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アイスが溶けるまで、異世界  作者: 黒猫と珈琲


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5/8

五日目 今日はずいぶん涼しそうだね

 翌日。


 玄関のドアを開けた瞬間、マリは思った。


「……暑っ」


 思わず一歩、家の中へ戻りそうになる。


 朝から気温はぐんぐん上がり、午後になった今では、外に立っているだけで汗が滲むほどだった。昨日まで着ていたひざ丈のパンツでは暑い。


 そう判断したマリは今日は、明るい色のTシャツにデニムのホットパンツを合わせていた。足元はスニーカーだ。


 三日目に町を歩き回って分かった。石畳は、思っていた以上に歩きにくい。


「これでよし」


 肩には、小さな斜めがけバッグ。財布とハンカチ、それから向こうへ行っている間に持っておきたいちょっとしたものを入れてある。


 最初の日の近所着と比べれば、少しだけちゃんとしている。


 ――異世界へ行くんだから。


 そう自分では思っていた。


 コンビニへ着くと、マリはまっすぐアイス売り場へ向かった。


「今日は約束通り」


 選んだのは、チョコレートのアイスバー。


 昨日のチョコミントではない。エミールがはっきり「好き」と言った方だ。


「これなら文句ないでしょ」


 誰に言うでもなく呟いて、一本手に取る。


 少し考えて。


 もう一本取った。


「……二本くらいならいいよね」


 一本は自分用。もう一本はエミール用。


 これまでみたいに一つを分けてもいいのだけれど、エミールも普通に一本食べられるのではないかと思ったのだ。


 それに、別々に持っていたら、マリの分がなくなってもエミールの分が残っている間はこちらにいられるのではないか。


「いや、それはさすがに違うかな」


 滞在時間を延ばすためではない。


 たぶん。


 レジを済ませ、外へ出る。


 じーじーじーじー。


 今日も蝉が鳴いている。


 マリは一本だけ袋を開け、チョコレートアイスを齧った。


 冷たい。


 濃い甘さが、暑さで疲れた身体にちょうどいい。


「エミール、これ好きそう」


 自然にそんなことを考える。


 もう、それを不思議には思わなかった。


 いつもの角へ向かう。


 最近では、ここまで来ると少し足が速くなる。


 角を曲がる。


 熱いアスファルトが消えた。


 石畳。白い家々。青い空。


 そして――。


「おはよう、エミール」


 いつもの場所にいたエミールへ、マリは片手を上げた。


「……おはよう」


 返事が、少し遅れた。


 マリは首を傾げる。


「どうしたの?」

「いや」


 エミールはいつものように穏やかな顔をしている。けれど、なんとなく視線が定まっていない。


「?」


 マリは自分の後ろを見る。


 何もない。


 もう一度エミールを見る。


「何?」

「何でもないよ」

「絶対何かあるでしょ」

「ない」

「ある」

「……」


 エミールが困ったように息を吐く。


 それから、マリの姿を一度だけ見た。


 ほんの一瞬。


 すぐに視線を外す。


「今日は、ずいぶん……涼しそうな格好だね」

「暑いからね」

「そうだね」

「……何その間」

「間?」

「今あった」

「気のせいじゃない?」

「気のせいじゃない」


 マリは自分の服を見る。


 Tシャツ。ホットパンツ。スニーカー。


 日本では珍しくもない。


「これ、変?」

「君の世界では普通なんだろう?」

「普通」

「なら、マリが悪いわけじゃないよ」

「うん?」

「ただ、こっちではあまり見ない」


 そこでマリは、ようやく周囲を見た。


 通りを歩いている女性たちは、やはり長いスカートを穿いている。子どもでも、膝下くらいまである服が多い。


「そんなに?」

「まあ……」


 エミールが少し言いにくそうにする。


「太腿まで脚を出している女性は、ほとんどいないかな」

「あ」


 そこで理解した。


「そういうこと?」

「うん」

「だからさっきから目逸らしてるの?」

「……」

「エミール?」

「目のやり場には少し困る」


 真面目な顔で言われた。


「…………」


 今度はマリが黙る。


 急に恥ずかしくなる。さっきまで何とも思っていなかった自分の脚が、妙に気になった。


「でも私、最初の日から膝は出してたよ?」

「あれは膝だったからね」

「そこに境界線あるんだ」

「僕に聞かれても困るよ。文化の違いだから」

「そっか……」


 マリはTシャツの裾を何となく引っ張る。もちろん、それで脚が隠れるわけではない。


 エミールはそんなマリを見て、少し眉を下げた。


「別に、その格好をするなと言ってるわけじゃないよ」

「うん」

「君の世界では普通なんだろうし」

「普通だよ。もっと短い人もいる」

「もっと?」

「うん」

「……そう」

「また困ってる」

「ちょっと想像しただけ」


 エミールが視線を空へ逃がす。


 その反応がおかしくて、マリは少し笑った。


「エミールって、意外とこういうの慣れてないんだね」

「どういう意味?」

「もっと平気な顔する人かと思ってた」

「僕を何だと思ってるの?」

「町付き魔術師」

「その答え、便利に使ってない?」


 いつもの調子に戻った。


 マリは笑う。


「そうだ」


 斜めがけバッグを探る。


「はい」


 まだ袋に入ったままのアイスバーを差し出した。


 エミールが目を瞬く。


「これは?」

「エミールの分」

「僕の?」

「昨日、普通のチョコにするって言ったでしょ」

「覚えてたんだ」

「そりゃ覚えてるよ」


 エミールは袋を受け取った。


「ありがとう」

「今日は一人一本」

「ずいぶん贅沢だね」

「コンビニのアイスだけど」

「僕にとっては異世界の食べ物だからね」

「あ、そっか」


 エミールが袋を開ける。


 中から現れたチョコレートアイスを見て、少し嬉しそうに笑った。


 それを見て。


 マリも嬉しくなる。


「どう?」


 一口食べたエミールに尋ねる。


「うん。好き」

「よかった」

「昨日より安心する味だね」

「チョコミントに失礼」

「僕には少し早かっただけだよ」

「そのうちもう一回食べさせる」

「まだ諦めてなかったんだ」


 二人は並んで歩き出した。


 昨日までより日差しはさらに強くなっていた。こちらへ来た瞬間は日本より涼しいと感じたのに、今日はもう、それほど大きな差がない。


「暑くなったね」

「うん」


 エミールも額に手を当てて空を見る。


「今朝、町の観測具が今までに記録したことのない気温を示した」

「そんなに?」

「僕が生まれてからでは一番高い」

「エミール、暑い?」

「少しね」

「まだその程度?」

「君の世界ほどではないだろう?」

「うちの方は外出た瞬間に帰りたくなるから」

「それは前にも聞いた」

「今日は特に帰りたかった」

「それでも来たんだ」

「……まあね」


 言ってから、エミールを見る。


 彼もこちらを見ていた。


 一瞬だけ目が合う。


「アイスも買ったし」


 マリは急いで付け足した。


「そうだね」


 エミールはそれ以上何も言わなかった。


 けれど、ほんの少し笑っていた。


 町の中も、少しずつ変わっている。先日まで見かけなかった鮮やかな花が、あちこちに咲き始めていた。


 木々の緑も濃い。


 そして。


 ジジジジジ――。


 今日も蝉が鳴いている。


 初日は一匹鳴いただけで町中が大騒ぎだったのに、数日も経たないうちに数が増えた。


 町の人たちも、まだ慣れてはいない。


「また鳴いてるわ」

「昨日より増えてないか?」

「朝からずっとだぞ」


 そんな声が聞こえてくる。


 マリは楽しそうに笑った。


「夏っぽくなってきた」

「君は本当に嬉しそうだね」

「だって、知ってるものが増えてくるんだもん」

「僕にとっては知らないものが増えてるんだけど」

「じゃあ教えてあげる」

「頼もしいな」

「蝉とアイスについてなら任せて」

「かなり限定的だね」


 二人が広場へ向かおうとした時。


「あら、エミールさん」


 店先から声をかけられた。先日、魔法灯の修理を頼んでいた女性だ。


「今日は暑いわねえ」

「そうですね」

「こんなに暖かくなるなんて、生まれて初めてよ」


 女性は手で顔を扇ぎながら、それでも楽しそうに笑っていた。


 そしてマリを見る。


「あら。今日も一緒なのね」

「こんにちは」

「こんにちは」


 女性の視線がマリの服装へ落ちる。


 一瞬だけ目を丸くした。


 けれど、何も言わない。


 代わりに。


「なるほどねえ」


 なぜかエミールを見た。


「……何ですか?」

「何でもないわ」


 にこにこと笑って店へ戻っていく。


 マリは首を傾げた。


「何だったんだろ」

「さあ」


 エミールは微妙に遠い目をしている。


「エミール、何か分かってる?」

「分からない」

「ほんと?」

「行こうか」

「話逸らした」

「気のせいだよ」

「今日それ二回目」


 広場へ着いた。


 今日は噴水の周りにも人が多い。暖かくなったせいだろう。子どもたちが水へ手を入れたり、日陰で休んだりしている。


「ここだと人多いね」

「そうだね」


 エミールは少し周囲を見た。


「向こうへ行こうか」

「どこ?」

「僕の家」

「え?」


 マリが足を止める。


 エミールも止まった。


「嫌なら別の場所にするけど」

「嫌じゃないけど」

「町付き魔術師だから、仕事場も兼ねてるんだ。昨日の記録も見せられる」

「あ、そういうこと」

「……どういうことだと思ったの?」

「何でもない」

「その顔、絶対何か考えたね」

「考えてない」


 今度はマリが先に歩き出した。


 エミールの家は、広場から少し離れたところにあった。


 二階建ての小さな家。白い壁に淡い茶色の屋根。窓辺には薬草らしい植物がいくつか置かれている。


「思ったより普通」

「どういう家を想像してたの?」

「魔術師だから、塔とか」

「町の真ん中に?」

「それもそうか」

「君の魔術師のイメージ、毎回少し大げさだね」


 中へ入る。


 一階は生活する場所と仕事場を兼ねているらしい。本棚、机、魔法具、瓶に入った薬草。壁には町周辺の地図もある。


 思ったよりきちんとしていた。


「エミール、ちゃんと片付ける人なんだ」

「どうして散らかしてると思ったの?」

「なんとなく」

「ひどいな」

「本いっぱいあるから」

「使ったら戻すよ」

「偉い」

「普通じゃない?」


 二人で笑う。


 そこでエミールが、マリを見た。


 もう一度、ほんの少し困った顔になる。


「……どうかした?」

「町の中を歩くなら、何か羽織る?」

「え?」

「マリが気にしないなら、そのままでもいいんだけど」


 エミールは少し考え、奥へ行った。


 戻ってきた手には、薄手の白いシャツがある。


「僕のでよければ」

「借りていいの?」

「うん」


 マリは受け取った。


 さらりとした薄手の白いシャツだ。


「これ、腰に巻けばいいんじゃない?」

「腰に?」

「うん。その方が隠れるでしょ」


 マリはシャツを腰に回し、長い袖を前で軽く結んだ。


 当然ながら、エミールのシャツはマリには大きい。裾が腰から太腿のあたりまでふわりと落ちて、ホットパンツを覆う。


「お、ちょうどいい」


 マリは自分の姿を見下ろしてから、エミールを見る。


「どう?」


 エミールが少し意外そうにこちらを見た。


「そういう着方をするんだね」

「私の世界だと、たまにね。変?」

「いや」


 エミールは一度、腰に巻かれた自分のシャツを見て、それからマリの顔へ視線を戻した。


「似合ってるよ」


「……」


「……」


 言ったエミールも。


 言われたマリも。


 なぜか少しだけ黙った。


 蝉の声が、開いた窓から聞こえてくる。


 ジジジジジ――。


 その音だけが妙に大きく感じられた。


「……ありがと」

「うん」


 エミールが先に視線を外す。


「飲み物を用意するよ」

「あ、うん」


 マリも窓の方を向いた。


 顔が少し熱い。


 暑くなってきたせい。


 きっとそうだ。


 エミールは水差しからグラスへ水を注ぎ、そこへ何かの葉を一枚入れた。


「何それ?」

「香りのある葉。最近暑くなってきたから、水に入れると飲みやすいんだ」

「へえ」

「口に合わなかったら普通の水もあるよ」


 一口飲む。


 少し柑橘に似た、爽やかな香りがした。


「おいしい」

「よかった」


 こうして飲み物まで用意してもらうと、本当に遊びに来たみたいだ。


 マリは腰に結んだ白いシャツへ目を落とした。


 自分の服ではないものがそこにあるのが、なんとなく不思議だ。


「これ、帰る前に返すね」

「急がなくていいよ」

「でも私が消えたら、一緒に持っていっちゃうかもしれない」

「それは困るな」

「でしょ?」

「僕のシャツが異世界へ行ってしまう」

「壮大な話みたいに言わないで」


 エミールが笑った。


「なら、アイスがなくなる前に返して」

「忘れないようにしないと」

「そのまま帰ったら、明日持ってきて」

「え?」


 エミールは自然な調子で続ける。


「また来るんだろう?」


 マリは一瞬だけ黙った。


「……うん」


 エミールも、当たり前のように頷く。


「じゃあ問題ないね」


 その言葉が、なぜだか胸の奥に残った。


 明日も来る。


 明日も会う。


 いつの間にか、それが二人の間で当たり前になっている。


 ◇


 エミールは机の上に古い記録を広げた。


「昨日から調べてたんだけど」

「何か分かった?」

「少しね」


 マリも隣から覗き込む。


 古い文字はほとんど読めない。ところどころに、花や大きな雲、強い日差し、虫のようなものが描かれている。


「これ、蝉?」

「たぶん」

「じゃあやっぱり、この国にも昔は夏があったんだ」

「その可能性はかなり高くなった」


 エミールが別の紙を見せる。


「それから、ここ数日の魔力の記録」


 線が何本も引かれていた。


 マリには詳しいことは分からない。


「何が起きてるの?」

「季節を巡らせる魔力が変化してる」

「季節を?」

「うん。今まで長い間ほとんど動かなかった場所に、流れが生まれてるんだ」

「それって……」

「夏に関係する魔力かもしれない」


 エミールの指が、紙の一点を示す。


「そして大きく変化するのは、毎日ほぼ同じ時間」


 マリにも分かった。


「私が来る時間?」

「そう」


 二人の視線が、机の端に置いたアイスへ向かう。


 まだ半分ほど残っている。


「やっぱりこれ?」

「たぶんね」

「ただのアイスなのに」

「君の世界では」


 以前と同じ答えだった。


 エミールは窓の外を見る。


 強くなった日差し。濃くなった緑。蝉の声。


「君の世界で作られたものだから、夏の気配を持っているのかもしれない」

「夏の気配」

「僕たちにはないものをね」


 マリは自分のアイスを見た。


「じゃあ、私が毎日これを持ってくると」

「何かが変わる」

「夏が戻る?」

「まだ断言はできない」


 エミールはそう答えた。


「でも」

「うん?」

「少なくとも、この世界は君が運んでくるものに反応してる」


 窓の外で。


 ジジジジジジ――。


 蝉が鳴いた。


 マリは少し笑う。


「じゃあ、夏っていうのをエミールも本当に知ることになるかもね」

「そうだね」

「暑いよ」

「最近、それは少し分かってきた」

「これからもっと暑くなるかも」

「……今から?」

「夏だから」


 エミールが小さく息を吐く。


「君が嬉しそうなのが少し不思議だよ」

「来たら来たで暑いって文句言うけどね」

「それも不思議だなあ」

「そういうものなの」

「相変わらず説明が曖昧だね」


 マリは笑った。


 窓から入る風は、もう春の風ではなかった。少し熱を含んでいる。


 ふと空を見る。


 夕方が近づいていた。


 空の青が、これまでより深い。西の空には淡い橙色が広がり始めている。


「きれい」


 マリが呟く。


 エミールも窓の外を見る。


「昨日までと色が違う」

「夏の夕方みたい」

「これも?」

「うん」

「また夏っぽい?」

「すごく」

「便利だな、その言葉」

「いつかエミールも言うようになるよ」

「それはどうかな」


 二人で笑った。


 その時、手に持ったアイスから溶けたチョコレートが指へ垂れた。


「あっ」

「そろそろだね」

「せっかく長くいられたのに」

「今日は結構長かったよ」

「そうだけど」


 アイスを見る。


 あと少し。


 帰る時間が近づくと、さっきまでより部屋が静かに感じられた。


「あ、シャツ」


 マリは慌てて腰へ手をやった。


「忘れるところだった」

「そのまま持って帰ってもよかったのに」

「さっき困るって言ったでしょ」

「明日持ってきてくれればね」

「異世界に服を持っていかれるの、怖くない?」

「君なら返してくれるだろう?」


 さらりと言われた。


 マリの手が少し止まる。


「……信用してるんだ」

「もう何日も来てるからね」

「そっか」


 マリは腰の前で結んでいた袖をほどいた。


 白いシャツがするりと腰から離れる。軽く形を整えてから、エミールへ差し出した。


「はい」

「ありがとう」


 さっきまで自分の腰に巻いていたシャツが、エミールの手に戻る。


 たったそれだけなのに、急に腰回りが心許なくなったような気がして、マリはなんとなくTシャツの裾を引っ張った。


「……やっぱりこっちだと短いんだね」

「今さら気になった?」

「だって、さっきまでは隠れてたから」


 エミールが少し笑う。


「もうすぐ帰るんだから大丈夫だよ」

「そうだけど」


 マリは残ったアイスを食べる。


 あと一口。


「じゃあ、また明日」

「うん」

「明日は何味にしようかな」

「マリが好きなものでいいよ」

「でもエミールも食べるでしょ?」


 エミールは一瞬だけ目を細めた。


「じゃあ、一緒に選んでるつもりで楽しみにしてる」

「何それ」

「今日も僕が好きそうなものを選んでくれたんだろう?」

「……まあ」

「だから何でもいいよ」


 また少しだけ、顔が熱くなる。


 マリは最後の一口を急いで食べた。


「じゃあ明日」

「また明日、マリ」


 最後の一滴が落ちる。


 景色が揺れた。


 白い家。


 深くなった夕方の空。


 そして、エミールの姿が薄れていく。


 ◇


 じーじーじーじー。


 日本へ戻る。


 むっとする夏の空気。


 マリはいつもの住宅街に立っていた。


 手には、空になったアイスの袋。


 そして。


 腰にはもう何も巻かれていないのに、なぜかまだ、あの白いシャツが触れているような気がした。


「……似合ってる、か」


 口にしてから。


「何言ってるんだろ、私」


 一人で恥ずかしくなる。


 暑い。


 今日が暑すぎるせいだ。


 きっと。


 マリは早足で家へ向かった。


 けれど、エミールが一瞬、目のやり場に困った顔も、自分のシャツを貸してくれたことも。


 腰に巻いた姿を見て、「似合ってる」と言った時の声も。


 家に着くまで、なかなか頭から離れなかった。


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