064 双方の哀しみ
「では改めまして。夕子さんが今日こちらに来られた理由、聞かせていただけますか」
夕子が表情を引き締める。そして静かに宮田に視線を向けた。
「……宮田さんは石川さんのことで全ての罪を背負い、命を絶たれました。当然それは石川さんも、石川さんの奥様も望まれていませんでした」
宮田が力なくうなだれる。
「ですが当事者でない私に、その時の絶望を理解することはできません。本当にお辛かったと思います」
「この人、本当にお人よしですから。それに生真面目で。だからあの時の行動も、この人ならしそうだなって妙に納得してしまったんです。まあ、バカなんですけど」
「おいおい、そんな言い方しなくても」
「何言ってるんですか。命をもって償うだなんて、今時流行りませんよ。それに私を残してこの世から逃げたこと、私は今でも怒ってるんですからね」
詰め寄られた宮田はうなだれ、
「……ごめん」
そう力なくつぶやいた。
これがこの人たちにとっての日常なんだろうな。そしてそれは、互いに信頼しあってるからこそできることなんだ。そう思い、少し羨ましく思った。
「宮田さんがこの世界にとどまった理由。それはやはり、石川さんへの贖罪の為なんでしょうか」
「……勿論それもあります。人一人の命を奪ってしまった訳ですから。ですがそれ以上に、その……働き盛りのご主人を亡くしてしまった、石川さんの奥様のことが心配で」
やはりこの人、真面目で誠実だ。そう思った。
そして夕子の脳裏に、ひとつの疑問がよぎった。
「あの……和江さんは勿論、宮田さんの未練を聞かれてますよね」
「ええ。再会して、真っ先に問い詰めましたから」
そう言い放ち、笑った。
「でしたらその……石川さんの奥様に、和江さんの方から接触されたりしなかったのですか」
夕子の言葉に笑みを浮かべ、和江が少し視線を落とした。
「あの方……美香さんとは、ご主人が亡くなる前日以来、お会いしていません。あの時の私は、ただただ申し訳ない思いを伝えたくて、美香さんに何度も何度も謝りました。謝ったところで取り返しがつかない、それは分かってました。ですがあの時の私には、それしかできなかったんです。ですが……
美香さん、私にこう言ったんです。もうすぐ主人の命が尽きようとしているんです。せめてその瞬間まで、私は彼の傍に寄り添っていたいんです。あなたはそんなささやかな望みまで、私から奪いたいのですか? お願いですから帰ってくださいって」
「……」
きっと言葉のひとつひとつが、刃となって和江さんの胸に深く突き刺さったことだろう。そう思った。
「私は前日、この人が死んでいる現場を目にしました。だから伴侶を失う辛さを、あの時は誰よりも理解できたと思ってます。でも……いいえ、だからこそ、私は美香さんに分かってもらいたかったんです。
この気持ちが傲慢で自分勝手だということ、今は勿論分かってます。でもあの時は、それを理解することができませんでした」
「……」
主人が死んでいる現場に直面し、混乱し狼狽した和江さん。そして自分の思いが理解されないことへの憤り。和江さんの言う通り、自分勝手な理屈だと思う。
でも、その時の和江さんはいっぱいいっぱいで、正常な判断ができずパニックになっていたに違いない。
もう少し、お互いに冷静になる時間を作ることができればよかったのに。そう強く思った。
「私は強制的に病院から出されました。夫が自責の念から命を絶ったことを伝えても、『だから私にどうしろと言うんですか!』そう言われ、何も返すことができませんでした。
その後石川さんが亡くなったということを、警察経由で知ることとなりました。葬儀に顔を出したいと申し出たのですが、美香さんの憔悴されてる様子からして、参列しない方がいいだろうと言われました。
それから長い年月が過ぎましたが、結局あれ以来、私は美香さんとお会いできずにいます。石川さんの御命日に、お供え物を送るぐらいで」
そう言って、自虐的な笑みを浮かべた。
「ですので私は、美香さんの心の平穏を優先したいと思ったんです。主人の未練をどうにかしたい、その気持ちはあります。ですがそれ以上に私は、これ以上美香さんを苦しめたくないんです」
どこまでも美香さんのことを思い、行動を思いとどまっている。その姿勢に彼女の強さと優しさを見たような気がした。
「それに……幽霊になった夫があなたに謝りたいと言ってます、なんて戯言、ふふっ……頭がおかしいと思われるだけですからね」
その言葉に、夕子が意を決したように顔を上げた。
「和江さん、そして宮田さん。お二人にお伝えしたいことがあります」
そう言って息を吐く。
「その石川さんですが……実は宮田さん同様、幽霊さんとしてこの世界にとどまっているんです」
「え……」
「な……」
その言葉に、二人が声を漏らし呆然とする。
「私が今日、こちらに伺った理由。それは石川さんからのご依頼があったからなんです」
「まさか……石川さんまで、こちらに戻ってたんですか……」
「そ、そんな……僕は石川さんを殺しただけでなく、迷わせるほどの未練を作っていたんですか……」
二人が肩を落とし、困惑する。
夕子は拳を握りしめ、続けた。
「石川さんからのご依頼内容、お伝えします」




