File No.012 災難な帰路
やっといろいろな進展がありそう、そんな話。
今日の部活も終わり、僕は帰路についていた。正門まではまだまだ距離もある。もうすっかり一人で帰ることが日常的になってしまっている。一人で歩くことは、中3の時に極めていて、最早誇れるものになりつつあった。黄昏ながら歩くというものは実に気持ちの良いものだ。だが、そんな平穏は文字通り音を立てて崩れ去った。
「夕涼くーん」
「……チッ」
面倒なのが来た、そう思ってしまった。少し前までの僕なら情報を聞き出すいい機会だと思えたろう。だが、もうそんなことは言えない。
「今舌打ちしなかった?」
「空耳じゃないかな、靴の砂利を踏む音じゃない?」
さりげなく笑って誤魔化した。誤魔化せた、はずだ。
そう、とため息のように一言。
「城、どう?」
どうやら開放してくれない気らしい。思わず「え?」と聞き返してしまいそうだった。見た目は無関心そのものだが、内心ではいろんな考えが渦巻いている。
「どうって……」
―――どうって聞かれても、僕は今どうやったら君を振り切って一人で帰られるかを考えている最中なんだけど……
本音を隠しつつ、どうにか言葉を絞り出す。
「組むの面倒かな。まぁ、楽しんではいるけど」
割と自然な返答ができたことに自分が一番驚く僕だった。クラスメイトの女子相手にここまで話をしたのは初めてかもしれない。
僕の哀しい経験はさて置き、そんな簡単な返答に「そう」と夜霧さん。今日はやけにフレンドリー。一体何を考えているのか。なんだか嫌な予感がした。自分もよく質問の途中で終わらせたりして相手を困らせたりしてしまうのだが、今度からは気を付けようと思う。
そして、何か喉に引っかかる様なその態度が罠であろうことに気づきつつも、僕は本題に入る。
「何か聞きたいことでもあるの?」
「えっ?」
「いや、何か言いたげな顔してるよ」
少しだけ、顔に出ている。指倉は気づきそうだが、藤森や吉谷は気づかないだろう。相手も見破られたことは分かっている口ぶりだ。正門まで、あと200メートル。
本当に迷ったのだろう、少し間があいた後歩いている僕に後ろから訊いてきた。
「君は、放課後いつもなにしてるの?」
夜霧が僕を「君」と呼ぶのは初めてだった。
「何って…ゲームとか、勉強とか?」
「そうじゃなくて…放課後、あなた…いえ、あなたたちは何をしてるの?」
やはり聞くべきではなかったか、と後悔するが後の祭りである。
「…え?」
つい立ち止まってしまうところだった。核心を突かれたわかではない。だが、そうともとれる問い方だった。この女はやはり知っている。知っている、どころではない。僕は悟られぬように警戒を強めた。
「えーと……何のことを言ってるのかわからないのですが」
「へぇ?しらばっくれるつもりなんだ」
完璧に地雷を踏んでしまった。さっきまでとは違う雰囲気を纏った夜霧を振り向くことはとてもはばかられた。単に僕の意気地がないだけかもしれない。背中からかかる重圧に耐えながら、僕は学校の敷地内をついに出た。正門を右に曲がり、長い下り坂に差し掛かる。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
*****
夜霧は黙ったまま、沈黙による追求を続ける。長い長い坂が終わり、ちょうど歩行者用の信号が点滅している青から赤に変わったところだった。
「ねぇ」
「はい、なんですか」
ポンっと肩に手を置いてくる夜霧。反射的に振り返ってしまったのだが、それがいけなかった。その人形のような顔に張り付いているのは『笑顔』。目が据わった……笑顔?果たしてそれは笑顔と言えるのか、というのが僕の正直な感想。
「家、どこなの?」
普通、こんな可愛いクラスメイトに家がどこかなんて聞かれたら、心臓が破裂しそうなものだが、僕は別の意味で心臓が破裂しそうだった。この問いかけの意味はつまり、
「逃がさん、と?」
苦笑混じりに答えた。
「目の前に獲物があるのにどうして我慢しなきゃいけないの?」
普段の学校生活からは考えられない、陰湿なとしか言い様のない表情を貼り付けていた。
僕は手を挙げて降参のポーズを……取らなかった。そのかわり、前を向き直して信号が変わるのを待つごく普通な男子高校生を装った。
「意地っ張りだねぇ?」
「黙秘権って知ってるよね?」
「なにそれ、美味しいの?」
「あぁ、とても美味しいよ。今の僕にとってはうますぎる」
「座布団1枚!」
「2枚欲しいな」
ったく、と夜霧は悪態を一つつき、話を戻す。
「うまく言えたって?」
「僕の中では」
「ま、『上』と君が嘘つきだということはよく分かったかな」
「いや、」
「先に嘘ついたのは君じゃないかな?特Bのアスカくん?」
夜霧はねちっこい言い方で機密を口にした。僕の予想は、確信に変わる。
「先に罠貼ったのはそっちでしょう?警視庁の夜霧さん」
「へぇ?いつから気づいてたの」
「何か裏があると思っていたのは最初からです」
「ふーん、意外と鋭いんだ」
「じゃないと(特Bに)入ってないですよ」
ここでようやく信号が青に変わった。対向から来る人はゼロ。僕らは話を続ける。
「その口ぶりだと、そっちも知らされてないみたいね」
「えぇ、まぁ」
ただ…と付け加える。
「知らないのは僕だけっぽいですが」
「仲間はずれにされたんだ」
「そういうことですかね」
で、さぁ…とため息を漏らしたのは夜霧。
「はい?なんでしょう」
「どんな風に言われた?」
それは、僕が夜霧をマークさせるために、どんな手を使ったかということだろう。
「えーと……捜索願を出されました」
「この写真かな?」
いつの間にか横を歩いていた夜霧の手には、よく似た少女が写っている写真があった。だが、髪の色などかなり違う箇所がある。僕には見覚えがありすぎる。
「…っ!?」
僕は上着の内ポケットを外側からまさぐった。そこに入れていたものは、ちゃんとあった。
「へーそんなとこに大事に持ってたんだぁ」
ジト目で左胸を指でつつかれた。男性慣れしているらしい。まぁ、警察自体男社会なので当然といえば当然なのだが。
「えと、それはいいんで、なんで僕が特Bにいるとか知ってるんですか」
別に、捜索に必要なものだし、なんて言ったらもっとからかわれていたんだろうな。その事態に陥らなかったことで、僕は自分の話の返し方に少しだけ自信を覚える。
「企業秘密」
どんな手を使ったのか気になるところではあるが、さきほど写真を出してきたこともあり、藪をつついたら蛇では済まないと判断しあえなくスルー。
「まぁ、上に許可とっちゃえばなんでもできるし?」
さらっととんでもない発言をした。
「いやいや、そんなドラマみたいなことできないでしょ」
「いや、できたよ?」
なんということだ、個人のプライバシーなんてあったもんじゃない。これは法治国家の一大事だ。
「だって君、完璧にクロだって言われたし」
「僕はどんな重犯罪者に仕立て上げられてたんだ……」
それだけの心意気でかからなければならない相手にされることは嬉しいが、正直に喜べないところである。
「元警視庁の凄腕で、実は大きなハッカー集団と繋がってた重要人物って説明された」
「…そんな風に見える?」
「元凄腕には見えないけど…ね?」
―――要するに引きこもりには見えたってことか。
今更ながらに自分がどんな目で見られているのかを再確認する。
「あ、コンビニ寄ろ」
反対側の道ににコンビニの看板が顔を出していた。
「ずいぶんといきなりね」
前を向いたままこちらに話しかけてくる。
「なに買うの?」
「まだ決めてないけど、小腹がすいたから菓子パンとかホッとスナックとか」
「私にも何か買ってよ」
「いいよ、200円までなら出せる」
「細かい。もっと大きな人だと思ってた」
「今までの会話で本気でそう思ったなら、男を見る目がないよ」
すると夜霧は、おもむろに僕の前に出てきて道を塞ぐと
「大丈夫、あなたが生涯窓際だってことくらいはわかるから」
めいっぱいの笑顔でそう言って約5メートル先まで近づいていたコンビニの真ん前の信号機の黄色い箱に付いている押しボタンに向かって駆けていった。
「結局おごらせるのか」
はぁと一回、ため息をついた後、僕は黄色から赤色に変わった信号機を見据えている少女へ駆け寄った。
いろいろとすっ飛ばしてますが、それはまた別のお話ということで。
こんな微妙な作品、読んでもらえるだけでも感動ものです!!




