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幽霊さん。今日もお話聞かせてください  作者: 栗須帳(くりす・とばり)
第7章 幸不幸の分水嶺

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070 残された者たち

 


 翌日の深夜。

 休憩室に入ると、品沢が一人で待っていた。


「こんばんは」


 夕子が笑顔を作り、声をかける。

 品沢も静かに微笑み、うなずいた。


「ああ、こんばんは。今日も夜勤、お疲れ様」


 いつもと変わらぬ会話。夕子はコーヒーを淹れ、品沢に差し出した。





「今日はお一人なんですね」


 しばらくの静寂を破り、夕子が口を開いた。

 品沢はコーヒーをひと口飲むと、小さくうなずいた。


「……どう言ったらいいんだろうね。今日だけは誰にも邪魔されず、お嬢ちゃんと語り合いたかったんだ。だからみんなには遠慮してもらった」


「……」


 品沢の真意が痛いほど伝わり、夕子は力なくうつむいた。


「大丈夫かい?」


 その言葉が温かくて。肩が震えた。


「大丈夫って……なんですかそれ。品沢さんこそ大丈夫なんですか」


 想定してなかった言葉を投げられ、品沢が一瞬驚いた表情を見せた。しかしすぐに微笑み、夕子を見つめた。


「こんな時でもお嬢ちゃんは、他人のことを考えるんだね。いやはやまったく、お嬢ちゃんらしい」


 ははっ、と乾いた笑い声をあげる。


「確かにやつ、石川とはそれなりの時間を過ごしてきた。そんなやつが成仏して、二度と会えなくなったんだ。寂しくないと言えば嘘になる」


「……」


「だけどそれ以上にわしは、やつの未練が晴れたことが嬉しいんだ。これは嘘じゃない。お嬢ちゃんには感謝してるよ」


 夕子の目から、大粒の涙がこぼれる。


「それに……こんなお嬢ちゃんを見てわしは思う。お嬢ちゃんと知り合えてよかったと」


「品沢さん……」


「お嬢ちゃんと出会えてなかったら、石川は勿論、高坂(こうさか)や山中も成仏できなかったんだ。どいつもこいつも皆、幸せいっぱいの顔で旅立っていった。それは全て、お嬢ちゃんの協力があったからなんだ」


「でも……以前品沢さんに否定されましたけど、それってある意味、二度目の死を私が用意したってことじゃないですか」


「はははっ、まだそんな風に思ってたのか。お嬢ちゃんは本当、頑固だね」


「……」


「わしがいくら否定しても、お嬢ちゃんはそう思ってしまうんだろう。でもね、お嬢ちゃん。やつらが旅立った時の顔、思い出してほしい」


 そう言われ。

 笑顔で去っていった高坂が。涙で頬を濡らした下村の顔が浮かんだ。

 でも。

 夕子は首を振り、品沢の思いを拒絶した。


「……数ある仕事の中で介護を選び、そして幽霊さんを認識できる私は、多分普通の人より死に接する機会が多いです。ですのでそれなりに、死について考えることもあるんです」


「だろうね」


「そんな中でひとつ、感じたことがあります」


「それは……なんだろう」


「去っていく人たちも辛いです。ですがそれ以上に私は、後に残された方が辛いんじゃないかと思ってるんです」


 品沢が一瞬、息を飲んだ。

 この子はこの歳で、そんなことを考えていたのか。

 本当なら恋に浮かれ、友人たちと過ごし、ある意味人生で最も華やかな時を過ごすべき年齢なのに。

 自らに与えられた能力が、選択が。この子にそんなことを考える現実を与えていたのか。

 そう思い、複雑な表情を浮かべた。


「石川さんが成仏できて、本当に嬉しいです。美香さんにしても、最後に石川さんの存在を信じることができて、お別れができてよかったと思ってます。後悔していた和江さんとの関係も修復できて、最高の形で見送ることができました。でも……

 品沢さんは今、ここにいます。こんな言い方失礼ですが、この世界に残っています。品沢さんはこれからも、石川さんのいないこの世界で暮らしていかなくてはいけないんです」


「そうだね、その通りだ」


「ある意味それは、輪廻の世界に戻った石川さんに比べ、辛い現実なんじゃないかと思ってしまうんです。石川さんはこれから、新たな命を授かりどこかに生まれてきます。言ってみればリセットです。でも……品沢さんは違います」


「お嬢ちゃんもね」


 その言葉に顔を上げ、品沢を見つめる。

 そして。

 全てを包み込むような微笑みに涙した。


「だから……品沢さんにも、石川さんとちゃんとお別れしてほしかったです。だって品沢さんはこれからも、この世界に存在し続けるんですから」


「もう一度言うよ。お嬢ちゃんもね」


 そう言ってコーヒーを飲み干した。


「少し夜風に当たらないかい? こんな気分の時は、部屋にこもらない方がいい。お嬢ちゃんのことだ、あれからずっと、家にこもっていたんじゃないかな」


 そう言われ、少し口元をほころばせた。


「そうですね。品沢さんも煙草、我慢できないようですし」


 その言葉に微笑み、立ち上がった。





「うまい、最高だ……」


 白い息を吐き、品沢が満足そうにつぶやく。

 そんな品沢を見て、夕子は思った。

 本当ならここに、石川さんもいたんだ。

 でも今、品沢さんの隣には誰もいない。

 石川さんほどの理解者に、これから出会うことなんてあるのだろうか。

 そう思うとまた、心が痛んだ。


「……お嬢ちゃんはどんな時でも、他人のことを考える。昨日もそうだった。本当はお嬢ちゃんこそ、石川と言葉を交わしたかった筈だ。そしてお嬢ちゃんには、それを望む権利があった。お嬢ちゃんがいなければ、やつは成仏できなかった訳だからね」


「……」


「だがそうしなかった。あの時お嬢ちゃんはその気持ちを押し殺し、ずっと耐えていた。石川の思い、奥さんの思いこそ優先されるべき、そう思ってね」


 全て見抜かれていたんだな。そう思い、少し気恥ずかしくなった。


「わしは思うよ。思ったままに行動してもよかったんじゃないかってね」


「でもそれは……石川さんは、誰よりも美香さんのことが心残りだった筈です。現世にとどまった理由が宮田さんだったとしても、それでも石川さんにとって一番大切だったのは、美香さんだった筈です」


「確かにそうだ。だが、それは石川の気持ちだ。いつも思ってることだが、お嬢ちゃんは他人の思考を先読みして、それを優先させることに重きを置いている。と言うか置きすぎている。たまには自分の気持ちを優先して、周りの空気なんてお構いなしに、好き勝手に振舞うことも必要だと思うよ」


「それだと私、ただの我儘女じゃないですか」


「そういう時があってもいいと思うよ。お嬢ちゃんのように、自分の心を殺すことに慣れている人なら尚更だ」


 それは、これまでの生き方の否定とも言えた。

 それなのに、どうしてだろう。

 そう言われ、少し安堵している自分を感じた。




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