幕だ、赤鎖
「行くぞ」
アルドの声に、レイス、ノル、エディンが動いた。セレスとハインは後方に残る。荷車の横には、セレスが作った護衛用の岩儡が立っていた。荷引き用とは違う。肩幅が広く、腕も太い。足は地面へ深く根を張るように開かれ、ハインと積荷を背に守る形を取っている。
「無理はしないでね」
セレスが言った。アルドは振り返らず、片手を上げた。
「分かってる」
「アルドの分かってるは信用低い」
ノルが翠穿を構えながら言う。
「今それ言うか?」
「今だから言う」
「生きて戻ればいい」
レイスが短く言った。
「行くぞ」
林の中へ踏み込む。空気が変わった。鳥の声が消えたわけではない。風が止まったわけでもない。けれど、林の奥にある気配だけが、はっきりと濁っていた。人の気配。数が多い。ざっと四十。今まで潰してきた赤鎖の末端とは違い、見張りの配置もある程度整っている。木の陰、岩の裏、壊れた柵の向こう。拠点らしい古い小屋を中心に、雑に見えて、逃走経路だけは残してある。だが、本当に警戒すべきなのはそこではなかった。
強い気配が三つ。そして、さらに奥に一つ。アルドの感知を見返してきた男がいる。林を抜けた先に、崩れかけた廃倉庫があった。昔は木材か鉱石でも置いていたのか、壁は分厚く、屋根も半分だけ残っている。周囲には木箱と古い荷車が散らばり、赤い短鎖を腰に下げた男たちが武器を持って待っていた。
「来たぞ!」
「陽剣旅団だ!」
「本当に来やがった!」
ざわめきが広がる。逃げる者はいない。待っていたのだ。赤鎖側も、もうただ奪われ続けるつもりはないらしい。アルドは正面を見る。廃倉庫の入口前に、四人が立っていた。三人は、明らかに周囲の末端とは違う。立ち方が違う。武器の持ち方が違う。こちらを見ている目が違う。そして、その奥。茶髪の男が一人、肩を回しながら立っていた。以前、川辺で見た顔だった。短剣を手に、軽い笑みを浮かべている。アルドが一歩前へ出る。
レイスが横へ並び、敵の数を目だけで追った。ノルは少し後ろへ下がる。翠穿の三つの銃口が、末端の群れの動きへ向けられた。エディンは大剣を肩に担いだまま、三人の強敵を見た。アルドが低く言う。
「エディン」
「なぁに?」
「あの取り巻き三人、一人で行けるか?」
エディンは三人を見た。片刃の剣を持つ男。両手に短い刃を持つ男。小さな湾曲刃を持つ軽薄な男。どれも、末端ではない。以前も刃を交えた相手だ。
「それなりに強そうねぇ」
「邪魔してこないように抑えるだけでいい」
エディンは微笑んだ。
「任せなさい」
「助かる」
レイスが周囲を見る。
「雑魚は俺とノルで捌く」
「雑魚って言われてる」
ノルが呟く。
「実際そうだ」
「うん」
アルドは茶髪の男へ向かった。男は短剣を手の中で回し、にやりと笑う。以前、川辺で見た顔だった。アルドも緋喰刃を抜く。
「見た顔だな」
アルドが言った。茶髪の男は、わざとらしく肩をすくめる。
「この美形は一度見たらなかなか忘れないだろ?」
「ああ」
アルドは頷いた。
「頭悪そうだ」
男の笑みが、ほんの少しだけ深くなる。
「じゃあ、そんな奴に出し抜かれたお前は底抜けの馬鹿ってことで合ってるか?」
アルドの眉が、ぴくりと動いた。
「……もういい。さっさとやるぞ」
「はは!」
男は短剣をくるりと回した。
「まずは一回、俺の勝ちだな!」
「うるせぇ!」
「キレんなよ、おバカさん」
次の瞬間、男が消えた。速い。地面を蹴る音より先に、短剣がアルドの喉元へ走る。アルドは緋喰刃を斜めに立てた。刃と短剣がぶつかる。火花。男は受け止めない。短剣の腹で緋喰刃を滑らせ、力を横へ逃がす。そのまま身体を沈め、アルドの懐へ入ろうとする。アルドは右足を引き、空いた左手に雷を纏わせた。男の手首が伸びる。アルドの拳が落ちる。だが、男はそこで止まらない。手首を引いて拳を空振らせ、逆の短剣で脇腹を狙う。
アルドは蒼炎を足元へ落とした。青い火が地面を舐める。男が一歩跳ぶ。その一歩分だけ、斬撃が浅く外れた。
「おっと、火を使うのか」
「そういえば前は使わなかったな」
アルドは緋喰刃に蒼炎を纏わせる。
「これが俺の本領だよ」
蒼い炎が刃を包んだ。空気が熱で歪む。男の目が、少しだけ楽しそうに細くなった。
「いいねぇ」
アルドが踏み込む。緋喰刃が振り下ろされる。男は正面から受けない。短剣を添え、刃を斜めへ逸らし、身体を回す。だが、蒼炎は刃だけでは終わらない。逸らされた軌跡から青い火がほどけ、男の肩へ伸びる。
「ちっ」
男はさらに身体を捻った。外套の端が焼ける。その隙に、アルドは左手を前へ出した。
「雷荷壱式 雷弾」
黄色い雷の弾が放たれる。男は短剣で弾いた。雷が爆ぜ、腕が痺れる。それでも男は笑っていた。
「前より器用になってんじゃねぇか」
「お前を捕まえるために練習したからな」
「愛が重いな」
「気色悪い言い方すんな」
◇
別の場所では、レイスとノルが赤鎖の末端たちを相手にしていた。敵は多い。だが、強くはない。問題は数と、毒だった。誰か一人でも服毒に成功すれば、情報が失われる。だから、レイスは最初から殺しに行かなかった。動きを止める。手を封じる。口元へ手を伸ばさせない。
「ノル、右奥の三人」
「見えてる」
翠穿が鳴った。一発目。風を纏った弾が木箱の角に当たり、跳ねる。二発目。跳ねた弾の進路に合わせるように、別の弾が横から入る。三発目。最後の弾が空気を噛む。
「旋風壱式 導弾」
弾道が曲がった。三発は別々の軌道を取りながら、右奥にいた三人の手首を撃ち抜くように弾いた。
「ぐっ!」
「手が――」
「毒が!」
手から落ちた小瓶が割れる前に、レイスが踏み込んだ。剣の柄で一人の顎を打ち、もう一人の膝を斬らずに払う。最後の一人が短剣を抜いた瞬間、足元の土が濡れたように沈んだ。レイスの魔力が地面へ流れている。水と土。泥になった足場が男の足を絡め取る。その上を、細い雷が走った。
「雷流弐式 絡縛」
雷を含んだ水の筋が、泥とともに男たちの足首へ絡みついた。殺すほどではない。だが、筋肉が跳ね、立っていられなくなる。三人が同時に崩れた。
「後ろ」
ノルが言う。レイスは振り返らない。背後から迫った斧の男へ、ノルの弾が先に届く。肩。肘。手首。三点を弾かれ、斧が落ちる。レイスは横へ半歩ずれるだけで斧の軌道を外し、男の腹へ剣の柄を叩き込んだ。男が膝をつく。
「次、左から七」
「多いな」
「でも弱い」
「油断するな」
「してない」
ノルの声は短い。けれど、視線は戦場全体を拾っている。レイスが敵の流れを止める。ノルが穴を撃つ。敵の足が止まる。手が弾かれる。毒へ伸びた指が、弾で外される。逃げようとした者の足元に、レイスの水と土が絡む。敵が固まれば、雷が走る。その繰り返しだった。四十近い人数がいても、二人の前では流れにならない。襲いかかるたびに分断される。まとまろうとすれば撃たれる。逃げようとすれば絡め取られる。
レイスは、剣を振るっている。だが、剣だけではない。刃で敵の武器を払い、魔法で足を止め、ノルの射線へ敵を押し込む。戦場を作っていた。ノルは、その戦場の隙間を撃ち抜いていた。
◇
エディンの前には、三人の男がいた。片刃の剣。両手の短刃。湾曲した小刃。どれも末端ではない。連携のために立ち位置を変えている。こちらを囲むように、三方向へ散る。
「おい女」
片刃の剣を持つ男が言った。
「お前、俺らを一人で抑えるなんて正気か?」
エディンは大剣を地面へ軽く下ろした。
「あらぁ、正気よぉ?」
「お前ら、行くぞ」
男が言う。
「この女をさっさと倒して、あっちに加勢する。それで終わりだ」
両手短刃の男が低く構える。湾曲刃の男が、にやつきながら横へ回る。エディンは、ふっと笑った。大剣を持ち上げる。そして、地面へ叩きつけた。轟音。土と石が跳ねた。三人の足が一瞬だけ止まる。
「ふふっ」
エディンは大剣の柄を両手で握る。
「やってみなさい」
最初に動いたのは、両手短刃の男だった。低い。速い。大剣の間合いの内側へ潜り込むつもりだ。エディンは大剣を横に振らなかった。振れば遅れる。だから、柄尻を落とした。金属の柄尻が男の手首を打つ。短刃の一本が跳ね上がる。同時に、片刃の剣が上から来た。エディンは大剣の腹で受ける。重い音。片刃の男の体重を乗せた斬撃を、エディンは片足を少し引いただけで受け止めた。
「重いわねぇ」
「余裕ぶってんじゃねぇ!」
湾曲刃が背後から走る。エディンは受け止めた片刃の剣を押し返さない。逆に力を抜き、相手の刃を滑らせる。片刃の男の体勢が前へ流れた。その肩越しに、湾曲刃の男が見える。エディンは大剣を半回転させた。刃ではなく、平たい腹で打つ。
「ぐっ!」
湾曲刃の男が横へ吹き飛んだ。だが、倒れない。膝をつきながらも、すぐに起き上がる。
「硬いわねぇ」
「こっちの台詞だ」
片刃の男が吐き捨てる。三人がまた散った。エディンは追わない。中央に立ったまま、三方向を見る。三人の役割ははっきりしていた。片刃の男が正面で受ける。両手短刃の男が懐へ入る。湾曲刃の男が死角を狙う。三人が同時に間合いへ入っても、エディンは中央から大きく退かなかった。大剣を振り回して追うのではなく、片刃の男には刃の腹を当てて正面をずらし、潜り込む短刃には柄を差し込み、死角へ回る湾曲刃には半歩だけ身体を置く。
倒し切る必要はない。三人のうち誰か一人でもアルド側へ抜けようとした時、その進路だけが必ずエディンの間合いに入った。
「邪魔だ!」
両手短刃の男が叫ぶ。
「あら?」
エディンは笑う。
「邪魔してるのよぉ」
◇
アルドと茶髪の男の戦いは、さらに速くなっていた。短剣と緋喰刃が何度もぶつかる。正面から刃を受ければ、緋喰刃の方が強い。重さも、熱も、間合いもアルドに分がある。だが、男は受けない。必ず逸らす。必ず滑らせる。力が乗りきる前に角度を変え、アルドの斬撃を空へ逃がす。そして、その隙間へ入ってくる。短剣が首へ。肋へ。膝裏へ。手首へ。急所ばかりを狙ってくる。アルドは以前なら、そこで押されていた。
火炎が使えなかった時は、雷と剣だけで対応するしかなかった。だが、今は違う。アルドは男の短剣を弾いた瞬間、後ろへ跳んだ。距離を取る。男が追う。その足元へ蒼炎が走った。
「蒼炎参式 蒼火閃」
蒼い斬撃が地面を裂くように伸びる。男は横へ飛んだ。避ける。だが、避けた先はアルドが選ばせた場所だった。アルドはすでに回り込んでいる。旋風を足に纏わせ、低く滑るように死角へ入った。緋喰刃が横薙ぎに走る。男は短剣を二本交差させて受けた。受けきれない。身体ごと吹き飛ばされる。男は地面に足を叩きつけ、土を削りながら止まった。
「一応聞く、ウチの末端に嫌がらせしてんのは、お前らか?」
「ああ」
アルドはすぐに距離を詰める。男は笑いながら短剣を構え直した。
「迷惑な野郎だ。なんでわざわざこんなことしやがる」
「お前みたいな赤鎖の本体と会うためだ」
「ほう」
男はアルドの斬撃を受け流し、膝で蹴り上げる。アルドは柄で受けた。衝撃が腕に響く。
「前も思ったが、なんでわざわざそんなことする?」
男が短剣を返す。
「軍の人間じゃねぇだろ、お前ら」
「違うな」
「正義の味方のつもりか?」
「いや」
アルドは蒼炎を刃から解き、目くらましのように広げた。男が視界を切る。アルドはその陰から踏み込む。だが、男は感覚だけで短剣を合わせた。金属音。近い。息がかかる距離。
「お前らと話したいことがあってな」
男の目が細くなる。
「話したいこと?」
「ああ」
「聞いてやろうか?」
二人の刃が、同時に止まった。緋喰刃と短剣が噛み合ったまま、互いに押し合う。ほんの一瞬の静止。アルドが眉を寄せた。
「それ、今言うのか?」
男が笑った。
「それもそうだな」
次の瞬間、男が力を抜いた。アルドの刃が前へ流れる。男はその下へ潜る。
「とりあえず」
短剣が跳ねる。
「お話は決着つけてからにするか!」
アルドは身体を捻り、肩を浅く斬られながらも距離を取った。血が飛ぶ。傷は浅い。だが、男の動きはさらに鋭くなっている。
「いいじゃねぇか」
アルドは笑った。
「やっぱり本体は違うな」
「褒めても何も出ねぇぞ」
「情報出せ」
「勝ったらな」
◇
しばらくして、エディンの前の三人は肩で息をしていた。片刃の男は腕に痺れが残っているのか、剣先がわずかに下がっている。両手短刃の男は、右手の指を二本押さえていた。湾曲刃の男は、左の頬を腫らしている。エディンも無傷ではない。外套の袖が裂け、肩に浅い切り傷がある。額には薄く汗が滲んでいた。それでも、立ち方は崩れていない。
「なんだこの女……」
片刃の男が息を吐く。
「俺らが三人がかりで倒せねぇ」
「悪いわねぇ」
エディンは大剣を肩に担ぎ直した。
「こう見えて、おねぇさん強いのよぉ」
「クソッ……」
両手短刃の男が踏み込もうとする。だが、足が止まった。視線だけが、別の方向へ向く。末端たちが、倒れていた。ほとんどが拘束されている。動ける者はもう少ない。レイスが剣についた泥を振り払いながら歩いてくる。ノルも翠穿を構えたまま、エディンの横へ近づいた。
「ああ、そうだ」
エディンは思い出したように言った。
「先に言っておくわ」
三人が警戒する。
「おねぇさん達は、あなた達をどうこうするつもりはないの」
「何?」
「だから、負けても自決しないでね」
エディンの声は柔らかい。けれど、笑っていなかった。
「気分悪いわぁ」
「もう勝った気になってんじゃねぇよ!」
湾曲刃の男が叫ぶ。その声に、レイスが静かに答えた。
「いや、もう終わりだ」
ノルも短く言う。
「終わり」
エディンは三人を見る。
「だ、そうよぉ」
三人は周囲を見た。末端はほとんど倒れている。逃げ道にはレイスの泥と水が残っている。ノルの銃口は、三人の手元を正確に捉えている。エディンはまだ立っている。アルドと茶髪の男だけが、少し離れた場所で戦い続けている。片刃の男が舌打ちした。それから、剣を地面へ置いた。両手短刃の男も、荒い息を吐きながら刃を捨てる。湾曲刃の男は最後まで迷ったが、ノルの銃口がわずかに動いた瞬間、諦めたように小刃を落とした。
三人はその場に座る。
「クソが……」
「いい子ねぇ」
「馬鹿にすんな」
「褒めてるのよぉ」
レイスは三人を見張りながら、アルドの方を見た。
◇
アルドと茶髪の男は、まだ止まらない。周囲の戦闘が終わったことに、二人とも気づいていた。だが、刃は止まらなかった。男の短剣が、アルドの頬をかすめる。アルドの緋喰刃が、男の外套を裂く。蒼炎が走り、男が跳ぶ。雷が弾け、短剣が弾く。旋風が足場をずらし、男が身体を倒してかわす。アルドが声をかけた。
「あっちは終わったぞ」
茶髪の男は、攻撃の手を緩めず笑う。
「だから?」
「お前も諦めろよ」
アルドが言う。男は短剣をくるりと回した。
「お前のお仲間は、こっちに割って入るなんて野暮なことしねぇだろ」
アルドは少しだけ笑った。
「まあ、それもそうだな」
「なら、お前との戦いを最後まで楽しむさ」
男の目が、子どものように輝いた。殺意だけではない。怒りだけでもない。対等な敵と戦うことそのものを楽しんでいる目だった。アルドは緋喰刃を構え直す。
「乗った。続けようぜ」
「いいねぇ」
男は笑った。
「お前のこと、嫌いじゃなくなってきたぜ」
「ありがとよ!」
アルドは左手を突き出した。蒼炎ではない。風。圧縮した旋風が、男の胸元で弾けた。
「ぐっ!」
男の身体が後ろへ吹き飛ぶ。アルドはすぐに追う。
「おい、今の流れで吹き飛ばすか普通!」
「礼代わりだ!」
「性格悪いな!」
「お前に言われたくねぇ!」
男は地面を転がりながら体勢を戻す。足が着いた瞬間、前へ出た。距離を詰める速さが、さらに上がる。短剣が二本、別々の軌道で走る。上。下。首。膝。アルドは緋喰刃で上を受け、下を足でかわす。かわしきれず、太腿に浅い傷が入る。痛み。だが、止まらない。アルドは傷を受けた足に雷を流し、無理やり筋肉を動かした。踏み込む。男の懐へ入る。短剣の間合いでもある。危険。だからこそ、男の反応が一瞬だけ遅れた。
アルドは緋喰刃を振らない。柄で男の手首を打つ。一本目の短剣が跳ねる。男が二本目で喉を狙う。アルドは首を反らし、頬を斬らせた。血が流れる。その代わり、左手が空いた。蒼炎が灯る。
「近いぞ」
アルドが言う。男の目が見開かれる。蒼炎が男の足元で爆ぜた。焼くためではない。視界と足場を奪うため。男が跳ぶ。上へ逃げる。アルドはそれを待っていた。地面を蹴る。旋風を足に絡め、身体を斜め上へ押し上げる。空中で、男と目が合った。
「やべ」
男が笑った。アルドは緋喰刃を振り抜く。男は残った短剣で受ける。だが、空中では力を逃がしきれない。蒼炎を纏った刃が短剣を押し込み、男の身体を地面へ叩き落とした。轟音。土が跳ねる。男は背中から落ちたが、すぐに転がって起き上がろうとする。アルドはすでに着地していた。
「蒼炎参式 蒼火閃」
今度は、斬撃を放たない。刃へ蒼炎を集める。熱が収束する。青い火が、緋喰刃の輪郭に沿って細く伸びた。男が立ち上がる。短剣を構える。だが、一本は落ちている。もう一本も、刃が欠けていた。アルドが踏み込む。男も踏み込んだ。最後の交差。短剣がアルドの胸へ向かう。緋喰刃が男の首へ向かう。速いのは男。重いのはアルド。だが、アルドは踏み込みの寸前、足元へ小さく蒼炎を落とした。爆ぜるほどではない。
燃やすほどでもない。ほんの一瞬、地面を舐めるだけの火。男の足が、反射で半歩だけ外へ逃げる。その半歩で、短剣の切っ先はアルドの胸を浅く裂くに留まった。アルドは退かない。むしろ、さらに踏み込む。男の目が、わずかに見開かれた。
「おい――」
緋喰刃が、男の首元へ届く。蒼炎を纏った刃が、皮膚のすぐ横で止まった。青い火が、男の喉を照らす。あと少し動けば、首が落ちる。男は動かなかった。アルドも動かない。呼吸だけが、互いの間に落ちた。アルドは低く言った。
「幕だ、赤鎖」
男はしばらく黙っていた。それから、短剣を手放した。乾いた音が、地面に落ちる。
「ふぅ……」
男は両手を上げ、笑った。
「降参だ」
レイスが歩み寄り、ノルが銃口を下げずに周囲を確認する。エディンは三人の強敵を見張ったまま、少しだけ息を吐いた。セレスとハインのいる後方からも、まだ異変はない。赤鎖の末端は倒れ、取り巻き三人は武器を置き、本体の男も刃を捨てた。アルドは緋喰刃を下ろす。蒼炎が、ゆっくりと消えていく。赤鎖本体を捕らえた。
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