第77話 ペイとヨウ
ヨウが遅れてまちカフェにたどり着くと、まだ開店前だというのに、ペイがテラスでのんびりとコーヒーを飲んでいた。
しっかりと花まで飾ってある。
テーブルには南天の枝が一本。冬になると赤い実をつける、縁起のいい植物だ。
ペイの鮮やかなピンクの出で立ちは、庭の静かな色合いから見れば少し浮いている。だが本人は気にも留めず、景色の中に溶け込む南天を満足そうに眺めている。
「あ、ヨウ君。久しぶりですね、待ちかねましたよ。さぁ、あなたも座ってください。ささ、どうぞどうぞ。」
ヨウだって店側の人間なわけで、開店前の忙しい時間帯に手伝わないわけにはいかない。
そんな視線をわさび達に向けると、「面倒ごとはお願い」という顔をされたので、ペイの横の席に座った。
「ヨウさん、今日はとってもいい話を坂本造園さんに持ってきたんです……。」
ペイは、美香の才能を活かして『あおい庭園』をさらに発展させる事業を発案し、『アオソラ』が美香を全面バックアップする提案に来たのだと早口でまくしたてた。
「テンリーグのためにも、『あおい庭園』の発展は不可欠ですよね。そのためにも、私はひと肌でも、ふた肌でも、なん肌でも脱ぎますよ。」
ペイはピンクの長袖を腕まくりして、細く白い腕を掲げて見せる。
「ということで、さっそく準備を始めましょう。」
ペイの早口は止まらない。
ヨウは黙ってペイの説明を一通り聞いたところで、口を開いた。
「すでに美香さんは、了承済みですか?」
「美香さんは、あなたの意見をお聞きしたいと言っています。もちろん大賛成ですよね。『あおい庭園』の未来、坂本造園の未来にも悪い話じゃないですよ。」
「とりあえず、美香さんと話をさせてください。返事は明日になるかと思います。
それと……まだそのプロジェクト『みかん箱』は始めないでくださいね。ペイさんは、どんどんやってしまうので。」
ヨウがペイに釘を刺して、いったん預かりとすることとした。
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『あおい庭園』の営業時間は午後5時までだ。
まちカフェで宿題をやっていた女子高生達にとっては、5時はまだ早いが、冬が始まるこの季節は暗くなるのも早い。
わさびと夏海が、アリス達常連組に「気をつけて帰るんだよ」と告げて帰らせた。
いつもなら、これで片付けを始め、明日の準備をし、7時頃に鍵をかけて帰宅の途に着く。
ヨウがいない間にいろいろあったが、わさびも夏海も、それほどブラックな働き方はしていないようで安心した。
今日は、朝から話題のプロジェクト『みかん箱』に関して話し合う必要があるので、みんなに少し残るようお願いしてある。
夕飯は、夏海が『てっぱん』から持ってきてくれた。
「さて、美香さん。ペイさんからの申し出ですが、どうする予定ですか?
本来ならば、美香さんの事業ですから、私が口を挟む話ではないのですが。」
ヨウが尋ねる。
「あの……。商売をする人からすれば、『アオソラ』にバックアップされて事業を進める。夢のような話ですよね。
でも、私はこの町に推し活に来たんです。
私の推しは、坂本造園さんのサッカー選手です。
未来様がサッカーをやるために良いか悪いか、それしかありません。だから、坂本造園のヨウさん、わさびさん、夏海の考えを教えてください。」
ヨウは、美香の問いに誰から答えようか?
とわさびに目をやる。
「ヨウ、あなたはどう考えるの?」
わさびから考えを聞かれた。
「これは美香さんの話だし、『あおい庭園』管理組合の代表はわさびだから、最終的に美香さんとわさびが決める話だけど……。
坂本造園の社員としては、この話に乗って欲しくないかな。」
ヨウはペイからの提案を断って欲しいという考え
をこの場で伝える。
「なぜ?」
わさびが問いかける。
「繰り返すけど、坂本造園としてはだよ。
俺は、テンさんがやろうとしてるテンリーグによって青空市がめちゃくちゃになってしまうのが不安だったんだ。
だから、坂本造園がテンリーグを作って、テンさんに売る。このやり方をテンさんが呑んでくれたから、イレさんが同意してくれたから、青空市が変な方向に向かわずに済んでると思ってる。」
テンリーグやら、なんやらは、美香には話していない。ヨウは、どちらかと言うと、わさびと夏海に向けて話をしている。
「高校生を集めて来たのは、坂本造園がテンリーグを設立するための準備として、ペイさんは協力してくれていた。
でも『みかん箱』は、『アオソラ』の事業として始めようとしている。
テンリーグも『あおい庭園』も坂本造園が運営していくのに、そのテナントの中に『アオソラ』が入ってくる。
それによって『あおい庭園』の客層も相当に影響を受ける。言うなれば、カオスになってしまう。
ま、一般的な経済の中では当たり前のことなんだけどね。ラーメン屋やってて、近くに有名ラーメンチェーンが開業したからって文句言えないでしょ。
だから、あくまでも坂本造園の社員としての、ある種わがままな意見だよ。
それに、俺にペイさんを越えるアイデアはないから、結局、乗ったほうがいいのかもしれない。」
ヨウは、とにかく、まとまらない考えを伝えた。
「分かりました。断りますね。」
美香は、迷いなく答えた。
わさびと夏海には、美香の答えは分かっていた。
美香は推し命なのだ。




