065 似た者同士
石川が幽霊として、この世界にとどまっている。
その事実に困惑し、宮田が天井を見つめた。
一体彼は、どんな未練を胸に戻ってきたのだろうか。
恨み、だろうか。
そんな考えが脳裏をよぎった。
一瞬にして命を、幸せを奪った憎むべき男。その加害者が自ら命を絶ったことを知らず、復讐の為に戻ってきたのだろうか。そしてそれは被害者として、当然抱くべき感情だと思った。
だがすぐ、その考えの矛盾に至った。
ならどうして彼は、この少女にメッセージを託したのだろうか。
街からも出られず、復讐を遂げる力もないとはいえ、こんな少女に復讐の片棒を担がせるようなことをするだろうか。
普通に考えれば、愛する家族が気がかりで戻ってきたのだと思う。だがそうであれば、わざわざこの家に来たことの説明がつかない。
考えれば考えるほど、宮田は分からなくなった。
そんな宮田に向かい、夕子が口を開いた。
「石川さんは現在、私の住む街で生活されています。他の幽霊さんたちとの関係も良好で、皆さんが穏やかに生活できるよう、相談を受けたりもしています。私自身、石川さんには色々とお世話になってます。
正直言いまして、私は幽霊さんが見えるこの能力のことを、ずっと呪いだと思ってました。誰にも理解されず、相談することもできない孤独な能力。おかげでこれまで、ずっと一人で生きてきました。
そんな時、街の相談役である幽霊さん、品沢さんが私に声をかけてくれました。そして他の幽霊さんたちを紹介してくれて……初めは戸惑いました。でもそれが、いつの間にか私の日常になっていたんです」
夕子が照れくさそうに微笑む。
「石川さんにも、いつも助けられています。悩みなんかも相談して、助言をいただくこともあります。
私はそんな石川さんのことが大好きです。そして石川さんの為、少しでも力になりたいと思ってます」
そう語る夕子に微笑み、和江が小さくうなずいた。
「あなたにとって、石川さんたちとの出会いは不幸なものではなかったのですね」
「はい」
澱みない瞳で和江を見つめ、夕子がうなずいた。
「夕子さん。あなたは本当に強いですね」
「そうでしょうか」
「ええ、そう思います。同じ能力を持つ者として、あなたがこれまでどんな生き方をしてきたか、なんとなくですが理解することができます。
少なくとも私は、死者の方たちとそういう関係を持つ発想には至りませんでした。彼らは世界のノイズであり、私の幸せを脅かす存在なんだと思ってましたから」
淡々と話す和江に、宮田が自虐的な笑みを浮かべる。
「ですが主人がその存在となったことで、ようやく自分の運命を受け入れることができたのです。私がこの能力を授かったのは、きっとこの時の為だったんだ、そう思えるようになったのです。
ですが夕子さん、あなたは違います。確かにきっかけは、その品沢さんに話しかけられたからなのかもしれません。でもあなたはそれから、ご自身の運命を受け入れて生きていくことを決断した。そして今、仲間である石川さんの為、ここに来てくださいました。
私にはとても真似できないことです。それにそちらの弁護士先生も、能力のことをご存知なんですよね。理解されない恐怖に立ち向かい、勇気をもって告白されている。
あなたのような女性に出会えた今日という日に、私は心から感謝します。そして……夕子さん、今まで寂しかったですね。辛かったですよね」
その言葉にまた、夕子の目頭が熱くなった。
和江は微笑み、うなずいた。
「お話を伺っている限り、夕子さんは石川さんの成仏の為、こちらにいらっしゃった。そう受け取らせてもらったのですが、間違いないでしょうか」
少し表情を引き締めて、和江が夕子に向きなおる。
「はい。私は石川さんの未練を晴らす為、今日こちらにうかがいました」
「……ありがとうございます、夕子さん」
そう言って頭を下げた。
「私はこれまで、夫の成仏だけを望み生きてきました。そして誰にも認識されない夫が寂しくならないよう、支えることが自分の役目なんだと思ってました。ですが……それは間違いだったんですね。
夫が命を奪ってしまった石川さんが今、この世界で彷徨っている……夕子さん。私がこれ以上罪を重ねる前に来てくださって、本当に感謝します。もし夕子さんが来てくれなかったら、私はただただ夫のことだけを思い、この生活を享受していたと思います。そしてもしかしたら、夫がこうなってしまった理由でもある石川さん、そして奥様に対しても、嫌な感情を抱いていたかもしれません」
「……」
「夕子さん。石川さんの成仏、私にもお手伝いさせてください」
そう言って夕子の手を握った。
「こちらこそ、よろしくお願いします。そして、その……ありがとうございます」
夕子がそう言って涙を拭い、國澤に目配せした。
國澤はうなずき、スマホの画面を和江に向けた。
「石川さんがこちらの世界に戻ってきた理由、お分かりになりますか」
弁護士モードになった國澤が、そう言って和江を見つめた。
「それは勿論、奥様に関することだと思いますが」
「そうですね。普通に考えたらそうなると思います。僕も朝霧に付き添う形で、こういう現場に何度かお邪魔させていただいてますが、ほとんどがご家族に関することでしたから」
「と言うことは、そうではないのですか」
「和江さん。そして宮田さん」
夕子が唇を噛み、二人を見つめた。
「石川さんの未練。それはお二人にこれ以上、罪を感じてほしくないということなんです」
「……」
その言葉に。
和江と宮田が絶句した。
「本当、石川さんと宮田さん、お二人はよく似てらっしゃいます。どちらもお互いを気遣っていたんですから」
やがて。
宮田の目から、大粒の涙が生まれてはこぼれ落ちた。
そしてその涙は嗚咽となって、部屋に響いた。
「宮田さんのお墓にお線香をあげ、安らかに眠ってほしいと伝えてほしい。そして和江さんに、あれは不幸な事故だったんです、だからもう苦しまないでください、そう伝えてほしい。これが私が受けた依頼なんです」
泣き崩れる宮田を見つめ。
和江の目にも涙が光った。
そして天を仰ぎ、息を吐いた。
「ありがとうございます……夕子さん、石川さん……」




