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幽霊さん。今日もお話聞かせてください  作者: 栗須帳(くりす・とばり)
第1章 朝霧夕子と品沢昭典

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004 許されたような気持ち

 


 嘘つき。


 そう断罪されたあの日から、夕子は心を閉ざしていった。

 しかし、それが周囲に気付かれることはなかった。

 ある意味彼女は狡猾だった。

 周囲と同調するという生き方を学習し、実践していった。

 人に見えないものが見える。それを伝えた結果がこれだ。

 ならそのことを隠し、周囲と歩調を合わせて生きていく。それが大事だと悟ったのだ。

 あの日以来、彼女は何事もなかったように生活を続け、周囲もいつの間にか、騒動を忘れていった。

 普段通り両親と会話し、友達と笑い合い。ごく普通の小学生として過ごしていった。

 しかし。

 心は閉ざしていた。

 異能の力を打ち明けられない孤独に、打ちひしがれていった。


 中学生になった頃には、幽霊がどういう存在なのかを理解していた。

 生を全うしてもなお、現世にとどまり続けている存在。

 彼女は彼らの存在を認識しながらも、それを意識しない生き方を選択した。

 そうして生活を続ける中で、思った。

 この世界には、想像以上に多くの死者が存在しているんだと。

 そして。

 彼らが生者と接触せず、距離を保ちながら暮らしていることを知った。

 勿論、生者が彼らを認識できないということもある。

 しかし認識できている自分に対しても、彼らは接触してこなかった。

 稀に目が合うことがあった。

 その時、夕子は息が止まりそうになった。

 しかし彼らはすぐに視線をそらし、何事もなかったように彼女の前から姿を消していった。

 そのような日々を過ごす中、夕子は思った。

 お互いにそうなんだ。

 私たちは、認識しあってはいけないんだ。

 それが世界の(ことわり)なんだ。

 ならばそれに従い、私も彼らを意識の外へと追いやろうと。


 自分の全てを打ち明けることが出来ない。それは彼女の心に暗い影を落とし、彼女は他人を心から信用できなくなっていった。

 その時その時を楽しみ、消費していく為に必用な存在。それが彼女にとっての、友達の定義になっていった。

 自分を理解してくれる人はいない。そう思い、世界に絶望した。

 そんな時だった。職場に出入りする幽霊、品沢に声をかけられたのは。

 だから驚いた。





「え……ど、どうして……」


 初めて声をかけられた時、うまく返事することが出来なかった。

 そんな夕子の様子に、品川が苦笑いを浮かべる。


「ああ、怖がらせたのなら謝るよ、すまない。実は私も、こうして生きてる人に声をかけるのは初めてでね。その……不快だったかな?」


 そう言って頭を掻き苦笑する姿に、夕子の中にあった緊張感が和らいでいった。

 そして気が付けば微笑み、答えていた。


「ごめんなさい。幽霊さんに話しかけられたのが初めてだったので、少し驚いてしまいました。でも……大丈夫ですよ。私、幽霊さんのこと、怖いと思ったことはありませんから」


 夕子の言葉に、品沢は安堵の息を吐いた。


「朝霧夕子です。ご存知だと思いますが、ここで夜勤をしている介護スタッフです」


「私は品沢、品沢昭典(しなざわ・あきのり)です。初めまして、お嬢ちゃん」


「お嬢ちゃんって……確かに品沢さんから見れば、娘みたいなものかもしれませんけど」


「ははっ、すまないね。でも何と言うか、これがしっくりくるんだ」


「何ですかそれ、ふふっ」


 気が付けば、夕子の警戒心は解けていた。

 そして思った。


 ――こんな無防備に笑うの、いつぶりだろう。


「ああ……そっか……」


「ん? どうしたんだい、お嬢ちゃん」


「ああいえ、何でもないです」


 この人の前では、自分の異能を隠さなくていいんだ。

 それもそうか。だってこの人自身が幽霊さんなんだから。

 非常識なものが見え、それを隠して生きてきた。でも、その非常識な存在相手なら、隠す必要がないんだ。

 そう思うと、肩の力が抜けていくのが分かった。

 そしてそれは、どうしようもなく心地よい感覚だった。


「ふふっ」


「何か……おかしかったかな」


「いえ、ごめんなさい。でも、ふふっ……なんだか嬉しくて」


「よく分からないが、お嬢ちゃんが楽しそうなのでほっとしたよ」


「私がですか?」


「ああ。お嬢ちゃんのこと、少し前から見ていたんだけどね」


「知ってますよ」


「だね、はははっ。でも、今のような笑顔を見たのは初めてだ。声をかけてよかったよ」


「私こそ、声をかけてくださりありがとうございます」


「死者に話しかけられて、礼を言う女の子……なかなかにお嬢ちゃん、面白いね」


「ふふっ、確かに」


「はははっ」


「それで品沢さん、どうして急に話しかけてこられたんですか?」


 夕子がそう言うと、品沢は少し照れくさそうに鼻を掻き、つぶやくように言った。


「ああいや、それなんだけどね……」


「……?」


「実はお嬢ちゃんに、頼みたいことがあってね」


「幽霊さんが私に? 何でしょう。伺いますよ」


 夕子の言葉に益々照れくさそうにしながら、品沢が視線を向けた。


「実はその……それを一本、恵んでもらえないだろうか」


 そう言って、夕子が手にした煙草を指差した。


「煙草……ですか?」


 品沢は顔を真っ赤にし、懇願するような視線を注いでいた。


「ずっと頼みたかったんだ。だが基本、私たちは生者と接触しない、そういう生活をしている。だから我慢してたんだが……お嬢ちゃんがあまりにうまそうに吸っているものでね、辛抱出来なくなったんだ」


「……」


 好きな女子に告白でもしているような品沢に、しばらく夕子はあっけにとられていた。

 そしてしばらくすると苦笑し、


「……真剣な顔をしてらっしゃるんで、どんな頼みごとだろうと少し身構えたんですけど……ふふっ、構いませんよ。こんなものでよければ」


 そう言って、品沢に煙草の箱を向けた。


「あ、いや……悪いがそれに、私たちは触れられないんだ」


「え?」


「見ててくれるかな」


 そう言って、品沢が手を伸ばす。

 しかしその手は、箱をすり抜けていった。


「私たちは、物質に触れることができないんだ。世界に拒絶されてる、とでも言えばいいのかな。何しろ幽霊だからね」


 初めて知る幽霊の世界のルールに、夕子が妙に納得してしまった。

 もし幽霊が物質に触れられるのなら、世界は混乱するだろう。突然物が移動したり、消えたりする。確かにそんな話、聞いたことがない。

 そして同時に、世界に拒絶されているという例えに、胸が痛んだ。


「幽霊同士は触れ合うことができる。それと、地面や床といった、立ったり座ったりするものにだけは拒絶されていないようだ。まあ、理屈は分からないんだけどね」


 そう言って、にこやかに微笑む。


「じゃあこの煙草、どうすればいいんですか?」


「私たちはお供えしてもらうことで、初めて物に触れることが出来るんだ」


「お供え……ああなるほど、そういうことですね」


 そう言うと箱にライターを乗せ、品沢に向かって手を合わせた。


「どうぞお納めください……」


 すると品沢が一礼し、箱に手を伸ばす。

 今度は箱をつかむことができ、満足そうに一本煙草を取り出した。


「ありがとう、お嬢ちゃん。いやね、これをねだるだけでも気が引けるのに、それをお供えしてくれだなんて、中々言いにくくてね」


「これぐらい構いませんよ。私こそ、幽霊さんの作法が分からなくてすいませんでした」


「じゃあ……ありがたくいただきます」


 煙草に火をつけ、白い息を吐く。


「ふううっ……久しぶりの煙草、最高だ……」


「ふふっ。品沢さん、本当に幸せそうですね」


「ああ……幸せだ……」


「ふふっ……」





 誰にも理解されない能力を持ち、心を閉ざしていた夕子。

 彼女は品沢に出会ったことで、背負っていたものが少し軽くなったような気がした。

 それが何だったのか。

 考えていて分かった。

 自分でも気付いてなかった。

 人と違う能力を持った自分を、何だか罪深い存在に感じていたんだと。

 両の肩に()し掛かっていたもの。それはある意味、「罪」だったんだと。

 品沢に声をかけてもらったことで、それは罪ではない、そう言ってもらえたような気がしたんだと、後になって思った。

 それに気付き、後日彼女は部屋で一人、涙を流したのだった。




 長い孤独な日々が今、終わった。そう思えたのだった。




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