072 サプライズ
「もうすぐ年越しだな」
その日は朝から、粉雪が舞っていた。
品沢と出会ってから二度目の、年越しを間近に控えた12月23日。
夜勤明けの夕子が自宅に向かっていた。
今日は自分の、28歳の誕生日。
初めて誰かに祝ってもらえる、記念すべき日だ。
相手とは勿論、國澤だ。
この世界で初めてできた、心を許せる存在。
そんな彼に祝ってもらえることが、何より嬉しかった。
雪に濡れたアスファルトを軽やかに歩き、口元はほころんでいた。
石川の成仏以降、二人の絆は確実に深まっていた。
國澤は夕子の強さに憧れた。そして、自分の思いを殺して石川を見送った後、号泣した姿を見て、心から守りたいと思った。
そんな國澤の想いが嬉しくて、夕子も國澤への想いを育んでいったのだった。
早く博幸くんに会いたい。
今日なら少しぐらい、甘えてもいいよね。
そんなことを思っているうちに、マンションが見えてきた。
博幸くん、どこにいるのかな。
はやる気持ちを抑えられず、歩く速度が速まる。
そんな夕子の耳に、突然歓声が響いた。
「夕子さーん!」
「……え? 何、何?」
夕子が思わず立ち止まる。その時だった。
「せーのっ!」
「お誕生日、おめでとうございまーす!」
言葉と同時に、夕子の前に大勢の姿が現れた。
状況がつかめず、夕子が呆然とする。
一人一人の顔を見る。
見た顔もある。初めての顔もある。
その誰もが笑みを浮かべ、夕子を見つめていた。
「誕生日おめでとう、お嬢ちゃん」
人だかりが静かに割れ、一人の壮年が現れる。
品沢だった。
夕子を取り囲む、大勢の人だかり。
それはこの街の幽霊たちだった。
「品沢さん、どうして……と言うか、これって一体」
困惑の表情を浮かべ、夕子が品沢を見つめる。
「はっはっは。お嬢ちゃんのそんな顔が見れたんだ。このサプライズ、成功だね」
「サプライズ……」
「ああ。今日がお嬢ちゃんの誕生日だってことは、以前國澤くんから聞いていたんだ。いやはや、彼は本当に好青年だね。わしらのことを認識できないにも関わらず、わしらのことを信じ、そしてわしに接触してきたんだからね」
そう言われ、石川が成仏した日の國澤の行動を思い出した。
あの時博幸くん、そんなことを話してたの?
「夕子さん、おめでとうございます」
声に振り返ると、そこには奈緒や百合子を始め、女の幽霊たちが集っていた。
「あ、ひょっとして今、品沢さんたちと話してます? お話の腰を折ってしまったのならごめんなさい」
男の幽霊を認識できない奈緒が、そう言って肩をすくめる。
「ううん、大丈夫だよ。奈緒ちゃんたちも来てくれたんだ」
「勿論です。と言うか夕子さん、私たち友達ですよね? 友達なら誕生日ぐらい、教えておいてくださいよ。あの日國澤さんから聞かなかったら、こうしてお祝いできなかったんですからね」
「う、うん……と言うか、奈緒ちゃんも國澤くんから?」
「はい。こちらの世界に戻ってから、初めてお話しできた男の方です。あんないい人とお付き合いしてるだなんて、夕子さんが羨ましいです」
そう言って、屈託のない笑顔を向けた。
夕子は静かに目を閉じ、感情を整理しようとした。
親以外で今日、初めて誕生日を祝ってくれる人がいる。
博幸くんだ。
それだけで十分幸せだったのに。
博幸くんは私の為、品沢さんや奈緒ちゃんに声をかけてくれたんだ。
何て温かい人なんだろう。優しい人なんだろう。
何より、私が一番幸せと思えることを感じてくれたのが嬉しい。
ずるいよ博幸くん。
こんなサプライズ、卑怯すぎるよ。
気がつけば、視界が涙で歪んでいた。
感情が昂り、嗚咽が漏れた。
「夕子」
振り向くと、花束を手にした國澤が立っていた。
いつもと変わらぬ、穏やかな笑みを浮かべて。
「誕生日おめでとう、夕子。俺には見えてないんだけど、その……サプライズ、うまくいったのかな」
夕子が國澤を抱きしめる。
「大丈夫、大成功だよ。お嬢ちゃん、國澤くんにそう伝えてもらえるかな」
品沢の言葉にうなずき、夕子は声を震わせて、「大成功だって、品沢さんが言ってくれてるよ」そう囁いた。
「そうか、ははっ、ほっとしたよ。俺には認識できないから、うまくいくかどうかずっと心配だったんだ」
「バカ……」
「今日は夕子にとって特別な日だ。その日を夕子の大切な人と一緒に祝う。そうするべきだと思ったんだ」
夕子は國澤の胸に顔を埋め、泣いた。
そんな夕子を見つめ、幽霊たちが声を揃えて叫んだ。
「夕子さん! 俺たちは夕子さんのことが大好きです! 夕子さんは俺たちを認め、そして俺たちの為、いつも力になってくれます! そんな夕子さんと出会えて、俺たちは本当に幸せです!
夕子さん、お誕生日おめでとうございます! どうかこれからも、俺たちと仲良くしてください!」
「夕子さん、おめでとうございます。私たちはみんな、夕子さんに出会えたことを喜んでいます。こんなに温かく優しい人に出会えて、私たちは幸せです。
お誕生日、おめでとうございます。どうか夕子さん、幸せになってくださいね」
号泣する夕子の耳に、男の幽霊たちの咆哮が、女幽霊たちの囁きが聞こえる。
夕子は感情を爆発させ、声を上げて泣き続けた。
「お嬢ちゃん」
そんな夕子を穏やかに見つめ、品沢が一歩前に出る。
「あの日、お嬢ちゃんに声をかけてよかった。心からそう思う。確かにその、なんだ、煙草欲しさってのもあったんだけどね。でもそれ以上にわしは、お嬢ちゃんと語ってみたい、そう思ったんだ。
そんなわしのことを、お嬢ちゃんは笑顔で受け入れてくれた。それは決して、誰にでもできることじゃない。とてつもなく勇気のいる、強い人間だからこそできることなんだ。だから……
ありがとう、お嬢ちゃん。どうかこれからもわしらのこと、よろしく頼むよ。そして……石川が言ったように、誰よりも幸せになるんだよ」
男の幽霊たちが銘々に歓声を上げ、拍手する。
女の幽霊たちも手を振り、嬉しそうに微笑んだ。
夕子が涙を拭い、國澤から静かに離れる。
そして國澤に向かい、意地悪そうな笑みを浮かべた。
「こんなサプライズ仕込んでいたなんて……弁護士の癖に嘘、上手なんだね」
「ああいや、これはその、嘘って訳ではなくて」
「ふふっ、冗談だよ。ありがとう、博幸くん。あなたと出会えて私、本当に幸せだよ」
そう言って、國澤の頬にキスをした。
國澤の顔が、一瞬にして真っ赤に染まる。
幽霊たちが歓声を上げ、そんな二人を冷やかす。
「みなさん。今日は私の為に集まっていただいて、本当にありがとうございます。みなさんはその、いつも私にありがとうって言ってくれます。でも私こそ、みなさんにいつも思ってます。本当にありがとうございます」
頭を下げると、皆が拍手を送る。
「ご存知のように、私は弱くてずるい人間です。そんな私を品沢さんや奈緒ちゃん、百合子さんたちがいつも支えてくれて……だから私は今、笑っていられるんだと思います。
誰も認識できない世界の一端を、私は見ることができます。昔はこの能力が辛くて、自分ほど不幸な人間はいないと思ってました。
でも今は、この能力を持ててよかった、心からそう思ってます。そして……そんな能力を持つ自分のことを、少しだけど好きになることができました!」
晴れやかにそう叫ぶ。涙が光った。
「だからみなさん、どうかこれからも、よろしくお願いします! 私はみなさんのこと、大好きです! 今日は本当にありがとうございました!」
全力で頭を下げる。
幽霊たちは皆、笑顔で拍手を送り続けた。
こんなことって、こんなことってある?
私がこんな幸せになるだなんて、昔の私に想像できた?
たくさんの幽霊さんに囲まれて。
博幸くんに抱きしめられて。
こんな幸せ、嘘じゃないの?
ひょっとしたら今この場で、一生分の幸せを使い果たしたんじゃないの?
そう思ってしまうぐらい幸せだ。
そして。
もし使い果たしてしまったのなら。
また今日から少しずつ、幸せ貯金を始めよう。
博幸くんと一緒に。
品沢さんや奈緒ちゃん、百合子さんと一緒に。
そう思い。
微笑んだ。




