062 宮田和江
半月後。
夕子は國澤と宮田家に向かった。
今回の依頼。それは事故で石川の命を奪ってしまい、その罪の重さに耐え切れず自ら命を絶った宮田誠人の墓に線香をあげること。そして宮田の妻、和江に罪を感じる必要はないと伝えることだった。
話をした時、國澤は笑顔でうなずいた。
「夕子と付き合うことになってからの、初めての依頼だな。勿論協力するよ」
「あ、ありがとう博幸くん。いつもこんな話を持ってきて、本当に悪いと思ってる。ごめんなさい」
「何言ってるんだよ。前にも言っただろ? 付き合うってことは、夕子の全てを受け入れるってことなんだ。何より俺は、死者の為に心を砕く、そんな夕子だから好きになったんだ。だからこれは、俺からの頼みでもあるんだ。夕子、力にならせてくれ」
そう言って笑った國澤に、心から感謝した。
石川からの情報で、宮田家がどこにあるのかはつかめていた。問題は、和江にどう話すかということだった。
國澤が聞くと、夕子は迷いのない瞳で言った。
「正攻法でいこうと思ってる。でも、いきなり石川さんが今もこの世界にいるって言っても、信じてもらえるとは思えない。だから石川さんの奥さん、美香さんにも協力してもらいたい、そう思ってるの。このことは石川さんの了承ももらってるから」
「分かった。じゃあそういう方向でアポとってみるよ。また何かあったら連絡する」
國澤の言葉に微笑み、夕子は来たるべきその日を待ったのだった。
「はじめまして、朝霧夕子と申します。本日は急なお願いにも関わらず、こうしてお迎えいただきありがとうございます」
「奥様はじめまして。電話で一度お話させていただきました、弁護士の國澤博幸と申します。今日は私の友人であり依頼人の、朝霧さんの協力者としてまいりました。どうかよろしくお願いいたします」
二人が頭を下げる。宮田の妻和江は微笑み、静かに口を開いた。
「これはこれはご丁寧に……遠いところありがとうございます。こちらこそ、亡き主人の為にこうしてお越しいただき、感謝しております」
温かみのある丁寧な口調。年の頃60程の彼女は、突然訪れた夕子たちを警戒することもなく、家に迎え入れたのだった。
和室に通されると、小さな仏壇が目に入った。そこに祀られている写真立てには、男性が笑顔で映っていた。
「主人の仏壇なんです」
お茶を持って入ってきた和江が、そう言って微笑む。和江の振舞い、そして写真の中の宮田の笑顔を見て、きっと二人は仲睦まじく、温かい家庭の中で過ごしていたんだろう、そう思った。
「それで朝霧さん。今日はどういうお話があって、こちらに来てくださったのでしょうか」
そう聞かれ、夕子は小さく息を吐いた。
ここからは正攻法だ。そう思い、自らを奮い立たせる。
石川の誠実さ、そして自分の行いを悔い、自ら命を絶った宮田のことを思うと、下手な小細工は失礼だと思った。
何より夕子は、石川が幽霊になってまでして晴らしたいと願った未練が、自らの命を奪った宮田の為だったということに衝撃を受けていた。
どんな理由であれ、自分を死に追いやった、ある意味加害者。その人に対し、あなたは悪くない、あなたも被害者なんだと伝えたい、ただそれだけの為に彼は戻ってきたのだ。
これまで出会った、どんな人よりも優しく誠実な人。そんな石川の思いを余すことなく伝えるには、正直に話した方がいいと思っていた。
ただ、この世界には幽霊が実在してて、自分にはそれが見えるんです。そのことを話すというのは、何度経験しても怖いことだった。
過去、自分を嘘つきだと断じ、奇異な視線を注いでいた者たちの顔が浮かぶ。
その時。
國澤が夕子の手をそっと握った。顔を上げると、そこには自分の全てを信じ、受け入れてくれる優しい笑顔があった。
夕子は微笑みうなずくと、和江を見つめた。
「奥様、その……今日私たちがこちらに伺ったのには、少し複雑な事情がございまして」
「複雑な事情、ですか。そうですよね、数年前に主人によってお亡くなりになった、石川さんに関係することなんです。当然だと思います」
そう言って微笑み、夕子にお茶を勧める。
夕子は恐縮しながら湯呑を手にし、ひと口飲んだ。
そして。
意を決し顔を上げた時。
我が目を疑った。
「え……ど、どういうこと……」
思わず口にした言葉に、國澤が夕子の視線の先を見つめる。
夕子は和江の後ろを見つめ、目を見開いていた。
「夕子、どうかしたのか」
國澤がそう耳打ちする。
夕子は肩を小刻みに震わせ、ゆっくりと仏壇の写真立てに視線を移した。
「嘘……そんな……」
声を絞り出すようにそうつぶやく。國澤は夕子の様子に困惑した。
そんな中、和江は何かを察したように微笑むと、小さくうなずき夕子を見つめた。
「朝霧さん、でしたね。あなたにも見えているんですね、うちの主人が」
「え……」
和江の言葉に、國澤がますます混乱する。言葉の意味が理解できなかった。
夕子が慌てて和江を見る。和江はどこまでも穏やかに微笑み、静かにうなずいた。
「まさか……奥様にも見えているのですか、その……幽霊さんが……」
「ど、どういうことだ、夕子」
夕子の言葉に。そして困惑した表情を浮かべる國澤に微笑み、和江がもう一度うなずいた。
「死者が見える方に出会ったのは初めてですね。はい、私には見えるんです。この世界を彷徨う死者たちが」
「あ……あ……」
夕子の両眼から、とめどなく涙があふれてきた。
國澤が戸惑いながら、夕子と和江を交互に見つめる。
夕子が見たもの。
それは和江の傍にたたずみ、穏やかな視線を注いでいる宮田誠人。
幽霊だったのだ。




