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20/24

覚悟と蔑まれし種族

「何か心細いな……」

 昨夜の告白を経ての翌朝。

 響は日が昇ったばかりでまだ人もまばらな大通りを南に抜け、目的地を目指す。

 石畳を叩く足音は一つ。それは響のものだ。

 ユニは仕事のため別行動となってしまったが、響からしたらこれ以上気を遣わせるのも悪いので逆に良かったといえるだろう。

 既に弱音が漏れ始めているが、こうなった以上は腹を括るしかない。

 部屋を出掛ける前にユニに渡された羊皮紙には簡易的な地図が書かれている。それを見た感じだとあと三十分ほどで目的地、クレアの家に着くはずだ。

 ユニが言うには昼休憩でよくル・マオリルにも来るらしくそこで待っているというのも考えたが、こういうことはきっちり一対一で話す方が良いに決まっている。

 何より記憶喪失だと思い込んでいるユニの前だと突っ込んだ話もしづらいし……。

 それから黙々と歩き続けると段々大きな建物が少なくなり、開けた所に出る。そしてこじんまりとした小屋が響の前に姿を現した。

 見た目はかなり古びており、一見納屋のようにも見える。そのため人が住んでいるかも疑わしい。ユニに事前に聞いていなければ。

 響は恐る恐る小屋に近づき、入り口の前で逡巡した後に木の扉を三回ノックした。

 数秒の静寂があり、小屋の中で人の気配がしたと思うとゆっくり扉が開いた。かなりくたびれて建付けが悪いのかギギギィと乾いた摩擦音を立てて。

「今朝は珍しい客人だな」

「いっ……!?」

 小屋の主は響を見てもさほど驚くでもなく、中に入るように促す。どうやら来訪者が響であることを知っていたようで、むしろ面食らったのは響の方だった。

 クレアはいつもの騎士甲冑を付けておらず、いつもは束ねているブロンドヘアを下ろしている。そして極めつけは薄い色のネグリジェ姿だったのだ。しかも胸部が広めに開いた感じの。

「まあ、何もないがそこに掛けるといい」

 そう言うとクレアはテーブルの上に置いてあったポッドに水を汲み、火にかける。

 その後姿は最強の騎士とは思えないほどしなやかで美しかった。

 クレアは響よりも頭一つほど身長が高く、かなりスタイルが良い。その上大人化したヴィオラと同等の胸部の肉好きが大人の色気を漂わせている。

「まあ、飲むといい。味の保証はしかねるがな」

 そう言いながら差し出されるマグカップを響は受け取り、恐る恐る口をつけ啜る。

 クレアの言い方と彼女がこてこての武人であることを考慮してかなり覚悟して飲んだ響だったのだが、

「あっ、美味しい」

 ユニのように茶葉を自分で栽培やブレンドはしないかもしれないが、丁寧に淹れてあるのだろう。渋みや癖も少なくかなり飲みやすい紅茶だった。

「そうか、それは何よりだ」

 胸を撫で下ろすクレア。

 もしかしたら紅茶を振る舞う機会なんて滅多になく、緊張していたのかもしれない。

 クレアは残ったお湯で自分の分をもう一つのマグカップに淹れ、響の対面に座る。

「それで、態々こんな早朝に街外れのここを訪ねて来るにはそれなりの理由があるのだろう?」

「うん。じ、実は……」

 その瞬間、響の中で激しい葛藤があった。

 それはクレアにその事を言った瞬間にもう後戻り出来なくなることが分かっていたから。

 だが、まだ今なら引き返すことも出来る。誤魔化してこの場を後にすることも。

 無理して変わる必要なんてない。どうせ元の世界に戻ったら以前みたいなくだらない日常が繰り返されるだけ。なのに態々今この瞬間のためだけに労力を使うなんて僕らしくないじゃないか。

 何事も冷静に客観的に、自分に最低限必要なものだけ拾ってあとは見て見ぬふり。そうすればずる賢くたって、つまらなくたって生きてはいける。

 そこで一つの疑問が浮かび上がる。


 果たしてそれは本当の意味で生きているっていえるのだろうか。

 辛いことから逃げるのは確かに楽かもしれない。でもそれと一緒に幸せも逃げてしまっているんじゃないだろうか。


 昨日ユニは響に勇気を届けられたというたったそれだけのことで喜び、泣きじゃくっていた。

 優勝するまでには響の想像も出来ないほど苦しいことの連続だったに違いない。日々の過酷な修練に周りからは期待の重圧。試合中は痛みとの戦いだ。

 だがその先には涙が溢れるほどの幸福があったのだろう。

 僕もその幸福を感じてみたい。

 一度くらい本当に生きてるって感じてみたい。

 なら、あとはそれを声に出すだけだ。


「僕に剣の稽古をつけて欲しいんだ」


「ほぅ、剣の稽古か」

 一瞬クレアの目つきが変わったような気がしたが、すぐに優しい声が投げかけられる。

「それは私の弟子になるということかな?」

「う、うん」

「私は友人であるなら優しく接するが、弟子となると話は別だ。私の修業は厳しくて辛い。それでもやる覚悟が、お前にはあるのか?」

 お、お前……!?

 クレアの声のトーンが一段階下がり、目つきが鋭くなる。それが剣士の風格というなのかもしれない。

 その時、響が思い出したのはけもの娘でアリシャが客と騒ぎを起こし、そこに偶然駆けつけたクレアに酷く怯えていたことだった。

 修業が厳しいのはもちろんのこと、騎士道精神を重んじるクレアの師弟関係もかなり厳格なのかもしれない。

 響は生唾を呑む。

 だがそんな分かりきっていたことで揺らぐ覚悟なら貫き通すことなんて出来るはずがない。

 息を整えクレアの目をしかと見据え、覚悟を言葉にする。芯の通った声で。

「お、お願いします。僕に、僕に剣術を教えてください……」

 数秒の沈黙が痛く、苦しい。

 だがクレアの反応は予想外のものだった。

「いい返事だ。だが、すまない。私は弟子は取らない主義なんだ」

 えっ、今なんて言ったんだ……? 弟子は取らないって聞こえたんだが……。

 響はクレアが何を言っているのか分からなかった。

「それはどういう……」

 反射的に訊き返す響に少し申し訳なさそうにクレアが言う。

「ヒビキも知っているとは思うが私は堅苦しいのが苦手でな。基本的には弟子は取らないことにしている」

「えっ、でも……けもの娘で働いてるアリシャって子が一番弟子だってユニから聞いたんだけど」

「あぁ、アリシャか。あいつはありていに言うと居候だよ」

「居候……? それはどういう……」

 その瞬間クレアは目を伏せる。

「その話はアリシャの出生に、獣人族の歴史に関わることになる。聞くなら心してくれ」

 只ならぬ雰囲気のクレアに響は再び息を呑む。

「分かった……。聞かせて欲しい」

 クレアはヒビキの目を見つめ、軽く頷くと話し始める。

「まずは前提として、ヒビキはアリシャのような獣人についてどう思う?」

「獣人ですか……? 何か耳がふわふわしてて可愛いなぁー、なんて……」

 いきなりの質問に響は戸惑い、自分でもバカ丸出しだと思うような回答をしてしまうがクレアは真剣な表情を崩さない。

「そうか」

 響は物悲しそうなクレアの瞳に微かな安堵を見た気がした。

「では獣人の歴史から話すとしよう。獣人が現れたのは今から約三〇〇年ほど前に遡る」

 クレアの語り口調はまるで学校の先生のようで、少し懐かしさを覚える響だった。



 その頃大陸中では領地の取り合戦さながらに人間同士で争い合っていた。神々の住まう地とされる王都は不干渉姿勢を決め込み、その他の街や村が持てる武力で争い合う。それは武力主義そのもので、力を持たない者たちは淘汰されていった。

 そんなある時、大陸の南東部にある小規模な街アウルムの近くの森で人間の見た目でありながら一部が獣のような姿の新種族の男の子が発見された。

 見るからに十二歳くらいの平凡的な男の子なのだが、その頭部には狼のような耳が生えていたのだ。

 かろうじて言葉は通じるものの、その子は名前を持たなかった。

 そのためカムラと名付けられアウルムの学者たちはカムラを隅々まで調べ上げ、ある仮説にたどり着いた。

 カムラは人類にかなり近い身体の構造ながら、人の規格を遥かに超えた身体能力を兼ね備えた人間と狼の交配種『獣人』であると。

 それからも研究は続き、仮説は定説となる。

 その定説を導き出したのはアウルムの領主に仕える女学者レヴェル・サントラだった。

 大陸には人間以外にも複数の種族がいて、大きく分ければ三つ。地を這う者。空を舞う者。水中を泳ぐ者。その中でも人間に類似し二足歩行の種族を亜人種として分類しているのだが、獣人もその一種であると判明した。

 生命進化の過程で分かれたのか、はたまた偶然の産物か。その結論は彼女にも出せなかった。神のみぞ知るというところであろう。

 獣人は人間を遥かに凌ぐ筋力に反射神経、傷の治癒速度を備えており、過酷な環境を生き抜いて来た獣に人間の知性が合わさったことで現存する種の中でも上位種のような存在に位置付けられた。

 これは世紀の発見であり、このことはすぐにでも大陸中に広まるはずだった。

 しかし、その説に目を付けたのが当時アウルムの領主であったオラン・へリストンだった。

 アウルムはもとより小規模な街なのだが、今は経済難で資金不足に陥っている。そのため揃えられる武器もたかが知れており、いつ周辺の街から襲撃されるか分からない。そんな恐怖にオランは毎日怯えながら過ごしていたのだ。

 そこでオランが考えた策は人工的に獣人を繁殖させ、街を守る兵士として育て上げるというものだった。つまり最強の生物兵器の軍団を作り上げるという計画だった。

 しかしそれは獣人を兵器(モノ)として扱うということであり、彼らの命を軽んじる領主の提案にレヴェルは猛抗議した。

 だがその翌日、レヴェルは獣人繁殖化計画の主任としての命を領主から直々に言い渡された。当然アウルムの一学者に過ぎなかったレヴェルに拒否権などありはしなかった。

 レヴェルには四六時中監視が付き、行動を小まめに領主に報告されている。そのためヘタな行動は出来ないし、かといって命を断ればレヴェルは罰を受け新しく命を下された後任の者が同じ研究を繰り返すだけのこと。

 そんな無責任なことはレヴェルには出来なかった。

 それからレヴェルは毎日のように書庫に篭り、異なる遺伝子の結合について研究を続けた。

 その十五年後にアウルムは三百名の獣人から編成された兵団を組織することに成功した。

 オランの睨んだ通り獣人兵団の活躍は凄まじく、数カ月で周辺の街を蹂躙しアウルムは領土を大幅に拡大していった。

 だがそこでオランの予期せぬこと、獣人兵団による反乱が起きた。

 主導者の名はラン・サントラ。彼女はカムラとレヴェルの娘だった。

 レヴェルは今の領主の体制に常々不満を募らせていたのだが、獣人繁殖化計画を命じられ研究を進めるのと並行して反乱についても計画していたのだ。戒めとして自分を第一の被験体とすることで。

 反乱が起きてから九日足らずでオランは降伏し、領地を追放された。

 それから半年もせず大陸全土で和平条約が締結され、戦乱の時代に終わりを告げた。

 オラン亡き後の後任としてレヴェルが領主の座に就き、占領された街全てを解放。そうしてアウルムにも平和が訪れるはずだった。

 しかし、そう簡単に事は進まなかった。

 占領されていた各地の市民から獣人に対して非難の声が上がり、獣人という脅威は排除すべきという示威運動が連日各所で行われるようになる。

 そこに目を付けたのはアウルムを追放されたオランの残党たち。彼らは『獣人を繁殖させ、兵団を組織したレヴェルは命を軽んじるマッドサイエンティスト。今世の魔女である』と大々的に発表したのだ。

 その目的はオランの責任を全てレヴェルに押し付けることにより邪魔者を排除し、再び権力を握ろうとしたのだ。その残党たちも数日後には獣人たちに拘束されたのだが、その情報はあっという間に大陸全土に広がった。

 活動が始まってから半年が経過し、アウルム領主であるレヴェルは糾弾され、王都アジールの王城に招集され神血族による審問に掛けられた。

 神血族を除きその判決を知るものはおらず、レヴェルがアウルムに戻ることはなかった。

 それから獣人は厄災の象徴として差別の対象とされ虐げられ、その丈夫な肉体から奴隷同然に扱われることも多かった。男は肉体労働に、女は娼婦や現在では奴隷禁止法で厳しく規制されているが高値で売買されていたとか。

 その風潮は残念ながら現在も完全には払拭されておらず、獣人に偏見を持つ者も少なくないのが現実だ。



「っと、ここまでが獣人の歴史の闇だ」

 響は言葉が出なかった。

 差別でいうと肌の色だけで虐げられる人種差別などは聞いたことはあったが、それも歴史やニュースで断片を知っているに過ぎない。

 だが実際に辛い歴史の裏側を知ると凄く胸が痛んだ。行場のない憤りと、湧き上がる悔しさ。

 私腹を肥やすために獣人兵団を組織した領主。それを解放するために立ち上がった者たち。しかしその末路は誰も救われない。

「…………。」

「ここからがアリシャの出生についてだ」

 響の沈黙をどう捉えたのか少し声色を変えて話し出す。

「あいつの母親は王都近郊の小さな村に住んでいた。そして旅人の男と恋に落ち一人の女の子を授かったのだが、その子には人間とは似ても似つかない毛に覆われた獣の耳があったのだ」

「もしかして相手が獣人だって知らなかったんですか……?」

「そのようだ。まあ幸いというべきか、彼女は獣人に対する偏見などは持っていなかった」

「よかった、なら……」

 一安心し息をついた響だったが、話はそこでは終わらない。

「だが周りの、特に両親からの反発は強かったようで、彼女は泣く泣く愛娘を手放すことにしたんだ」

「そ、そんな―――!?」

「まあ聞け」

「ごめん……」

「彼女自身両親の手前育てるとは言えなかったが、母親として我が子を見捨てることは出来ないと思ったようだ。そして白羽の矢が立ったのが私というわけだ。その当時私は『獣人たちに自由を取り戻す活動』と称して差別意識の薄いアトワールでの生活を斡旋していたのでな」

「それでアリシャをアトワールに連れて来たんだ」

「当時は二歳にも満たなかった幼子を預かる以上私には責任がある。一人でも生きていける術を身に付けるまでの親代わりになろうと決意したわけだ。その過程として同居するのが良いと思ったのだが……」

 そこで不意に空気がガラリと変わり、何故か頭を抱えるクレア。

 その所作から響は察した。

「もしかして、そのまま居ついちゃったんですか?」

 クレアは無言で頷く。

 響にクレアの心中は分からないが、怪我した狐を手当てして完治するまで家に置いていたら野生に返らなくなってしまったようなものだろうか。野生動物と比較するのは獣人とはいえ少し躊躇われるが。

「アリシャが弟子だと思われているのもそのせいだろうが、そろそろ一人立ちをして欲しいものだ」

 まるで自らの子を想うような物言い。もしかしたらクレアは長いことアリシャといるうちに本当の母親のような、もしくはそれに近しい感情を抱いているのかもしれない。

「そ、そういえば、アリシャはクレアとここで同居してるんだよね?」

「あぁ、それがどうかしたか?」

「もしかしてもう仕事に出かけたの?」

「何を言っているんだ。そこにいるじゃないか」

 クレアはそう言いながら部屋の隅を指差す。そこには布団と毛布が地面に置かれている。

 いや、敷かれてるのか……?

 良く見ると毛布は盛り上がっており中に何かがいるようにも見える。

「もう、朝っぱらからうるさいんだけどぉー」

 突如毛布の盛り上がりがモゾモゾと蠢き、その中から高めの声がした。欠伸のような。

 そして次の瞬間毛布が勢いよく捲れ、中から人影が飛び出した。異彩を放つ猫のような獣耳を持った少女が一糸まとわぬ姿で伸びをし、大きな欠伸をもう一度。


「……………………………………………。」


 響は完全に思考停止してしまう。中学三年生の思春期の男児には少々刺激が強すぎるというか、なんというか。ラッキーハプニング―――にしてもこれは度を越えているような……。

 アリシャもまさか本人がいる隣で彼女の生い立ちを話しているなんて夢にも思わないだろう。

 前に会った時は衝撃的な登場の仕方でそれどころではなかったが、よく見るとアリシャもかなりの美少女だ。

 ユニとは違って微かに黄色味を帯びた肌が黄色人種の日本人に近しく、身長はユニ以上響以下といった感じ。発育も平均以上なのではないだろうか。

 そして何よりも髪の毛から突起するふさふさの耳に目を引かれる。

 だが、今はその限りではない。

「ん? えっ、あ……………………」

 アリシャは気だるげに髪を乱雑に掻き上げ目線をクレアに向けようとしたのだが、その前に予期せぬ来訪者と目が合ってしまった。

 お互い何も言わない。いや、言えない。

 アリシャの顔がみるみる渋くなっていく。眉間に皺を寄せ、微かに唸る。

 こういう時は絶叫からのビンタというのがアニメや漫画のお決まりのパターン。テンプレだ。

 響もそれを覚悟していた。殴られる覚悟を。

 しかし、アリシャは規格外の反応を示した。

 響に人差し指を向け、こう言ったのだ。

「あっ、お前は確かユニちゃんと一緒にいた冴えない男」

 唖然とする響。

 響からしたら冴えない男呼ばわりも不本意だったが、今はそれより大事なことがある気がするのだが。

「何でお前がウチにいるんだよ」

 いきなり辛辣な言葉が飛ぶ。

 確かユニの前では猫撫で声だったように記憶している響だったが今は正反対。声のトーンは低く、視線も冷ややか。ユニの前では言葉通り猫を被っているのかもしれない。

 響は直視することが耐えられなくなり、視線を床に注ぎながらぎこちなく答える。

 何だか弁明しているような気分だ……。

「それは、クレアに剣の稽古をつけて欲しくて……、頼みに来ただけであって……」

 こんな場面に直面するなんて思ってもみなかった。は割愛した。

「剣の稽古? アンタが? そんなにひょろっちいのに?」

 初めて言葉を交わして数秒、ここまで印象を悪くするのはある意味才能ではないだろうか。

 それと、この状況で会話が続いていることも。

「だから稽古して欲しいのだろう。アリシャ、お前も初対面で失礼が過ぎるのではないか?」

「初対面じゃないです。職場で見かけましたから」

「なら尚更だ。それにいつまでそんな恰好をしてるつもりだ?」

 アリシャは不思議そうに自分の姿を見て、目を一杯見開き硬直。みるみる顔が赤くなり、ぷるぷると震えだす。

 それは恥ずかしさのためか、怒りから来るものか。

「……なっ、何でもっと早くに教えてくれないのよぉぉぉ――――――――――――――!!」

 室内にアリシャの絶叫が響き渡る。

 この娘は少しアホなんじゃないだろうか……と、響はそう思う。

 アリシャは床に落ちているシーツを乱暴に拾い上げ、身体に巻きつける。だが不器用でなかなか上手く巻けず、緩くずり落ちそうになるのを手で支えている。

「あ、あんた……見たわね……?」

 アリシャの鋭い眼球が響を捕らえる。目尻には微かに涙を湛えて。

「み、見てないです……。ホントに、何にも……」

 響はそう言うしかなかった。でなければ今すぐにでも殺されてしまいそうな勢いだったから。

「嘘つきなさい!! 殺す、あんただけは絶対に殺すわ!」

 前言撤回。どうやらどうあっても殺されるらしい。

 響がクレアに助けを求める視線を送ると、クレアはとんでもないことを口走る。

「それは良い考えだ。ヒビキとアリシャで模擬戦をするといい」


「えっ!?」「はぁあ……?」


「私はサラとの一戦はしか見ていないからな。ヒビキの実力を知るためにも誰かと手合わせしてもらおうと思っていたし、手間が省けた」

 つまりクレアは響に羞恥と怒りで発狂しているアリシャと軽くスパーリングをしろと言っているのだ。

 これは正気の沙汰じゃない。模擬戦場が僕にとっての墓場になってしまう……。

「いや、実力を見るだけなら相手はクレアにお願いしたいんだけど……」

「いいわ、受けて立つわ。着替えたら行くから外で待ってなさい。いいこと? 逃げたら地の果てまで追いかけて、殺すわよ」

 響の言い分など遮り、食い気味に捲し立てるアリシャ。

「は、はい……」

 アリシャのあまりの剣幕に完全に気圧されてしまった響は力なく立ち上がり、入り口を目指す。

「私もすぐに着替えて行くから小屋の裏で待っていてくれ」

「はい……」

 クレアの声に応じ、小屋の外に出ると辺りは完全に明るくなっており、鳥のさえずりが聞こえてくる。


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