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幽霊さん。今日もお話聞かせてください  作者: 栗須帳(くりす・とばり)
第5章 生者と死者の存在意義

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049 告発

 


 翌日。

 ホテルで目覚めた夕子は、体を動かすことができなかった。

 昨日國澤と話し、少し落ち着いたと思っていた。しかし彼が去り、部屋で一人になるとまた、あの恐怖が蘇ってきた。


 舐めまわすような、兼本の視線。


 兼本によって弄ばれる自分を想像し、布団にくるまり身を震わせた。


「……」


 夕子は施設に連絡し、発熱で休むことを告げたのだった。





「お嬢ちゃん、もう大丈夫なのかい?」


 次の出勤日。

 休憩室では、品沢と石川が待っていた。


「あ、はい、その……急に休んでしまって、申し訳ありませんでした」


「ああいや、別に責めてる訳じゃないんだよ。ただなんというか、最近風邪も流行ってるみたいだし、大丈夫だったのか心配でね」


「僕もです。夕子さん、いつも頑張りすぎてますからね。無理せず、辛い時は休んでくださいね」


 二人の言葉に照れくさそうに微笑み、コーヒーを差し出す。


「なにしろお嬢ちゃんは、わしらにとっての女神なんだ。無理だけはしないでほしい」


「なんですかそれ、女神って」


「いやいや、これはわしじゃなく、他のやつらが勝手に言い出してることなんだ。やつらにとってお嬢ちゃんは、いつの間にかそういう立ち位置になってるみたいなんだよ」


「……それ、できればやめてほしいですね。ふふっ」


「はははっ。でもまあ、お嬢ちゃんはわしらにとって、それくらい大切な仲間なんだ。だからね、お嬢ちゃん。わしらにできることは限られてるが、何かあったらいつでも話してほしいんだ」


 嘘がばれている。そう夕子が感じ、表情を強張らせた。


「何か……あったのかい?」


 その言葉に顔を上げる。

 そんな夕子を見つめ、品沢は穏やかに微笑んだ。


「過酷な仕事。利用者からの暴言、死。そういうことにも歯を食いしばり、頑張っているお嬢ちゃんだ。勿論こういう仕事だ、熱が出れば休まなくてはいけないのは知っている。だが……すまない、それが本当のように思えないんだよ」


「夕子さん、どうか品沢さんのこと、怒らないであげてください。品沢さんは勿論、僕も同じことを考えてました。それにこの部屋に入ってきた時の夕子さん、僕たちに対して身構えているように感じました。あとその、目が少し腫れているような気がして」


 恐縮気味に石川が話す。それを聞いて、これ以上誤魔化してはいけないような気がした。


 彼らの同胞である兼本を糾弾することは、正直気が進まなかった。できるものなら穏便に済ませたい。

 しかしここ数日、あの時のことを思い出すと恐怖で身がすくみ、眠りにつくことができなくなっていた。

 それにどれだけ自分を納得させたとしても、また彼はやってくる。自分の努力だけでは解決できない事案であることを、夕子は痛感していた。

 転職や引っ越しも考えた。だがそれは、彼から逃げることを意味する。それに品沢たちとの縁を、こんなことで失いたくはない。

 しかしその結論は、この街に居続けるということになる。そうすれば当然、これからも兼本と顔を合わせる機会がある。その度に胸をえぐられるような感覚に陥るのはごめんだ、そう強く思った。


 夕子は深いため息を吐き、二人に向き直った。


「品沢さん、石川さん。色々と気を使ってくださりありがとうございます。では私の話、聞いてもらえますか」


 その真っ直ぐな瞳に圧倒された二人だったが、やがて微笑みうなずいた。





「……」


 夕子が話し終えると、石川は肩を震わせた。

 品沢は煙草を口にし、眉間に深い皺を刻んだ。


「これが先日、家であった出来事です」


 そう言って白い息を吐く。


「……すまなかったね、お嬢ちゃん」


 驚くほどに低い声で、品沢がつぶやく。


「いえ……品沢さんが言った通り、何の警戒心も持たず家に招待した私にも、落ち度があったんです」


「そんなこと!」


 拳を握り、石川が叫ぶ。


「……夕子さんは僕たちの為に、あのような場を設けてくれたんです。勿論、警戒心は必要です。でも夕子さんはそれ以上に、僕たちのことを信用してくれてたんです。それなのにあいつは、そんな夕子さんの思いを踏みにじって」


「落ち着け石川」


「これが落ち着いていられますか! その時の夕子さんの絶望を考えたら、僕は、僕は……」


「今ここでお前がどれだけ叫ぼうと、状況は何も変わらない。それに今回のことは、わしらの生活にも大きな影響を与える一大事なんだ。

 もしこの一件でお嬢ちゃんが街を離れ、そしてわしら死者に対して距離を取ると決めてしまったら、わしらに残されるのは、かつての無為な日々だけになってしまうんだ」


「……」


「勿論、今言ってるのはわしらの都合だ。わしはそれ以上に、傷ついてしまったお嬢ちゃんの心が心配だ。もしわしらとの縁を断ち切られたとしても、それはわしらの自業自得だ。受け入れて然るべき報いなんだ。だが、それからお嬢ちゃんが傷を背負ったまま生きていく、それだけは何としても避けなければいけないんだ」


「品沢さん。私も色々考えました。転職、引っ越しという選択も含めてです。でもそれだと、私はただ彼から逃げるだけになってしまう、そう思ったんです。それに……私はこれからも、品沢さんたちと懇意にさせてもらいたいんです」


 その言葉に、石川の目が真っ赤になった。「すいません、ありがとうございます」そう言って何度も頭を下げ、涙を拭った。


「とにかくだ。すまなかったね、お嬢ちゃん。この街のまとめ役として今回の件、心からお詫びします」


 そう言って、品沢が深々と頭を下げた。


「そして……よく打ち明けてくれたね、ありがとう。お嬢ちゃんが黙っていたら、わしらは間違いなく、取り返しのつかない状況に陥っていたと思う。お嬢ちゃんが勇気をもって告発してくれた。そのおかげでわしらは、次の手を打つことができる」


「それって……彼に対して何かするってことですか」


 夕子の瞳に不安が宿る。

 そんな夕子に微笑み、品沢が続けた。


「生者であれ死者であれ、そこで生活する以上、守らなくてはいけないものがある。そしてやつはそれを破った。だから……

 やつはわしらの掟の元、裁くことにする」


 その目に夕子がぞっとした。

 いつもと違う冷徹な瞳に、これ以上踏み込んではいけないんだと思わされた。


「ここからはわしらの問題だ。お嬢ちゃんは気にせず、そして……できればこれからも、仲良くしてくれると嬉しいよ」


 そう言った品沢は、いつもの穏やかな笑みを浮かべた。




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