066 メッセージ
夕子の促しで、國澤がスマホの動画を開く。
画面に現れたのは石川の妻、美香だった。
和江が驚きの表情を浮かべ、夕子を見上げる。
夕子は微笑み、うなずいた。
「奥様、お久しぶりです。石川の妻、美香です。こうしてお話しするのは、主人がまだ入院していた時以来だと思います。
本当はもっと早く、こういう機会を作るべきだったと思います。ですがその勇気がなくて……ご無沙汰して申し訳ありません」
そう言って静かに頭を下げる。
「私はこちらの國澤さん、朝霧さんとは面識がありません。ですので突然連絡を受け、主人の言葉を伝えたいと言われ正直困惑しました」
その言葉に、和江が激しく動揺する。
この人は美香さんに、自分の能力を打ち明けたのだ。
その行為がどれだけ愚かで、覚悟のいることか。それは自分が一番よく知っている。人間誰もが、自身の常識を無条件に信じ、それ以外を認めようとしないものなのだから。
事実自分も過去、信じるに値すると思った友人に打ち明けたことがあった。しかしその時の反応は言うまでもなく、ある者は嘲笑し、ある者は自分と距離を置いた。それがこの世界の理なんだ、だからもう、無駄なことはやめよう、そう思ったのだった。
それなのに彼女は、初めて会った女性にそのことを伝え、協力を申し出た。何と強く、気高い精神の持ち主なんだろう、そう思った。
「ですがお話を伺っているうちに、ああ、確かに主人ならそう考えるだろうな、あの人らしいな、そう思うことができたんです。
私が年に一度、主人が亡くなった現場に花を供えていることも。そしてその時、私が独り言のようにつぶやいていた言葉も、朝霧さんは知ってました。それは誰にも言っていない、私だけが知っている情報です。そしてそれが、その時私の傍に主人が寄り添っていたからだと知って、心が満たされた思いがしました。
ですので私は朝霧さんのお話、信じようと思いました」
笑みを浮かべる。そして少し視線を下げ、続けた。
「私は幽霊のことを、恨んでる人に復讐したり、大切な人に感謝の言葉を伝えたり……そういうことのできる、ある意味無敵な存在だと思ってました。
でも現実はそうではなく、私たちに対して何の影響も与えることができないんだと聞いて、かなり困惑しました。石川もこの世界に戻ってから今まで、無力感に苛まれながら存在してたんだ、そう思うと寂しくなりました。哀しくなりました。だから……
主人が成仏し、正常な輪廻の世界に旅立つ手助けがしたい、そう思いました」
そう言って正面を向いた美香と、和江は目が合ったような気がした。
「そして勿論、それだけが理由ではありません。私はあの日以来、ずっと後悔していました。いくら主人が死に瀕していたとはいえ、何の落ち度もない奥様に対し、私はあまりにも不遜な態度をとってしまいました。
言い訳するつもりはありません。私はあの時奥様に対し、石川の命を奪った宮田さん同様、恨みの感情を持っていました。憎んでいました。でも……奥様もあの時、ご主人を失ったばかりでした。ある意味私と同じ立場の方。それなのに私は感情を抑えられず、奥様を酷い言葉で責めました」
和江が口元をほころばせ、静かに首を振った。
「主人の命日になると必ず、奥様はお供え物を送ってくださいます。お礼を伝えたい、そしてあの時のことを謝りたい。何度もそう思いました。でも……私にはその勇気がありませんでした。今更奥様に、どんな顔でお会いすればいいんだろう。そして私にその資格はあるのだろうか。そう自問し、何もできませんでした。
私は私と同じく、理不尽な運命に巻き込まれ伴侶を失った方に対し、これ以上にない非礼を重ねてしまいました。本当に申し訳ありません」
「いいんです……もういいんですよ、奥様」
微笑むと同時に、和江の頬に涙が伝った。
「……あれから随分時間が流れました。生きている私は当然、いつまでも哀しみに暮れていることはできません。望まなくても訪れる日々の中、少しずつ日常を取り戻すことができるようになっていきました。
最初の頃は主人のことを思い出し、部屋で一人泣きました。ですが今では、主人との思い出を楽しめるようになってきました。そして同時に、奥様は今どうされているのだろう、そう考える心の余裕も生まれてきました。
そんな時、朝霧さんが来てくれました。ひょっとしたらこれは、主人が最後に与えてくれたプレゼントなんじゃないだろうか、そう思えたんです。そして……主人が彷徨っている理由を聞いて、私は決意することができました。
誰よりも優しく、誰よりも人の為に生きてきた主人が、私に託した最後の願い。これを受け入れなければ、主人の妻を名乗ることができない、そう思ったのです。
宮田さん、そして奥様。あの時のこと、心からお詫びいたします。事実だけを見れば、主人は宮田さんの運転する車によって、人生を終えることになってしまいました。ですがあの時の宮田さんの事情、後で警察の方から伺うことができました。もし宮田さんがお酒を飲んでいたとか、快楽を優先しスピードを出しすぎていたとか、そういうことなら話は別です。ですが宮田さんもある意味、突然加害者になってしまった被害者なんです。それなのに罪の呵責に潰れ、自ら命を絶たれてしまって……あの時の私に少しでも配慮の心があれば、避けられていたかもしれない運命なんです。全ての責任を宮田さんに背負わせてしまい、本当に申し訳ありませんでした」
声を震わせ、頭を下げる。
宮田は何度も首を振り、
「違う! 奥様が謝ることなんて何もない! 全部僕の、僕のせいなんです!」
そう叫んだ。




