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見返す者

 王都討祓軍本部。その奥にある白塔議室《はくとうぎしつ》には、重い沈黙が落ちていた。白い石で造られた円形の議室。高い天井。縦長の窓。磨かれた石床。巨大な円卓。その中央には、白祈塔《はっきとう》を模した小さな塔の像が置かれている。円卓の周りを囲むように隊長達が座り、その側には副隊長が控えている。いつもなら、ここに漂うのは静かな緊張だった。討祓軍を動かす者たちが、王都と王国の治安を語る場所。


 感情を荒げる者がいても、それは議題のためであり、個人を責めるためではない。だが、今日の獣章会議《じゅうしょうかいぎ》は違っていた。視線の中心にいるのは、第三部隊長ロザリアだった。ロザリアは席に座っている。背筋は伸びていた。顎も落ちていない。紫がかった髪は整えられ、衣服の乱れもない。けれど、その表情からは、いつもの余裕が消えていた。口元に浮かべる皮肉な笑みもない。相手の言葉を一段上から受け流す、あの薄い笑みもない。


 ただ、黙っていた。黙って、正面を見ていた。


「改めて確認する」


 円卓の上座で、ローグレスが低く言った。その声は大きくない。だが、白塔議室の石壁に静かに響いた。


「第三部隊は、黒豹の生存と移動先について情報を掴んだ。だが、その情報を私に報告せず、独断で追跡を行った」


 ロザリアは答えない。ローグレスは続ける。


「さらに、多数の隊員を動かしたにも関わらず、結果、対象の捕縛に失敗し、第三部隊は大きな損耗を出した」


 第二部隊長ヴァルムが、太い腕を組んだままロザリアを見た。重い声が落ちる。


「損耗と言うが、実際には潰滅寸前だろう。死者が出なかったのが奇跡に近い、アルド隊長たちに感謝するんだな。黒豹がその気だったら全滅だったろう」


 ロザリアの指が、わずかに動いた。だが、それだけだった。第五部隊長が、静かに口を開く。


「王都内ならまだしも、峡谷までの大規模追跡です。第三部隊長の判断だけで済ませてよい範囲を超えています」


 第四部隊長も頷いた。


「黒豹は、現在もっとも扱いが難しい対象です。敵として討つのか、捕縛するのか、監視を続けるのか。方針が定まらないまま接触すれば、情報も戦力も失う。それは分かっていたはずでは?」


 ロザリアは唇を結んでいる。言い返せない。いや、言い返す言葉ならある。黒豹は危険だった。放置すればさらに遠くへ逃げる。ハイン商会の物資が合流すれば、追跡は困難になる。エディンがいた。あの女がいた。あの女が、黒豹の中にいた。捕まえるなら、あの時しかなかった。そう言える。いくらでも言える。だが、それは全て、失敗した後では言い訳にしかならない。結果が全てだった。ロザリアは、黒豹を追った。


 報告しなかった。隊員を動かした。負けた。逃がした。その事実だけが、円卓の上に置かれていた。ヴァルムが眉を寄せる。


「そもそも、何故ローグレス総隊長に報告しなかった」


 ロザリアは、ようやく口を開いた。


「……時間の猶予がないと判断したからよ」


「その判断の根拠は?」


「黒豹が、ハイン商会の荷と合流する可能性が高かったから」


「その可能性が高かったなら、なおさら報告すべきだったな」


 ヴァルムの声は荒くない。だが、重かった。


「第二部隊を動かすこともできた。第五に連絡を回し、進路上の村へ警戒を出すこともできた。第四の支援も入れられた。お前の独断でなければ、手は増えていたはずだ」


 ロザリアの奥歯が、わずかに鳴った。ローグレスは、表情を変えないまま見ている。責めているのではない。失望しているのでもない。ただ、事実を見ている。それが、ロザリアには一番腹立たしかった。


「第三部隊長」


 ローグレスが言う。


「ロザリア」


 名で呼ばれた瞬間、ロザリアの肩がほんのわずかに強張った。


「お前は優秀だ。情報を拾う速度、対象の弱点を見つける目、部隊を動かす判断の速さ。どれも討祓軍に必要な力だ」


 その言葉は、褒めているようで、違った。


「だが、速さと独断は同じではない」


 白塔議室が静まり返る。


「黒豹は、もうただの逃亡部隊ではない。何を知り、何を知らないのかさえ不明確な相手だ」


 ロザリアは、エディンの顔を思い出した。柔らかく笑う女。あの場にいて、まるで全部を分かっているように立っていた女。こちらを嘲笑ったわけではない。怒鳴ったわけでもない。ただ、そこにいた。それだけで、ロザリアの神経を逆撫でした。


「今回の件により」


 ローグレスは続ける。


「第三部隊は当面、単独での黒豹追跡を禁じる。黒豹に関する情報は、全て私へ報告すること。接触判断は獣章会議、または私の許可を経て行う」


 ロザリアの目が、一瞬だけ鋭くなる。だが、彼女は頷いた。


「……承知しました」


 声は、震えていなかった。だが、怒りは隠しきれていない。左後方に立つクライスは、それを見ていた。冷めた目で。ロザリアが怒っていることも分かる。屈辱を受けていることも分かる。だが、クライスの胸に同情はなかった。判断を誤ったのは事実だ。報告を怠ったのも事実だ。黒豹を甘く見たのも事実だ。そして、それを認められない限り、次も同じことをする。クライスは、そう思っていた。会議はその後も続いた。


 黒豹の現在地。ハイン商会との関係。第三部隊が負傷者を出したことによる王国内情報網の一時的な穴。一つずつ議題が処理されていく。ロザリアは発言を求められた時だけ、短く答えた。いつものような余計な一言はない。皮肉もない。笑みもない。会議が終わり、隊長たちが席を立つ。ローグレスも、最後にロザリアへ一度だけ視線を向けた。何かを言うことはなかった。それがまた、ロザリアの怒りを煽った。白塔議室を出た廊下で、ロザリアは足を止めた。


 窓から差す光が、白い石の壁を照らしている。彼女は、その光の中で唇を噛んだ。血が滲むほどではない。だが、そこには明確な殺意があった。


「……殺す」


 小さな声だった。周囲の隊員には聞こえないほどの声。だが、クライスには聞こえた。ロザリアは続ける。


「あの女だけは、絶対に殺す」


 エディン。その名は出さなかった。だが、誰のことを言っているのか、クライスには分かった。彼は何も言わなかった。止めもしない。励ましもしない。ただ、冷めた目でロザリアの背中を見ていた。怒りで動く者は、また同じ失敗をする。そう思いながら。


         ◇


 陽剣旅団は、大量の荷を抱えたまま、パラクス村へ入った。先頭を歩くのはアルド。その後ろにレイス、ノル、セレス、エディン、ハイン。そして、土でできた岩儡《がんらい》たちが、何台もの荷車を引いて続く。木箱。酒樽。布束。食料袋。毛布。工具。道を進むたび、荷車の車輪がぎしぎしと音を立てた。村人たちは、最初、完全に固まった。無理もない。旅人の一団が来たと思ったら、後ろから土の人形が何体も現れ、大量の荷を引いているのだ。


 しかも全員、疲れた顔をしている。服は旅汚れしている。武器も持っている。どう見ても、普通の商隊ではなかった。


「……また怪しまれてるね」


 セレスが小声で言う。


「まあ、怪しいからな」


 レイスが淡々と返す。


「堂々としてればいい」


 アルドが言った。


「堂々としてる怪しい人って、一番怖いよ」


 ノルが言う。


「じゃあどうすればいいんだ」


「知らない」


「無責任だな」


 ハインは前に出ようとして、少しだけ立ち止まった。いつものように商人として話を通すべき場面だ。だが、今回の荷は普通ではない。盗賊から奪った荷。つまり、元を辿れば誰かから奪われたもの。それをどう扱うかは、まだ決めきれていなかった。パラクス村は、思っていたよりも大きな村だった。宿屋がある。小さな市場もある。旅人が立ち寄るための井戸と馬留め場も整っている。中央広場には、白い石で造られた天祈像《てんきぞう》が立っていた。


 それは、剣を担いだ青年の像だった。若い。けれど、幼くはない。肩に大きな剣を担ぎ、片足を前へ出している。今にも歩き出しそうな姿だ。顔は空を見上げているのではなく、村の外へ向けられていた。守るために立つ者ではない。外へ踏み出し、敵を追い払う者の像。台座には、古い文字が刻まれている。ハインがそれを読み上げた。


「この地に巣食いし賊を祓い、道を開いた若き剣士を讃える……とありますね」


「盗賊を倒した人?」


 セレスが聞く。近くにいた老人が、警戒しつつも口を開いた。


「ああ。昔、この辺りを根城にしてた盗賊団を蹴散らした人だ。村の道も畑も、その人のおかげで守られたって話だよ」


「へえ」


 アルドは天祈像を見上げた。剣を担いだ青年。盗賊を蹴散らし、村の治安を安定させた功労者。陽剣旅団の後ろには、盗賊から奪った荷が山ほどある。なんとも言えない巡り合わせだった。


「似てるね」


 ノルがぽつりと言った。


「誰に」


「アルド」


「俺、こんな立派じゃないだろ」


「剣担いでないしね」


「そこかよ」


 エディンが像を眺めながら笑う。


「でも、盗賊を困らせるところは似てるかもしれないわねぇ」


「困らせるどころじゃないと思うけど」


 セレスが呟く。その時、彼女はふと荷車を見た。木箱。酒樽。毛布。食料。金。赤鎖から奪ったもの。その多くは、もともと誰かのものだった。


「ねえ」


 セレスが、ハインを見る。


「赤鎖から奪った荷って、元は奪われたやつなんでしょ?」


「はい」


 ハインはすぐに答えた。


「売っちゃっていいの?」


 その問いに、ハインは少しだけ表情を引き締めた。


「いい訳ないです」


 即答だった。アルドが振り返る。レイスもハインを見る。ハインは荷を見ながら続けた。


「ですから、私は買い取りませんし、積極的に売るのも反対です」


「やっぱそうなんだ」


 セレスは少し安心したように息を吐く。ハインは商人の顔になっていた。


「自分たちで消費するか、どうしても売るなら相場よりもだいぶ安く売るか、困っている人に無償で配るべきです。持ち主が分かるものは、できる限り返すのが筋です」


 レイスが言う。


「商人としては損だな」


「長い目で見れば売り捌くほうが損です」


 ハインは真っ直ぐ続ける。


「盗品を正規の品のように扱えば、商会の信用を失います。盗賊から奪ったものだから問題ない、とはなりません」


「私は反対しましたからね」


 ハインは、少しだけ強調した。アルドが苦笑する。


「覚えておく」


 セレスが荷車を見上げた。


「こんな量、自分たちで消費は無理だよ」


「私、沢山食べる」


 ノルが真顔で言う。レイスが即答した。


「それを差し引いてもだ」


「残念」


「食料だけならともかく、酒樽や毛布や工具まで食べるな」


「多分、工具は食べない」


「言い切れ」


 セレスは天祈像を見上げた。剣を担いだ青年の像。盗賊を祓った功労者。その前で、盗賊から奪った荷を金に換える。それは、少し違う気がした。アルドも同じことを考えたのか、短く言った。


「今日は配ろう」


 ハインが頷く。


「それが良いと思います」


「持ち主が分かるものは返す。分からないものは、この村で困ってる人に配る。酒も食料も毛布もな」


「はい。村長に話を通しましょう」


 ハインは、すぐに村長の家へ向かった。


         ◇


 最初、村長は信じなかった。当然だった。見知らぬ一団が大量の荷を持ち込んで、「盗賊から取り返したものです。配ってください」と言い出したのだ。疑うなという方が無理だった。だが、木箱に焼印があった。酒樽に、村の印があった。毛布の束には、パラクス村の織り手の印が残っていた。工具の一部には、村の鍛冶屋の刻印があった。村長の顔色が変わる。


「これは……」


 近くに呼ばれた鍛冶屋が、工具を見た瞬間に声を上げた。


「俺のだ。間違いねぇ。先月、街道の途中で奪われた荷だ」


 毛布を見た女性が、口元を押さえる。


「これ、うちで織ったものです。納品に出したまま、戻らなくて……」


 酒樽を見た老人が、震える手で印を撫でた。


「こいつも、うちのだ。盗賊にやられた時の……」


 空気が変わった。警戒が、驚きへ。驚きが、ざわめきへ。ざわめきが、やがて歓声へ変わっていく。


「取り返してくれたのか!」


「本当に?」


「あの強い盗賊から?」


「なんで、そんなことを……」


 アルドは少し困った顔をした。


「まあ、成り行きでな」


「成り行きで赤鎖から荷を取り返す人は、あんまりいないと思う」


 セレスが小声で言う。ハインは村長へ丁寧に説明した。全ての事情は話さない。陽剣旅団が赤鎖の拠点を潰して回っていること。持ち主が分かる荷は返したいこと。分からない荷は、村で困っている者に配ってほしいこと。売却する場合は相場よりも安く、村に負担が出ない形にしたいこと。村長は、何度も頷いた。


「分かった。分かったよ。あんたたちが怪しいのは変わらんが……」


「そこは変わらないんですね」


 ハインが苦笑する。


「そりゃあ、土の人形を何体も連れてきたら怪しいだろう」


「否定できません」


 村長は深く頭を下げた。


「だが、礼を言わせてくれ。本当に助かる」


 それから、村ではちょっとした宴会のようなものが開かれた。最初は、荷の確認と分配だけのはずだった。だが、取り返された酒樽が開けられ、食料が出され、毛布が必要な家へ配られていくうちに、人が集まった。広場には火が焚かれ、鍋が置かれた。干し肉。豆。根菜。奪われていた酒。ハインが「それは元の持ち主に確認してから」と何度も止めたが、持ち主たちは口を揃えて言った。


「今日は飲もう」


「取り返してもらった日だ」


「祈りの像の前で、暗い顔ばかりしていられない」


 天祈像の前に、人々が集まる。剣を担いだ青年の像が、火の光に照らされていた。まるで、昔の盗賊退治の続きを見ているようだった。村人達はパラクス様もお飲みくださいと像の前に酒が並べられていく。そんな中、アルドたちは、半ば強引に座らされた。


「食え食え」


「飲め飲め」


「いや、警戒があるから飲みすぎるな」


 レイスが即座に言う。


「固いわねぇ」


 エディンが杯を揺らす。


「エディンは飲みすぎるな」


「あら、おねぇさんは大人よぉ」


「大人だから言ってる」


 ノルは黙々と食べていた。皿に盛られた肉が、どんどん減っていく。セレスがそれを見て、少し笑う。


「沢山食べるって、本当だったんだ」


「言った」


「でも、さすがに荷全部は無理だね」


「無理だった」


「当たり前だ」


 レイスが呆れる。ハインは、村人たちと荷の確認を続けていた。帳面に印を書き、返した相手を記録し、分からないものは村長の管理に回す。宴会のような空気の中でも、彼だけは半分仕事をしていた。アルドは天祈像の前に立ち、広場を眺めていた。笑い声。酒の匂い。鍋の湯気。毛布を抱えて泣く女性。工具を取り戻して何度も頭を下げる鍛冶屋。子どもに干し肉を分ける老人。その光景を見て、アルドは静かに息を吐いた。


 盗賊から奪った荷。売れば金になる。自分たちにも金は必要だ。けれど、こうして戻るべき場所へ戻るなら、それはそれで悪くない。レイスが隣へ来た。


「八割はなくなったな」


「ああ」


「金にはならない」


「だな」


「だが、悪くない」


 アルドは少し笑った。


「お前がそれ言うのか」


「俺は損得を見てるだけだ」


 レイスは広場を見る。


「この村に陽剣旅団の名が残る。赤鎖から荷を取り返した連中としてな。金にはならないが、信用にはなる」


「ハインみたいなこと言うな」


「影響されたかもな」


 アルドは笑った。久しぶりに、少しだけ普通に笑った。その夜、一行は宿に泊めてもらうことになった。代金はいらないと言われた。ハインは何度も払おうとしたが、村長に押し切られた。


「今回くらいは、村から礼をさせてくれ」


 そう言われてしまえば、断り続けるのも失礼だった。宿の部屋は狭かったが、床は乾いていて、毛布も清潔だった。酒を飲みすぎないようにレイスが見張り、ノルは食べすぎて少し動きが鈍くなり、セレスは村の子どもに岩儡の小さいものを見せてせがまれ、エディンは村の女性たちに髪を褒められていた。ハインは、寝る直前まで帳面を整理していた。陽剣旅団の名前は、パラクス村に残った。盗賊から荷を取り返した、怪しいが悪い連中ではない一団として。


         ◇


 翌日。村を出る頃には、昨日とは全く違う見送りがあった。村長。鍛冶屋。織り手の女性。酒樽を取り戻した老人。子どもたち。皆が広場に集まり、陽剣旅団を見送っている。岩儡たちにも手を振っていた。セレスが少し照れた顔で、小さく手を振り返す。ノルは荷車に積まれた残りの食料を見ていた。


「少なくなった」


「食べ物への未練が強いな」


 アルドが言う。


「必要な確認」


「そうか」


 レイスは地図を開いている。


「次の赤鎖の拠点は、ここから南西だ。パラクス村からは少し離れている」


「規模は?」


「情報では、小さい。だが、昨日までの情報がどこまで正しいかは分からん」


 アルドは頷いた。


「なら、近づく前に見る」


 エディンが、横から柔らかく言った。


「慎重にねぇ」


「ああ」


 一行は、パラクス村を離れた。道は、しばらく畑の間を通り、それから林へ入った。昨日までと比べれば、荷はだいぶ少ない。それでも、まだ荷車はある。ハインは強力に作り直された二代目岩丸の横を歩きながら、帳面を確認していた。セレスは時折、岩儡の状態を見る。ノルは周囲を感知しながら歩く。レイスは地図と道の向きを照らし合わせる。エディンは、いつものように軽い足取りで歩いていた。昼近く。目的の拠点に近づいた頃、アルドが足を止めた。


「ここから見る」


 全員が止まる。ハインは荷車の横へ下がった。セレスも、すぐに周囲の土へ意識を向ける。アルドは目を閉じた。まず、空気中に漂う微細な魔力から輪郭を拾う。林。石。湿った土。鳥。獣。さらに奥。古い小屋。壊れた柵。人の形がいくつかある。一つ。二つ。三つ。その先にも、誰かいる。アルドは、相手の強さまで確かめようとした。空気中の微細な魔力へ、自分の魔力を細く繋げる。その瞬間。向こうから、見返された。


「――っ!」


 アルドは目を見開き、咄嗟に後ろへ跳んだ。地面を蹴り、二歩、三歩と距離を取る。右手に蒼炎が灯る寸前で止まった。レイスが即座に前へ出る。


「アルド!」


 ノルが翠穿へ手を伸ばす。セレスはハインの前に立った。エディンだけが、ほんの少し目を細めた。


「あらぁ」


 その声は、驚きよりも確認に近かった。


「アルドちゃん、もしかしてやっちゃった?」


 アルドは額に汗を浮かべていた。呼吸が少し荒い。


「……ああ」


 レイスが鋭く聞く。


「どうした」


「感知がバレた」


 空気が、一瞬で張り詰める。ノルの目が細くなる。


「前にエディンが言ってた、魔力を繋げるリスクってやつ?」


「みたいだ」


 アルドは息を整えながら答えた。自分の魔力を空間へ繋げる。それは、遠くをより詳しく知るための手段だ。繋げなければ、対象の輪郭までは分かる。繋げれば相手の強さや、練度を上げれば感情さえわかる。だが、繋げるということは、こちらの線も残る。相手にその線を掴まれれば、見られる。場合によっては、辿られる。エディンは前にそう言っていた。今、その意味を身体で理解した。レイスが低く言う。


「ということは、実力者がいるってことか?」


「一瞬しか感知できなかったから、詳しくは分からない」


 アルドは、林の奥を見る。


「だが、多分いる」


 ただの盗賊ではない。ただの末端でもない。こちらの感知に気づき、見返してくる者。少なくとも、今まで潰してきた拠点とは違う。エディンが小さく笑った。


「やっと、向こうも少し本気になってきたのかもしれないわねぇ」


「笑うところか?」


 アルドが言う。


「笑ってないわよぉ」


「笑ってるだろ」


「少しだけ」


 レイスは地図を畳んだ。もう、地図を見ている段階ではない。


「どうする」


 アルドはすぐに答えた。


「セレス、ここでハインと積荷を頼む。念のため、強い岩儡も数体作っておいた方がいい」


「分かった」


 セレスは表情を引き締め、地面に片手をついた。魔力が土へ流れる。今までの荷引き用とは違う。護衛用。力を重く、身体を厚く、足場を広く。ハインを、自分を守るための形。土が低く震える。


「大地参式 岩儡生成《がんらいせいせい》」


 地面から、大きな岩儡が立ち上がった。岩丸よりもさらに肩幅が広く、腕が太い。荷を引くための形ではない。守るための形だった。ハインが息を呑む。


「セレスさん……」


「ハインさんは、この子から離れないで」


「分かりました」


 レイスはハインへ視線を向ける。


「ハイン、お前も感知で警戒しておいてくれ」


「分かりました」


 ハインは周囲へ意識を向けた。戦えるわけではない。だが、何かが近づけば気づける。それだけでも違う。ノルは翠穿を背から下ろした。指先ではなく、今度は銃を使うつもりだった。エディンは大剣の柄へ手を添える。レイスは周囲の風と足場を見る。アルドは、林の奥を見据えた。胸の中で、蒼炎が静かに燃える。感知が見返された。なら、相手もこちらを認識した。もう、不意打ちではない。ここからは、正面から踏み込むしかない。


「よし」


 アルドは低く言った。


「行くぞ」

お読みいただきありがとうございます。

引き続き毎日20時頃更新です。

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