔」


 ノルが言う。


「出てる」


「今度は出てるね」


 セレスも同意した。


「いいだろ、四十万だぞ!」


「皆さんの本来の目的を忘れないでくださいね」


 ハインが釘を刺す。


「ああ。分かってる」


 そこでアルドは鞄から折り畳んだ紙を取り出した。


「その本来の目的の方も進んだ」


 ハインとミュレナの目が地図へ向く。


「赤鎖ですか?」


「ああ」


 机へ広げる。


「団長と会えることになった。二週間後、ここだ」


 ハインが身を乗り出す。


「本当に?」


「ああ」


「ついに、ですね……」


 ミュレナも印を確認する。


「オルセアから南西。かなり森の奥ね」


「詳しい場所は書いてない」


 レイスが言う。


「この辺りまで行けば、向こうから接触してくるはずだ」


「誰が知らせに?」


 ハインが聞く。セレスの顔が一瞬で曇った。


「……ケリー」


「ああ……」


 ハインがすぐ理解した顔をした。アルドは地図を指で叩いた。


「とにかく、二週間後はここへ行く。だから依頼を入れるなら、それに間に合うやつだけだ」


「分かりました」


 ハインが地図の位置を手元の紙へ写す。


「依頼の候補はこちらでさらに絞ります。明日以降に見てください」


「今日は見なくていい?」


「むしろ今日は休んでください」


「助かる」


 アルドが背もたれへ沈んだ。


「もう頭回らねぇ」


「いつもでは?」


 ノルが言う。


「今日は特にだ」


 ハインが少し笑った。


「では、こちらから残りを簡単に」


「まだあるのか」


「あります」


 アルドは苦笑した。


「まず、鉄環護衛団は現在、大口の護衛依頼で出ています」


「ガルディンたちか」


「ええ」


 ミュレナが答える。


「商隊護衛と荷の警備が一緒になった仕事よ。陽剣旅団を出すほどじゃないけど、そこらの護衛団には任せにくい」


「ちゃんと仕事来てるんだな」


「かなりね」


「顔見たかったけど、仕方ないか」


「戻ってくれば会えるわ」


 ハインが続ける。


「それから、商館の設備が一通り整いました」


「設備?」


「裏庭、訓練場、倉庫、馬車庫、厩舎です。細かいところまで含めると、皆さんが出発した時よりかなり使いやすくなっています」


「明日、私が案内するわ」


 ミュレナが言う。


「特に馬ね」


「馬?」


 セレスが反応する。


「六頭入ったわ」


「六頭!」


「これから移動に使っていいわよ」


「歩かなくていい?」


「毎回歩く必要はなくなるわね」


「やった!」


 セレスの顔が一気に明るくなる。ノルも少し身を乗り出した。


「馬、菓子食べる?」


「馬には馬の餌をやれ」


「分かった」


 話が一段落したところで、ミュレナが机の書類を抱え直した。


「じゃあ、私はそろそろ戻るわ。東方面の返事、まだ出してないの」


 アルドが顔を上げる。


「もう行くのか」


「あなたたちと違って仕事中なの」


「俺らも仕事帰りだぞ」


「なら休んでなさい」


「はいはい」


 ミュレナは書類を抱え直し、扉へ向かった。ハインも立ち上がった。


「今日は本当に休んでください。明日からまた忙しくなりますから」


「ハインもな」


 アルドが机の山を示す。


「ちゃんと寝ろよ」


「……努力します」


「そこは寝ますって言え」


         ◇


 話し合いの後、五人は本館の風呂へ向かった。旅帰りの身体を湯へ沈めた途端、アルドの肩から力が抜ける。


「……生き返る」


「また」


 壁の向こうからノルの声がした。セレスの声も続く。


「お風呂、最高……」


 レイスも湯の中で長く息を吐いた。それ以上、誰も大した話はしなかった。湯から上がり、別館へ戻る頃には瞼が重い。


 五人はそれぞれの部屋へ入り、その夜は早々に眠った。


         ◇


 翌朝。朝食を終えた頃、ミュレナが別館へやって来た。


「みんな、行くわよ」


「どこに?」


 アルドが聞く。


「昨日言ったでしょう。商館の案内」


「ああ、そうだった」


「寝たら忘れた?」


「半分くらい」


「半分も?」


 ノルが横から言う。


「アルドだから」


「納得すんな」


「行くわよ」


 ミュレナに促され、五人は別館を出た。最初は本館裏の広い庭だった。


「ここは休憩にも使えるし、簡単な商談もできる。あとは訓練場ね」


 地面はしっかり踏み固められている。アルドが足で確かめる。


「この前、少し使ったな」


「軽い手合わせなら好きに使っていいわ」


「本気は?」


「壊したら弁償」


「じゃあやらない」


「判断早い」


「金が減るからな」


「そこ?」


 ノルが言う。


「大事だ」


 次は馬車庫。荷車と馬車を収められるだけの広さがあり、壁には予備の車輪や縄、工具、油が整然と置かれていた。


「ここ、かなり広いね」


 セレスが奥を見る。


「今後もっと馬車が増えることを見越してるの」


「増えるの?」


「増やすのよ」


「商会っぽい」


「だから商会なの」


 セレスが笑った。倉庫ではレイスが足を止める。木箱や棚には布、乾物、野営道具、食器、薬草類が種類ごとに分けられていた。


「かなり整理されているな」


「ベリタが頑張ったのよ」


「納得」


 ノルが即答する。


「私も手伝ったんだけど?」


「ミュレナも偉い」


「後付けみたいに言わないで」


 最後に厩舎へ向かった。六頭の馬が並んでいる。こちらを気にして耳を動かす馬もいれば、我関せず干し草を噛んでいる馬もいた。


「馬!」


 セレスが一番に近づく。


「急に行くと驚くわよ」


「あ、ごめん」


 歩調を落とし、ゆっくり手を出す。一頭が鼻先を寄せてきた。


「かわいい……」


 エディンも隣の馬へ手を伸ばす。


「あらぁ。こっちの子も可愛いわねぇ」


「エディン、似合う」


 ノルが言う。


「そう?」


「うん。馬に好かれそう」


「おねぇさん、包容力があるものぉ」


「馬にも?」


「馬にもよぉ」


 その横でアルドは腰の緋喰刃《ひくいじん》へ手を触れた。旅の間も自分で手入れはしていた。それでも戦闘を重ねた刃は、一度きちんと職人へ任せたい。


「そうだ、ミュレナ」


「何?」


「腕のいい鍛冶屋、知らないか?」


「武器?」


「ああ。自分での手入れもそろそろ限界だ。ちゃんと見てもらいたい」


 レイスも自分の武器へ目を落とす。


「俺のも一度見てもらうか」


「なら、ちょうどいい店があるわ」


「近い?」


「オルセアの南側。商人や護衛団の武器をよく扱ってる鍛冶屋よ」


「評判は?」


「いいわ。私の名前を出せば話も早いと思う」


「じゃあ明日行くか」


 アルドが四人を見る。


「俺は行く」


「私も」


 セレスが答える。


「翠穿も」


 ノルも続く。


「おねぇさんも見てもらおうかしらぁ」


 レイスが頷いた。


「全員だな」


 ミュレナが厩舎の扉を閉める。


「じゃあ、案内はこれで終わり。私は本館に戻るわ」


「まだ忙しい?」


 セレスが聞く。


「見れば分かるでしょう?」


「うん……」


「でも、昨日よりはマシよ」


「本当に?」


「多分」


 ノルがじっと見た。ミュレナは笑い、そのまま本館へ戻っていった。アルドたちも別館へ向かう。


 途中でセレスが厩舎を振り返った。


「馬、楽しみだね」


「うん」


 ノルが頷く。


「明日は鍛冶屋だぞ」


 アルドが別館の扉へ手を掛ける。


「今日は休める時に休む」


「その前に昼ご飯」


 ノルが言った。


「もう腹減ったのか?」


「朝は朝。昼は昼」


「正論」


 セレスが笑った。五人はそのまま別館へ入っていった。


お読みいただきありがとうございます。

引き続き毎日20時頃更新です。

続きが気になる!と思ってくださった方は、ぜひ【★評価】や【ブックマーク】で応援をよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。