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幽霊さん。今日もお話聞かせてください  作者: 栗須帳(くりす・とばり)
第1章 朝霧夕子と品沢昭典

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003 嘘つき

 


 夕子が幽霊の存在を自覚したのは、小学4年の時だった。

 授業中、見知らぬ大人が教室にいることに違和感を覚え、


「先生、あの人誰ですか?」


 そう言って指を差した。


 しかし教師は怪訝な表情を浮かべ、


「朝霧さん? 誰もいないけど、どうしたのかな」


 そう言って夕子が指差す方向を見つめた。

 生徒たちもざわつきながら、同じ方向を見つめ首を(かし)げる。

 その時彼女は、自分にしか見えていないものがあるんだと理解した。


「夕子ちゃん……ちょっと怖いよ。何言ってるの?」


 隣の女子にそう言われて教室内を見回すと、皆の視線を感じた。


「お前、幽霊でも見えてるんじゃないか?」


 男子が放った言葉に、あちこちから悲鳴が上がった。


「ちょっと男子ー、そういうの本当やめてよねー」


「何でだよ。言い出したのは朝霧だろ」


 気が付けば、教室内が騒然としていた。耳を塞ぐ者、悲鳴を上げる者。大笑いする者もいた。

 その騒ぎの中、夕子に見えていた女性が困惑の表情を浮かべ、教室から出ていった。

 その方向を、夕子が無言で見つめる。その様子がまた、生徒たちの不安を煽った。


「こらこら、まだ授業中ですよ。朝霧さんも、変なことを言ってみんなを怖がらせないように。はいみんな、前を向いて」


 騒動を収めるべく教師がそう言って、ようやく教室内が静かになる。

 しかし生徒たちは夕子の方を見て、ヒソヒソと話をして笑っていた。

 その光景に夕子は、自分がここにいてはいけないような感覚を覚え、唇を噛んだのだった。




 その日の騒動が書かれた連絡帳を見て、両親も困惑の表情を浮かべた。

 両親なら分かってくれるはず。そう信じていた夕子は、嘘をついてないと必死に訴えた。

 しかし両親は夕子の言葉を遮り、「あまり先生を困らせない様に」そう諫めたのだった。


 泣きながら布団にもぐった夕子はその日、なかなか寝付くことが出来なかった。

 私は嘘をついていない。でも、誰も信じてくれない。

 確かにあの時、教室に大人の人がいた。綺麗な女の人で、一人のクラスメイトの後ろで微笑んでいた。

 そして思い出した。

 その生徒、多田くんは去年、母親を病気で亡くしていた。

 ひょっとしたらあの人、多田くんのお母さんだったんじゃないの?

 と言うことは、あの人は幽霊?

 その頃の夕子はまだ、幽霊がどういう存在なのかを理解してなかった。

 テレビの心霊特集で知っている程度のもの。

 既に死んでいる、怖い存在。

 でも夕子はあの女性に対し、恐怖を感じてなかった。

 そしてそれが、彼女の眼差しが慈愛に満ちたものだったからなんだと思った。


「そうか……あの人はお母さんで、多田くんに会いに来たんだ」


 そう思うと、彼女が邪悪なものだとは思えなかった。

 そして、そのことを多田くんに教えてあげたい、そう思ったのだった。

 夕子は布団から飛び起き、両親に伝えようと部屋に向かった。

 しかし。

 扉の向こうから聞こえてきた会話に、心が冷えていくのを感じた。


「……虚言癖ってこと?」


「ああ。夕子、小さい頃からよく言ってただろ? 何もないところを指差して、『この人誰?』って」


「そうね……」


「夕子ぐらいの歳の子供は、どうにかして大人の気を引こうとする。わざと心配させようとしたり、悪さをしたり。夕子の場合、それが嘘をつくということになったんじゃないかな」


「そんな……あの子、今まで特に手のかからない子だったのに」


「俺たちのせいだな。知らない内に、あの子に寂しい思いをさせていたのかもしれない。改めないと」


「そうね……いくら気を引きたいからと言って、こんな嘘ばかりつく子になったら大変だもんね」


「ああ。だからこれからは、もう少し親身になってあの子に寄り添ってやろう」


「治るかしら」


「きっと大丈夫だ。夕子のこと、信用してあげよう」





「……」


 夕子は無言で部屋に戻った。

 気が付けば、涙が頬を伝っていた。

 難しいことは分からなかった。でも二人は確かに、自分のことを嘘つきだと思っていた。

 そのことがショックだった。


 確かに自分は、自分のことを気にしてほしいと思っている。認めてほしいと思っている。

 でも、だからと言って、嘘なんかついたことはない。

 だけど両親は。そして学校のみんなも、自分のことを嘘つきだと思っている。

 そう思うと、どうしようもなく孤独に思えてきた。

 間違ったことは言ってない。あの時確かに、教室に多田くんのお母さんがいた。

 そのことを明日、多田くんに教えてあげよう、そう思っていた。でも。

 やめた。

 言ったところで、誰も信じてくれない。

 多田くんだって、信じてくれないだろう。ひょっとしたら、怒られるかもしれない。

 そう思い、自問した。

 私には、誰にも見えない何かが見えてるの?

 幽霊って何?

 考えてみれば、これまでにも違和感があった。

 そしてそれを今日、親以外に初めて伝えた。

 その結果がこれだ。

 だったらもう、伝えるのをやめよう。

 言ったところで、嘘つきと言われるだけだ。

 幽霊が何なのか。それは今でも分からない。

 でも。自分に害をなさない限り、彼らのことを口にするのはやめよう。そう思った。

 そしてそれは彼女の人格形成において、大きな影響を及ぼすことになっていった。

 本意を伝えない。言ってみればそれは、誰のことも信用しないというのと同義だった。


 その日からこれまで、心に大きな壁を作った彼女は、心を許せる人に巡り合うことなく、孤独に生きてきたのだった。




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