第89話 段ボールのあおコイン
「このコイン、記念に1枚もらっとくもんね。」
もんちゃんが大事そうに、段ボールの切れ端をポケットにしまう。
「ヨウ君、そんな段ボールのコインなど……準備不足ですよ!」
相変わらずの早口で、ペイがまくし立てた。
「だって急すぎますよ。でも、デザインはできてます。ほら、みかんのロゴ。」
急遽、美香にデザインしてもらったロゴを、丸く切った段ボールにスタンプしてある。ヨウは、これを“あおコイン”として準備した。
昨晩、突然のテン訪問から一夜明け、坂本造園の社員は全員、あおい庭園に集められていた。
それぞれが、あおコインの製造、グラウンドのライン引き、サッカーゴールの設置などに駆り出され、準備に追われている。
「まったく、私はこんなこともあろうかと、この土地の整地を進めていたのに。社長に叱られたらどうするんですか!」
ペイのお小言は止まらない。
先週末、第1回テンツク会議終了後、ペイは坂本造園に、あおい庭園隣接地の草刈りと整地を発注していた。
土曜の午後から、わずか3日。
12月上旬は、造園業にとって繁忙期にあたる。年始に向けた庭の手入れや冬支度で、てんてこ舞いだ。
そんな時期にもかかわらず、社員総出でグラウンド作りを進めた結果、最低限の土グラウンドが出来上がっていた。すべては『アオソラ』マネーと、ペイの根回しによる。
「さすがペイさん。でも、『アオソラ』のお金、使わなくてもよかったんじゃないですか?まずは坂本造園がテンリーグを作るって話じゃないですか。」
「あなたたちに任せていたら終わりません。すぐやる。それが『アオソラ』のモットーです。だから今日も社員全員、貸し切りにしているんですよ。ちゃんと成果、出してくださいよ。」
どうも、ペイはこのスタイルで左腕にまでのし上がったようだ。やり方は強引だが、そういうやり方もあるんだな、とヨウは思う。
「お〜。ペイさん、毎度あり。」
社員たちがいそいそと準備を進める中、イレがやってきた。
「あ、坂本さん。お早いですね。それで、その……社長はお出ででしょうか。」
約束は11時。しかし、まだ朝8時だ。
イレが来たことで、ペイは珍しく慌てながら周囲を見渡した。
「テンのやつなら、母ちゃんに会いに行ってるんじゃねぇか?昨日はアリスに泊まりだろ?」
「そ、そうですか〜。分かりました。とにかく急ぎましょう。」
*****
「準備はできましたか〜?」
あらかたの準備を終えた頃、わさびがメガホンで社員の集合を告げた。
「今日はテンリーグのシミュレーションを行います。朝礼でお伝えしたように、坂本造園はテンリーグの運営を事業の一つとして始めます。」
少し間を置く。
視線が、わさびに集まった。
「さて、テンリーグは誰でも登録自由。サッカーをするとコインがもらえる仕組みです」
社員たちの表情を見ながら、わさびは続ける。
「と言っても、今日はサッカーじゃなくてフットサルでこの“コイン集め”を体験してもらいます。どれだけ集められるか、ぜひ競ってみてください。」
少しざわつきが起きる。
「そのコインは、なんかの役に立つんか?」
サッカー部に所属していない年配の職人が声を上げた。
「はい。テンリーグでは、ご飯や衣服と交換できる予定にしてます。」
「どっから金が出てくるんだ?」
別の職人から、もっともな疑問が飛ぶ。
「それは……企画課で検討中です。課長に聞いてください。」
社会人としてどうなのかという回答だが、この距離感がちょうどいい。たぶん、わさびも職人相手にわざとやっている。ちょっとした掛け合いだろう。
「よく分からんなぁ。」
職人たちは、いぶかしげにヨウに視線を移した。
このタイミングで、わさびはメガホンをヨウに手渡すと、以降の説明を促した。
「え〜。企画課長の松本です。
テンリーグの詳細については、今日帰社後に説明会を予定しています。まずは体験してください。
さて、あと1時間後に『アオソラ』の高崎社長が来られます。その前で、みなさんにはフットサルの試合をしてもらいます。
では、ルールを説明します。
高崎社長が来てから、テンリーグのプレイベントを開催します。イベントは2時間です。
フットサルは1試合10分。
この会場では、最大2試合同時に実施することができるので、それぞれメンバーと試合相手を見つけて試合をしてください。
ずっと同じメンバーでも、違うメンバーでも良いので、5人以上集まればチームです。チーム名も決めてくださいね。
今回はプレイベントという名のテストというか、シミュレーションなので、可能な限り試合をして欲しいです。実際のテンリーグでは、1試合もない日があるかもしれないですけどね。」
社員は全部で25人。
サッカー部員が16名。
わさびと夏海で女子2名。
職人が7名になる。
今は水曜日の昼時。未来と勇気は授業中なので、社員としてはカウントしていない。
「おいおい、おらぁ、フットサルなんてやったこともねぇし、ルールすら分かんねぇよ。」
ベテランの職人が声を上げた。
「実は、それも含めて、テンリーグなんですよ。
ルールが分かるメンバーと組むとか、試合を観戦して覚えるとか。なんとかしてコインを稼ぐ。それが必要なリーグです。」
ヨウが伝えた後、わさびがメガホンを奪い取り思い出したように声を上げる。
「あ、言い忘れてたけど、このコインの名前はあおコイン。期間限定だけど、『てっぱん』で使えます。」
一瞬、空気が止まった。
そして……
職人たちの目の色が変わった。




