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報告

 夕暮れ時、とある酒場の地下に赤鎖の隠れ家があった。表の喧騒は厚い床板と石壁に遮られ、笑い声も酒器の鳴る音もここまで来れば鈍く濁る。酒樽や古い木箱が積まれた地下室の一角で、赤い長髪の女が木箱の上に胡座をかき、片膝へ肘をついて頭を抱えていた。


 その横には、同じ赤髪の男が座っている。口元を手で押さえてはいるが、肩はさっきから震えっぱなしだった。二人の前で、ケリーだけが胸を張っている。


「と、いうことなんだ団長!」


 団長と呼ばれた女は、しばらく顔を上げなかった。隣では赤髪の男が頬を膨らませ、喉の奥から漏れそうになる笑いを必死に押し殺している。


 団長が深く息を吐いた。


「……ケリー。俺がもう一度、今の話を最初から確認していいか?」


「もちろんだよ、団長」


 嬉しそうに頷くケリーを見て、団長はこめかみを指で押さえた。


「お前は俺の命令で陽剣旅団をぶっ殺しに行った」


「うん」


「最初は、あっちのリーダーのアルドって野郎と戦ってた」


「そうだよ。中々強かった」


 団長の指が一度止まった。


「途中でアルドが離脱して、その後は金髪メガネと戦った」


「うん。嫌な戦い方してくるやつだったなぁ。俺、あいつ苦手」


 隣の男の肩がまた揺れた。団長が横目だけを向ける。


「笑うな」


「笑ってねぇ」


 声が少し裏返っていた。団長は無視した。


「下っ端共は変な銃を使う女にやられて、連れてった奴らは大剣の女にやられて、お前は金髪メガネにやられた」


「そう。大剣の女が異常に強かったよ」


 今度は団長の目だけが動いた。


「それで、その後のお前は?」


「セレスとたくさんお話できた!」


 赤髪の男が俯いた。団長はまた頭を抱えた。


「……そりゃあよかったじゃねぇか」


「ありがとう団長!」


 本気の礼が返ってきた。団長は煤で黒ずんだ天井をしばらく見上げ、それから諦めたように聞いた。


「何話したんだ?」


 待ってましたと言わんばかりに、隣の男が顔を上げた。ケリーも堂々と答える。


「お互いに自己紹介して、その後俺が幹部だから不自由なく暮らせるってアピールしたら喜んでくれて、お礼まで言ってくれたんだ!」


 赤髪の男が木箱を二度叩いた。まだ声には出していない。それでも肩の震えはもう隠せていなかった。


 団長は片手で顔を覆う。


「……続けろ」


「うん!」


 ケリーは元気よく頷いた。


「セレスはケインの事も少し気になってたみたいだけど、そこはしっかり潰しておいた! それで、なんでセレスに俺が逢いに来たのかを説明して、団長が結婚を許してくれたって伝えたら喜んでくれたんだ!」


 赤髪の男が横を向いた。手で口を塞いでも、短い笑いが漏れる。団長の目はどこか遠くへ向いていた。


「……良かったなぁ」


「うん!」


「その後は団長にセレス達が会いたがってるって伝えてって言われたから、いいよ! って言ったら、セレスは喜んで後ろから強く抱きしめてくれたんだ!」


 とうとう限界が来た。


「はっ、あはははははははっ!」


 赤髪の男が木箱の上で身体を折った。腹を押さえ、息もまともにできないまま笑い続ける。地下室へ響く笑い声を、団長はもう止めなかった。


「副団長! 笑わないでくれよ! 戦闘のダメージが思ってたより大きくて、ちょっと寝ちゃっただけだよ!」


 副団長は片手を木箱についたまま、もう片方で腹を押さえている。笑いすぎて返事すらできなかった。団長はようやく頭から手を離し、ケリーを真正面から見た。


「おい、ケリー」


「はい、団長」


「確認だがよ。セレスがいるからって、手は抜いてねぇな?」


「もちろん! なんならかっこいいとこ見せようと思って、気合い入れて殺そうとしたよ!」


「そうか。ならいい」


 団長はそれ以上聞かなかった。ケリーは急に真剣な表情になる。


「それでね、団長。お願いだからセレスと会って欲しいんだ」


「なんでだ」


「俺、セレスと約束してさ。結婚の話するために、団長に会ってもらうようお願いするって」


「約束したのか」


「うん。約束破ったら嫌われちゃうよ」


「そりゃ……まずいな」


「でしょ!? だから頼むよ、この通り!」


 ケリーは迷いなくその場へ額をつけた。副団長が涙を拭いながら顔を上げ、土下座したケリーを見て再び肩を震わせる。団長はしばらくその後頭部を見下ろしていた。


「分かった。考えとくよ。お前はもうどっか行け」


「ありがとう団長! じゃあ俺、呑んでくるわ!」


 ケリーは勢いよく立ち上がると、そのまま階段を駆け上がっていった。遠ざかる足音まで、妙に弾んでいる。やがて扉が閉まり、地下室には団長と副団長だけが残った。


 副団長は木箱へ背を預け、まだ時折肩を震わせている。団長が長く息を吐いた。


「会うのか? 姉貴」


 涙の跡を拭いながら、副団長が聞く。団長は頬杖をついた。


「あの馬鹿は馬鹿だが強い」


「そうだな」


「馬鹿なのに俺が幹部にしたのは、あの馬鹿さ加減を差し引いてもお釣りが来るくらい強ぇからだ」


「そうだな」


 副団長の声から笑いが消えた。団長は頬へ当てた指先を一定の間隔で動かす。


「そんな馬鹿に手駒二十と、近隣の下っ端かき集めて渡した。百人規模で襲わせた」


「ああ」


「それで、あいつの話じゃリーダー不在の三人に返り討ちだ」


「異常だな」


「ああ。異常だ」


 指先が止まる。団長は少し前までケリーが立っていた場所を見た。


「アルドって野郎は強い。金髪メガネは、ケリーが苦手だと言う戦い方をする。変な銃の女は下っ端共を片づけて、大剣の女はケリーに異常だと言わせた」


「しかも、そいつらが俺たちの物資を奪って拠点まで潰して回ってた」


「ああ」


 それでも、陽剣旅団は赤鎖と話したがっている。そのためにケインへ言葉を預け、今度はケリーまで使った。団長は口元へ僅かに笑みを浮かべた。


「気味が悪ぃな」


 副団長が言う。


「だから面白ぇ」


 団長は木箱から降りた。


「アルドと金髪の強さを正確に測る必要がある。あいつらの情報じゃ、強いってことしか分からねぇ」


「分かった」


「それと、大剣の女もだ」


 副団長が目を向ける。


「ケリーが異常って言った。なら、あれも普通じゃねぇ」


「調べるか」


「ああ」


 団長は地下室の階段へ目を向けた。


「陽剣旅団。面白ぇ連中じゃねぇか」


         ◇


 同じ頃。光の乏しい一室で、一人の灰冠《はいかん》の隊員が片膝をついていた。


 頭を垂れた黒灰色の外套は何箇所も裂け、その下から滲んだ血が乾き始めている。呼吸こそ整っていたが、膝をついた姿勢にも疲労が残っていた。部屋の奥では、銀白の髪を後ろへ流した男が机へ向かっている。


 灰冠局長、イグレス。隊員へ顔を向けることもなく、手元の書類を一枚めくった。


「以上です。五名死亡、八名負傷で帰還致しました。任務失敗です。申し訳ありません」


 乾いた紙の音が止まる。


「まんまと罠に嵌まった挙句、十三対一で負けた訳か。お前たちが」


「申し訳ありません」


「おまけに三人で赤鎖百人を返り討ちか……」


 イグレスは書類を閉じた。膝をついた隊員は頭を下げたまま動かない。しばらくして、イグレスの視線がようやくその男へ向いた。


「お前たちは消耗品ではない。焦って動いて、命も情報も無駄にするな」


「はっ」


「黒豹の強さは、次元が変わったと判断する」


「今後は監視を強めろ。余程の好機でない限り、手は出さなくていい」


「はっ」


「動く時は指揮官級を派遣する。今はとにかく情報を上げ続けろ」


「はっ」


「行け」


 隊員の姿が音もなく消えた。一人になったイグレスは、閉じた書類へ指を置いたまま動かなかった。やがて椅子へ背を預ける。


「……次は、雑には動かせないな」


 机上の灯りが小さく揺れ、閉じた報告書の上で影だけが動いた。

お読みいただきありがとうございます。

引き続き毎日20時頃更新です。

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