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073 幸せ

 


 12月25日。

 夜勤に向かいながら、思った。

 幸せすぎて、少し怖いと。

 こんな気持ち、初めてだった。





 夜勤明けの23日。28歳の誕生日。

 幽霊さんたちが祝福してくれた。

 それが全て博幸くんの根回しだったと知って、心が震えた。

 みんなの真心が嬉しくて。

 私は泣いた。


 その日の夜。

 博幸くんがタクシーで迎えに来てくれた。

 向かった先は、ホテルの高級レストラン。

 途中、ブティックに立ち寄り、勧められるがままにドレスアップして。

 まるで童話のお姫様になったような気がした。

 窓の外に広がる夜景に、そして目の前の彼の笑顔に見惚れながら。

 こんな幸せな誕生日、初めてだと彼に感謝した。


 そして。

 ディナーが終わり。

 家まで送るよ、そう言った彼の服の裾をつかみ、私は言った。


「今日は……帰りたくない……」


 そう口にして、自分自身驚いた。でも、それが本心だった。

 このまま彼と一緒にいたい、心からそう思った。

 私の言葉に驚いた博幸くん。少し緊張してるようだった。


「それは、その……そういうことって解釈してもいいのかな」


 私は静かにうなずいた。恥ずかしすぎて、顔から火が出そうだった。

 しばらく固まっていた博幸くんは、やがて私の手を強く握り、言った。


「分かった。部屋が空いてるかどうか、聞いてくるよ」





 私はその夜、彼と過ごした。

 誰にも言えなかった秘密を、初めて打ち明けた相手に。

 本当の意味で、全てを彼に委ねた。

 少し怖かった。でもそれ以上に、喜びに心が満たされた。

 私は世界一幸せだ、そう思った。





 翌朝。

 隣で眠る彼の顔を見て。

 彼の頬に触れ、夢じゃないんだと安堵した。

 随分遠回りをした。でも。

 今がその時でよかった。そう強く思った。

 私の仕草に彼が目覚める。

 そして私の顔を見て。状況を把握して。

 耳まで赤くして顔を背けた。


「おはよう、博幸くん。と言うか、なんでそっち向くのよ。こっち見てよ」


「あ、いや、これは……ごめん、ちょっと恥ずかしくて」


「ふふっ、何よそれ。その反応、博幸くんの方が女の子みたいじゃない」


「悪い……でもさ、その……こうして夕子と過ごすこと、ずっと夢見てたんだ。それが叶ったことが信じられなくて……だって俺は、過去に夕子を」


 話が終わる前に彼の顔をこっちに向かせ、頬をつねった。


「ゆ、夕子? どうした急に」


「何度も言ったでしょ、謝るのはなしだって。私が今ほしいのは、そんな言葉じゃないって分かってる癖に」


「そ、そうだよな、ごめん」


「ほらまたぁ」


「ははっ、悪い」


 そう言ってこちらを向き、微笑んだ。


「おはよう夕子。愛してる」


 そう言った彼の瞳に、吸い込まれそうになる。

 あなたは私を殺す気? そう思えるほど、幸せな瞬間だった。

 彼は私にそっとキスし、抱きしめてくれた。


「夢じゃないんだよな。俺は今、夕子を抱きしめているんだよな」


「うん……このままずっと、こうしててほしい」


「チェックアウトまで、まだ時間あるよな。ぎりぎりまで、このままでいいか?」


「ふふっ。私も今、そう言おうとしてたんだ」





 心も体もふわふわしてる。

 あれは本当に現実だったの? そう思ってしまうぐらい、幸せだった。


 幽霊が見えることを自覚して。

 自分がみんなと違うことを理解して。

 これまでずっと孤独だった。

 でも品沢さんと出会い、奈緒ちゃんや百合子さんと出会い。幽霊さんたちと語り合っていくうちに。

 少しずつ、この能力が好きになっていった。

 運命を受け入れられるようになっていった。

 そして。

 博幸くんと再会して。

 あの時の真相を知って。秘密を共有して。

 灰色だった私の世界に、色が重ねられていった。

 こんな日が来るなんて、思ってもみなかった。


 次の休み、実家に帰ってみようかな。

 年明けに行くつもりだったけど、今すぐお父さんとお母さんの顔を見て、ありがとうって言いたい。

 私を生んでくれてありがとう。私を愛してくれてありがとう。そう伝えたい。

 これまでも、似たような言葉を口にしている。

 でもそれは、関係を良好にする為の詭弁だった。

 こう言っておけば、お父さんもお母さんも喜んでくれる。笑顔になってくれる。

 そんな計算が心のどこかにあった。

 だけど今はそうじゃない。心からそう思っている。

 だから伝えたい。

 私は今、最高に幸せなんだって。





 その為にもまず、今日の夜勤を頑張ろう。

 そして休憩時間にまた、品沢さんたちと語り合いたい。

 そう思い、微笑み。

 私はグループホーム、「ゆめ」へと向かった。




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