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幽霊さん。今日もお話聞かせてください  作者: 栗須帳(くりす・とばり)
第1章 朝霧夕子と品沢昭典

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009 忘れていた感覚

 


 負けるな。

 その言葉は、千花(ちか)の想定以上に夕子の心を動かした。

 それから夕子は気持ちを強く持ち、安城(あんじょう)と接していこうと決意した。

 相変わらず、居室に入る時は緊張する。ため息が漏れる。

 しかしその度に、「負けるな」そう言った千花の笑顔を思い浮かべ、勇気を振り絞った。

 どれだけ冷たい視線を向けられても、どれだけ無視されようとも。

 笑顔を向け、声をかける。

 そうしていく内に、少しずつ気持ちが軽くなっていくのを感じた。

 いつか安城を笑顔にしてみせる。

 そんな目標を胸に、日々の業務に励むようになっていった。


 しかし。


 今夜。

 0時の巡回の時。

 これまで、どれだけ声をかけても無反応だった安城が、再び口を開いた。


「痛い」


 それはかつて、初めての時に放たれた言葉だった。

 その言葉に、あの時の感情が蘇る。

 何を考え、何を感じてるのか理解できない恐怖。

 全てを否定されてるような感覚に、心が凍り付いた。


「す、すいません。もう少しゆっくりしますね」


 額の汗を(ぬぐ)い、小さく息を吐く。

 大丈夫、自信を持とう。

 今だって、他の利用者さんより時間をかけて、丁寧にゆっくりやっている。

 だから大丈夫。それよりあの日以来、初めて声をかけられたことを喜ぼう。

 そう自分に言い聞かせた、その時だった。


「……下手くそ」


 その言葉が、夕子の胸を刺し貫いた。





「……」


 品沢と石川を前に、夕子が険しい表情で煙を吐く。

 心ここにあらず。視線も定まっていない。

 そんな夕子に、石川は困惑の表情を浮かべていた。

 品沢は白い息を吐きながら、満足そうに煙草を堪能している。


「……じゃあそろそろ、仕事に戻りますね」


 煙草を消し、夕子が立ち上がる。

 石川は、「あ……は、はい、お疲れ様です」そう答えることしかできなかった。

 品沢は笑みを浮かべ、夕子を見つめた。


「あと7時間、頑張るんだよ」


 その言葉に、夕子が笑みを作る。


「ありがとうございます。それから品沢さん、火の後始末だけ、くれぐれもお願いしますね」


「ああ、勿論だ。任せてくれ」


「では、おやすみなさい」


 そう言って、夕子は施設に戻っていった。




「品沢さん、よかったんですか」


 扉が閉まると同時に、石川が品沢に詰め寄った。


「何がだ?」


「何がって、夕子さんのことですよ」


 石川の言葉に、微笑み白い息を吐く。


「いいんじゃないか? 確かにまあ、今日のお嬢ちゃんはいつも以上に落ち込んでいた。でもな」


 そう言って石川を見つめ、にんまりと笑った。


「生きてるって感じでいいんじゃないか? わしらが二度と味わえない感覚、それをお嬢ちゃんは今、全身で感じてるんだ」


 その言葉に、意味に。石川が複雑な表情を浮かべる。


「それは……確かにそうですけど……」


「生きるってことは、悩むってことと同義だ。わしはそう思ってる。そして人は、悩むからこそ成長する」


「それが抱えきれない悩みだとしても、ですか?」


「抱えきれない悩みなんてもん、そうそうあるもんじゃないさ。お前さんだって生前、そこまでの悩みにぶち当たったことはあるのか?」


「いや、いえ……そうなんですけど」


「これはお嬢ちゃんの問題だ。立ち向かうのも苦悩するのも、逃げだすのも全部お嬢ちゃん次第だ。そして今、お嬢ちゃんは悩み苦しむことを選択した。それだけのことだよ」


「少し冷たくないですか」


「わしだって、本当に危ういと感じたら声をかけるさ。だが、今はまだいいと思ってる」


「……」


「人生ってのは、苦悩の連続だ。人の幸不幸の分水嶺は、そこから何を学ぶか、何を選択するかだと思ってる。わしらにはもう、必要ないことなんだがな」


 そう言って煙草をもみ消し、石川の肩を叩いた。


「お嬢ちゃんが壁にぶつかり、苦悩している。決意して挑んでも、その決意を嘲笑うように否定される。わしらにできることは、それを見守り、寄り添うことだと思うぞ」


「そうなん……でしょうか」


「そしていつか、必ずお嬢ちゃんは思うことになる。あんなこともあったな、あの時はきつかったなと。お前さんも経験あるだろ」


「……そうですね、あったと思います」


「それが貴重な財産になる。人生の醍醐味というやつだ」


「……」


「わしらも生きていれば、今もそういうことに右往左往してたのかも知れん。そうは思わないか?」


「今の僕たちにあるのは、後悔だけですからね」


「だからわしは、正直言ってお嬢ちゃんが羨ましい。しかも彼女はまだ若く、可能性に満ちている」


 その言葉に、石川が微笑んだ。


「そうですね。どちらも僕たちにはないものですからね」


「だろ? だからわしは、お嬢ちゃんが本当に危ういと感じた時、力になれればいいと思ってる。そしてもう一度言うが、それは今じゃない」


「品沢さん……」


「だがな、石川。それはわしの気持ちだ。わしの考えだ。お前さんまで、それに従う必要はない」


「……」


「お前さんはお前さんとして、石川英正として。信じることをすればいい。それでいい」


 そう言って微笑んだ品沢に、石川がうなずいた。


「しかし何だな。お嬢ちゃんと出会ったおかげで、わしらは思考や感情をどんどん思い出していく。正直死んでから今日まで、他人のことで悩むなんて感覚、忘れていたからな」


「ははっ、違いないです。僕らは強い未練を胸に、この現世を彷徨(さまよ)っています。それだけの為に存在してる訳ですからね」


「わしも久しぶりに、どうしてこんな姿で存在してるのか、思い出したよ」


「品沢さん、この姿になって随分経たれてるそうですからね」


「お前さんの想像以上にな」


「いつもお世話になっております、先輩」


 そう言って石川が頭を下げると、品沢はにんまりと笑った。


「これからも精進したまえ、後輩」


「ははっ」





 二人が月を見上げる。

 そして思った。


 生者たち、頑張れ。

 お嬢ちゃん、頑張れと。




次話より第2章、と言うか本編のスタートです。

よろしくお願いします。

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