奪った荷の行き先
赤鎖の末端だけだと分かった時点で、勝敗はほとんど決まっていた。
森の奥に作られた小さな荷置き場には木箱が積まれ、その周囲に十五人ほどの男が散っている。見張り、荷の番、焚き火のそばで休む者。全員の腰から赤い短鎖が下がっていたが、これまで何度も相手にしてきた末端ばかりで、幹部らしい姿はない。
「逃げ道と荷を押さえる。いつも通り毒も警戒しろ」
「了解」
レイスの指示にノルが翠穿を構え、セレスは流涙を抜きながら地咬へ片手を添えた。エディンはさらに後ろで周囲を見ている。アルドが一歩踏み出す。
「逃がすな」
声を合図に五人が動いた。最初に気づいた見張りが短剣へ手を伸ばした瞬間、翠穿が鳴る。三発の弾丸が短剣を弾き、足元の土を抉り、逃げようとした先の幹へ突き刺さった。
男は足を止めるしかなかった。
「動かないで」
ノルが次の照準へ移る。荷箱の奥では三人が森へ走り出していたが、その足元へセレスの魔力が先回りした。
「大地弐式 岩枷!」
土が盛り上がり、三人の足首を左右から噛む。
「ぐっ!」
「なんだこれ、抜けねぇ!」
「暴れない方がいいわよ。折れるから」
別の男が斧を振り上げてセレスへ向かう。その脚へ雷を帯びた水糸が絡み、踏み込む直前で膝が強張った。
「雷流弐式 絡縛!」
斧が力なく空を切る。レイスはその内側へ入り、首筋へ手刀を落とした。男が崩れる頃には、奥で別の声が上がっていた。
「飲め!」
懐へ手を入れた男の腕を、アルドが掴む。
「もう遅い」
背中から地面へ叩きつけると、男の顎が動いた。
「アルドちゃん、口」
「分かってる」
顎を掴んで強引に開かせる。舌の奥にあった小さな黒い粒を指で掻き出すと、それを見た周囲の男たちの顔色が変わった。
「自決だけは早いな」
アルドは男を地面へ押さえたまま、黒い粒を横へ弾いた。
「安心しろ。殺す気はねぇよ。勝手に死なれると、聞きたいことが聞けないからな」
そこからは早かった。逃げようとすればセレスが足を止め、毒へ手を伸ばせばノルが撃つ。抵抗する者はアルドとレイスが倒し、抜けようとした者の前にはエディンが立った。
誰も死ななかった。
その代わり、誰一人逃げられなかった。レイスは拘束した者を順番に確認していく。口の中、懐、袖、靴の内側まで調べ、見つけた毒はすべて回収した。
セレスは岩枷の締まりを確かめる。逃げられず、余計な怪我もしない程度。半日ほどで崩れるよう魔力を調整した。
ノルは周囲を見張り、エディンは捕らえた男たちの顔を眺めている。最後にアルドが一人の前へしゃがんだ。
◇
「近くの拠点はどこだ」
「知らねぇ」
即答だった。腰の短鎖も武器も毒も取り上げられた男が、歯を食いしばってアルドを睨む。アルドは横を見る。
エディンが小さく首を振った。
「嘘ねぇ」
「だそうだ」
右手に蒼炎が灯る。男の視線が炎へ落ちた。
「もう一回聞くぞ。近くの拠点はどこだ」
「知らねぇって――」
アルドは男の首へ手を当てた。
「ぎっ……!」
蒼炎の熱が皮膚へ触れ、男の身体が跳ねる。深く焼きはしない。息も止めない。ただ、その場から逃げられない程度の熱だけを与える。
「やめ……っ、熱い! 熱い!」
アルドが手を離すと、男は咳き込みながら首を押さえた。浅く赤くなった皮膚を見下ろし、また顔を上げる。
「近くの拠点は?」
同じ問いだった。男はアルドを睨んだ後、エディンへ目を向けた。
「嘘をつくなら、もう少し上手にしなさいなぁ」
「……三つ」
レイスが留帳を開く。
「場所は」
「ここから東に半刻。森の中に一つ。北の川沿いに古い小屋がある。そこに一つ。南東の崖下に一つだ」
筆が動く。
「他は?」
「知らねぇ。本当に知らねぇ!」
エディンを見る。
「そこは本当ねぇ。この子はそれ以上知らないわぁ」
「何を運んでる」
「知らねぇ。ここへ荷を置けって言われただけだ」
「誰に?」
「顔を隠した奴だ。名前も知らねぇ」
「本体の人間か?」
「知らねぇって!」
今度はエディンも何も言わなかった。末端は知らない。
どこへ荷を置くか。いつ動かすか。誰が次に取りに来るか。
必要な部分だけ命令され、それ以上は渡されていない。アルドは男から手を離した。
「じゃあ本体に伝えろ」
「……は?」
「陽剣旅団が話したがってるってな。返事がないなら、また拠点を潰す」
男が顔を引きつらせる。
「頭おかしいだろ……」
「よく言われる」
アルドは立ち上がった。
「荷はもらう。金もだ。武器と毒は置いていけ」
「ふざけんな! それは俺らの――」
「俺らの?」
セレスの一言で男が止まった。
「……」
「違うよね」
それ以上、セレスは何も言わなかった。アルドは拘束された男たちを見回す。
「命は取らない。拘束も半日くらいで崩れる。生きて戻ったら伝えろ」
返事はなかった。
「行くぞ」
◇
それから二日。陽剣旅団は聞き出した場所を辿り、赤鎖の拠点を潰して回った。
森の荷置き場、川沿いの古い小屋、崖下の岩陰。そこでまた次の場所を聞き出し、廃れた薪置き場、使われなくなった見張り小屋、林道の奥に隠された倉まで辿った。六箇所。
どこにも本体の人間はいなかった。いるのは末端ばかりで、陽剣旅団がやることも変わらない。
逃げ道を塞ぎ、毒を奪う。抵抗する者だけを倒して拘束し、アルドが場所を聞く。エディンが嘘を拾い、レイスが留帳へ残す。
命は取らない。代わりに荷を奪い、本体への伝言を残した。陽剣旅団は話をしたがっている。
返事がなければ、まだ潰す。二日も続ければ、荷の方が問題になった。
「重い」
ノルが背負ったリュックを持ち上げ直した。食料、包帯、薬草、布、小分けされた干し肉に予備の水袋。詰め込めるだけ詰めた結果、背中の荷は丸く膨らんでいた。
「持てるか?」
「持てる。でも重い」
「なら持ててるな」
「そういう問題じゃない」
背後では四台の荷車が軋んでいる。一台につき一体、セレスが作った荷運び用の岩儡が横棒を握っていた。
商館にいるたまとまるとは違い、鳴きもしなければ細かな役割も持たない。力と持続時間を優先して作られた岩儡だが、それでも四体の形は少しずつ違った。
肩幅の広いもの。頭が平たいもの。腕の長いもの。
最後の一体だけ脚が少し短く、荷車に引かれまいと忙しく足を動かしている。
「……かわいい」
ノルがそちらを見た。
「でしょ」
セレスが少し胸を張る。
「でも、これ以上増えたら作り足すの大変なんだから」
「赤鎖に言ってくれ」
アルドは四台の荷車を振り返った。
「どんだけ溜め込んでんだよ、あいつら」
レイスは荷とは別に回収した小袋を確かめていた。
「現金は六万セリオだ」
「おお」
アルドが顔を上げる。
「臨時収入だな」
「それ、本気で言ってる?」
セレスの声がすぐ返ってきた。
「……ああ」
「元は善良な人から奪ったお金かもしれないのよ」
「かもしれないな」
「反対」
ノルも言う。
「持ち主がいる」
「持ち主が分かる荷は返す」
アルドはレイスの手にある袋を見る。
「でも金に名前は書いてない。誰のだったか分からない以上、返す相手も分からねぇ」
「だから使うの?」
「使う」
答えは短かった。
「飯を食う。包帯と薬を買う。俺たちが動くために使う」
「……綺麗なお金じゃない」
「分かってる」
アルドはノルを見た。
「でも俺たちは今、綺麗なことだけして動ける立場じゃない」
ノルは黙った。セレスもすぐには返さない。エディンが荷車へ目をやる。
「おねぇさんはアルドちゃん寄りねぇ」
「エディンも?」
「ええ。持ち主が分かるなら返す。分からないなら使うしかないわぁ」
そのまま積まれた荷を見る。
「赤鎖に残しておけば、また誰かを傷つけるために使われるかもしれないもの」
レイスも小袋を閉じた。
「俺も現実的には同じ判断だ」
「レイスまで……」
「正しいと言ってるわけじゃない」
レイスはセレスを見る。
「持ち主が判明したものは返す。分からないものは行動資金にする。今の俺たちに、それ以外の処理ができるか?」
セレスは唇を結んだ。
「……気に入らないなら、あとでハインに相談しようぜ」
「する」
「怒られるかもな」
「怒られるわよ」
「前も似たようなことで嫌な顔されたしな」
アルドは小袋を鞄へしまった。
◇
昼頃、陽剣旅団はコンデンス村へ着いた。立派な門も高い壁もなく、家々も古い。広場も小さく、天祈像もない。
村そのものは辺鄙と言っていいほど小さい。だが街道沿いには何台もの荷馬車が止まり、商人や旅人が水を買っていた。野菜や干し肉を並べる村人の前を人が行き交い、井戸の周りでは子供たちが走っている。
「人、多いな」
「中継地点という話は本当らしいな」
レイスが周囲を見る。
「人が多いと、消えても分かりにくい」
ノルの言葉にレイスが頷いた。
「ああ」
膨れた荷と四台の荷車、それを引く岩儡まで連れた五人組は嫌でも目立った。村人たちの視線を受けながら、まず村長の家へ向かう。ハインから預かった紹介状を見せると、最初は警戒していた村長も、オルセア商会とハイン商会の名を確認して奥の部屋へ通してくれた。
「人が消えているのは事実です」
向かいに座った村長が言った。
「この村からも何人か戻っていません」
レイスが留帳を開く。
「誰が?」
「薪を拾いに森へ入った男。隣村へ向かった行商人。街道沿いの茶屋で働いていた娘。それから、村へ泊まっていた旅人が一人です」
「共通点は?」
「ありません。男も女もいます。村人も旅人も商人もいる。年齢も職も違います」
「最後に見られた場所は?」
「森の近く、街道、茶屋、村の外れ、宿……それもばらばらです」
レイスの筆が進む。
「昼か夜かは?」
「どちらもあります」
「荷物は?」
セレスが聞いた。
「残っていた者もいれば、荷ごと消えた者もいます」
「何も揃わないわね」
「そうなんです」
村長は疲れたように息を吐いた。
「国軍の方もそこを調べていました。盗賊なら襲った跡がある。夜骸なら痕跡が残る。人攫いなら人を運ぶ動きがある。ですが、今回はそれが何も見えないと」
窓の外には昼の村が見える。人が歩き、荷馬車が止まり、声も絶えない。その中から誰かが消え、戻ってこない。
「この先に町があるんだったな」
アルドが地図を見る。
「キュリン町です」
「ここから向かう人は多い?」
セレスの問いに村長が頷く。
「多いです。この先のカッカ村を通ってキュリン町へ向かう者が大半ですね」
「カッカ村」
レイスが地図へ印をつける。
「途中にある小さな村か」
「はい。休憩に使う方が多いです」
アルドも地図を覗き込んだ。
「ここで共通点が見えないなら、道を追うしかねぇな」
「そうね。次はカッカ村」
聞き込みは昼を過ぎるまで続いた。情報は増えた。それでも、共通点は最後まで見つからなかった。
◇
夕方前、陽剣旅団は赤鎖から奪った物資を村長へまとめて売った。食料、布、薬草、包帯、工具に日用品。村にとって使えるものは多かった。
だが出所は赤鎖だ。
「本当に、この金額でよろしいのですか」
村長が確認した。提示されたのは一万セリオ。
相場よりかなり安い。それでも、この村が一度に出せる額としては十分大きかった。
「ああ。こっちも持って歩くの大変だからな」
アルドが答える。
「ただ、一つ頼みがある」
「何でしょう」
「陽剣旅団って名前を覚えといてくれ。赤鎖から荷を奪って、安く置いてった連中がいるってな」
村長が少し目を見開く。やがて深く頭を下げた。
「分かりました。陽剣旅団の名、伝えておきます」
「助かる」
アルドが代金の袋を受け取る。隣でノルがそれを見る。
「また増えた」
「臨時収入だ」
「複雑」
「俺もだよ」
日が落ちる前に村を出ようとすると、村長には止められた。人が消えている。夜は危ない。
泊まった方がいい。
それでも陽剣旅団は進むことを選んだ。
次はカッカ村。消えた者たちの動線に何かあるなら、その途中も見ておきたかった。
◇
夜になれば、昼間あれほど人がいた街道から足音が消えた。風に揺れる枝葉の音が近くなり、森から伸びた影が道の端まで覆っている。
「カッカ村までどれくらいだ?」
アルドが聞く。レイスは地図を確かめた。
「このままでも明日の昼前だ。途中で野営になる」
「まあ、慣れてるか」
セレスが少し後ろから声を掛ける。
「コンデンス村の話、どう思う?」
「ばらばらすぎる」
レイスは地図を畳んだ。
「共通点がないこと自体が気になる」
「無差別?」
ノルが聞く。
「そう見える。ただ、本当に無差別ならもっと粗いはずだ。三ヶ月続いて、国軍が追っても何も出ないのは妙だ」
「なら、選んでるけど条件に気づいてない?」
「その可能性はある」
エディンが森を眺めた。
「相手が人間なら、選ぶ理由はいくらでもあるわねぇ。金になるとか、使えるとか、邪魔だったとか」
「夜骸なら?」
アルドが聞いたところで、森の奥から低い音がした。五人の足が止まる。獣の唸りに似ている。
だが、その奥に骨と肉が擦れるような音が混じっていた。
「来るぞ」
アルドの声と同時に全員が武器へ手を伸ばした。最初に木々の間から出てきたのは、狼に似た大きな夜骸だった。肉と骨を無理に重ねた身体の背から白い骨棘が突き出し、裂けた口が耳元まで続いている。
その後ろから、肩が異様に盛り上がった熊型が現れた。長い前脚の爪先には濁った魔力がまとわり、地面を掻くたび土が散る。三体目は頭上。
骨と薄い肉膜でできた翼を広げ、長い首を傾けた猛禽型が枝の上からこちらを見下ろしていた。三体とも中級。
「中級三体かよ」
「東方面、強い夜骸が多いわね」
セレスが流涙を抜く。レイスも三体から目を離さない。
「戦地が近い。荒れた場所も、管理の届かない場所も増える」
「嫌な土地ね」
「同感だ」
先に動いたのは狼型だった。地を蹴った身体へ、ノルの翠穿が三発を撃ち込む。夜骸は顔を振って二発を骨棘で弾いたが、残る一発が片目へ食い込んだ。
「避けた」
「判断が早い」
レイスが片手を向ける。
「雷流弐式 絡縛!」
夜露を拾った水糸が雷を帯び、狼型の脚へ絡む。動きが鈍ったところへアルドが踏み込んだ。
「蒼炎壱式 蒼火球!」
蒼い火球が顔面で爆ぜ、巨体が仰け反る。倒れない。横から熊型の長い腕が振り下ろされた。
セレスは地咬を地面へ刺す。
「大地参式 岩杭!」
突き上がった岩杭が腕を横から押し、爪の軌道を逸らした。地面を叩いた一撃で土が大きく抉れる。
「力、強いわね」
セレスが下がった頭上へ、猛禽型が翼を広げた。骨片が雨のように飛ぶ。
「水流参式 護水壁!」
レイスの前に立ち上がった水壁が骨片を受け止めるが、重い衝撃で表面が弾け、数本が抜けた。そこへノルの弾丸が回り込み、猛禽型の翼の付け根を叩く。
翼が傾く。
「硬い」
「三体同時は面倒だな」
狼型が絡縛を引きちぎった。そのままセレスへ回ろうとする。ノルが銃口を向けた。
「旋風参式 三牙穿!」
三発の弾丸が風で噛み合い、一本の牙となって狼型の横腹を撃ち抜く。巨体が流れた先へ、セレスが魔力を通した。
「水地弐式 滑床!」
着地した爪が滑る。踏ん張りを失った胴体が傾いたところへ、アルドが緋喰刃を振り抜いた。
「蒼炎参式 蒼火閃!」
蒼炎の一閃が核を断つ。一体目が崩れた。
熊型は同時に地面を叩き、足場を波打たせる。アルドが下がる間に猛禽型も上から骨片を飛ばし、二方向から攻撃が重なった。
「雷流参式 縛陣!」
レイスの魔法が熊型の足元へ広がり、水と雷が四肢を絡め取る。一瞬だけ巨体が止まった。そこへエディンが入る。
振り下ろされた長い腕を大剣で受け、地面を踏み締める。押し合ったのは一瞬だった。
「力だけなら、なかなかねぇ」
大剣を押し返す。
「でも、雑よぉ」
返した刃が熊型の肩から胸へ深く入った。裂け目の奥へアルドが片手を向ける。
「蒼炎壱式 乱火!」
小さな蒼炎が胸の内部で不規則に弾け、身体が仰け反る。エディンの大剣が露出した核を砕いた。二体目。
残った猛禽型が翼を打ち、上へ逃れようとする。
「逃がさない」
ノルは三発を一箇所へ集めず、首、脚、翼膜へ散らした。軌道が乱れ、巨体が落ちる。その着地点へセレスが魔力を流した。
「大流参式 沈沼!」
沈んだ地面へ脚を取られ、飛び直せない。
「雷流弐式 絡縛!」
レイスの水糸が脚と翼へ絡み、雷が筋肉を痺れさせる。翼が開ききらない。アルドが踏み込み、緋喰刃を振るった。
「蒼炎参式 蒼火閃!」
蒼い一閃が核を断つ。猛禽型が地面へ落ち、そのまま動かなくなった。しばらく聞こえたのは、五人の荒い呼吸だけだった。
「……終わり?」
ノルが周囲を見る。アルドも感知を広げた。
「ああ。近くにはいない」
セレスが流涙を下ろす。
「中級三体は、さすがに疲れるわね」
「今日はここまでだ」
レイスは外套についた土を払いながら言った。
「この状態で進んでも判断が鈍る。野営するぞ」
「賛成」
ノルの返事は早かった。
「おねぇさんも賛成ねぇ」
◇
夜骸の残骸から離れた場所に、小さな火を作った。アルドは干し肉を噛み、レイスは留帳へ今日の出来事を記している。ノルは翠穿を点検し、セレスは減った包帯を整理していた。
「赤鎖と行方不明者、繋がってると思うか?」
アルドが聞く。
「まだ分からない」
レイスは筆を止めずに答えた。
「ただ、赤鎖の拠点が失踪の多い地域にあるのは事実だ。偶然とも言えるが無視はできない」
「末端は何も知らない」
ノルが銃身を拭きながら言う。
「ああ。末端が知らないから、本体まで知らないとは限らない」
セレスの手が止まった。
「赤鎖が関係してるなら、なんで人を攫うの?」
「労働力、取引材料、口封じ……理由はいくつか考えられる」
「他は?」
「分からない」
レイスはそこで筆を止めた。
「だから調べる」
火が小さく爆ぜる。
「明日の朝、最後に聞いた拠点を潰す。その後カッカ村だ」
「荷は?」
ノルが聞く。
「持てるだけ持つ。邪魔ならまた売る」
「また宣伝するの?」
「売れる場所があればな」
セレスがアルドを見る。
「ハインさんに怒られるよ」
「だろうな」
「分かっててやるのね」
「分かっててやる」
セレスは小さく息を吐いた。
「本当に、正しくいられないね」
アルドは火へ目を落とした。
「……それでも、止まるよりはいい」
誰も返さなかった。
見張りを交代しながら、その夜を越えた。
◇
翌朝。最後に残していた赤鎖の拠点は、それまでより少し大きかった。森の奥に倒木を組んだ柵があり、簡素な見張り台と倉、武器置き場まで作られている。
中にいるのは二十人ほど。全員が赤い短鎖を下げていたが、やはり幹部はいない。
「数はいるな」
「本体はいなそうねぇ」
アルドの横でエディンが答える。
「なら早く終わらせる」
ノルが翠穿を構えた。セレスも地咬を抜く。
「逃げ道、塞ぐわ」
「頼む」
レイスは留帳をしまった。
「毒を最優先。いつも通りだ」
「ああ」
アルドが緋喰刃を抜く。
「行くぞ」
二十人いても、戦闘は長く続かなかった。セレスが退路の足場を崩し、毒へ伸びる手をノルが撃つ。レイスが脇へ抜けようとした者を拘束し、その間をアルドが前へ抜けて一人ずつ叩き伏せていく。
裏へ逃れようとした三人は、木々の間へ立つエディンを見て止まった。
「逃げてもいいけれどぉ」
大剣はまだ背中にある。
それでも三人は動けなかった。
「おねぇさん、追いかけるの得意よぉ」
やがて武器が一つ、地面へ落ちた。残る二人も続いた。
◇
「近くの拠点は?」
「知らねぇ」
拘束した男の前で、アルドがエディンを見る。
「嘘ねぇ」
右手に蒼炎が灯った途端、男の顔が引きつった。
「待て! 分かった、言う!」
「早いな」
「噂になってんだよ! 蒼い炎で焼かれるって!」
「なら話が早い。場所は?」
「北東の林に一つ!」
「そこは潰した」
男の目が開く。
「……は?」
「他」
「川沿いの古い小屋」
「潰した」
「南東の崖下……」
「そこも」
周囲で拘束されている男たちまで顔色を変えた。
「う、嘘だろ……」
「嘘じゃないわよぉ」
エディンが言う。
「あなたたちの荷も、今ごろどこかで役に立ってるかもしれないわねぇ」
男が歯を食いしばる。
「まだあるだろ」
アルドの手に蒼炎が残っている。男は数秒耐えた後、観念したように口を開いた。
「……四つ」
レイスの筆が止まる。
「新しいな。言え」
「カッカ村の北に一つ。古い炭焼き場の近くに一つ。キュリン町へ向かう脇道に一つ。それと……廃井戸の近くに一つだ」
「廃井戸?」
「場所しか知らねぇ! 何をしてるかなんて俺たちには教えられてない。本当だ!」
エディンが頷く。
「そこは本当ねぇ」
「本体の人間は誰が来る?」
「知らねぇ。顔を隠した奴が指示だけ置いていく時もある。直接来ることもある。でも俺らは荷を動かせって言われるだけだ」
アルドは男を見たまま、次を聞いた。
「この辺りで人を攫ってるか?」
「……人?」
「三ヶ月くらい前から、この辺で人が消えてる。赤鎖が関係してるのかって聞いてんだ」
「知らねぇ! 本当に知らねぇよ!」
男の視線が揺れる。アルドはエディンを見る。
「……本当に知らないみたいねぇ」
「そうか」
また繋がらない。人が消える地域に赤鎖の拠点はある。だが、捕まえた末端から失踪に繋がる話は一つも出てこない。
アルドは立ち上がった。
「本体に伝えろ。陽剣旅団が話したがってる。返事がないなら、まだ潰す」
男は何も言わなかった。
「荷は?」
ノルが聞く。
「当然もらう」
アルドは倉の方を見る。
「使える物は全部持ってくぞ」
◇
物資の確認は手分けして進めた。食料袋、布、薬草、包帯、工具、縄、矢、古い短剣。出所の分からない物が相変わらず積まれている。
レイスは持っていく物と置いていく物を分け、セレスは岩儡へ積ませる荷を選んでいた。ノルは周囲を警戒し、アルドは硬貨と残された書類を確認する。
「アルドちゃん」
エディンの声がした。アルドが顔を上げる。拠点の一番奥。
積まれた木箱のさらに向こうで、エディンが足元を見ていた。アルドが近づく。
「どうした?」
エディンは答えず、岩と木の根の間を指した。大きな岩が一つ置かれている。それだけなら珍しくない。
だが岩の周囲だけ土の色が違い、草も一度剥がされたように乱れていた。遅れて来たレイスもしゃがむ。
「……隠してあるな」
「開けるわ」
セレスが荷運び用の岩儡を一体呼んだ。岩儡は岩へ短い腕を当て、足を踏ん張る。重い音を立てながら岩がずれていった。
その下から現れたのは、人一人がどうにか通れるほどの穴だった。冷たい空気が漏れる。アルドは縁へ膝をつき、中を覗き込んだ。
暗い。土壁に囲まれた狭い穴の奥へ目が慣れていく。何かがある。
布。腕。人の身体。二つ。
折り重なるように転がり、どちらも動いていなかった。アルドの手が穴の縁で止まる。
「……死体だ」
誰もすぐには返さなかった。
森のどこかで、朝の鳥が鳴いていた。
お読みいただきありがとうございます。
引き続き毎日20時頃更新です。
続きが気になる!と思ってくださった方は、ぜひ【★評価】や【ブックマーク】で応援をよろしくお願いします!




