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消えた商人

 ハイン商会本部として使う屋敷は、数日前とは見違えるほど整っていた。


 一階の広間には磨かれた机と椅子が並び、入口近くには受付用の机が置かれている。壁際には帳簿や書類を収める棚が据えられ、床を覆っていた埃も消えていた。割れていた窓はひとまず塞がれ、まだ古びた傷こそ残っているものの、人を迎える場所としては十分に使える。


 二階も寝室や商談用の部屋、客室、倉庫として使えるよう最低限の整理が済んでいる。


「思ったより早かったな」


 広間を見回しながらアルドが言った。机の位置を調整していたハインが手を止める。


「皆さんが手伝ってくれたおかげですよ」


 窓辺ではリリンがふわふわと浮き、外を行き交う人々を眺めていた。屋敷に人の手が入ってからは、以前より広間へ出ている時間も長くなっている。誰かの後ろをついて回ったり、時にはたまとまるのどちらかの頭へ腰掛けたりと忙しい。


 そのたまとまるは、今日から入口の前が持ち場だった。二体揃って扉の脇へ立ち、丸い岩の身体に短い腕を添えている。


「コォ……」


「コォ……」


 門番らしく並んだ二体を見て、セレスが笑った。


「すっかり馴染んだね」


「なかなか立派な門番じゃない」


 エディンも椅子へ腰掛けたまま二人を見る。ハインは受付机の書類を揃えながら頷いた。


「セレスさんに教えていただいた通り、来客があれば鳴いて知らせて、扉を開けて受付まで案内するようにしています」


「セレスが作る岩儡って、妙に愛嬌あるよな」


「当然でしょ。作ったのは私だもの」


 セレスが少し胸を張る。


「うん。かわいい」


 ノルも迷わず頷いた。その直後だった。


「コォォォォォ!」


「コォォォォォ!」


 広間いっぱいに鳴き声が響いた。窓が震えたかと思うほどの声量にリリンが天井近くまで跳ね上がり、アルドは反射的に両耳を押さえた。


「でっか……! 相変わらずすげぇ声だな」


「……これなら屋敷のどこにいても聞き逃さないな」


 留帳から顔を上げたレイスが淡々と言う。


「来客ですね」


 ハインは入口へ目を向けた。この後はたまとまるが扉を開け、そのまま中へ案内するはずだった。


 だが、扉は閉じたままだった。


「……あれ?」


 ハインが首を傾げる。入口では、たまとまるが二体揃っておろおろしていた。たまは扉の前を小さく行き来し、まるは隙間を覗こうとしてから短い腕で胸を叩く。


 どん。どん。


「コォ……」


「コォ……」


 さっきまでの大音量とは違う、すっかり困った鳴き方だった。


「何かあったのか?」


 レイスの声に、ハインも席を離れる。


「確認してきます」


 扉の前まで行き、たまとまるの間から外を覗くように開けた。


「……あ」


 ベリタが尻もちをついていた。黒い目を大きく見開き、両手を地面について固まっている。その後ろにはカリオスから来たハイン商会の護衛たちが荷物を抱えたまま立ち、誰もが何とも言えない顔で入口を見つめていた。


 たまとまるはベリタの周りを小さく回る。一体は顔を覗き込み、もう一体は短い腕をぱたぱたと動かしている。


「コォ……コォ……」


 ベリタがゆっくり顔を上げた。


「ハ、ハインさん……この子たちは、一体……?」


「本部の門番です」


「門番……」


 ベリタはたまとまるを見る。丸い岩の身体を揺らしながら、心配そうにこちらを覗いている。


「おお、ベリタか」


 広間の奥からアルドが顔を出した。


「アルドさん……」


「そうだ、アルじゃないぞ。無事着いたみたいだな」


「はい。無事ではありますが……心臓が一度止まりかけました」


 セレスも入口まで来ると、二人の前へしゃがんだ。


「たま、まる。驚かせちゃったのね」


「コォ……」


「コォ……」


 二体揃って身体が沈む。ノルが隣へ来て、順番に頭をぽんぽん叩いた。


「大丈夫。悪いことしてない」


「ただ、声量は覚えてもらった方がいいかもしれないな」


 レイスの言葉にセレスが二人を見る。


「もうちょっと小さく鳴ける?」


「コォォ!」


「コォォ!」


「……それくらいかな」


 ハインはベリタへ手を差し出した。


「すみません、ベリタ。ここまで驚かせるとは思わなくて」


「い、いえ。わたくしも油断していました」


 その手を借りて立ち上がり、服についた埃を軽く払う。そこでようやくベリタは屋敷の中を見た。


「ここが、ハイン商会の本部になるのですね」


「はい。まだ整える場所は多いですが、窓口としては動かせます」


 後ろで待っていた護衛たちが荷物を運び始めた。カリオスから持ってきた帳簿や商会印、日用品に必要な道具。それらが次々と広間を通り抜けていく。


 空いていた棚へ帳簿が入り、何もなかった机へ紙と筆記具が置かれる。


「一階の奥を仮の事務室にします。荷物はまずそちらへ運んでください。護衛の皆さんは部屋割りが決まるまで広間で待機をお願いします」


「承知いたしました」


 ベリタはすぐ仕事の顔へ戻り、荷物を抱えた。


「それと、私はこれからオルセア商会へ行ってきます」


 アルドが振り返る。


「今からか?」


「はい。本部の準備が整ったことを、オラリクさんへ報告しておきたいので」


「今日は引っ越しだけで終わらせないんだな」


「商会を動かすなら、こちらの準備ができたことは早めに伝えておいた方がいいですから」


 ハインは受付机から必要な書類を一枚取り、折れや汚れがないか目を通す。


「すぐ戻ります。皆さんはご自由にしていてください」


「ああ」


 アルドが頷く。ハインは服を整えると、一人で屋敷を出ていった。ベリタはその背中を見送ってから、荷物を一つ抱え直す。


「ええと……事務室は奥でしたよね?」


「うん、こっちだよ!」


「あ、ありがとうございます――」


 声が止まった。ベリタの目の前に、半透明の少女がふわふわと浮いていた。白い髪。


 茶色い目。そして、床から離れた足。リリンはにこにこと笑っている。


「私、リリン!」


「ゆう……れい……」


 ベリタが泡を吹いて倒れた。リリンが目を丸くする。


「えっ?」


 床に倒れたベリタと、何も分からず浮いているリリン。その横で、たまとまるがまたおろおろし始めた。


「コォ……?」


「コォ……?」


         ◇


 オルセア商会は、夕方になっても人の流れが途切れていなかった。商人が書類を抱えて行き交い、荷を運ぶ者たちの声が広い建物の中を飛び交っている。ハインもその流れを邪魔しないよう端を進み、案内された奥の部屋へ入った。


 オラリクは机で書類に目を通していた。


「ハイン殿。お待ちしておりました」


「お時間をいただき、ありがとうございます」


 ハインが一礼すると、オラリクは向かいの椅子を示した。


「どうぞ、お掛けください」


「失礼します」


 二人が机を挟んで向き合う。


「本部の準備が整ったと伺いました」


「はい。まだ完全ではありませんが、依頼の窓口としては動かせます。カリオスからの人員も順次合流しています」


「それは何よりです」


 オラリクが頷く。


「オルセアで商会を動かす以上、まず信用を積む必要があります。小さな依頼でも構いません。ハイン商会として一つずつ、確実に結果を出していくつもりです」


「頼もしい言葉です」


 オラリクは机の上で指を組んだ。


「でしたら、早速一件。相談してもよろしいですかな」


「陽剣旅団への依頼でしょうか」


「ええ」


 オラリクが頷いた。


「東方面へ向かった商人が、戻る予定日を過ぎても帰っておりません」


「どの程度、過ぎていますか」


「一週間です」


 ハインは黙って次を待った。一日や二日なら商談の延長もある。天候や荷の都合で予定がずれることも珍しくない。


 だが、一週間。


「連絡は?」


「ありません。助けを求める使いも、伝言も届いていない」


「護衛はついていたのですか」


「鉄環護衛団が同行していました。八名です」


 護衛団を八名つけた商人が、一週間連絡もなく帰らない。


「商人のお名前は?」


「ミュレナ。東方面の商いに詳しい商人です。年は若いですが、腕は悪くありません」


「通常であれば、町の警備や国の部隊へ話を通す案件ではありませんか?」


「ええ。ですが今のところ、襲撃されたという報告もありません。どこで何が起きたのか分からない以上、正式に動かすまでには時間がかかります」


「その間に、生きている人が死ぬ可能性がある」


「そういうことです」


 オラリクはハインを見た。


「もちろん、陽剣旅団が受けてくださるなら、ですが」


 ハインはすぐには返事をせず、机上の一点へ視線を落とした。行方不明者の捜索。


 場所も原因も分からない。盗賊、夜骸、事故。何が待っているか分からない以上、陽剣旅団へ安い仕事として渡すわけにはいかない。


「依頼料について相談させてください」


「ええ」


 危険が読めない仕事なら三十万セリオでも高くはない。それでも今、ハイン商会に一番必要なものは別にある。


「二十万セリオでいかがでしょうか」


 オラリクの眉が僅かに動いた。


「よろしいのですか?」


「はい。ただし、成功した場合は一つお願いがあります」


「何でしょう」


「ハイン商会と陽剣旅団のことを、オラリクさんの口から周辺の商会へ紹介していただきたいのです」


 オラリクはすぐには答えなかった。ハインも続ける。


「大々的に宣伝していただく必要はありません。仕事を探している商会や、護衛を必要としている方がいれば、その時に名前を出していただくだけで結構です」


「私が認めた相手として、ですかな」


「はい」


 オラリクの目が細くなった。


「なるほど。金ではなく信用を取りに来ましたか」


「今のハイン商会には、それが一番必要です」


 短い沈黙の後、オラリクは笑った。


「よろしいでしょう。成功したなら、私の口から紹介いたします」


「ありがとうございます」


 ハインは深く頭を下げた。条件は決まった。


         ◇


 ハインが本部へ戻った頃には、外は夕暮れに染まり始めていた。広間では荷物の整理が続いている。ベリタはどうにか仕事へ復帰したらしく、帳簿を棚へ収めながらも、時折リリンが近くを通るたび肩を跳ねさせていた。


「ベリタ、大丈夫ですか?」


「だ、大丈夫です。仕事に支障はありません」


 答えた直後、その背後をリリンが通り抜ける。


「ベリタちゃん、これどこ?」


「ひっ……!」


 ハインは一度だけ目を閉じた。


「……ゆっくり慣れてください」


「努力いたします……」


 広間の奥ではアルドたちも休んでいた。ハインが戻るとアルドが顔を上げる。


「早かったな」


「ええ。報告だけのつもりだったのですが、オラリクさんから依頼の相談を受けました」


 レイスが留帳を閉じる。菓子へ伸びていたノルの手も止まり、セレスとエディンがハインを見る。


「依頼?」


 アルドが聞いた。


「東方面へ向かった商人が、戻る予定日から一週間過ぎても帰っていないそうです。商人の名前はミュレナさん。鉄環護衛団という八名の護衛団が同行しています」


「連絡は?」


 レイスがすぐに聞く。


「ありません。助けを求める使いも伝言も届いていないそうです」


「それで捜索か」


「はい。単なる遅れの可能性も残っていますが、護衛団ごと帰っていない以上、危険に巻き込まれた可能性も考えた方がいいと思います」


 アルドは腕を組んだ。


「報酬は?」


「二十万セリオです」


「お、商人を探すだけでそんなにもらえるのか」


 アルドの声にノルも頷いた。


「大金」


「私たちからしたら十分大きいね」


 セレスが言う。


「助けを待ってる人がいるなら、悪くない依頼ねぇ」


 エディンも同意した。その中でレイスだけはハインを見たままだった。


「安くないか?」


 アルドが隣を見る。


「そうなのか?」


「ああ。行方不明者の捜索で、護衛団ごと消えてる。どこで何が起きたのかも分からない。盗賊か夜骸か、それ以外かも不明だ」


 レイスはそこで言葉を切り、ハインを見る。


「ハインの仲介分まで差し引いたら、俺たちへ出す依頼として二十万は安すぎる」


 ハインは何も言わず微笑んだ。それを見たレイスが小さく息を吐く。


「……そういうことか」


「何が?」


「俺たちへの報酬は二十万セリオ満額。ハインは金を取らない」


 アルドがハインを見る。


「じゃあ、ハインはただ働きか?」


「金では、な」


 レイスが続ける。


「ハインへの報酬はオラリクさんからの信用だろ」


「さすがレイスさん。その通りです」


「信用が報酬になるのか?」


 アルドの疑問に、ハインは机へ手を置いた。


「今回の依頼が成功すれば、オラリクさんがハイン商会と陽剣旅団を周辺の商会へ紹介してくださいます。今ここで十万や二十万セリオを得るより、今後の仕事へ繋がる信用の方が価値があります」


「なるほどな」


 アルドもようやく頷いた。


「なら、なおさら成功させたいってわけか」


「はい。ただし、それは私の都合です」


 ハインは全員を見る。


「受けるかどうかを決めるのは皆さんです。危険の内容すら分からない仕事ですから、無理にお願いするつもりはありません。それに私の取り分がないとしても、皆さんの実力を考えれば二十万セリオは格安です」


 アルドは仲間を見る。レイス、ノル、セレス、エディン。反対する者はいなかった。


「受ける」


 ハインへ向き直る。


「行方不明なら早い方がいい」


「うん。一週間なら急いだ方がいい」


 ノルが菓子を置いて立ち上がった。


「準備してすぐ出ましょう」


 セレスも続く。


「怪我人がいるかもしれないわねぇ。治療に使えそうな物も持っていきましょ」


 エディンも席を立った。レイスはすでに留帳を開いている。


「ミュレナ。鉄環護衛団八名。東方面。予定から一週間遅れ。連絡なし」


 ハインも用意していた地図を机へ広げた。


「ミュレナさんたちが使う予定だったのは、この東の街道です。帰路も同じ道を通る予定だったそうです」


 レイスが地図へ身を寄せる。


「途中の脇道は?」


「いくつかあります。ただ、荷馬車で通るなら大きく外れる可能性は低いと思います」


「何か起きていれば、道に痕跡が残るか」


「おそらく」


 アルドも地図を見下ろした。


「よし。行くぞ」


「お願いします」


 ハインが深く頭を下げる。そこからは早かった。


 武器、食料、治療道具、野営用の荷物を揃える。ベリタも依頼の話を聞くと、運び込んだばかりの荷を開けて布や薬を取り出した。入口では、たまとまるがその様子を見ている。


「コォ……」


 アルドが通り際に二人を見る。


「留守番、頼んだぞ」


「コォ!」


「コォ!」


 胸を張るように身体を揺らす二人の上から、リリンも大きく手を振った。


「いってらっしゃーい!」


 セレスも振り返る。


「行ってきます。すぐ戻るからね」


「はーい!」


 陽剣旅団はハイン商会本部を出た。


         ◇


 オルセアを離れる頃には、東の空から少しずつ色が失われ始めていた。街道脇の草が夕風に揺れ、遠くの森が濃い影へ変わっていく。昼なら商人や旅人の姿も多い道だが、この時間にはすでに人通りが減っていた。


 陽剣旅団はいつもより速い足取りで東へ進む。先頭はノル。その少し後ろをアルドとレイスが並び、セレスとエディンが続いていた。


「ノル、何か分かるか?」


「まだ遠い。人の気配も少ない」


「街道沿いで何か拾ったら教えてくれ」


「うん」


 ノルは前を見たまま答える。隣ではレイスが地図と街道を見比べていた。


「予定通りなら、この先の宿場と、その次の村を通って戻るはずだ」


「そこまで行けば誰か見てるか」


「可能性はある。一週間戻っていないなら、どこかで予定を崩した理由があるはずだ」


「理由って?」


「商談の遅れ、荷馬車の故障、病人、天候、道の崩落。あとは盗賊だな」


「夜骸もあるね」


 セレスが加えた。


 誰も否定しなかった。


 夜になれば、どの街道にもその可能性はある。


「護衛団が八人ついてたなら、夜に無茶な移動はしないと思うけどねぇ」


 エディンが道の先へ目を向ける。


「なら、どっかで止まってるか」


「生きていればな」


 レイスが静かに返した。アルドは何も言わず歩幅を広げた。最初の宿場では、すぐに足取りが掴めた。


 ミュレナと鉄環護衛団は確かにそこを通っている。ただし、見たというのは予定通り東へ向かった時だけだった。帰りは誰も見ていない。


 次の村でも同じだった。ミュレナを知る商人はいた。何度か東方面へ向かう姿を見たことがあるという者もいた。


 それでも、戻ってきた姿を見た者はいなかった。日が沈みきる前に得られたのは、そこまでだった。


         ◇


 翌日。街道の先を塞ぐ崩れた斜面の前で、陽剣旅団は足を止めた。


 斜面から落ちた土砂が道の一部を埋めている。人なら端を抜けられるが、荷馬車を通すだけの幅はない。レイスは土砂の手前へしゃがみ、街道に刻まれた跡を追った。


「ここだな」


「何かあるか?」


「荷馬車の車輪がここで止まってる。一度引き返して――」


 視線が街道の端へ動く。


「脇へ入ってる」


「こっち」


 先に気づいたノルが、草に半ば埋もれた古い道を指した。街道から分かれ、木々の間へ続いている。使われることが少ないのか草が伸びているが、その上を潰すように二本の車輪跡が残っていた。


「迂回したのか」


 アルドが道の奥を見る。


「商人なら不自然な判断じゃない。予定より遅れていれば、ここで何日も待つより迂回路を選ぶこともある」


 レイスが立ち上がる。セレスは細い道幅を見た。


「荷馬車でここ通ったの? かなり狭いね」


 両側から木々が迫り、枝も低い。エディンが大剣の柄へ手を添えた。


「襲う側には都合が良さそうな道ねぇ」


 陽剣旅団は車輪跡を追った。奥へ進むほど草が足元を隠し、木々が空を狭めていく。荷馬車が通った跡だけは残っているものの、人の往来が多い道ではない。


 しばらくして、先頭のノルが止まった。


「ここ」


 全員の足が止まる。道端に折れた矢が落ちていた。その少し先では木の幹が刃物に削られ、土が不自然に抉れている。


 赤黒い染みも残っていた。アルドの目が細くなる。


「戦った跡だな」


「ああ」


 レイスはその場へしゃがみ、視線だけで周囲を追った。


「狭い範囲じゃない。荷馬車を守りながら下がったか、囲まれて突破しようとしたか……どっちにしても、かなり動いてる」


「車輪も乱れてる」


 ノルが道を辿る。


「向こう、何かある」


 セレスの声に全員が進む。道の端へ、壊れた車輪の一部が転がっていた。近くには荷を固定していたらしい縄も切れたまま落ちている。


「ここで荷馬車をやられたか」


「おそらく」


 レイスは留帳へ短く書き込んだ。


「盗賊か?」


「可能性は高い。ただ……」


 レイスは車輪の先へ残る足跡を見る。


「全部ここで終わったわけじゃない。争った後も人が奥へ動いてる」


「逃げた?」


 ノルが聞く。


「そう見るべきだな」


 エディンが道の先へ顔を向ける。


「なら、護衛団はここではまだ生きてたのねぇ」


「少なくとも全滅はしていない」


 アルドはすぐに歩き出した。


「追うぞ」


 そこから速度を上げた。古い道はさらに森の奥へ入り、ところどころに石畳の名残が見え始める。かつては使われていた道なのだろうが、今では石の隙間から草や根が伸びていた。


 日も傾き始めている。やがて、先を進んでいたノルが顔を上げた。


「人がいる」


 アルドたちが止まる。


「近いか?」


「もう少し先。複数いる」


「生きてる?」


 セレスが聞いた。ノルは意識を向けたまま答える。


「たぶん。ほとんど動いてない人もいる」


「怪我人かしらねぇ」


 エディンが言った直後、ノルの眉が寄った。


「……外にもいる」


「人か?」


「違う」


 返事は短かった。木々の向こうへ日が沈もうとしている。昼の熱が消え、森の中へ夜の冷たさが入り始めていた。


「夜骸か」


 アルドが聞く。


「うん。二体」


 ノルは奥を見たまま続ける。


「人がいるところの外側。囲むみたいに動いてる」


 レイスが地図を畳んだ。


「建物へ逃げ込んでいる可能性がある。古い休憩所か小屋か」


「そこへ夜骸が張りついてるってことか」


 アルドも木々の奥へ目を凝らす。やがて、枝の隙間から石造りの小屋が見えた。屋根は傷み、壁も一部が崩れている。


 その中に人がいる。外には夜骸が二体。アルドの手が緋喰刃《ひくいじん》の柄へ掛かった。


「急ぐぞ」


 陽剣旅団は一斉に森の奥へ駆け出した。

お読みいただきありがとうございます。

引き続き毎日20時頃更新です。

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