子供がいない
コンデンス村を出た陽剣旅団は、その日のうちに村から少し離れた林の外れで野営した。村へ寄りすぎれば何かあった時に巻き込みかねず、離れすぎれば夜骸や赤鎖に襲われた際の危険が増える。レイスが選んだのは、そのどちらにも偏らない場所だった。
火は小さく、見張りは交代で回す。赤鎖から回収した金も物資も、ほとんどコンデンス村へ置いてきた。七万セリオも、あの二人のために使ってくれと村長へ預けてある。
荷は軽くなった。
それでも昨夜は、誰もあまり眠れなかった。
穴の中で見つけた二人。妻を抱いて帰っていった男の背中。
誰もその話を蒸し返さず、アルドも見張りを終えた後まで何度か目を開けていた。セレスは一度だけ隣を見たものの、何も言わなかった。そうして朝を迎えた。
◇
翌朝、陽剣旅団はカッカ村へ向けて街道を進んだ。よく晴れた道には、昨日と変わらず人が行き交っている。商人の荷馬車が軋み、農具を担いだ村人や荷を背負った旅人と何度もすれ違った。
人が消えている。その事実とは関係なく、今日も道を使う人間はいる。最初に足を止めたのは、片輪を溝へ落とした荷馬車の前だった。
老いた商人が一人で車体を押しているが、積荷が重く、車輪は泥の中で空回りするばかりだった。
「手伝うぞ」
「す、すみません。助かります!」
アルドとレイスが荷馬車の後ろへ回り、セレスは沈んだ車輪の周囲を確かめた。ノルは横から荷の傾きを見る。
「こっち、少し崩れてる」
「じゃあ先に固めるわ」
セレスが地面へ手を触れ、大地の魔力を流す。柔らかかった土が締まり、車輪の前に足場ができた。
「せーの」
声に合わせてアルドとレイスが押すと、荷馬車が軋みながら持ち上がった。車輪が溝を越え、固めた地面へ乗る。
「おお……! 助かりました!」
商人が何度も頭を下げた。アルドは手についた土を払いながら言う。
「礼はいらない。その代わり、ハイン商会って名前を覚えといてくれ。困ったことがあったら、そこを頼るといい」
「ハイン商会ですね。必ず覚えておきます」
「できれば知り合いにも言っといてくれ」
「もちろんです!」
商人を見送って、再び歩き出す。次に止まったのは、道端で荷物をひったくられた旅人の前だった。逃げた男はまだ遠くへ行っておらず、セレスが追いついて荷を取り返した。
「ありがとうございます。本当に助かりました」
「いいよ。その代わり、ハイン商会の名前を広めてくれると助かる」
「ハイン商会、ですね」
「うん。困った人を放っておかない商会、って感じで」
アルドが横から口を挟む。
「いや、そこまで言うとハインに怒られないか?」
「怒られないでしょ。たぶん」
「たぶんかよ」
「大丈夫。悪い宣伝じゃないし」
ノルが頷いた。
「人助け。宣伝。気分がいい」
「ノルは荷を持ってないから気分がいいんだろ」
「アルドの荷はアルドの荷」
「正論だけど腹立つな」
旅人が小さく笑い、もう一度礼を言って去っていく。重い出来事の翌日でも腹は減るし、歩けば足も疲れる。道には今日も困っている人間がいた。
陽剣旅団はそのたび少しだけ足を止め、手を貸してからハイン商会の名を置いていった。
◇
夕暮れが近づく頃、街道の先に低い丘と小さな森が見えてきた。その向こうがカッカ村だ。レイスが地図を確かめる。
「このままなら、日が落ちる頃には村の近くまで行ける」
「村に入るか?」
「時間によるな。着いた頃に暗くなるなら、外れで野営して朝に村長を訪ねた方がいい」
「まあ、夜に見知らぬ五人組が入ってくるよりはいいか」
アルドは頷きかけ、ふと足を止めた。
「どうしたの?」
セレスが振り返る。アルドは少し考えてからノルを見る。
「酒はあるか?」
四人の足が止まった。ノルが目を細める。
「ある。赤鎖から奪ったのが一本」
「まさか、今飲むつもり?」
セレスの声が低くなる。
「違う」
「その顔、ちょっと怪しいんだけど」
「違うって」
アルドは軽く手を振った。
「セレス、岩儡を作って俺の荷物を持たせてくれ。みんなは先にカッカ村へ行ってくれ」
「アルドは?」
「俺はここでゆっくりしてから、だらだら追いかける」
セレスの目が細くなる。
「どういうこと?」
「昨日の赤鎖の男が言ってただろ。酒を飲んで一人で道を歩いてたら、外套の男に声をかけられたって」
レイスが頷いた。
「ああ」
「同じ状況を作る。釣れるかもしれない」
エディンが口元を緩める。
「やってみる価値はあるわねぇ」
「本気?」
「本気だ」
「危ないよ」
「危ないから一人の方がいい。五人でぞろぞろ歩いてたら、向こうも出てこないだろ」
セレスはすぐには返さなかった。筋は通っている。それでも納得しきれない顔のまま、アルドを見る。
そこでレイスが口を開いた。
「一応確認するが、飲みたいわけじゃないよな?」
「当たり前だ。そこまで能天気じゃない」
ノルが荷から酒瓶を取り出す。
「でも飲む」
「囮だからな」
「味わう?」
「……味わわない」
間を置いて答えたアルドを、ノルがじっと見た。
「怪しい」
「怪しくない」
セレスは小さく息を吐き、地面へ手を触れた。大地の魔力で土が盛り上がり、やがてずんぐりとした岩儡になる。
商館にいるたまとまるとは違い、鳴きもせず、顔らしいものもほとんどない。荷を運ぶためだけの頑丈な岩儡だった。
「はい。これで荷物は持てる」
「助かる」
「アルド」
セレスはそのまま真っ直ぐ見る。
「一人で抱えすぎないでね」
アルドが少しだけ目を細めた。
「分かってる」
「ほんとに?」
「分かってるって」
「ならいい」
それ以上は言わなかった。ノルが酒瓶を差し出す。
「飲みすぎ禁止」
「分かってる」
「戻ってきたら報告だ。何もなくてもな」
レイスが続ける。
「ああ」
エディンもゆるく手を振った。
「じゃあ、あとでねぇ。お酒に負けちゃだめよぉ」
「負けねぇよ」
四人と岩儡が街道の先へ離れていく。背中が小さくなるのを見届けてから、アルドは道端の石へ腰を下ろした。酒瓶の栓を抜く。
柔らかな香りが鼻へ届いた。
「……さて」
一口飲んだ。酒が喉を抜け、そのあとに微かな甘みが残る。アルドは瓶を見た。
「……うまっ」
思わず漏れた声に、自分で眉を寄せる。囮だ。
もう一口だけ飲む。
「……いや、でもうまいなこれ。どこから奪ったんだよ。知らない銘柄だぞ」
誰かから奪ったのか。それとも赤鎖が普通に買ったのか。後者だったら、それはそれで少し腹が立つ。
「こんなのなら、みんなと飲みたかったな」
瓶を片手にぼそりと呟く。囮ではある。
だが、酒はうまかった。
◇
日が落ちるにつれ、街道から人の姿が減っていった。
急ぎ足の商人が一人。顔を隠した旅人が二人。柄の悪い男が三人。
誰も道端で酒を飲むアルドへ長く目を留めず、そのまま通り過ぎていく。アルドも視線を返さない。
肩の力を抜き、足を投げ出してぼんやり空を眺めながら、感知だけは周囲へ広げていた。街道から森、草の中、通り過ぎていく人間まで順に拾う。
怪しい反応はない。ただ、酒だけが少しずつ減った。
「……そろそろ行くか」
立ち上がる。酔い潰れるほど飲んではいないが、身体の内側には酒の熱が残っていた。
「囮だからな」
誰に言うでもなく呟き、わざと歩幅を崩して歩き始める。しばらく進んでも声は掛からない。擦れ違うのは柄の悪い男、焦った様子の商人、荷を背負った旅人。
アルドはまた瓶を傾けた。
「……やっぱりうまいな」
少し悔しそうに言った、その時だった。正面から一人の男が歩いてくる。外套を纏い、深く被った頭巾の影で目元が見えない。
アルドは気づかないふりをして進んだ。男は擦れ違いざまに足を止める。
「失礼」
アルドもゆっくり振り向いた。
「……何だ?」
「何か、困っていることはありませんか?」
瓶を持つ手が、ほんの僅かに止まった。アルドは間の抜けた声を返す。
「は?」
男が懐から一枚の紙を取り出した。
「私、こういう者です」
渡された紙には、簡単な文字と絵が並んでいる。猫探し。荷物運び。
荷車修理。買い物代行。護衛相談。その他、困りごと全般。その下には大きく書かれていた。
便利屋。
「便利屋」
「はい!」
男の声が明るくなる。
「猫探しから荷物持ち、荷車の修理まで、何でもやります! 何かお困りのことがありましたら、こちらまで!」
アルドは紙を見た。男を見る。
もう一度、紙を見る。
「……キュリン町にいるのか」
「はい! キュリン町で店を出しています。お待ちしております!」
「そうか」
「では、夜道にはお気をつけて!」
男は軽く頭を下げ、そのまま歩いていった。アルドは街道の真ん中に残された。外套の背中が遠ざかっていく。
「……空振りにも程がある」
一口飲む。
「しかも酒はうまい」
余計に腹が立った。
◇
その頃、レイスたちはカッカ村の外れで野営の準備を終えていた。木々の向こうに村の明かりが見える。火は小さく抑え、レイスはそのそばで地図を確認していた。
「明日は朝一番で村長に挨拶だな」
「うん」
セレスは、アルドの荷を運んできた岩儡を少し離れた場所へ座らせた。顔らしいものはないが、そうしていると見張っているようにも見える。
「アルド、遅い」
ノルが言った。
「囮だからな」
「酒飲んでる」
「囮だからな」
「たぶん味わってる」
レイスの目が地図から離れた。
「……否定しきれないな」
「無事に戻ってくればいいけど」
セレスが火の近くへ腰を下ろす。
「大丈夫よぉ」
エディンはゆったり構えていた。
「今のアルドちゃんなら、声をかけた相手の方が後悔するわぁ」
「それはそれで困る」
セレスが息を吐いたところで、ノルがアルドの鞄を開けていた。中から小さな包みを取り出す。
「ノル、それアルドのじゃない?」
「そう」
「そう、じゃなくて」
「預かってる」
「いつから?」
「今」
包みを開け、干した果物の菓子を一つつまむ。
「んー、甘い」
レイスが呆れたように見る。
「戻ってきたら怒られるぞ」
「一個だけ」
二個目を口へ入れた。
「二個目だね」
「小さいから一個」
「そういう数え方はずるい」
エディンが笑う。
「アルドちゃんが帰ってきたら、ちゃんと謝るのよぉ」
「うん」
三個目へ伸びた手を、セレスが軽く叩いた。
「はい、そこまで」
「むぅ」
「心配してるなら、お菓子減らしすぎない」
「心配してる」
「なら残しておく」
「分かった」
ノルは包みを閉じた。そのまま一つだけ袖へ隠そうとする。セレスが何も言わず手を出した。数秒見つめ合い、ノルがしぶしぶ渡す。
「セレス、目がいい」
「こういう時だけね」
少しだけ笑いが落ちた。
それでも誰も先に眠ろうとはしなかった。
◇
「おい、起きろ」
声にセレスが目を開けた。木々の隙間から朝の光が差し込み、昨夜の火はほとんど消えている。岩儡の隣にアルドが座っていた。
「……戻ってたんだ」
「ああ」
「無事?」
「見ての通り」
傷はない。服も乱れていない。ただ、近づけば少し酒の匂いがした。
「ちょっと飲んだ?」
「囮だからな」
「質問に答えて」
「……少しだけだ」
アルドが目を逸らす。
「無事だったからいいけど」
その声でレイスとノルも起きた。エディンはすでに目を覚ましていたらしく、寝たまま笑っている。
「おかえりなさい、アルドちゃん」
「ただいま」
ノルがすぐに言った。
「お菓子は食べてない」
「食べたんだな」
「少し」
「あとで確認する」
ノルが目を逸らす。レイスは上体を起こした。
「報告を聞こう」
「ああ」
アルドは焚き火の前へ座る。
「外套の男に声をかけられた」
ノルの手が翠穿へ伸び、セレスの顔から笑いが消えた。
「それで?」
「便利屋だった」
誰も返さない。
レイスが一度瞬きをした。
「何?」
「便利屋だ」
アルドが紙を取り出す。レイスが受け取り、ノルとセレスも横から覗き込んだ。
猫探し。荷物運び。荷車修理。買い物代行。護衛相談。
その他、困りごと全般。便利屋。
「……本当に便利屋だ」
セレスが呟く。
「営業された」
「空振り」
ノルが言う。
「大空振りだ」
「酒は?」
「うまかった」
「そこは報告しなくていい」
レイスが即座に切り、セレスが笑った。レイスは紙を留帳へ挟んだ。
「一応残しておく。完全に無関係とも限らない。便利屋なら、人や荷物へ近づく機会も多い」
「怪しい?」
「さあな。ただの便利屋かもしれん。今は記録だけだ」
「じゃあ、カッカ村だな」
「ああ」
◇
カッカ村はコンデンス村より少し大きかった。広場と井戸、簡単な宿もあり、街道沿いでは商人や旅人が休んでいる。町と呼ぶほどではないが、人の出入りは多かった。
ハインから預かった紹介状とコンデンス村での話を伝えると、村長はすぐに顔を強張らせた。
「行方不明者の件ですね」
奥の部屋へ通され、レイスが留帳を開く。
「この村で消えた人数は?」
「分かっているだけで三人です」
村長は疲れた顔で答えた。
「一人は村の外れで薪を集めていた男。もう一人はキュリン町へ向かったはずの商人。最後の一人は、宿に泊まっていた女旅人です」
「性別、年齢、職、出身は?」
「ばらばらです。若い者も年を取った者もいる。男も女も、村人も旅人もいます」
「荷は?」
「持っていた者も、持っていなかった者も」
「最後に見られた場所は」
「村の裏手、街道、宿の近く。これもばらばらです」
「昼か夜かは?」
「どちらもあります」
レイスの筆が進む。アルドは腕を組んだまま窓の外へ目をやった。
広場では子供たちが木の輪を棒で転がし、笑いながら走っている。その横を荷を抱えた大人が行き交っていた。人が消えている村でも、日常は止まっていない。
「何か噂はありますか?」
セレスが尋ねる。
「赤鎖ではないか、夜骸ではないか、人攫いではないか。色々言われています。ですが、どれも証拠はありません」
「国軍は?」
「来ました。調べました。けれど……」
レイスは留帳へ視線を落とした。
「共通点なし」
ノルがぼそりと言う。
「いや」
レイスの筆が止まった。アルドが顔を向ける。
「何かあるのか」
レイスはそれまで書いた記録を遡った。
「子供がいない」
「子供?」
「行方不明者は全員、大人だ。コンデンス村もカッカ村も、今のところ子供が消えた記録が一つもない」
窓の外から子供の笑い声が聞こえた。セレスもそちらを見てからレイスへ戻る。
「それは良かったけど……何かヒントになるの?」
「分からん」
レイスは正直に答えた。
「ただ、本当に無差別なら妙だ。子供を避けているのか、子供では何かの条件に合わないのか。理由まではまだ分からない」
エディンも窓の外へ目をやる。
「大人だけが必要なのかもしれないわねぇ」
「何に」
アルドが聞く。
「それが分かれば苦労しないわぁ」
ノルが小さく繰り返した。
「子供は消えてない。大人だけ消える」
「嫌な線だな」
アルドの声が低くなる。村長が不安そうに尋ねた。
「それは、何か分かったということですか」
「まだ何も分かっていません」
レイスは留帳を閉じた。
「ただ、確認する価値のある共通点です。他の村でも調べます」
アルドは村長へ向き直る。
「この近くに赤鎖の拠点がある。まずそっちを潰す」
「赤鎖の……」
「ああ。行方不明事件と直接繋がってるかはまだ分からない。でも前に、赤鎖の拠点から行方不明者の死体が出た。無関係とも言い切れない」
村長が息を呑み、深く頭を下げた。
「お願いします」
「ああ」
◇
そこから三日。陽剣旅団はカッカ村周辺の赤鎖拠点を潰して回った。十二ヶ所。
林の奥の小屋、古い炭焼き場、キュリン町へ向かう脇道の荷置き場。廃井戸の近く、崩れた納屋、枯れた沢沿い、丘の陰、古い馬小屋。どこへ行っても本体の人間はいなかった。
末端を拘束し、毒と武器を奪う。アルドが尋問し、エディンが嘘を拾い、レイスが次の拠点を記録する。ノルは逃げ道を押さえ、セレスは拘束と足止めを担った。
それを繰り返して十二ヶ所。それでも行方不明者へ繋がる情報は出てこなかった。回収できた金も、合計三万セリオ。
物資は木箱十箱分ほどあったが、中身は食料、布、工具、粗末な武器、古い酒瓶、傷薬、縄、釘、使いかけの油といったものばかりだった。最後の拠点を出たところで、アルドが木箱を見下ろす。
「弱い上に貧乏って、盗賊としてどうなんだよ」
「盗賊として褒めるところがあっても困るけどね」
セレスが返す。
「それはそうだな」
ノルは別の木箱を覗き込んだ。
「お菓子なし」
「そこを見るな」
「大事」
レイスは留帳を閉じる。
「情報も薄い。だが拠点の数は多い。この辺りにも赤鎖の運搬線が広がっているのは間違いない」
「外套の男の話は?」
「なし。死体処理を頼まれたという話も、他には出ていない」
エディンが肩を竦める。
「本当に、あの子だけだったのかもしれないわねぇ」
「たまたま声をかけられた赤鎖末端か」
アルドが小さく舌打ちした。
「嫌な使われ方だな」
その日の夕方、回収した物資はカッカ村へ売った。ハイン商会の名は使わない。赤鎖から奪った物を売る以上、その行為でハイン商会の信用を得るわけにはいかなかった。
だから陽剣旅団として売る。木箱十箱分で二万セリオ。
相場を考えれば安い。それでも小さな村にとっては大きな支出だった。
「これでいいのか」
アルドが確認する。
「十分すぎるほどです。食料も工具も、今の村にはありがたいものです」
「ならいい」
代金を受け取り、鞄へしまう。横でノルが言った。
「赤鎖より村の方がお金を出した」
「悲しくなること言うな」
「でも、役に立つならよかったね」
セレスは村人たちが木箱を運んでいくのを見ていた。
「ああ」
◇
その夜。陽剣旅団はカッカ村の裏手に近い、小さな林のそばで野営していた。レイスは地図へ今日までに潰した赤鎖の拠点を書き込んでいる。
「十二ヶ所」
ノルが言う。
「ああ」
「多い」
「多いな」
「貧乏」
「そこも記録しておくか?」
「して」
レイスはノルを見る。
「しない」
セレスは笑いながら岩儡を一体作り、荷の近くへ座らせた。
「今日は見張り、少し増やすね」
「助かる」
アルドは火の前で肩を回した。
「さすがに三日で十二ヶ所は疲れたな」
「アルドが一番前に出るからでしょ」
「前に出ないと始まらないだろ」
「始まる前に終わることもあるよ。無理しない」
「分かってる」
「最近その返事、多い」
ノルが水袋を投げた。アルドが受け取る。
「ありがと」
「ふぉういふぁしましふぇ」
ノルは干し肉を口いっぱいに入れていた。
「何言ってるか分からん」
飲みながら、アルドが荷の方を見る。
「酒は?」
「ない」
ノルが即答する。
「残念?」
「……まあ」
セレスが笑いかけた。
「今度、ちゃんと買おうか」
アルドが顔を上げる。
「買うのか?」
「みんなで飲むならね。奪ったやつじゃなくて、ちゃんと買ったやつ」
アルドは少し考えてから笑った。
「それはいいな。ハインにもやろう」
小さな火が揺れる。その時だった。遠くから雄叫びが届いた。全員の動きが止まる。獣の声ではない。
人でもない。腹の底へ響くような重い咆哮が夜気を震わせ、その直後、村の方角から悲鳴が上がった。
「村の裏側だ!」
レイスが立ち上がる。ノルはもう翠穿を掴んでいた。セレスも流涙と地咬へ手を伸ばし、エディンが大剣を取る。
「行くぞ!」
アルドを先頭に五人が走る。林を抜けると、畑の向こうに村の外れが見えた。低い柵の前。
そこに巨大な影が立っている。肉と骨を積み上げたような巨体。四つ脚で地面を踏み、背からは腕にも見える骨が何本も突き出していた。
一つの胴から獣の顔がいくつも重なり、中央の大きな口が開く。濁った魔力が、離れていても分かるほど身体から溢れていた。中級ではない。
アルドの手が緋喰刃へ掛かる。
「……マジかよ」
大級夜骸がもう一度咆哮した。その向こうで、村人の悲鳴が重なった。
お読みいただきありがとうございます。
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