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会心の遊撃

「では始めるとしよう」

 いつもの騎士甲冑に着替え終えたクレアがそう言うのを確認し、響は彼女から受け取った木剣を目の前の少女に向け構える。鋭い目つきでこちらを睨みつけるアリシャは服の袖を捲り上げ、気だるげにその場で二、三度跳んでみせる。おそらく準備運動の代わりなのだろう。

「これはあくまで実力を測るための模擬戦だ。アリシャは私情に流されて加減を誤らないようにな」

「分かってるって。こんな奴に本気なんて必要ないもん」

 アリシャに好き放題言われて少しむっとする響だったが、前回のサラ戦で痛感していた。この世界の戦闘力の基準は現実世界とは比べ物にならないということを。

 しかも獣人のアリシャは人間を遥かに凌ぐ身体能力を保持しているのだろうし、まともに戦って勝てる見込みなど考えるまでもないだろう。

 しかし今回は勝つ必要はなく、少しでも見込みがあることをクレアに見せるだけでいいのだ。

 それなら、出来るかもしれない……。

 多少弱気ながらも響は覚悟を決める。

 それを察したようにクレアの声が凛と木霊する。

「始め!!」

 クレアの声に全身が強張る響だったが、アリシャはすぐには動かない。それどころか構えもせず、その場で軽やかなステップを踏みながら響を誘っているようだ。

 どうやら自分からは攻撃して来ないつもりらしい。

 ならばと響は地を蹴り、アリシャが間合いに入った所で木剣を思い切り横薙ぎにする。しかしその一太刀は虚しく空を切るだけ。

「くっ……」

 その後も何度となく果敢に切り掛かった響だったが、攻撃はアリシャの身体に触れることすらなかった。その最もたる要因は間違いなくアリシャの身のこなしだ。

 昨日見たユニは最低限の動きで攻撃を捌いていた。それはユニに限った話ではなく普通なら体力の消耗を最低限に抑えるために相手の動きを見切り、最小限の身のこなしで攻撃を回避するものだ。

 だがアリシャはむしろ真逆だった。過剰なほどに飛んだり跳ねたり回ったりと無駄な動きがやたらと多く、そのくせ息一つ切らしていないのだから彼女のスタミナがそれだけ突出していうことが分かる。

 流石に息が上がってしまい肩で呼吸をしながら攻撃の機会を窺う響。その間もアリシャはその場で軽やかなステップを披露している。

「もう終わり? まだまだ動き足りないんだけど。こんなんじゃ私が楽しめないじゃない」

 アリシャの辛辣な言葉が響に突き刺さる。

 彼女曰くこの模擬戦は遊び感覚なのだと。だからもう少し足掻いて私を楽しませなさいと言うのだ。

 もちろん戦う前から分かっていたことだ。今更考えるまでもない。はずだった……。

 だが、響もここまで言われて「はい、そうですか」と引き下がれるほどまだ大人じゃなかった。つまりは幼稚な餓鬼だった。

「そう来なくっちゃな……。準備運動くらいでばてられたら張り合いがないからな」

 だからこんな事を恥ずかしげもなく言ってしまうのだ。もちろん後悔はありあり。

 血中に酸素が不足しているのか身体は重く、頭の回転も悪く逆転の一手なんてこれっぽっちも浮かばない。

 だが響は得物を構えもせず一歩、また一歩と歩を進め、アリシャとの間合いを詰める。

「はったりにしても、もうちょっと言い方があるんじゃない?」

 あまりの不自然さにアリシャも皮肉めかすように言う。

「今にわかるさ」

 その言葉にアリシャはむっとした様で眉間に皺が寄る。気のせいか殺気も鋭さを増したような気がする。

「ならその前に終わらせてあげるっ!!」

 その言葉を最後に視界からアリシャの姿が消え失せた。

「こ、これは……」

 もちろん刺すような殺気、気配は今もひしひしと感じるし、四方では小さな砂埃が幾つも上がっている。だがいくら目を凝らそうともその姿は見えない。

 つまり、これはアリシャが響の動体視力では捉えられない素早さで周りを跳び回っているということに他ならない。

「くっ、やられた……」

 砂埃が上がった所に瞬時に目を向けるが、その時には違う場所でまた砂埃が上がる。これの繰り返し。

 敵わなくとも見えさえすれば見極め、何かしらの策を練ることも出来るだろう。だがこれでは攻撃のしようがなく、響は完全にお手上げ状態だった。

「あれっ、本気出すんじゃ、なかったっけ?」

 アリシャの声が聞こえる。しかしその声は切れ切れで、位置を特定出来ない。たとえ出来たとしても振り向く頃には、そこには砂埃が上がっているだけ。

 このままじゃダメだ……。

 響は体力の回復に努めながら、打開策を見出すべく頭をフル回転させる。

 さっきの人並み外れた動きと無尽蔵とも思えるスタミナからガス欠になるまでこのまま粘るのは響の体力的にもかなり厳しそうだし、このくらいのこと多少バカでも気付くことだ。

 それがたとえ服を着ていないことを忘れ、醜態を曝すような頭の緩い獣人の女の子であろうと。

 すぐに感情的になって周りが見えなくなってしまうような血の気が多く、単細胞な獣人の女の子であろうと。


 ん……!? もしかして、これなら……。いや、むしろこれしかない。


 半分賭けのような策。上手くいくのか、勝算があるのかどうかも分からない。

 でも、今更やらないで後悔するなんて有り得ないだろ……。

 そう思った時には口が動いていた。

「その言葉そのまま返すよ。確かにさっきの身のこなしといい、なかなかに面白い曲芸だった。でも今は模擬戦をしているんだから攻撃して来ないと始まらないじゃないか。それとも、自分からは攻撃出来ない臆病者だったりするのかな?」

 響が煽り立てるように言い放つ。はっきりと、アリシャにも間違いなく聞こえるボリュームで。普通ならこんな見え見えの挑発に乗ってきたりなどしない、普通なら。

 すると突如人影が視界の端に現れたかと思うと右脇腹に鈍い痛みと衝撃を覚え、響はよろける身体を木剣で支える。

 すぐに顔を上げた響だったがそこにもう人影はなかった。そしてまた切れ切れの声が四方から聞こえてくる。

「そこまで言うなら、もう手を抜くのはやめよ。このまま、あんたが降参と言うまで、いたぶってあげる」

 その言葉が終わるとほぼ同時に響の左側の腰を数秒前と同様の痛みが襲う。

 体制を保とうと踏ん張る響をあざ笑うかのように右足が払われ、踏ん張りが利かなくなった響は前のめりに倒れ込む。その拍子に木剣は右手からすり抜け、クレアの近くに転がる。

 ただでさえ実力差は明らかな二人。その上武器まで失ってしまっては響にまず勝機はない。

 そこで見かねたクレアが一歩踏み出し、木剣を拾いながら口を開く。

「アリシャそこまでだ。これ以上はもう――――」


「まだ、止めないでくれよ……」


 クレアの声を弱弱しく掠れた響の言葉が遮る。

「私は既にヒビキのポテンシャルを見極めたつもりだ。もう充分じゃないか」

 響はクレアの声を聞きながら痛みを堪え、ぬるぬると立ち上がる。

「まだだ……。そうだよな、アリシャ?」

 その時の響は見えないはずの相手を見据えていた。

 そしてすぐ傍で何者かの舌打ちする音を聞いた。どうやらアリシャは気安く名前を呼ばれてかなりご機嫌斜めのご様子。

 あともう一歩……。武器はないけど、やってやるさ……。作戦……決行。

「僕に負けを認めさせるんだろ? ほら、ここにお前の一発を打ちこんで来いよ!!」

 そう言って響は右頬を差し出す。ここに打ってこいと誇示するように。

 間髪空けることなく右頬に固いものがとんでもない速さで激突する。それは硬球なんて比にならない重みと衝撃。もちろん硬球を顔面で受けたことないため想像にはなるのだが。

「ふぐあぁ!!」

 その痛みたるや頬骨がバラバラに砕けたかのようで、一瞬意識が飛びそうになるのを奥歯を噛みしめ堪える。

 攻撃された勢いで態勢が崩れ後方に飛ばされながらも、響は今確かにそこにいる相手をしかと見据えていた。

 待ってたぜ、この瞬間を。

 響は腹筋に渾身の力を込め、右足を垂直に蹴り上げ咆哮する。

「くらえやあああぁぁぁぁぁぁ―――――――――――――――――――――――!!」

 脚を振り抜いた勢いそのままに肩から落下してしまう響。だが、確かに手応えはあった。

 微かにつま先が何かに触れる感触と短い呻きのような声。信じられないほどに何もかもが思い描いた通りになったのだ。

 それ故に倒れ込む響を見下しているアリシャの姿が、その状況が信じられなかった。

 獣人のタフさはここまで桁違いなのか……。それとも当たりが甘かったのか……?

 響の導き出した勝ち筋は至って単純だった。

 いくら姿が見えない相手であっても攻撃の瞬間は必ず傍にいるはず。なら攻撃の箇所をある程度限定してしまえばアリシャの大体の位置を特定出来るというものだった。

 幸い頭の緩いアリシャなら煽って頭に血を上らせてしまえば冷静な思考が出来なくなり、狙いの場所に誘導することも難しくはない。そしてそれが右頬だったのだ。

 右頬ならば位置的にパンチの可能性が高いし、言葉の誘導で『打ってこい』と言うことでパンチを連想させることが出来る(アリシャにそれが通用するかは不明だが)。あとは大体の位置を特定したアリシャの顎目がけて右脚を蹴り上げるだけ。

 いくら非力な響の蹴りであっても顎を渾身の力で蹴り上げればアリシャとて無傷では済まないだろうし、脳震盪を起こしてしまえば強靭な身体を持つ獣人であろうともそう簡単には立ち上がれないと踏んでいた。

 実際に攻撃を受けるまでは蹴りを深めに当てて気絶させることも出来るかもしれないと楽観視していた響だったが、殴られた痛みに耐えきれず肝心の狙いが少し甘くなってしまったのだ。

 もちろん他にも失敗の要因はあったのかもしれない。数えればきりがない程に。だがその末に万策尽き、今響の脳内では『降参』という二文字がチラつく。

 とどめと言わんばかりにアリシャの口撃が響に浴びせられる。

「それが奥の手ってわけ? 心底ガッカリしたわ。もう負けを認めなさいよ。そうすればもう見逃して……」

 しかしアリシャは言い終わることなく、突如膝から崩れ落ちた。まるで糸が切れた操り人形のように力なく。

 その瞬間、何が起こったのか響にも分からなかった。

 アリシャは必死に立ち上がろうともがくが身体が思うように動かないらしく、その姿は生まれたての小鹿を彷彿とさせる。

「な、何が……。私、私……。あれっ……!?」

 自分の身体に何が起こっているのか分からず慌てふためくアリシャ。

 右頬は痛みを通り越して感覚がなく、右脇腹や腰の痛みもまだ全く癒えていない。そんな中響はゆっくりと立ち上がる。

 すると次第に理解が追いついて来る。

 もしかして、効いてた……のか……。

 そこでようやくクレアが口を開く。

「それまで、これにて模擬戦を終了する」

「ちょっ……、私は、私はまだ……」

 宣言したクレアに猛抗議をするアリシャだったが立ち上がれないのでは説得力の欠片もない。

 響はまだ実感がなく、それより今はこんな勝ち方をして近いうちにアリシャに闇討ちされないか不安で一杯だった。

 後でクレアに釘を刺しておいてもらわないと、今日中に間違いなく殺されるだろうな……。

 響は嫌な汗を手の甲で拭った。

 自力で立ち上がれないアリシャをクレアは抱え上げ小屋に向かって歩き出す。その背中をゆっくりと追いかけた響に声が掛けられる。温かく、優しい声。

「見事だったぞ、ヒビキ」

 その一言は今まで聞いたどんな賞賛の言葉よりも心の深くに刺さり、響は頬が緩みそうになり一筋の涙が伝う。

 もちろんクレアの言葉は凄く嬉しかったんだけど、この涙は間違いなく右頬の激痛のせいだ。口の中は血の味がするし、身体中が痛くてそれどころじゃないっていうのもあるかもしれない。

 これからいつまで続くか分からないこんな日々が始まると思うと憂鬱になる一方で、どこか興奮を隠しきれない自分がいることに嬉し恥ずかしな響だった。

 小鳥の囀りにつられ響が空を見上げるとまだ頂点まで程遠い日差しに目を細め、今日が始まったばかりだったことを思い出させる。


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