059 祝福、そして
誰にも話していないのに。
夕子と國澤の関係が、幽霊たちの間で広まっていた。
奈緒も百合子も、我がことのように喜んだ。
「夕子さん、本当におめでとうございます!」
彼との恋愛に行き詰まり、彼の気持ちを取り戻す為に命を落とした奈緒。そんな彼女が涙を浮かべ、夕子を祝福する。
そんな奈緒の頭を撫で、百合子も微笑む。
「夕子さんには色々と助けていただきましたし、絶対幸せになってほしいと思っていました。夕子さんの幸せな顔が見れて、私も嬉しいです」
二人の波状攻撃に、夕子は困惑した。
「あ、その……と言うか私、何も話してないと思うんですけど」
「話してなくても分かりますよ。だって夕子さん、本当に分かりやすいんだから」
感情を出さないことに関して、それなりに自信を持っていた。その自信を満面の笑みで奈緒が打ち砕く。
夕子は狼狽し、赤面した。
「でも夕子さん、本当によかったですね」
「それでそれで? 國澤さんのこと、もっと教えてくださいよ。趣味は? 家族構成は?」
「も、もう……それぐらいで勘弁してよ……」
そう言って両手で顔を隠し、うつむく。
そんな夕子に奈緒と百合子は顔を見合わせ、微笑むのだった。
「よかったね、お嬢ちゃん」
その日の休憩時間。品沢にも同じことを言われた。
今夜は石川も一緒だ。
「な、なんのこと……でしょうか」
「ははっ、なんのことかときたか。お嬢ちゃん、一度鏡を見てみるといいよ。長い付き合いだがそんな顔、見たことがないからね」
その言葉に慌てて鏡の前に走る。映るのは、耳まで赤くした羞恥の表情だった。
「で、でもこれは……品沢さんが変なことを言ったからで」
「いやいや、この様子だと自覚ないようだが、スタッフも薄々気づいてると思うよ。表情を崩さないストーンフェイスのお嬢ちゃんが、こんな無防備な顔をしてるんだ。いやいや本当、いいものが見れて嬉しいよ」
品沢の言葉に困惑し、頭を抱えてうずくまる。
「はははっ。すまないね、少しばかりいじめすぎたようだ。でも、本当によかったね」
「僕もそう思います。夕子さん、本当におめでとうございます」
「石川さんまで……私、そんなに分かりやすいですか」
そんな夕子に微笑み、二人はコーヒーを口にした。
「それでお相手は勿論、國澤さんという方なんですね」
石川の直球に、またも夕子が赤くなる。
しかし誤魔化しきれないと観念し、小さくうなずいた。
「そうですか。いや本当、嬉しい限りです。なによりその國澤さんは、夕子さんが我々のことを認識できると知っています。その上で夕子さんに寄り添いたいと思った訳ですから」
「そうだな。会ったことはないが、彼はわしらの為に色々と動いてくれてる恩人だ。勿論、お嬢ちゃんの人徳あればこそなんだが、それでも普通、こんな厄介事には関わりたくない筈だ。それなのに彼はお嬢ちゃん、そしてわしらの為に動いてくれている。素晴らしい青年だと思うよ」
國澤を褒められて、夕子は自分のことのように嬉しく思い、うなずいた。
「お嬢ちゃん。あの時声をかけてもらえてよかったね」
顔を上げると、穏やかに微笑む品沢の顔があった。慈愛に満ちたその笑みは、まるで愛しい娘を見ているようだ。そう思い、夕子の胸が熱くなった。
「お嬢ちゃんはあの時、心から困惑していた。二度と会いたくなかった人、そんな認識だった。だが……彼の行動のおかげで今、わしらもお嬢ちゃんも満ち足りた気持ちになっている。名刺、捨てなくてよかったね」
「……私もあの時、品沢さんに相談してよかったです。もし一人で考えていたら、捨てていたかもしれませんから」
「彼もだが、お嬢ちゃんも勇気を持って行動した。何よりお嬢ちゃんが、今まで一人で抱え込んでいた秘密を打ち明けたんだ。それは勇気以外の何物でもないよ」
「確かに……流れで仕方なくというのもありましたけど、それで彼との関係が終わることも覚悟してましたから」
「だが、そうはならなかった。彼はそれを受け入れた」
「はい……本当、どうして受け入れてもらえたのか、今でもよく分かってません。確かにそれ以降行動を共にする中で、彼が信じるに値する出来事を目の当たりにしたのは事実です。私の言っていることを信じざるを得ない、それだけの光景を見た訳ですから」
夕子の脳裏に、百合子の妹敦子を招いた日のことがよぎる。
「でも彼は弁護士という、事実を冷静に、客観的に見ることを義務付けられた仕事に就いているにも関わらず、無条件で私を信じてくれました。嘘をつくメリットがない、そんな理由で」
これまでのことを思い浮かべ、夕子が頬を染めて微笑む。
「本当、縁というのは不思議だな」
そう言って遠い目をした品沢が、石川の肩を叩いた。
「どうだ石川。今のお嬢ちゃんの顔は」
どういう意味だろう。夕子が首を傾げた。
「そう、ですね……僕にとってある意味、一番望んでいたことが叶ったんです。本当に嬉しいですし、今の夕子さんの表情、最高だと思います」
「だな。こんなお嬢ちゃんが見れる日が来るなんて、望んではいたが無理だと思っていたからな」
「でも今、それが叶いました。夕子さんは幸せになれる、そう確信しました」
「なら……そろそろいいんじゃないか?」
品沢の言葉に目を伏せ、石川が小さくうなずいた。
「品沢さん、それってどういう」
夕子の言葉が終らないうちに、石川が姿勢を正して夕子を見つめた。
「夕子さん。僕の話、少し聞いていただけないでしょうか」
真っ直ぐに夕子を見つめ、唇を噛む。その様子に夕子は圧倒された。
だがすぐに表情を引き締め、うなずいた。
「分かりました。お話、聞かせていただけますか」




