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幽霊さん。今日もお話聞かせてください  作者: 栗須帳(くりす・とばり)
第1章 朝霧夕子と品沢昭典

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005 喫茶ゆめ

 


 深夜1時。

 休憩室に入った夕子が一礼し、力なく椅子に座った。


「……」


 天井を見つめ、息を吐く。

 そんな彼女に笑みを浮かべ、品沢が声を掛けた。


「大丈夫かい?」


 その言葉に苦笑し、夕子が小さくうなずく。


「ええ、はい……大丈夫です。こんばんは」


 そう言って立ち上がり、インスタントコーヒーの用意をする。

 そしてカップをテーブルに置き、手を合わせた。


「……どうぞお納めください」


 テーブルに置かれたカップは3つ。夕子と品沢、そしてもう一人の来訪者の分だった。


「ありがとうございます、夕子さん」


 恐縮気味にカップを手にした、野球のユニフォーム姿の男。

 石川英正(いしかわ・ひでまさ)。年の頃40程の男性。

 彼も品沢同様、幽霊だった。





「しかし……お嬢ちゃんの淹れてくれるコーヒーは本当、うまいね」


 カップに口をつけ、品沢が満足そうにつぶやく。

 石川も大袈裟にうなずいた。


「ありがとうございます。でも、いつも言ってますけどこれ、ただのインスタントですからね」


「だとしてもだよ。何と言うか、味わいの中にこう、お嬢ちゃんの優しさを感じるんだ」


「大袈裟ですよ、品沢さん」


「いえいえ夕子さん、僕もそう思ってます。例え高価な豆を使ったとしても、そこに真心がなければ、ここまでの味は出せません」


 石川がそう言って、爽やかな笑顔を向けた。


 この施設に勤めだして、もうすぐ1年になる。おかげで業務や施設の雰囲気にも慣れ、入った頃に比べるとストレスもかなり減っていた。

 そんな中、幽霊の品沢と出会ったのが半年前。孤独だった夕子は、その出会いに感謝していた。

 品沢はそんな夕子の中に、納まりきれないほどの闇が存在してると感じていた。しかしあえてそこに踏み込まず、彼女を見守るスタンスを取り続けていた。

 こうしてコミュニケーションを重ねていく中で、彼女の闇が少しでも晴れていけばいい。その為にこうして気楽な来訪を続け、共に日常を楽しもうと決めていたのだ。

 自分たちは死者であり、求められない限り、生者の人生に口出しするべきじゃない。それが彼の信念だったからだ。


 そんな日常を続けていく中で、品沢は夕子の変化に気付いていった。自分と話すようになってから、彼女が自然な笑顔を見せるようになってきたのだ。

 これまで彼女は一人、誰にも打ち明けられない苦悩を背負って生きてきた。

 幽霊が見えるという異能。

 その闇を隠すことなくさらけ出せる自分と話すことで、心が少し軽くなったのではないか。そう感じたのだった。

 そう思ってからの、品沢の行動は早かった。

 夕子のシフトを把握し、彼女が夜勤の時には顔を出すようにし、そして自分と同じく幽霊となり、現世を彷徨(さまよ)っている仲間を誘うようにしたのだった。

 夕子はどう見ても人付き合いが苦手だ。だからこの行動は、彼女にとってストレスになるかもしれない。その懸念はあった。

 しかし品沢は賭けた。何より自分一人の力で、彼女の闇を祓えるとは思わなかったからだ。

 自分の見てくれは60代。幽霊になってからの年数を考えると、彼女との開きはかなりある。

 ならばこうして様々な同志に会わせ、彼女にとってもっと気楽に話せる存在が生まれればいい、そう考えたのだった。

 そしてその積み重ねの先に、彼女が人との関わりを恐れなくなり、心から信頼できる人間を見つける日が来ることを願っていた。


 品沢の誘いに応じた幽霊は多かった。

 最初の内は皆、死者に嫌悪感を持たない人間がいることを信じようとしなかった。

 しかしいざ会ってみると、彼女は本当に自然体で、何の警戒心も持たずに接してくれる。

 その噂は少しずつ広まり、この辺りの(おさ)である品沢の元に、夕子と会ってみたいと訴えてくる幽霊が増えていった。

 おかげで今となっては、夕子の2時間しかない休憩時間を巡り、幽霊たちの争奪戦が繰り広げられていた。

 そんな幽霊たちに苦笑しながらも、夕子は嫌な顔ひとつせず、快く彼らを迎え入れていったのだった。

 いつしかこの場所は幽霊たちから、施設名をもじって「喫茶ゆめ」と呼ばれるようになっていた。


 今日ここに来ている石川は、職場の野球チームに参加していた会社員で、ある休日この近辺で試合をしていた。そして試合後帰路につく道中で交通事故にあい、僅か40年の人生を終えていた。

 物腰の柔らかい男で、26歳の夕子に対しても、いつも敬語で接している。品沢が一番よく連れてくる仲間であり、それからも彼が、品沢にとって信頼する仲間だということが分かった。

 そんな石川は彼女にとっても、品沢同様に大切な存在だった。


「夕子さん、またその……ありましたか?」


 少し疲れた表情の夕子に、石川が声をかける。夕子は苦笑し、ポーチを手に立ち上がった。


「心配していただいてありがとうございます。でも……大丈夫ですよ。それよりどうします? 品沢さん、今日も吸われます?」


 その言葉に品沢は頭を掻き、うなずいた。


「はははっ。いつも悪いね」





 喫煙所で、品沢が満足そうに白い息を吐く。その様子に微笑み、夕子も煙草に火をつけた。


「石川さんは、本当にいいんですか? もし遠慮なさってるんでしたら、気にしないでくださいね」


 そう言って石川にも促す。しかし石川は静かに微笑み、首を振った。


「いえ、僕は喫煙の習慣がありませんので。お気遣いありがとうございます」


「そうですか……でもほら、幽霊さんの生活って、特に変化もない単調なものだと聞いています。生前吸われてなかったとしても、興味があるならと思いまして」


「ははっ、ありがとうございます。夕子さんは本当、優しいですね」


「そんなこと……」


「いえいえ、これは僕の本心です。誰に対しても真摯に向き合い、僕たちのような幽霊にまで気を配ってくれる。そんな夕子さんのこと、僕は尊敬してますよ」


「……ありがとうございます」


 品沢は、黙って二人の会話を聞いている。


「しかも夕子さん、お若いのにこんな大変な仕事に従事されて。本当に素晴らしいと思います」


 その言葉に、夕子の表情が少し強張った。品沢は、「この馬鹿、なんで自分から地雷を踏みにいくんだか」そう思い苦笑した。


「……」


 夕子がため息交じりに煙を吐き、煙草を揉み消す。そして続けてもう一本くわえ、火をつけた。


「……夕子さん?」


 夕子の様子に、石川が困惑の表情を浮かべる。品沢は静かに首を振りながら、


「少しは空気、読まないとな」


 そう言って肩を叩いた。




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