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最終試験

 宿を飛び出した四人は、エディンを先頭に町外れへ走った。アルドたちは人を避けながら通りを抜け、エレノアの家へ続く裏道を駆けていく。


 やがて古びた家が見えた。エディンが真っ先に扉を叩くと、ほどなく内側から足音が近づき、エレノアが姿を見せた。黒い長髪を後ろで一つに束ね、いつも通りの冷えた目で四人を見る。


「入れ」


「ありがとう!」


 セレスが返すより早く中へ入り、アルドたちも続いた。


         ◇


 治療室の寝台に、ノルは横になっていた。白い布を胸元まで掛け、脇腹には新しい布が巻かれている。三日前にここへ運び込んだ時の青白さは消え、唇にも薄く血の色が戻っていた。


 そして、目が開いている。いつもの少し眠たそうな目で、駆け込んできた四人を順番に見ていた。ノルの口元が僅かに緩む。


「おはよう」


 掠れた、小さな声だった。アルドの足が止まった。


 セレスも何も言えないまま、その場に立っている。レイスは寝台を見つめ、エディンだけが少し前へ出た。


「おはようじゃないよ……」


 ようやく出たセレスの声は震えていた。


 そのまま寝台へ近づき、ノルの顔を覗き込む。


「どれだけ心配したと思ってるの」


「うん」


 ノルは小さく頷いた。


「ごめん」


 セレスは何か返そうとして、できなかった。目元を拭い、そのまま俯く。アルドも寝台の横まで来ると、ノルの顔を確かめるように見た。


「心配させやがって……」


「アルド、うるさい」


「目覚めて最初にそれかよ」


「さっきから声大きい」


「……悪かったよ」


 エディンがそっと髪を整える。


「ノルちゃん、まだ無理して喋らなくていいのよぉ」


「うん」


 レイスも寝台の脇へ来た。


「具合はどうだ」


「まだ痛い」


「そりゃそうよぉ」


 エディンの返事に、ノルは布の下にある脇腹へ目を落とした。部屋の端では、エレノアが使い終えた器具を片づけている。


「当然だ。毒は抜いたが、傷まで消えたわけじゃない」


 アルドが振り返った。


「これからどうなる?」


「雑に修復された傷口を一度整えてから、治癒魔法をかける。傷を整えて体力を戻すのに三日。仕上げに一日」


 エレノアは硝子器具を棚へ戻す。


「四日で元通りだ」


「……ずいぶん簡単に言うんだな」


「ここまで来たら簡単だからな」


「療養院の連中でもできる程度の処置だ。質は落ちるが」


「またそれ言うのかよ」


「事実だ」


 エディンが布団を少し捲り、脇腹に巻かれた布の位置を確かめる。


「今は塞がってるけど、中は綺麗じゃないのよぉ。このまま治したら、かなり跡が残りそうねぇ」


 ノルの目が細くなった。


「嫌」


「男の子なら勲章って言うかもしれないけど、女の子には最悪ねぇ」


「最悪」


 即答だった。セレスは目元を拭ってから口を挟む。


「一応フォローするけど、あれだけの傷だったんだから仕方ないよ。まず血を止めないと死んじゃう状態だったし」


「王都の療養院なら多少はマシに処置しただろうがな」


 エレノアは淡々と続ける。


「どちらにせよ、私には遠く及ばない」


「頼もしいな」


 アルドが言う。


「ああ」


 レイスも同意した。エレノアはそこで片づける手を止めた。


「説明は終わった。患者の顔も見た。話もした」


 扉を顎で示す。


「帰れ」


「相変わらずだな……」


「全くだ」


 アルドとレイスがほとんど同時に返す。セレスだけは寝台の横から動かなかった。アルドはセレスを見てから、隣に立つエディンへ目を移した。


「セレス、エディンと交代できるか?」


「私?」


「ああ。エディン、ずっとノルについてただろ。少し休んだ方がいい」


「あら、おねぇさんは大丈夫よぉ」


「それに」


 レイスが続ける。


「俺たちは赤鎖の拠点を探しに行く。尋問するならエディンがいた方がいい」


「それはそうねぇ」


 エディンも納得した。


「じゃあ、おねぇさんはそっちに付き合うわぁ」


「うん。私が残る」


 セレスは迷わず椅子を引き寄せた。ノルがその様子を見ている。


「三人で行くの?」


「ああ」


 アルドが頷く。


「でかい拠点は避ける。ノルもいないし、無茶はしない」


「本当に?」


「本当にだ」


「怪しい」


「なんでだよ」


「アルドだから」


「理由になってねぇだろ」


 ノルは少しだけ目を細めた。


「無理しないでね」


「ああ。分かってる」


 アルドはセレスへ顔を向けた。


「頼んだぞ」


「うん。任せて」


 ノルが横から呟く。


「セレスなら、うるさくない」


「それ褒めてる?」


「たぶん」


「たぶんなんだ……」


 セレスの口元が緩んだ。ほんの少しだけ、いつものやり取りが戻っている。それを見届けてから、アルドは立ち上がった。


「じゃあ行くぞ」


 レイスとエディンが頷く。三人はノルとセレスを残し、エレノアの家を出た。


         ◇


 翌朝、アルド、レイス、エディンの三人はキュリン町を出た。セレスはノルのそばに残っている。


 五人揃っていない以上、大きな拠点を正面から潰すつもりはない。今日の目的は、町周辺にある赤鎖の拠点を探し、小規模なものだけを叩いて次の情報を拾うことだった。町を離れたところで、レイスが地図を広げる。


「昨日までに聞いた話から、候補を絞った」


 指が町の周囲をなぞる。


「人目につきにくく、荷を一時的に置ける。町へ出るにも不便じゃなく、何かあれば複数方向へ逃げられる場所だ」


「この辺の林か」


「ああ。あとは川沿い。古い小屋や炭焼き場も確認する」


 エディンが地図を覗き込む。


「じゃあ順番に見ていきましょうかぁ」


 三人はまず林へ入った。アルドが感知を広げながら進むが、引っかかるものはない。木々や岩、小動物の形があるだけで、人の姿は見つからなかった。


「こっちは外れだ」


「次へ行こう」


 レイスが地図を畳む。古い小屋。使われなくなった炭焼き場。草に半ば埋もれた荷車。


 午前中に回った場所は、すべて空だった。昼を過ぎ、三人が川沿いへ出たところでアルドの足が止まる。


「いる」


 エディンも川の向こうへ目を向けた。


「あそこねぇ。岩陰に洞窟があるわぁ」


 レイスが地図と見比べる。


「人数は?」


「五人」


「なら行くぞ」


         ◇


 洞窟は川から少し外れた岩場にあった。低い入口には蔦が垂れ、正面から見ただけでは奥に空間があることすら分かりにくい。中には五人。


 人数が少ない以上、正面から声を掛けて逃げられる必要もない。レイスが岩陰から回り、入口近くに立っていた男の背後を取った。口を塞いで引き倒すのと同時に、アルドが洞窟へ踏み込む。


「誰だ――」


 剣へ伸びた男の手首を押さえ、そのまま腹へ膝を入れる。息が詰まって身体が折れたところで腕を捻り、地面へ伏せさせた。奥から二人が飛び出す。


 エディンへ短剣を突き出した一人目は、手首を取られた瞬間に姿勢を崩した。関節の向きに合わせて腕を引かれ、足を払われて地面へ転がる。二人目はその脇を抜けようとした。


 エディンは振り向かず片脚を引き、足首を掛ける。前のめりになった肩へ肘を落とすと、男は呻きながら膝をついた。残る一人が洞窟の奥から外へ走る。


 レイスが拾った石を足元へ投げると、その一歩だけが乱れた。それで十分だった。アルドが追いつき、緋喰刃《ひくいじん》の峰を首元へ添える。


「動くな」


 男の足が止まった。五人。誰も大きな怪我をすることなく、戦闘は終わった。


         ◇


 男たちを拘束すると、エディンが一人の前へしゃがんだ。


「さて。いくつか教えてもらうわねぇ」


 男が顔を背ける。エディンはそれを見て、いつもの調子で続けた。


「先に言っておくけど、嘘はすぐ分かるわよぉ」


 五人は早かった。ここが重要な拠点ではないこともあってか、聞き出せたのは別の拠点が一つだけ。洞窟内を探しても荷はなく、金も帳面も隠し箱も見つからなかった。


「外れだな」


 アルドが洞窟の奥を見回す。


「連絡か見張りに使う場所だろう」


 レイスも何もない岩壁を確認した。


「物資を置いていないなら、ここ自体の重要度は低い。次へ行こう」


「ああ」


 拘束は自力ではすぐ外せない程度に留めた。三人は洞窟を出ると、聞き出した場所へ向かった。


         ◇


 次の拠点は川沿いから離れ、林のさらに奥へ入った場所にあるらしい。古い獣道には太い木の根が何本も張り出し、人が頻繁に通った跡はほとんどない。陽も傾き始め、木々の間には長い影が伸びていた。


 レイスが足を止める。


「この先だ」


 三人も止まった。アルドが感知を広げる。木々や岩、草、崩れかけた小さな祠を順に拾い、その奥で一人の人影を捉えた。


 次の瞬間、全身が強張った。殺意が真正面から叩きつけられ、喉元へ刃先を置かれたような感覚にアルドは反射的に緋喰刃へ手を掛けた。


「なんでバレた。詳細感知は使ってないぞ!」


 エディンの顔から柔らかさが消える。


「普通の感知に反応したわけじゃないわぁ」


 視線は前から動かさない。


「こっちが来るのを最初から分かっていた可能性が高いわねぇ。しかも、この殺意……相当よ」


 レイスの判断は早かった。


「待ち伏せかもしれない。引くぞ」


 その言葉が終わるより先に、光が走った。アルドの横を何かが抜ける。遅れて鋭い音が鳴り、レイスの外套の端が宙へ舞った。


 三人が同時に振り向く。少し離れた木のそばに、男が立っていた。短く逆立てた赤髪。


 腰には赤い短鎖。もう一つ、反りのある細身の刀が下がっている。鞘は黄色を基調に、黒いまだら模様が入っていた。


 男は刀を抜いていない。右手首を柄の上へだらりと乗せ、薄く笑っているだけだった。


「お前らが陽剣旅団か?」


 アルドは緋喰刃の柄を握った。


「……赤鎖本体の人間か」


「本体」


 男は面白そうにその言葉を繰り返した。


「そう。本体」


 指先をアルドたちへ向ける。


「その呼び方、便利だから俺らも使わせてもらってるよ。今までは末端と中枢だったんだが、中枢にもいろいろあってな。上から下までまとめて呼ぶのに、ちょうどいい言葉が欲しかったんだ」


 レイスは男の腰にある短鎖と刀を見ながら聞いた。


「中枢の中にも立場があるのか」


「そんな大層な階級じゃないけどな」


 男は肩を竦める。アルドは柄から手を離さない。


「お前は誰だ」


「俺はゾルクだ」


 男は軽く笑った。


「よろしく」


「幹部か?」


「ああ」


 返事に迷いはなかった。


「団長から、正確な強さを測ってこいと言われた」


「正確な強さ?」


「ああ」


 ゾルクの視線が三人を順に通る。


「喜べ、陽剣旅団。これが最終試験だ」


 アルドの眉が寄る。


「お前が認めたら、団長に会えるってことか?」


「ああ」


「今まで何回も似たような期待を持たせられたんだがな」


「そこは俺が保証する」


 ゾルクは軽く胸へ手を当てた。ふざけたような仕草なのに、さっき浴びた殺意が残っているせいか軽くは見えない。


「そりゃありがたいね」


 アルドが低く返す。ゾルクはその顔を見て、少し首を傾けた。


「お前がアルドか?」


「ああ」


「なら、お前とサシでやる」


「サシ?」


 ゾルクの視線がエディンへ動いた。


「なんだ。そこの女の協力がないと勝てそうにないのか?」


 アルドの目つきが変わる。


「その挑発、乗ってやるよ」


 すぐにレイスが口を挟んだ。


「アルド。罠かもしれんぞ」


「分かってる」


 それでも、アルドは緋喰刃を抜いた。


「でも団長に会うためのチャンスでもある。ここまで来て引けねぇよ」


 エディンも止めなかった。代わりに、ゾルクから一瞬も目を離さず言う。


「気を抜いちゃ駄目よぉ。さっきの一撃、まともに受けたら終わるわ」


「……分かった」


 アルドが一歩前へ出る。ゾルクは刀の柄へ乗せていた手首をゆっくり持ち上げた。まだ抜かない。


 構えてすらいないように見える。


 それでも、アルドには分かった。


 いつでも斬れる。緋喰刃の剣先をゾルクへ向ける。


「行くぞ、ゾルク」

お読みいただきありがとうございます。

引き続き毎日20時頃更新です。

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