060 石川の思い
「先に言っておこうと思う。話というのは、こいつの成仏に関することだ。つまりお嬢ちゃんへの依頼、ということになる」
喫煙所で白い息を吐き、品沢がそう言った。
「こいつの依頼というのも勿論、複雑で難しい案件だ。だからこれまで、こいつはお嬢ちゃんに話すことを躊躇っていた」
そういうところにも、石川さんの誠実さがにじみ出てるんだな。そう夕子が思った。
「そしてもうひとつ、こいつが躊躇っていたのには理由があった」
「し、品沢さん、そのことは」
「いいじゃないか、今更隠しても仕方ないことだ。それにお前の真意を話すこともまた、成仏に必要なことだと思うぞ」
「いや、それは関係ないような気が」
「何を言ってるんだ。お前だってこれまでずっと、お嬢ちゃんを見てきた筈だ。お嬢ちゃんは何より、真実を尊いものだと思ってる。山中の時にそう感じなかったか?
確かに山中は成仏した。だがその過程でお嬢ちゃんは悩み、苦しみ、それでもやつの成仏の為、真実を隠したんだ。だがその結果、お嬢ちゃんがどれだけ傷ついたかは知っているだろう」
「それは……そうなのですが……」
「だからな、石川。お前の気持ちも含め、全て話しておいた方がいいんだよ。なによりお前は、わしの次にお嬢ちゃんと深く付き合ってる死者なんだ。成仏するということは、そのお嬢ちゃんと永遠に別れることを意味する。成仏してから後悔しない為にも、お前の気持ちは伝えておくべきなんだ」
よく分からないが、とんでもなく重い話をしている。そんなことを思う夕子の中に、確かな現実が突き付けられた。
その通りだ。この依頼を引き受け、無事達成できたなら、石川さんは成仏できる。
そしてそれは品沢さんの言う通り、別れを意味するんだ。
石川さんとの付き合いは長い。いつも私を気遣い、守ろうとしてくれていた。
品沢さんが初めて連れてきた仲間の幽霊さん。街の長である品沢さんが、誰よりも信頼してる腹心の友。
私が落ち込めば励ましてくれ、あの兼本さんの時も、真っ先にかばってくれた。怒ってくれた。
そう。私は品沢さんと同じくらい、石川さんのことが大好きだ。
その石川さんと、もう二度と会えなくなる。その事実に動揺した。
だが。
次の品沢の言葉で、夕子はその迷いを断ち切った。
「お嬢ちゃん。こいつはね、お嬢ちゃんが幸せになれると確信できるまで、何があっても成仏しないって言ってたんだよ」
「……」
石川は赤くなった顔を悟らせないよう、うつむき鼻を掻いていた。
「お嬢ちゃんこそ幸せになるべき人、ずっとそう言ってたんだ。お嬢ちゃんはこれまでずっと、死者が見えることで苦しんできた。心を閉ざし、誰とも深く関わろうとしなかった。それなのにお嬢ちゃんは、その原因たるわしらを受け入れ、大切にしてくれた。そしてこれまで、誰もが諦めていた成仏の手助けをしてくれた。
それがどれだけ大変で、勇気のいることか。ある意味誰にも認められず、お嬢ちゃんにとって何の利益にもならないことだ。それなのにお嬢ちゃんはわしらの為、その困難に立ち向かってくれる。
だからこいつは思っていた。そんなお嬢ちゃんこそ、幸せになるべきなんだと」
自分のことを肯定されて。そしてこれまでの労苦を理解してもらって。
夕子の心は温かい何かで満たされていった。
「そして今、お嬢ちゃんは幸せに一歩近づいた。國澤くんと出会ったことでね」
そう言って微笑んだ。
「勿論、これからの方が大変だ。今はお互い熱くなってるだろうが、男と女の関係なんてもんは、時間が経つにつれて冷めていくものだ。結婚なんてしちまったら最後、待っているのは退屈と我慢の日々だけだ。初めに感じていた熱なんて、どこにも残っちゃいない」
「品沢さん。付き合いだした夕子さんに、そんな身も蓋もないことを」
「そうか? はっはっは、すまないねお嬢ちゃん。歳を取ると、どうしても説教くさくなってしまうんだ。許してくれ。
だが今、お嬢ちゃんと國澤くんは、同じ方向を見つめて歩き出した。しかも彼はお嬢ちゃんの全てを受け入れて、その上で共に生きていくことを望んでいる。だから……少し厳しいことも言ったが、わしも安心してるよ」
品沢が微笑む。夕子はどう返せばいいのか分からず困惑し、小さくうなずいた。
「彼と一緒になったお嬢ちゃんはもう大丈夫、石川はそう確信したんだよ」
その言葉に顔を上げると、石川は照れくさそうに微笑み、うなずいた。
「だから……お嬢ちゃん。これはこいつ、石川英正の友人としてのわしの頼みでもある。どうかこいつの未練、晴らしてもらいたい」
そう言って頭を下げた。
予想外の行動に戸惑いながら、石川も慌てて頭を下げた。
そんな二人を見て。
夕子の気持ちを定まった。
「……分かりました。大好きな石川さんのお手伝いができるなら、私にとってこんなに嬉しいことはありません。どこまでできるか分かりませんが、精一杯頑張らせていただきます」
そう言って、再び表情を引き締めた。




