050 制裁
次の夜勤で、品沢から告げられた。
「やつの件、解決したから安心してほしい」
いつもと変わらぬ穏やかな口調。しかし夕子の胸はざわついた。
「あの、その……解決って、どういう意味なんでしょうか」
「言葉のままだよ。やつ兼本は、二度とお嬢ちゃんの前に現れない」
淡々と語る品沢に、身震いを覚えた。
「今回の処置、実は初めてではないんだ。現にわしは過去に一度、この処置を目にしてる」
「あ、あの……品沢さん。正直なこと、言ってもいいですか」
「勿論だ。なんでも言ってくれ」
「今の品沢さん、少しだけ、その……怖いです」
「ははははっ、怖いときたか。でもそうだね。今回の件に関しては、わしも少しばかり怒っていたからね。怯えさせてしまったのならすまない、謝るよ」
「いえ、そうではなくて……兼本さんに対して今回、どんなことをされたんですか? 処置って表現も気になりますし、それにその……元々彼は前回の件で、一年間コミュニティから外されるって罰を受けていたと思うんです。私も考えてみたんですけど、それ以上の罰というのが思いつかなくて」
「なるほどね。確かにわしらの世界には、物理的な罰は通用しにくい。確かに暴力は可能だ。だがわしらは死者、どれだけ殴られたとしても、存在自体がどうこうなるということはない。だから罰と言っても、そんな大層なことはできないんだ。
だが今回の件はわしらにとって、我慢の限界を超えるものだった。わしらのことを尊重し、向き合い、あまつさえ未練を晴らす手助けをしてくれる。そんなお嬢ちゃんに対してやつは、非礼の限りを尽くした。それは絶対に許されるものじゃない。
だから今回、わしらはここに集う同胞たち、皆の意見を聞き、決断した。やつはもう二度と、お嬢ちゃんの前に姿を見せることができない」
そう言って穏やかに笑ったのだった。
「……」
夜勤明け。
品沢から聞いた場所に、夕子は向かった。
それは施設から徒歩10分ほどのところにある、古い神社だった。
時折吹く冷たい風に身を震わせ、境内に足を運ぶ。
するとすぐに、あの思い出したくない声が耳に響いた。
「おい、おい夕子! お前、あいつらに何を言ったんだよ! とにかくお前、あいつらを説得しろ! ここからすぐ出せって言え!」
血走った目で夕子を見据え、兼本が叫ぶ。以前の時と同じように、顔は腫れ上がり口からは血が流れていた。この様子だと、かなり酷い目にあったようだった。
夕子は品沢に言われた通り目を伏せ、兼本の存在を無視する。
兼本は夕子の周りを歩き回り、何度も訴えた。
「夕子、夕子! お前なに無視してるんだよ! いいからさっさとここから出せ! 出してくれたらいいことしてやるからよ! おい、聞いてんのかお前! 何とか言えよ!」
やがて夕子は小さく息を吐くと、神社に背を向けて歩き出した。
そんな夕子に兼本は焦りの表情を浮かべ、慌てて引きとめようとした。
「悪かった、悪かったから! なあ頼むよ夕子、助けてくれよ! お前が一言許すって言ってくれたら、俺はまた自由になれるんだ! そうしたらもう二度と、お前に近寄らないからよ!」
境内から夕子が遠ざかっていく。やがて兼本の懇願は悲鳴へと変わり、夕子の耳に絶叫が轟いた。
「嫌だああああっ! こんなところで一人、どうしろって言うんだよおおおっ! すまなかった、すまなかった夕子! 謝るから、謝るから助けてくれよおおおっ!」
その声を最早聞いていられなくなり、夕子は両手で耳を塞ぎ、その場から走り去った。
耳の奥では、兼本の絶望の叫びがしばらく続いた。
「見てきたのかい?」
境内から出ると、品沢が夕子を待っていた。
「は、はい……どんな罰が下ったんだろうって思ってましたけど、彼、こんなことになってしまったんですね」
辺りに人がいないことを確認し、夕子が答える。
「わしらには、罪を犯した同胞に報いを受けさせる手段が限られている。そんな中でも今回の罰は、考えられる限り最も重いものなんだ」
「確かに……これからの彼のことを考えたら、絶望しかないと思いました」
「とりあえずお嬢ちゃんは、この神社に近付かないようにした方がいい。なにしろやつを認識できるのは、今となってはお嬢ちゃんだけなんだからね」
「これから彼は、消えるその日まで一人ぼっち。そういうことなんですね」
「ああ。わしら幽霊にとって、ある意味神社というやつは結界そのものなんだ。入ることはできる。ただ足を踏み入れてしまったら最後、二度と出ることができないんだ」
「ある意味、牢獄のようなものなんですね」
「そうだね。どうしてこういう仕組みになってるのか、それは誰にも分からない。ただわしらは本能的に、ここに入ってはいけないと理解している。だから近付く馬鹿はいないんだ。入ってしまったら二度と出れない訳だからね」
「そして今回、兼本さんは罰として、みなさんの手でここに閉じこめられた」
「入れるときは大変だったよ。二度と出れないって理解してる訳だからね。縛った上で数人で担ぎ、何とか放り込むことができた。その時やつが、一人でも道連れにしようとしてね、ははっ、大変だったよ」
世間話のように話す品沢に、また夕子の背筋が寒くなった。
だがこれは、彼ら幽霊の掟なんだ。
どんな世界にも掟はある。そして罰が存在する。それは、自分たちが住む世界を少しでも平穏にする為に必要なものなのだ。
そして彼はそれを破った。しかも一度、警告を受けていたにも関わらずだ。
これからの彼を思うと、少し心が痛んだ。際限なく続く孤独に、気がおかしくなってしまうかもしれない。
しかもこの罰は、どれだけ罪を償おうとも、改心したとしても撤回されることがないのだ。
仮に自分が彼の救済を望んだとしても、どうすることもできないのだ。
誰もあの場所から、兼本を救い出すことができないのだから。
そう思い、この残酷な現実にもう一度身を震わせた。
だがこれは彼の行動が原因であり、自業自得なのだとも言えた。
そう思い。
品沢たちのコミュニティを守る為なのだと自分に言い聞かせ。
この残酷な罰を、夕子も受け入れようと思った。
二度と兼本と会うことはない。
その事実だけを考え、安堵しようと思った。




