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幽霊さん。今日もお話聞かせてください  作者: 栗須帳(くりす・とばり)
第5章 生者と死者の存在意義

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055 ささやかな幸せ

 


 今回の依頼、何とかこなすことができたのだろうか。

 そう思いながら、再び紅茶を差し出す。


「あの……夕子さん。最後にひとつ、にゃーちゃんたちに聞きたいことがあるんですけど」


「分かりました。敦子(あつこ)さん、中川さん。百合子さんが、最後にお二人に聞きたいことがあるそうです」


 そう言われ、二人が真顔でうなずく。


「お二人の赤ちゃん、名前はなんていうんですか」


 その問いに。

 二人は顔を見合わせて微笑み、声を合わせて言った。


「百合子です」


「え……それってその、つまり」


「はい、二人で決めました。同じことを考えてたみたいで、一緒に笑いました」


「……」


 見ると、百合子が肩を震わせていた。

 大きな瞳に涙が光る。

 そんな百合子を見つめ、夕子の胸にも熱いものがこみ上げてきた。





「今日は本当にありがとうございました」


 玄関で敦子が振り返り、頭を下げる。


「こちらこそ、こんな話を信じてくれて、本当にありがとうございました」


「私、朝霧さんが羨ましいです」


「羨ましい、ですか?」


「はい。だって朝霧さんはこれからも、お姉ちゃんと会える訳ですから」


 その言葉に、國澤の表情が強張った。


 死者が見えるという、異能の力。

 そのせいで彼女はこれまで、誰よりも不幸な存在だったのだ。

 勿論、そのおかげでこうして死者たちと触れ合い、自分たちにはできない経験をしている。

 しかしだからと言って、それを羨ましいと言うのは不躾すぎる。ある意味それは、彼女にとって地雷なのだから。そう思った。


 恐る恐る夕子を見つめる。そして驚いた。

 夕子は満面の笑みを浮かべ、うなずいていた。


「はい。こうして百合子さんたちとお話しできて、私も嬉しいです」


 その笑顔を見て。

 國澤の胸が熱くなった。

 彼女は本当に強い。そして、誰よりも優しい心を持っている。

 人を信じられなくなった原因、それすらも受け入れ、今こうして笑っている。

 そんな女性と今、俺は共に行動している。そう思うと身震いがした。

 駄目だ、もっと頑張らないと。そう強く思った。


「それでその、朝霧さん。実は最後にひとつ、お願いがあるんですけど」


 敦子の言葉にうなずく。


「朝霧さんがお供えすれば、お姉ちゃんは触れることができるんですよね」


「そうですね。何か渡したいものでもあるんですか?」


「いえ、その……私をお供えすることって、できないでしょうか」


「え……」


 脳裏にあのレイプ魔、兼本の顔が浮かんだ。


『どうぞ私をお納めください、そう言ってくれよ。そうしたら俺は、お前を抱くことができるんだ』


 あの時のことを思い出し、足が震える。

 そんな夕子を案じ、國澤が支えた。


「ごめんなさい、その……駄目だったでしょうか」


 敦子の言葉に首を振り、深呼吸する。

 大丈夫。今そう言ってるのは敦子さんで、やましい気持ちで言ってるんじゃない。

 姉と触れ合いたい、純粋にそう望んでいるだけなのだ。

 そう思い、もう一度息を吐き。うなずいた。


「じゃあ敦子さん、こう言ってもらえますか? どうぞ私をお納めくださいって」


 夕子の促しに笑顔で返し、敦子がうなずいた。


「お姉ちゃん……どうぞ私をお納めください」


 百合子が前に進み、敦子を抱きしめようとする。

 しかし。

 体はすり抜け、彼女に触れることができなかった。


「嘘……」


 夕子が。そして百合子が、敦子が。困惑の表情を浮かべる。


「あ、あの……朝霧さん、駄目だったんでしょうか」


 その言葉に我に返り、夕子が伏し目がちにつぶやいた。


「……実は私も、そういうお供えをしたことはないんです。だから今、かなり驚いてます。生者をお供えすることは、できないみたいですね」


「そう、ですか……残念です。久しぶりにお姉ちゃんに触れたかったんですけどね。あははっ」


 そう力なく笑う。そして手に持つメモを、愛おしそうに見つめた。


「でも今日、お姉ちゃんからこれをもらえましたから。ありがとう、お姉ちゃん。このメモ、一生の宝物にするね」


 敦子がそう言うと、百合子も笑みを浮かべ、うなずいた。





「生者はお供えできない……ある意味、今日一番驚いたかも」


 中川夫妻、そして國澤が帰った後。

 百合子と堤防に向かいながら、夕子がつぶやいた。


「そのようですね。でもよかったですね、夕子さん。その、兼本って男でしたっけ。彼の思惑はただの妄想だったってことですから」


「そうですね。でも、あんな願望を持つ人はそうそういないと思いますし、できれば私は、百合子さんと敦子さんが触れ合うのを見たかったです」


「ふふっ、ありがとうございます。本当、夕子さんは優しいですね」


「夕子さーん、百合子さーん」


 堤防で待っていた奈緒が、そう言って二人に手を振る。


「ごめんね奈緒ちゃん、こんな時間になっちゃって。ずっと待ってたんだよね」


「あはははっ、全然構いませんよ。なにしろ私は幽霊、時間はたっぷりありますから」


 そう言って百合子に視線を送る。


「どうでした? 百合子さんの願い、全部叶いました?」


 奈緒の笑顔に照れくさそうに微笑み、百合子は奈緒を抱き寄せた。


「……百合子さん?」


「ありがとう、奈緒ちゃん。奈緒ちゃんが私のことを思って、喧嘩までして用意してくれた今日という日。うん、全部叶ったよ。奈緒ちゃんのおかげ」


「それはよかったです。そういえば百合子さんの顔、少し晴れ晴れとしてる感じがします」


 そう言って力強く抱きしめた。


「でも……やっぱり成仏、できなかったんですね」


「そうね。私がこの世界にとどまった理由、それはあの人を見守ることだから。私はこれからもずっと、この世界にとどまり続けるんだと思う」


「私のせいで失望させちゃいましたよね。ごめんなさい」


「そんなことないよ。奈緒ちゃんが言ってくれたから、そして夕子さんが協力してくれたから。私は今、とっても幸せなの」


「百合子さん……」


「だから奈緒ちゃん、ありがとう。それから、これからもよろしくね」


 そう言って微笑むと、奈緒は嬉しそうに百合子を抱きしめた。


 そんな二人を見て。

 確かに成仏はできなかった。でも、心が満ち足りている。

 敦子も中川も笑っていた。國澤も笑っていた。

 奈緒も百合子も、そして自分自身も笑っている。

 ささやかな幸せ。でもそれが大切なんだと感じられた。

 そう思い、夕子も嬉しそうにうなずいた。


「奈緒ちゃん、百合子さん。これからも、どうかよろしくね」




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