格の違い
翌朝。森へ差し込む朝日はまだ薄く、古い石造りの小屋の周囲には夜の冷たさが残っていた。昨夜討祓した夜骸は、小屋から少し離れた場所へ寄せてある。
鉄環護衛団の者たちは出発の準備をしながら、何度かそちらへ目を向けていた。一晩前なら、あの一体を遠ざけるだけで全員が削られた。
今は二体とも動かない。
「動けるか?」
アルドに聞かれ、ガルディンは包帯を巻かれた左脚へ一度体重を掛けた。
「歩けます。速度は落ちますが」
「無理しなくていい。のんびり行こう」
「はい」
鉄環護衛団は持ち出せる荷だけを選び、動ける者が重傷者を支えていた。壊された荷馬車までは運べない。散らばった荷も全て持ち帰るのは無理だった。
ミュレナは残していく荷の前で足を止める。
「ミュレナさん」
レイスが留帳を閉じた。
「場所は記録してある。荷は人を出せる状態になってから回収すればいい」
「……はい。ありがとうございます」
「まずオルセアへ戻る。重傷者は療養院が先だな」
「そうね」
小屋から出てきたセレスが、支えを必要としている団員を見る。
「この状態なら、商会より先に治療を受けてもらった方がいいわ」
「ガルディンさんは?」
「歩けるなら同行してもらう。無理なら、俺が代わりに報告する」
二人が帰還後の手順を決める横では、ノルが小さな菓子を食べていた。エディンは荷をまとめながらネリカへ声を掛ける。
「歩けない子は二人で支えてあげてねぇ。傷口を開かせないように」
「はい」
昨日まで夜骸と盗賊に囲まれていた場所で、もう帰るための話が進んでいた。その時、菓子を齧っていたノルの顔が森へ向いた。
「来た」
鉄環護衛団が一斉に動いた。ガルディンが大盾を取り、ヴァルドスは槍を構える。ティナラも短槍を握り、リセアは残った投げナイフへ手を伸ばした。
エルディオは傷んだ盾を持ち上げ、ダルノは重い剣を引き寄せる。フェルクも残り少ない矢を確かめ、そのまま弓を構えた。ミュレナが何も言われる前に後ろへ下がる。
その前へ団員たちが並んだ。アルドはその動きを横から見ていた。
傷は残っている。体力も戻りきっていない。それでも、誰一人としてミュレナの前を空けなかった。
「やっぱり、いい護衛団だな」
木々の奥から複数の足音が近づいてきた。やがて姿を現したのは、二十人ほどの盗賊だった。
昨日一度退いた連中だろう。鉄環護衛団がさらに弱っていると思って戻ってきたのか、先頭の男は並んだ護衛たちを見るなり口元を歪めた。
「まだ生きてたか。しぶとい連中だな」
ガルディンが大盾を前へ出す。
「ミュレナさん、下がっていてください」
「はい」
エルディオが隣へ並び、その間をヴァルドスとティナラが埋める。後ろにフェルクとリセア。ネリカは重傷者のそばを離れず、ダルノがミュレナへ続く道を塞いだ。
「怪我人抱えて、まだやる気かよ」
盗賊の一人が笑う。ガルディンは答えなかった。盾の陰から相手を見据えたまま、片手剣を構える。
その一方で、陽剣旅団は誰も武器を抜いていなかった。
「やっぱり療養院が先だな」
レイスは留帳を確認しながらセレスへ言う。
「オルセア商会への報告は、その後でいい」
「ハインには?」
「本部へ戻ってからでいい。オラリクさんへの報告も、ハインを通した方が話が早い」
「ガルディンさんが歩けるなら、一緒に来てもらった方がいいわね」
「そうだな。無理なら俺が説明する」
エディンは荷物の紐を結び直している。ノルも最後の一口を食べ終えただけだった。
「どうする?」
「そうだな」
アルドは盗賊ではなく、鉄環護衛団を見た。
「悪いけど、あんたたちが凌げた相手なら、問題にもならねぇ」
「……え?」
ガルディンが思わず振り返った。アルドはもうエディンを見ていた。
「エディン」
「なぁに?」
「あれ、やっていいか」
「あれ?」
「屋敷でやったやつ」
エディンの目が細くなる。
「ああ。いいわねぇ」
少し楽しそうに笑い、鉄環護衛団とミュレナへ目をやった。
「でも、この前みたいに周りまで巻き込んじゃ駄目よぉ」
「分かってる」
アルドが一人で前へ出る。盗賊たちがそれを見て笑った。
「なんだ、若造が前に出てきたぞ」
「おいおい。護衛団の次は子どもか?」
アルドは返さなかった。感知の先へ自分の魔力を繋げる。拾うのは、前にいる盗賊だけ。
背後の鉄環護衛団も、ミュレナも、仲間も外す。そこへ殺意を乗せた。先頭にいた男の笑みが消えた。
「……あ」
膝から力が抜け、その場へ尻もちをつく。後ろの男は握っていた剣を落とした。金属音が鳴るより先に、さらに何人もの脚が止まる。
近づけば死ぬ。踏み込めば殺される。理由を考えるより早く、身体がそう受け取った。
一人が膝をつき、その隣も崩れる。腰を抜かしたまま後ずさる者もいれば、息を詰まらせたまま動けなくなる者もいた。さらに数人が倒れた。
誰一人斬られないまま、盗賊団は武器を交える前に崩れていた。ガルディンの大盾が少しずつ下がる。ヴァルドスも槍を構えたまま動かず、リセアは投げナイフを握った手を止めていた。
背後から覗いたミュレナも、地面に散った盗賊たちとアルドを交互に見る。
「上手くなった」
ノルが言った。
「巻き込まれてない?」
セレスが自分の身体を確かめるように聞く。
「うん。何も感じない」
エディンも満足そうに頷いた。
「上出来ねぇ」
アルドは魔力を切った。
「よし。行くぞ」
「……放っておくんですか?」
ガルディンがようやく声を出した。
「ああ。今は怪我人を運ぶ方が先だ」
アルドが盗賊たちへ顎を向ける。
「場所も数も分かった。オルセアへ戻ったら報告する」
レイスも留帳を閉じた。
「町側に任せればいい。今の状態なら、しばらく追っては来られない」
盗賊の中には、まだ地面を掻きながら後ろへ逃れようとしている者もいた。陽剣旅団はもう見ていない。帰るために歩き始めていた。
鉄環護衛団だけが、その場へ数秒残った。
「……行くぞ」
ガルディンが大盾を下ろした。
「はい」
団員たちは武器を収め、再び重傷者を支える。ミュレナもその後へ続いた。
◇
オルセアへ戻ったのは、昼を少し過ぎた頃だった。陽剣旅団はそのまま療養院へ向かい、鉄環護衛団の重傷者を運び込んだ。
傷の深い者から診察を受け、エディンとネリカが道中で行った処置を伝えていく。何人かはそのまま療養院で休むよう言われ、寝台へ運ばれていった。ガルディンも休むよう勧められたが、首を横に振った。
「団長として、報告には立ち会います」
レイスは包帯の巻かれた脚を一度見た。
「途中で倒れたら話が増えるぞ」
「承知しています」
「ならいい」
ミュレナも最低限の処置を受けた。依頼元はオルセア商会だが、陽剣旅団へ仕事を渡した窓口はハイン商会だった。まずはハインへ報告する。
そう決め、一行は商会本部へ向かった。
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