044 女子会
「こんにちは奈緒ちゃん、百合子さん」
12月31日。
近所の堤防で、夕子が奈緒と百合子に声を掛けた。
「こんにちは夕子さん。今日もお疲れ様です」
「夕子さん、こんにちは」
あの日。
出勤前に奈緒に待ち伏せされ、ここで話し合った。
それがいつの間にか習慣となり、出勤前の一時間、こうして会うようになっていた。
職場ではいつも、男の幽霊たちが夕子に会うのを楽しみにしている。一緒に楽しめればいいのだが、残念ながら異性同士、認識することができない。
そうなれば間を取り持つ夕子に負担がかかってしまう。そう思い、この場所が女子会の場になっていたのだった。
雨天の時は、近くの公園のベンチで過ごす。
おかげでこれまでより早く家を出ることになったのだが、こうして女同士、周囲を気にせず語り合える時間は楽しかった。
「でも夕子さん、こんな日まで仕事だなんて、ほんと大変ですよね」
「こんな日って、大晦日のこと?」
「はい。本当なら大掃除をして、夜はコタツでのんびり過ごす筈なのに」
「ふふっ。奈緒ちゃんの言い方、昭和っぽいよ」
「ええーっ、そうですかー? 生きてる頃は、それが当たり前だと思っていたんですけど」
「まあ確かに、そういう過ごし方もあるのかもね。でも私のような仕事をしてると、暦に執着がなくなっていくんだよね」
「そういうものなんでしょうか」
「それに私、一人暮らしだし。大晦日だからって特別なこともしないし、これでいいかなって思ってるよ」
「でもでも、夕子さんにだってご両親がいるじゃないですか」
「実家には明日、夜勤明けで行くつもりだよ。でもまあ眠いだろうし、ご飯食べたら帰ると思うけどね」
「國澤さんとは?」
奈緒があえてその名を口にする。夕子が反応し視線を送ると、奈緒は意地悪そうな笑みを浮かべていた。
「奈緒ちゃん、その……かなり勘違いしてるみたいだけど、私たちは別にそういう関係じゃ」
「でも会うんですよね。いつ会うんですか?」
「……2日の休み、初詣に誘われてる」
「やっぱりー! あははっ、なんだかんだで夕子さん、いい年を迎えるんじゃないですかー」
「奈緒ちゃん……恥ずかしいからそのぐらいで」
そんな二人のやり取りを見つめながら、もう一人の幽霊、百合子も微笑んでいた。
國澤とはあれ以来、連絡を取りあうことが増えていた。國澤は事あるごとに電話やメッセージを送り、近況を伝えてきた。
こうして特定の異性と連絡を取りあうことがなかったので、最初のうちはかなり戸惑った。しかし國澤のいつも変わらぬ穏やかな様子に、少しずつ緊張が解けていくような気がした。
國澤はそんな夕子を気遣い、強引な手を使ってくることもなかった。たまに「時間があれば、どこかで食事でもどうかな」そう誘ってくるぐらいだった。
あの頃に感じた、少し心が躍っているような感覚。これまでと違う休日の過ごし方。
最初の頃はその変化に困惑したが、それが少しずつ彼女の日常になっていき、気がつけば今の状況を楽しむようになっていた。
國澤は夕子に対し、異性としての関係を望んでいるようにも思えた。夕子もまた、この胸の高鳴りはそうなのではないかと感じ、戸惑った。だが、國澤は夕子を一人の友人として尊重し、無理強いしてくることはなかった。それが嬉しくもあった。
「それで? 奈緒ちゃんと百合子さんは、これからどこで年越しするの?」
話題を変え、夕子が二人に尋ねる。奈緒と百合子は顔を見あわせ、にっこりと微笑んだ。
「この辺りで一番高い丘に登って、初日の出を見るつもりです」
「そうなんだ。天気もいいみたいだし、いい年越しになりそうだね」
「はい。何より私には、百合子さんが一緒にいてくれてますから」
そう言って百合子の腕にしがみつく。そんな奈緒に微笑みながら、百合子が頭を撫でた。
「奈緒ちゃんって本当、百合子さんのことが好きだよね」
「勿論です。だって幽霊になってから、初めてできたお友達なんですから」
友達って言うより、仲良し姉妹って感じなんだよね。そんなことを思いながらうなずく。
「今年は本当、色んなことがありました。彼とぎくしゃくして、自殺未遂をして。でもそれが本当になってしまって、後悔して幽霊になって戻ってきて。
この姿になって、最初の頃は本当に寂しかったです。でもそんな私に、百合子さんが声を掛けてくれて。そして夕子さんにも声を掛けてもらえて。この姿でいることも、そんなに悪くないかなって思えるようになりました」
その純粋な笑顔に、夕子の胸が少し痛んだ。
奈緒にはこれから、120年にも及ぶ長い日常が待っている。決して逃げることのできない現実。その間に、私もこの世界から消えていく。百合子とも、いつか別れがくるのかもしれない。
まだ事情を聞けていないが、百合子に関しては、奈緒に比べたら成仏の可能性がある筈だ。そしていつか、彼女がそれを望んだ時。それは奈緒との別れを意味することになる。
私はその時、喜んで協力することができるのだろうか。
そんな夕子を察したのか、奈緒が屈託のない笑みを浮かべて言った。
「初日の出で私、ひとつ願いをかけるつもりなんです」
「そうなんだ。どんなこと? 聞いてもいいのかな」
「勿論です。私の願い、それは百合子さんの成仏です」
「え……」
どこまでも純粋に瞳を輝かせ、奈緒がそう言った。
百合子は少し瞳に陰りを宿しながら、奈緒の頭を少し乱暴に撫でた。
「ありがとう、奈緒ちゃん。でもね、折角新年のお願いなんだから、自分のことをお願いした方がいいと思うよ」
「これでいいんです」
「……」
「だって私、百合子さんには本当に感謝してるから。勿論そうなれば、私は百合子さんとお別れすることになる訳で、そうなったら寂しくて後悔すると思います。でも、それでも私は百合子さんに成仏してほしいんです」
奈緒の熱い視線に微笑み、百合子が奈緒を抱きしめた。
「ありがとう、奈緒ちゃん。その気持ちだけで十分だよ。それにほら、私の未練は」
「夕子さんにお願いしてみたら? 勿論、私も協力するし」
「……」
奈緒の追撃に、百合子が困惑の表情を浮かべる。
その時、スマホのアラームがなった。
「ごめんね奈緒ちゃん、百合子さん。私、そろそろ行かないと」
そう言って慌てて立ち上がる。
そこまで慌てる必要はないのだが、なぜか今日はこれ以上、この話を聞くべきではないと感じたのだった。
「ごめんなさい夕子さん。せっかくの出勤前なのに、私ばっかり話してしまって」
「ううん、いいんだよ奈緒ちゃん。それに私も、奈緒ちゃんとお話しするの楽しいし」
そう言って微笑むと、奈緒は照れくさそうに頬を掻いた。
「じゃあ私、そろそろ行くね」
「夕子さん。今年一年、本当にありがとうございました。どうか来年も、よろしくお願いします」
「こちらこそ。百合子さんも、ありがとうございました」
「夕子さん。その……紅茶、ありがとうございました。お仕事、頑張ってくださいね」
「ありがとうございます。今年最後の勤務、頑張ってきますね」
そう言って手を振り、その場を後にする。
背後から奈緒の、「頑張ってくださいねー!」との声が何度も聞こえる。
奈緒の百合子への思い。
百合子の未練は何なのか。
そういったことを巡らせながら、夕子はグループホーム「ゆめ」へと向かった。




