068 生者と死者の顔合わせ
次の休日。
夕子の家に、役者が勢ぞろいした。
夕子と和江。そしてテーブルを挟み石川の妻、美香が不安そうに座っている。
國澤は進行役として、双方の間に座っていた。
美香の隣、そして國澤の正面にはカップが置かれている。それは石川と、この場を見届けたいと願い出た品沢の席だった。
生者4名と死者2名が顔を合わせたリビングには、異様な緊張感が漂っていた。
「では……」
夕子の促しにうなずき、國澤が口を開く。
「皆さんお揃いになられたようですので、始めたいと思います。よろしくお願いします」
國澤の言葉に、美香が慌てて頭を下げた。
数日前、亡き夫が未練を持ち、現世を彷徨っていると告げられた。荒唐無稽な話に困惑したが、未練の内容を聞き、夫ならありそうだと変に納得してしまった。
そして夕子の提案を受け入れ、宮田和江にメッセージを送った。
それで終わりだと思っていた。夫の未練も晴れて、無事成仏できるんだと信じていた。
しかし再び國澤から連絡を受け、和江から面会の申し出があったことを伝えられた。正直心の準備が整っていなかったが、これで長年の後悔に決着がつくのであれば、そう思い了承したのだった。
だが今のこの状況は、想像していたものとかなり違っていた。
どうして自分の隣の席に、カップが置かれているのだろう。そして國澤の正面にも。
そんな美香に納得の表情を浮かべ、國澤が続けた。
「奥様は今、この異様な状況に困惑されていると思います。ですが安心してください。私自身、何度かこういう場に同席してますが、混乱してるという点では同じですので」
「は、はい……」
「奥様はこう思われてます。どうして隣の席に、カップが置かれているのだろうと」
「そ、そうですね。何かのおまじないなんでしょうか」
「夕子」
國澤が夕子に促す。夕子はうなずき美香の隣、そして國澤の正面に向かい、手を合わせた。
「……どうぞお納めください」
「……」
その様子を、美香が怪訝そうに見つめる。しかし次の瞬間、それが驚愕へと変わった。
宙に浮いたカップに、目を見開く。
「……あ、あのその……朝霧さん、これは手品なんですか」
そう言って困惑の視線を夕子に送る。
夕子は静かに首を振り、告げた。
「奥様。実はそこに、幽霊さんが座っているんです」
予想してなかった言葉に美香が立ち上がり、反射的に遠ざかろうとした。
質の悪い冗談に、不快感をあらわにしてるようにも見える。
ある意味当然であり、正常な反応。でも、このままだと先に進めない。
そんなことを思っていると、隣の和江が微笑み、口を開いた。
「奥様、お久しぶりです。この度は私共の無理を聞いてくださり、感謝しております。そして……改めまして、主人が起こした事故のこと、お詫びいたします」
そう言って頭を下げた。
和江の行動に我に返り、美香は恐縮気味に座りなおすと、同じく頭を下げた。
「いえ、その……お久しぶりです、奥様。私の方こそ、あの日以来連絡することもなく、奥様を避けるようなことをしてしまい、申し訳なかったと後悔しております」
「……」
「警察から事故の詳細も聞きましたが、あれは不幸な事故だったんです。状況から私共が被害者、宮田さんが加害者という風になってしまいましたが、言ってみればあの事故で、私たちは共に被害者になったんです。それに」
そう言って和江をまっすぐに見つめ、声を震わせた。
「あの事故が原因で、ご主人様が命を絶たれてしまって……そんな状況にも関わらず、奥様はこちらに何度も足を運んでくださいました。それなのに私は自分の感情を優先し、不誠実な態度を取り続けてしまいました。
あの日以来、奥様がどれだけ後悔の念に憑りつかれていたのかを考えると、謝罪のしようもありません。
ですので正直、奥様にお会いするのは怖かったです。私の言動は、同じ被害者である奥様を更に苦しめるものでした。そんな私を奥様がお許しになる筈がない、そう思ってましたので」
「奥様……いえ、美香さん」
和江が微笑み、静かに美香の手を取った。
「もう全て、過去のことなんです。そしてそれは、決して変えられないことなんです。あの事故のことも、互いの伴侶が亡くなったことも。そして、私たちの心がすれ違っていたことも」
その言葉に、美香が肩を震わせた。
「ですので……もうそろそろ、私たちも前を向いていきませんか? 私が今日伺ったのは、過去ではなく未来を造っていきたいと思ったからなんです。そう思えるぐらいの年月は過ぎていった、そうは思いませんか」
美香は瞼を濡らし、小さくうなずいた。
「私たち、きっといい関係を築けると思います。私との関係を受け入れることで、美香さんの心の平穏が壊される、そういうことなら勿論拒否してくださって結構です。でも……あのメッセージを拝見して、私たちはきっとこれから、未来を見据えて共に笑いあえる、そう思いました」
「和江さん……」
何度もうなずき、美香が和江の手を握る。
「これまで本当に申し訳ありませんでした。そしてどうか、これからよろしくお願いします」
二人が顔を見合わせ、微笑みあう。そんな二人を見つめ、夕子が安堵の息を吐いた。
その時だった。
美香の隣のカップが音を立て、テーブルの上に転がった。
夕子が立ち上がり、こぼれたコーヒーを拭く。
その光景に、美香の疑念が蘇った。
「それでその、朝霧さん。さっきから気になっていたのですが、その……私の隣にあるカップ、そしてあちらのカップなんですが、どういう意味があるんでしょうか」
その言葉に。
今日の本題がついにやってきた、そう思い、夕子が表情を引き締めた。
「私も奥様のこと、美香さんとお呼びしてもよろしいでしょうか」
「勿論です。私も朝霧さんのこと、夕子さんと呼ばせていただきますね」
「ありがとうございます」
頭を下げ、息を吐く。
「美香さん。実は美香さんの隣には今、石川さんが座っておられるんです」
「え……」
何を言われたのか理解できず、そう声を漏らす。
「そしてあちらの席には石川さんのご友人、品沢さんという幽霊さんが座っています。カップが倒れたのは、その……美香さんと和江さんが和解されたことに感激し、石川さんの手からカップが落ちたからなんです」
慌てて隣の席に視線を送る。
そしてこう、つぶやいた。
「あなた……本当にあなたが今、そこにいるんですか……」




