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幽霊さん。今日もお話聞かせてください  作者: 栗須帳(くりす・とばり)
第7章 幸不幸の分水嶺

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069 永遠の別れ

 


 信じられないといった表情で、美香(みか)が隣の席を見つめる。

 夕子は再び表情を引き締めた。


 和江さんと美香さんが今、和解した。石川さんから受けた依頼は、これ以上にない形で達成することができた。

 でもまだだ。まだ足りない。


 石川さんの成仏。その条件は整った。

 間もなく石川さんは光に包まれ、この世界から去っていく。だけどもう少し、もう少しだけ待ってほしい、そう思った。

 石川さんの心に残る、最後の想い。美香さんと通じ合ってほしい。

 その為にも美香さんに、今のこの状況を受け入れてほしい。そう思った。


 美香さんお願いです、もう時間がないんです。

 自分には幽霊さんが見える。そのことでこれまで、本当に孤独だった。

 嘘つきと蔑まれ、世界に絶望した。

 だから二度と、この能力(ちから)を誰にも話さない、そう誓った。

 だけど。

 品沢さんと出会い、石川さんと出会い。

 たくさんの幽霊さんたちと出会い、成仏のお手伝いをして。

 國澤くんと出会い、この能力を信じてもらえて。

 同じ能力を持つ和江さんと出会って。

 私はもう一人じゃない、そう思った。


 この能力のこと、私は受け入れている。でもそれは普通の人にとって、馬鹿げた戯言(ざれごと)でしかない。

 信じてもらえる方がおかしい。

 だからいい。美香さんから蔑まれても構わない。

 でも今、今だけでいい。この戯言(ざれごと)を信じてほしい。

 後でなら、どれだけ笑われてもいいから。罵ってくれてもいいから。

 お願いです、今は受け入れてください。そう強烈に願った。


「あ……」


 石川の体が少しずつ、光の粒に包まれていく。

 来たんだ。来てしまったんだ、成仏の時が。


 神様って、どうしてこう、空気を読んでくれないの?

 石川さんはこれまでずっと、強烈な未練を胸に存在していた。

 でもこの世界は理不尽で、どれだけ願ってもその未練が晴れることはなかった。

 幽霊さんたちはただただ絶望し、孤独に存在してきたんだ。

 それなのに。その未練が晴れた途端に。

 問答無用であの世に引き戻すの?

 理不尽だ、理不尽すぎる。

 お願い神様。少しでいい、時間をください。そう強く願った。


 その時だった。

 美香の頬に、一筋の涙が伝った。


「ここに主人が……石川がいるんですね」


 この状況を信じてくれた。夕子は大きくうなずき、訴えた。


「そ……そうです! 美香さんの隣には今、石川さんが座ってるんです! 野球のユニフォーム姿で、目を真っ赤にして美香さんを見つめているんです!」


 状況を受け入れてもらえた。

 安堵する気持ちと同時に、夕子の中に焦燥感が生まれた。


「美香さん。石川さんの未練は今、全て晴れました。今、石川さんは光に包まれています。それは石川さんが成仏し、この世界から去ることを意味します。時間はありません。石川さんにお伝えしたいことがあるなら、今すぐ伝えてください。石川さんが存在している間に!」


 その言葉にうなずき、美香は石川のカップをそっと握った。


「……あなたは学生時代から、本当に私のことを大切にしてくれました。野球の次に、なんだけどね、ふふっ……でも私は、そんなあなたが好きでした。あなたに出会えたこと、あなたと過ごした時間。私は本当に幸せでした。

 あなたは誰よりも優しくて、そしてお人よしでした。だから宮田さんのことが気がかりで、こうしてこの世界を彷徨(さまよ)って……そんなあなただから、私は愛したんだと思います。

 あなたがいなくなってから、私の人生はずっと灰色でした。でも……今では少しずつ、未来を見れるようになってきたんです。あなたとの過去を思い返した時、心が温かくなるようになってきたんです。ああ、私は本当に幸せだったんだ、そう思えるようになってきたんです」


 言葉と同時に涙がこぼれる。

 石川は唇を噛み、何度もうなずいた。

 その手は、カップを握る美香の手に重ねられていた。


「だから……私はもう大丈夫です。それに私には今、友達もいます。不思議な縁だけど、私は和江さんと出会えたことが、本当に嬉しいんです」


 その言葉に、和江が笑顔で目頭を押さえた。


「こうしてもう一度、あなたにお別れができて……私は幸せです」


 石川の体が少しずつ消えていく。

 石川は美香を見つめ、微笑んだ。





 石川さん!

 そう叫びたい気持ちを押し殺し、夕子が石川を見つめる。


 残された時間。それは美香さんに全て捧げるべきだ。

 その為に、今日まで頑張ってきたのだから。

 輪廻の世界に戻った石川さんとは、もう二度と会うことができない。

 でも、それは美香さんも同じなんだ。

 美香さんの目に石川さんが映っていなくても、今二人は間違いなく、心で通じ合っている。

 でしゃばることなんてできない。

 強い絆で結ばれた品沢さんですら、立場をわきまえ無言を貫いている。それなのに、私ごときが割って入り、この場の空気を壊す訳にはいかない。

 これは二人だけに残された時間なんだ。


 石川さんと過ごした日々が蘇る。

 コーヒーを嬉しそうに飲み、微笑んでくれた。

 辛いことがあった時、誰よりも心配してくれた。

 幸せになってください。いつもそう言って励ましてくれた。


 休憩室に入った時、石川さんがいるとほっとした。

 こんな時間がずっと続いてほしい、そう思っていた。

 でも。

 今。

 石川さんの人生は完結する。

 二度と会うことはできない。

 そう思い。

 夕子は声を殺し、涙で歪む視界で石川を見つめ続けた。


 いつの間にか、そんな夕子に國澤が寄り添い、手を握っていた。

 その温もりに、夕子の感情は大きく揺れた。

 その手を握り返し、肩を震わせた。


「だからもう、私は大丈夫です。どうかあなたは、これからの自分のことを考えて、幸せになってください。そしてまたいつの日にか、巡る輪廻の中で会えること、楽しみにしています」


 石川は涙を拭い、大きくうなずいた。

 そして。


 光の粒に包まれて。

 静かに消えていった。





「……」


 叫びたい衝動を押し殺し、夕子はうつむき肩を震わせた。

 美香に今の現象は認識できていない。しかし夕子の様子に、そしてあの時の國澤のように、この部屋からひとつの気配が消えたように感じていた。


 やがて美香は涙を拭い、夕子の元に向かった。


「夕子さん……」


 そう言って抱きしめる。


「石川、成仏できたんですね……」


 声が震えていた。

 微笑むと同時にまた、涙が頬を伝った。

 夕子が静かにうなずく。


「私には、夕子さんのように主人を見ることはできませんでした。でも今、確かに私は石川と心が通じ合った、そんな気がしています。こんな機会を与えてくれて、本当にありがとうございました」


 その言葉に何度もうなずく。


 涙が止まらない。

 でもこの感情を抑えなければ。そう強く思った。

 私と美香さんでは、絆の重みが違いすぎる。

 美香さんと石川さんは長い年月、共に過ごした人生の伴侶なんだ。

 そんな彼女が今、本当の意味で石川さんとお別れしたんだ。

 辛い筈だ。寂しい筈だ。

 その思いを邪魔してはいけない。そう強く思った。

 その時。

 背後から和江が、夕子と美香を抱きしめた。


「いいんですよ、夕子さん。確かに今、石川さんは成仏することができました。そしてその成仏は、長年苦しんできた私、そして彼を愛した美香さんの心をこんなに温かくしてくれたんです。

 それは誰のおかげですか。全部あなたのおかげなんですよ」


 その言葉に心が震える。


「あなたの涙を見て、あなたにとって石川さんが、どれだけ大切な存在だったのかが分かります。だから……いいんですよ、我慢しなくても。そうですよね、美香さん」


 そう言って微笑んだ。


「和江さんのおっしゃる通りです。残念ながら私は、亡くなってからの石川のことを何も知りません。誰にも認識されず、孤独な世界に存在していた石川を夕子さん、あなたが救ってくれたんです」


 その言葉に。

 夕子の脳裏にまた、石川と過ごした日々が色鮮やかに蘇った。


「石川さん……石川さんは私にとって、お兄さんのような存在でした……いつも私のことを気にかけて、励まして、見守ってくれて……」


「また今度、石川がどんな生活をしていたのか、教えてくださいね」


「はい、はい……全部、全部お話しします……」


「夕子さん、本当にありがとう。あなたのおかげで、私たちはみんな幸せになりました」


「夕子さん。同じ能力(ちから)を持つ者としてあなたのこと、心から尊敬します。あなたに出会えてよかった、私は本当に幸せです。だから……

 あなたももう、我慢しなくていいんですよ。大切なご友人、石川さんを思う気持ち。今ここで、全て吐き出してください。私たちが受け止めます」


 その言葉に、夕子の感情は爆発した。

 テーブルに顔を埋め、声にならない声を上げた。

 そんな夕子を、美香と和江が力強く抱きしめる。二人も泣いていた。

 國澤も何度も涙を拭い、夕子を見つめていた。

 そして。


 品沢はコーヒーを口にし、微笑んだ。

 微笑むと同時に、品沢の頬にも涙が伝った。




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