063 理解と共有
彼女にも死者が見える。
そう理解した和江は、改めて湯呑を用意しテーブルに置いた。
テーブルに並ぶ、4客の湯呑。
この光景、前にも見たことがある。そう思い困惑する國澤が、湯呑だけが置かれた席を見つめ、固唾を飲んだ。
すると和江はその席に向かい、静かに手を合わせた。
「どうぞお納めください、あなた」
かつて夕子の家で、緒方百合子とその妹夫婦が顔を合わせた日に目にした光景。それが今、再び國澤の前で再現された。
湯呑が宙に浮かぶ。まるでそこに、透明人間がいるように。
「お察しの通り、今ここにいるのは私の夫、宮田です。でもまさか、私のように主人が見える人に出会えるとは、思ってもみませんでした」
そう言って和江が微笑む。
國澤は混乱する思考を整理しようと、指で眉間を押さえつぶやくように言った。
「……ご主人宮田誠人様は、石川さんが亡くなる直前に自ら命を絶ちました。ですが、その……強烈な後悔、未練を背負っていたが故に成仏することが叶わず、こちらの世界に戻ってこられた。そういうことですか」
「ええそうです。流石弁護士の先生でいらっしゃいますね。理路整然と現在の状況を言語化してくださいました」
「そして奥様。あなたには死者が見えると」
「ええ。どうしてこのような能力が自分に備わっているのか、それは今でも分かっていません。ですが私には、子供の頃から見えるのです」
「なるほど。朝霧と同じ、ということですね」
「朝霧さん。少しは落ち着かれましたか」
和江が優しい視線を送ると、ハンカチで涙を拭い、夕子が小さくうなずいた。
「は、はい……取り乱してしまい、申し訳ありませんでした。もう大丈夫です」
そう言って微笑んだ。
「死者が見える仲間と出会えたことに、私は驚きが先行してしまいました。ですが朝霧さんにとってそれは、安堵のような感情だったのですね」
そう言われ、夕子が照れくさそうに笑顔を向けた。
「朝霧さん。これまでずっと、独りぼっちで寂しかったですよね」
その言葉にまた、夕子の目に涙があふれてきた。
「誰にも理解されないこの能力……それは、自分とこの世界の間に修復不可能な深い溝を作りました。朝霧さんもこれまで、孤独感に苦しんできたんだと思います」
自分の罪が許されたような気持ちになり、夕子は何度も目頭を押さえた。
「でも……朝霧さんには理解者がいてくださってるようですね。少し安心しました」
その言葉に、國澤が照れくさそうにうなずいた。
「見えてはいけないものが見える私たちは、本来誰にも共感されないものです。現に今のこの状況も、國澤さんにとっては理解できないこと。國澤さんがそれを信じるのは、朝霧さんへの信頼があればこそなんです」
「あの……奥様はどうだったのでしょうか。ご主人、誠人さんは同じ能力を持っていたのでしょうか」
「いえいえまさか。うちの主人はこの通り、ただただ人がいいだけの普通の人です。ですからこの能力を告白した時も、頭の中にたくさんの『?』が浮かんでいたと思いますよ。
でも、主人はこう言ってくれたんです。『僕はバカだから、難しいことはよく分からない。ただ、僕は君のことが好きなんだ。好きになるからには、僕は君のことを全て信じ、受け入れる覚悟をするべきだと思ってる。だから君の言うこと、全部信じるよ』って」
そう言って隣の宮田に視線を送ると、宮田は赤面して頭を掻いた。
「何より私がこの人と一緒に生きていきたいと思ったのは、この言葉でした。『今まで辛かっただろう、寂しかっただろう。気づけなくてごめん』」
かつて國澤と交わした言葉。あの時の自分と同じく、和江もまた、この言葉に救われたに違いない。そう思った。
夕子の体から、力が抜けていった。これから自分の能力を伝え、信じてもらう。そしてその後、幽霊からの言葉を伝える。その全てを受け入れてもらえる状況だったのだ。
これまでになかった展開に、心から安堵した。
「あ、あの……」
その時、今まで黙って状況を見守っていた幽霊、宮田が口を開いた。
「朝霧さん。今日はこんなところまでお越しいただき、本当にありがとうございます。それに、その……」
そう言って少し視線を落とす。
「僕が命を奪ってしまった石川さんのことで、こんなご足労をかけてしまい、申し訳ありません」
言葉から、宮田の誠実さが伝わってくる。夕子は微笑み首を振った。
「いえ、お話を聞く限り、宮田さんがどれだけ苦しまれていたのかは理解できました。それに……勿論こういうことはない方がいいのですが、悪意があった訳ではないんです。あれはあくまでも事故、事故だったんです」
夕子の言葉に肩を震わせ、宮田が唇を噛んだ。
「これからするお話は、宮田さんにとって辛いものだと思います。ですが是非、聞いていただきたいんです。奥様にも」
「朝霧さん。私のことはどうか、和江とお呼びください。どうもその、奥様と言われることに慣れていませんので……主人が亡くなってから今日まで、そのように呼ばれることもありませんでしたし、何より私たちは、同じ秘密を共有する仲間なんです。私も朝霧さんのこと、夕子さんと呼ばせていただきますので」
和江の言葉に一瞬驚いた夕子だったが、やがて微笑むとうなずいた。
「分かりました。では和江さん、よろしくお願いします」
「夕子さんとは歳が離れてますけど、なんて言ったらいいのでしょうか、その……お友達ができたようで嬉しいです」
「わ、私も、私もです」
二人がそう言って見つめあい、微笑んだ。




