第82話 ヨウがいなかったわけ②
話は少し遡る。
ヨウがペイと共に高校生の勧誘で各地を回っていた10月初旬、彼らは沖縄にいた。
10月とはいえ、沖縄はまだ夏の名残を色濃く残している。快晴の空はどこまでも高く、湿った風がゆるく頬を撫でていた。
昼を少し過ぎた頃、3人は県中部の小高い丘の上にある小さな沖縄そば屋にいた。
目の前では、どこか不釣り合いなかりゆしウェア姿のテンが、そばに山のような紅生姜を乗せ、さらに迷いなくコーレーグースを回しかけている。
「でね。その時の僕は、本山造園の社員だったんだよ?」
調味料を入れすぎたことにようやく気づいたのか、テンは手を止め、ゆっくりと顔を上げた。
「母さんは工場の話にどっぷり浸かってるし。
町は割れてるし……いたたまれないじゃない?
だからさ、本山造園を辞めて、町を出た。」
ずるずるとそばをすすり、満足げにうなずく。
「うん、うまい。さすがペイ君が選んだ店だね。」
ペイは苦笑しながら、静かに箸を進めている。
珍しく無口だった。
店内は地元客でほどよく賑わい、重い話題さえ沖縄の空気に溶けていくようだった。
「それでね。僕としても、先代に負い目があるし。恩返しのつもりでテンリーグをやろうと思ったわけ。」
テンは水をひと口飲み、続けた。
「夏の花火大会の少し前さ。イレ君が来客対応で不在にした日、覚えてる?」
「ああ……AO大とのアウェイ戦の日ですね。」
ヨウはスマホの予定表をスクロールしながら記憶を辿る。
「もんちゃんがマイクロバスを運転してたな。」
「そうそう。試合の日だよ。その日に話したんだ。テンリーグのこと。」
ヨウの指が止まる。
「え? イレさん、知ってるんですか?」
「知ってるどころか、真っ先に相談したよ。」
テンは少し笑い、窓の外に広がる青い海へと視線を向けた。
「でもね、断られた。」
店のざわめきが、ふと遠くなる。
「僕も強行しようかと思ったよ。でもさ、強行したら、昔と同じになるでしょ。」
母の影を振り払うように、テンは静かに息を吐く。
「だから言ったんだ。イレ君がやるなら出資するって。」
「……それで?」
「ヨウにやらせるから、金は頼むってさ。」
ヨウは天井を仰いだ。
「……結局、俺なんですね。」
「そう。中心にいるのは、いつもヨウ君だよ。」
軽く笑うテン。その目だけが真剣だった。
「それと、もう一つ。」
声色が変わる。
「ヨウ君に、わさびちゃんへの連絡をやめてもらってるでしょ。これは、イレ君の頼みなんだ。」
ヨウの眉がわずかに動く。
「もしヨウに会うことがあったら、しばらく会社から離してくれってさ。わさびちゃんの成長のために。」
ヨウは、箸を持つ手を止めたまま動かなかった。
「……言ってくれればいいのに。」
少しだけ、視線を落とした。
「競馬場の時なんて、完全に脅しでしたよ。」
テンは肩をすくめる。
「イレ君と約束しちゃったからね。」
少しだけ間が落ちる。
「さて、本題。」
テンはまっすぐヨウを見る。
「テンリーグで町を活性化する時は、母さんも加えてほしい。」
「ピッチさんですか……」
ヨウは苦く笑う。
「だいぶお願いしましたけど、難しいですよ。」
「母さんはさ、過去の負の象徴みたいになっちゃってる。でも僕は、気持ちよく里帰りしたいんだ。」
その言葉だけは、どこか少年のままだった。
ヨウは静かにうなずく。
「……分かりました。」
沖縄の光が店の奥まで差し込む。
テンリーグという未来と、町に残された過去。
ヨウは、その二つを同時に背負うことになった。




