↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
105/165

赤鎖の獅子団

「俺たちの名は、赤鎖の獅子団」


 ケインはそう言った。


「王国の打倒を目指す組織だ」


 誰も、すぐには言葉を返さなかった。林の中で、風だけが鳴った。アルドは低く呟く。


「王国の、打倒」


「ああ」


 ケインは頷いた。その声には、もう冗談の色はなかった。


「俺は獅子団の幹部の一人で、ここには巡回で来ていた。そしたら、たまたまお前らとかち合ったってわけだ」


「偶然だったのか」


「ああ。本当に偶然だ」


 ケインは首筋の赤い跡を指で撫で、少しだけ顔をしかめた。


「近隣の拠点が潰されてるって話も、昨日聞いたばかりだったしな」


「案外、耳が遅いんだな」


 アルドが言う。ケインは肩をすくめた。アルドに向ける口調は軽い。だが、先ほどより少しだけ楽しそうだった。自分と刃を交え、首元まで届いた相手。その事実が、ケインの態度を柔らかくしている。


「組織の規模からしたら早い方だと思うけどな」


「どれくらいの規模なんだ?」


 レイスが聞いた。その瞬間、ケインの視線がレイスへ移る。口元の笑みは残っている。だが、アルドに向けていた時のような熱はない。ほんの少しだけ、面倒くさそうだった。


「でかいよ。あんたらが思ってる以上にね」


「何十ヶ所と拠点があるんだろうな」


 レイスが言う。ケインは鼻で笑った。


「残念。そんなもんじゃねぇ」


「なんだと?」


「数百だよ」


 空気が変わった。セレスが目を見開く。ノルも、ほんの少しだけ翠穿《すいせん》を下げた。ハインは息を呑む。ケインは続けた。


「王国中に点在している。小さい隠れ家もあれば、荷置き場もある。連絡地点もある。今日みたいな拠点もある」


「そんなにでかい組織だったとは……」


 アルドが呟く。


「国家規模なんじゃないの? それ……」


 セレスが言う。ケインはセレスを見た。その視線は、まず顔へ向かった。それから、肩、胸、服装、立ち方、腰、腰の短剣、足元、そして体のラインへと、じっくり流れる。品定めするような目だった。セレスの眉が寄る。ケインは数秒見たあと、なぜか小さくため息を吐き、首を横に振った。


「王国を倒すための組織だからな」


「今、何か失礼な判断しなかった?」


 セレスの声が低くなる。


「してないしてない」


「した顔だった」


「気のせいだろ」


 明らかに雑な返しだった。エディンが口元に手を添えて笑う。


「立派な革命組織だね」


 ノルがぽつりと言った。ケインの視線がノルへ向いた。今度は、露骨に態度が変わった。彼はノルの顔を見て、同じように体全体をじっくりと眺める、それから翠穿を抱えた姿を見る。小柄な身体、無表情に近い目、こちらを警戒したままの姿勢。ケインは満足そうに頷き、岩の上で姿勢を正した。


「かわいいお嬢さんにそう言われると、照れるな」


「褒めてない」


「それでも嬉しい」


「気持ち悪い」


「ありがとうございます」


「褒めてないって言った」


 ノルが真顔で返す。ケインは少しも傷ついた顔をしなかった。むしろ嬉しそうだった。レイスが目を細める。


「話を戻せ」


 ケインの顔が、すっと面倒くさそうになる。


「はいはい」


「態度が違いすぎるだろ」


「人によって態度を変えるのはその人に対する礼儀だ」


「それを礼儀とは言わない」


 ケインは聞こえないふりをした。


「ぶっちゃけた話、隣国からも流れてきてる」


 ハインが眉を寄せる。


「隣国から、共和国からですか?」


「ああ」


 エディンが、そこでゆるく片手を上げた。


「おねぇさんからもいい?」


 ケインはすぐに姿勢を正した。先ほどまでの面倒くさそうな顔が、嘘のように消える。背筋まで伸びていた。


「どうぞ、綺麗なおねぇさん」


「あらぁ、ありがとう、ケインちゃん」


「なんなりと」


 セレスが目を細める。


「本当に態度が違う……」


 ケインは無視した。エディンは微笑んだまま聞く。


「王国を倒すための組織っていうのは、赤鎖の上層部しか知らない極秘情報のはずでしょ? なんで、そのことを隣国の人達が知っているのかしらぁ」


「はい」


 ケインは丁寧に頷いた。男相手とは別人のようだった。


「それは、ウチの副団長や人材発掘担当がスカウトしているからです」


「隣国の人を?」


「はい。スカウト経由の奴らは、獅子団の中枢メンバーです。末端には回しません。重要な仕事の時に出張ってきます」


 レイスが割って入った。


「重要な仕事ってなんだ」


 途端に、ケインの顔から愛想が薄れた。まるで、面倒な書類を見せられたような顔だった。


「ただの盗みじゃねぇ仕事だ」


「具体的に言え」


「国の機密情報を盗むとか、国に貢献している貴族を仕留める時とか」


 ケインは指を折るように言う。


「要は、失敗できねぇ仕事の時だ」


 セレスの表情が変わった。


「何故、貴族を殺すの?」


 ケインはセレスを見た。また、顔から身体、腰の武器、足元まで視線を流す。そして、今度ははっきりとため息を吐いた。


「だから言っただろ? 国を倒すのが目的だ」


「今、絶対また失礼なこと考えたよね」


「考えてねぇよ」


「じゃあ、ため息は何」


「癖だ」


「嘘」


 ケインは無視して続けた。


「例えば、極端な話だが、王国の貴族が全員悪徳貴族ばっかになりゃ、王国はどうなる?」


 セレスは唇を結ぶ。答えたのはハインだった。


「腐敗します」


「そうだ、そして内から崩壊する」


 ケインは頷く。


「だから、頭のいい清廉な貴族を殺すのさ。こっちでも使えそうなら拉致する」


「最低」


 ノルが呟いた。その声は小さかったが、冷たかった。ケインはノルへ顔を向けた。そして、また姿勢を正す。先ほどまでセレスに向けていた雑さが消えた。


「そんなこと言わないでください、かわいいお嬢さん」


「言う」


「我々は目的のためにやっています。無駄な殺生はしません」


「貴族、殺してるんでしょ」


「お言葉ですが」


 ケインはノルにだけは丁寧なまま続けた。


「それを言うなら、我々の仲間も大勢、国に殺されています。国も我々も、やってることは変わりません。正義が悪を殺すか、悪が正義を殺すかの違いです」


「詭弁よ」


 セレスが割って入った。


「犯罪者だから殺されるんじゃない」


 ケインの顔が、また雑に戻った。明らかに面倒くさそうだった。


「こっちから見りゃ、お偉い貴族はこの間違った国を作ってる犯罪者だ」


「それでも、殺すのは駄目」


 ノルが言った。ケインは即座に姿勢を正した。


「分かりました。団長達に進言してみます」


 あまりにも軽い返事だった。セレスの表情が固まる。


「なんなの! こいつ! ムカつくんだけど!!」


 ケインは耳を塞いだ。


「うるせぇよ、女」


「なっ……!」


 セレスが声にならない声を上げた。それから、ハインの方へ振り返る。両手を握りしめ、何かを必死に訴えようとしているが、怒りすぎて言葉になっていない。ハインは慌ててセレスの横に立った。


「セ、セレスさん、落ち着いてください。お気持ちは分かります。非常によく分かりますが、ここで殴ると話が進みません」


「殴らないよ!」


「今、少し殴りそうなお顔でした」


「だって!」


「はい。お気持ちは本当によく分かります」


 ハインは必死に宥めていた。ケインが笑いながら口を挟む。


「お?俺を殴るのか?やり返すぞ?お前なら俺全然殴れるぞ、顔面いける」


 セレスは解読不可能な叫び声を上げながら今にも殴りかかりそうだがハインが必死に止めている。ケインは手を叩きながら笑い舌を出して挑発している。アルドは額に手を当てた。


「こいつ、面倒くさいな」


「かなりな」


 レイスが低く同意する。エディンは楽しそうに笑っていた。


「あらぁ、見ていて飽きないわねぇ」


 ケインは姿勢を正しキリッとした顔で答える。


「おねぇさんにそう言ってもらえるなら光栄です」


「本当に分かりやすいね」


 ノルが言う。


「人生は分かりやすい方がいい」


「たぶん違う」


 エディンは笑みを残したまま、話を戻した。


「数百も拠点があるのは異常よぉ。十年使っても無理ね、赤鎖の獅子団は、一体いつからあるのぉ?」


 ケインはエディンへ向き直った。当然のように、丁寧な態度に戻る。


「分かりません。ただ、俺が聞いた話では、王国の誕生と同時期に発足したと聞いております」


 レイスが眉を寄せる。


「そんな昔からあるのか? 数百年前からあるってことか?」


 ケインはレイスを見る。そして、また露骨に面倒くさそうな顔になる。


「……ああ。だから、そう言ってるじゃねぇか、頭悪りぃ質問だな」


 レイスのこめかみが、わずかに動いた。アルドはそれを見逃さなかった。レイスが無言でアルドの横へ来る。そして、小声で言った。


「アイツを殺しそうになるから、俺は下がる」


 アルドは思わず笑った。


「分かった。任せろ」


「頼む」


 レイスは本当に一歩下がった。ケインがそれを見て、軽く手を振る。


「またな、真面目な兄ちゃん」


「黙れ」


「はいはい」


 アルドは咳払いをして、話を戻した。


「なんで、お前らは国を倒すことを目的にしてるんだ?」


 ケインの顔から、ふざけた色が少しだけ消えた。彼は水袋の空になった口を見て、それから林の奥へ目を向ける。


「さぁな」


「知らないのか」


「きっかけは知らねぇ。団長とか副団長なら知ってると思うが、俺たちは単純に国への不満があったり、要は国を信用できない奴らの集まりだ」


 ケインの声は、さっきより静かだった。


「国に家族を殺された奴。取られた奴。貴族に土地を奪われた奴。月酔いの制度に納得できなかった奴。国軍に潰された村の生き残り。罪人崩れ。盗賊。流れ者。隣国から来た奴。色々いる」


 アルドは黙って聞いた。


「前に、そういう話を勧誘でしている末端の奴から聞いた」


「そうだったのか」


 ケインは頷く。


「それがまさに俺たちの根源だ」


「根源、ね」


「正義感だけじゃ組織は大きくならねぇ。恨みと不信と、行き場のない奴らが必要なんだよ」


 その言葉は軽くなかった。ふざけているようで、そこだけは本音に聞こえた。アルドは、少しだけ声を落とした。


「前に、月酔い患者の資料を集めていただろ」


 ケインの目が、わずかに細くなる。


「お前らは、どこまで掴んでる?」


「国の秘密ってやつか」


「ああ」


 ケインはしばらく黙った。いつものように茶化さない。それから、短く答えた。


「……悪いな。それは俺は知らねぇんだ」


「お前も知らないのか」


「嘘じゃねぇ、悪いな」


 ケインは首を横に振った。


「資料を集めてるってのは知ってる。国が月酔いに関して何か隠してるってのも、上は掴んでる。だが、細かい中身までは俺の担当じゃない」


「団長なら知ってるのか?」


「知ってるはずだ」


 即答だった。ケインはアルドを見る。


「少なくとも、俺よりはずっとな」


 アルドはレイスを見る。レイスも同じことを考えている顔だった。団長。赤鎖の獅子団の上にいる者。王国打倒を掲げ、数百の拠点を持ち、月酔い患者の資料を集めている組織の中心。そこに、今の自分たちが欲しい情報があるかもしれない。アルドはケインへ向き直った。


「本部はどこにあるんだ?」


 ケインが笑う。


「団長の所に案内しろってか?」


「さすがに無理か」


「どうだろうな」


 ケインは少しだけ考え込んだ。その表情は、今までで一番読みにくかった。


「団長はだいぶ変わってる人だ。俺にも考えが読めねぇ」


「会えるのか?」


「……話は通してやる、少なくとも兄ちゃん、あんたは団長が好きなタイプだと思うから、望みはあると思うぜ」


「光栄だ」


 ケインは続ける。


「お前らが会いたがっているって言っとくよ」


「助かる」


「だから」


 ケインはアルドへ指を向けた。


「もう、あの嫌がらせはやめろ。あれ、地味に的確でムカつくんだよ」


 アルドは小さく笑った。


「分かったよ」


「交渉成立だな」


 ケインは満足そうに頷いた。ハインが少しだけ前に出る。


「こちらからも確認してよろしいですか」


「商人さんは丁寧で助かるな。どうぞ」


 ケインは軽く手を広げた。


「私たちがあなた達の敵かどうかは、確認しないのですか?」


 ケインは少しだけ目を丸くした。それから、笑った。


「別に。敵の敵は味方だ」


「ずいぶん雑な判断ですね」


「雑なくらいがちょうどいい」


 ケインはアルドを見る。


「少なくとも、利害は一致してると感じた。違うのか?」


 アルドは少しだけ黙った。


「いや、違うとまでは言わない」


「ならいい」


「だが」


 アルドは続けた。


「俺らは、国を潰そうとまでは思ってない」


 ケインの表情が、ほんの少しだけ変わった。


「変わってほしいと思ってる」


 風が吹いた。赤い短鎖を外された末端たちの足音は、もう聞こえない。林の奥には、静けさだけがある。ケインはしばらくアルドを見ていた。それから、笑った。馬鹿にする笑いではなかった。


「……十分だ」


「十分?」


「ああ。それ含めて団長に伝えておく」


 アルドは頷いた。


「頼んだ」


「あいよ」


 ノルが短く聞く。


「どう連絡を取る?」


 ケインはノルへ向き直った。また、分かりやすく態度が丁寧になる。


「赤鎖の目はどこにでもありますよ、かわいいお嬢さん」


「普通に話して」


「こちらから接触します」


「うん」


 ノルはそれ以上、何も言わなかった。ケインは岩から立ち上がる。首筋の傷をもう一度だけ触り、それから取り巻き三人へ顎をしゃくった。


「行くぞ馬鹿ども」


 片刃の男が立ち上がる。両手短刃の男も、腕を押さえながら続く。湾曲刃の男はエディンを一度睨んだが、エディンが微笑むと、舌打ちして視線を逸らした。


「武器は?」


 片刃の男が聞く。ケインは肩をすくめる。


「置いてけ。俺らは敗北者だ」


「クソが……」


「命が残っただけ安いだろ」


 ケインは歩き出す。数歩進んだところで、振り返った。


「アルドだったな」


「なんだ」


「次に会う時まで、もう少し強くなっとけ」


「お前こそな」


「俺はいつでも強い」


「頭は弱いけどな」


 ケインは楽しそうに笑った。


「まだ言うか」


「何度でも言う」


「そういうところ、嫌いじゃねぇよ」


 ケインはひらひらと手を振った。それから、エディンへ視線を向ける。


「綺麗なおねぇさん、また機会があれば」


「あらぁ、楽しみにしてるわねぇ」


 ノルへも軽く頭を下げる。


「かわいいお嬢さんも、また」


「別に待ってない」


「照れ屋ですね」


「違う」


 セレスへは、雑に片手を上げただけだった。


「じゃあな、女」


「名前で呼びなさいよ!」


「覚えたらな」


「覚えなさいよ!」


 ハインがまた慌ててセレスを宥める。


「セレスさん、落ち着いてください。もう帰りますから。帰りますから」


「最後まで腹立つ!」


 レイスは無言だった。ただ、ケインの背中を冷たい目で見ている。アルドはそれを見て、少しだけ笑った。ケインと三人の取り巻きは、林の奥へ消えていった。武器も持たず、毒も持たず。だが、あの男は、それでも弱くは見えなかった。陽剣旅団は、その背中を見送った。アルドは首筋に残る傷へ一度触れ、静かに息を吐いた。


お読みいただきありがとうございます。

引き続き毎日20時頃更新です。

続きが気になる!と思ってくださった方は、ぜひ【★評価】や【ブックマーク】で応援をよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。